1974年6月、私が9歳・小学4年生の時に母親は大阪市立大学病院の一室で末期がんのため他界しました。
私が小学2年生・7歳の時の5月の授業参観の日に母親は自宅で倒れ、たまたま居合わせた同級生の母親の通報で救急搬送され、以降、2年後に他界するまで退院して自宅に戻ることは一度も有りませんでした。。
折しもその時、父親も肺の病で西宮・門戸厄神の病院に入院していましたので、勢い、私は尼崎市立花の叔母の家に引き取られることになりました。。
この独特なU字形状の大学病院のいちばん右側の5階の病室の窓側に母のベットは有りました。
小学2年生の1学期から私は叔母の自宅の有る東海道本線・立花駅から電車に乗り、大阪駅で地下鉄御堂筋線に乗り換え西田辺駅で下車し、小学校へ通い、
帰路は自宅の様子を確認したり、そろばん塾や習字教室に通った後、阪和線の鶴ケ丘駅から電車に乗り天王寺駅で下車、母親の病院に立ち寄った後、大阪環状線と東海道本線を経由して立花に帰っていました。。。
こちらは私が通っていた当時の古い阿部野橋の画像です。。
この橋の思い出については以前ブログに掲載させていただきました。
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母親が他界する3日前に不思議な事が起きました。
夢の中で、見知らぬお爺さんが自宅の窓から急に入ってきて、「近いうちにお母さんを楽になるところに連れて行くぞ。いいか?」と言うのです。
普通ならお断りするところでしたが、当時は鎮痛剤なども未発達で、日夜末期癌による激痛に悶え苦しむ母親を見ていましたので、「よろしくお願いします。」というところで夢は終わります。。
そしてその3日後、母が他界した日は今でも忘れません。
夜中に呼び出されたとき、母親はもう瀕死の状態で、病室には入らずに待合室に居なさいと言われ、1人で蒸し暑くて薄暗い待合室のベンチに座っていました。
人工呼吸器のカチカチという音と、苦しそうな母親の呼吸だけが廊下一帯に響いていました。
そして時折聞こえる痛みに耐えるうめき声。。
そんな中、急に父親から「お母さんはもう今死ぬから、お母さんに今までのお礼ととこれからお父さんと頑張って生きていくって事を言いなさい。」と言われ病室に通されました。。
どんな言葉を言ったかは定かでは有りませんが、母親に対して子供ながらに思いつくお礼の言葉を断片的に述べた後、看護婦さんに「子供はもうこれ以上は見てはいけません。」といわれ再度待合室に連れていかれました。
そしてそこで、どうか母親の苦しみを止めてくれ、止めてくれと必死で手を合わせてなぜか3日前に夢に見たお爺さんに拝んでいました。。
そしてカチカチという人工呼吸器の音が消えた時、なぜか涙は全く出ずに、不思議な安堵感に包まれた事だけは鮮明に記憶に残っています。。
あれからもう50年が経ったんですね。。。
檀家の天王寺のお寺に50回忌の申し込みをした時に、ご住職に生存中に母親の50回忌を催行出来る人は稀ですと言われました。
それはそうだろうと思いました。
普通、60歳の時に母親が他界すると50回忌は自分が110歳にならないと出来ませんからね~。
天王寺区に有る、大阪を制した豊臣秀吉公が建立したとある禅寺に母親と先祖代々のお墓が有ります。
気温、38℃と言う激暑の中、和歌山の自宅から1時間40分かけて到着。。
このお寺は40年ほど前に本殿を火災で焼失し、新しく建て替えられています。
取り敢えず墓掃除を妻に任せて、娘を駅まで迎えに行きます。。
市内の近距離移動で暑い日などはタクシーが多い娘なのに、今日はいつになく地下鉄だなんて、1人暮らしをしていて、遂に生活資金が枯渇してきたのかなと心配になります。。(/ω\)
案の定、慣れない地下鉄に乗るから出口を間違え、反対側から娘がやってきました。。(´・_・`)
まず最初に母親とご先祖様の眠るお墓参りをしてくれました。
オマエはどうせ誰かのお嫁に行くから、このお墓には入らないよと私が言うと、娘はクスクス笑い、「私はお嫁に行かないからここに入るのよ。」と言います。。
息子家族は孫達のために天王寺動物園に寄り道してまだ到着しませんので、本殿で待つことにしました。。
予定時刻を過ぎそうなので妻が電話すると、もうそこまで来ているとのことで・・・
間に有ったのはいいのですが、慌て者なので黒服を忘れたとのこと。。
(ノД`)・゜・。
こんなので、社会人としてきちんとやっていっているのか心配になります。
おバカなところは父親譲りですね~(ノД`)・゜・。
久々に家族全員が揃ったところで記念撮影。。(^^♪
まだまだ赤ちゃんな孫娘にチュー~♡
定刻通り私の母親の50回忌の法要が始まりました。
孫達も空気を察してか、大人しくしてくれています。。
Tシャツで来た息子のアホさ加減が際立ちますが、先ずは多忙の中、来てくれたことに感謝です。(^^♪
順に焼香。。。
先ずは私の母親に驚くほど似て来た娘から。。
妻と孫娘。。(^^♪
息子と孫、そして息子のお嫁さんです。。
母親も、どうにか無事生活できている私達を見て、さぞ喜んでくれているでしょう。。
(^^)v
本殿での法要が終わると、次はお墓です。。
みんな暑いのにご苦労様!
孫、初のお墓参りです。。
私の母親からすれば、孫(私の息子)と曾孫に拝んでもらって、さぞかし母親も嬉しい事でしょう。。(^^♪
息子のお嫁さん。これからもアホな息子をよろしくお願いします。
今日は本当にすみませんでした。。
結婚だけが女の幸せでは無いという娘、ご先祖様、私にはどうすることも出来ませんので、どないか言い聞かせてあげてくださいな。。(ノД`)・゜・。
最後はお坊さんの念仏で50回忌の行事も終了です。。(^^♪
その後は皆さまお待ちかねの夕飯会場に移動です。。(^^♪
早く娘の子が見たいのですがね~。
もう娘には結婚しろとは言わないと決めました。。(/ω\)
兄と妹は何時も仲良しなのが嬉しいです。。(≧▽≦)
隙を見て、またまた孫娘にチュー (*´ε`*)チュッチュ0
久々の、家族全員揃っての夕飯となりました。(≧▽≦)
娘が住むマンションまで送って行きましたが、
なんでここでバイバイやねん!
こんなマンション早く売り払って早く帰ってこい!
・・・・・と思いましたが、娘には強く言えません。(/ω\)
妻に慰められながら、スーパーで明日の朝ご飯を買って帰りました。。(/ω\)
帰宅すると、妻が息子のお嫁さんからあなたにと預かっている箱を貰いました。
息子のお嫁さんにも何かと気を遣わせてしまっています。(^▽^;)