• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ラスト サンバーのブログ一覧

2026年06月03日 イイね!

テスラ見学 (´艸`*)

テスラ見学 (´艸`*)私の前に勤めていた会社の営業職時代の繋がりで、南海難波駅のランドマーク・「なんばParks」になんと電気自動車メーカーの「テスラ」さんの店舗が出来たので見学に来てほしいとの依頼が有りましたので出掛けてみました。(´艸`*)


alt
以前勤めていた会社に通わなくなって、本当に全くと言っていいほど利用しなくなってしまった南海さん。。(´・_・`)

最古参の6000系車両は健在なのかと・・・

6000系が連結されている可能性の高い後ろから2両目で電車の到着を待っていたら、6200系が来ました。。
altalt
8両編成なので前6両が6200系・・・
後ろ2両はやはり予想通り6000系が連結されていました。(≧▽≦)
altalt
今や風前の灯となってしまった片開式ドア&2段上昇窓の6000系車内で、もう多分2度と乗れることは無いと、夫婦で記念撮影。(´艸`*)
alt
alt
戸袋窓があり、「壁」が少なく自然光が車内に入り易い6000系。。
そんな窓に映る風景を見ていると、ホント私たちはどんな山奥に住んでるねん!と言いたくなるような風景が展開します。(*'ω'*)
alt
・・・・・ということで、そんな電車に50分も揺られて大阪の難波駅到着。。。
製造より50年以上経過した6200系と60年以上経過した6000系の並び。。
本当に電車博物館みたいな南海電車です。(´艸`*)

難波駅は以前毎日使っていた通勤駅なのに何だか久しぶりです。
alt
そして「なんばParkus」さんへまっしぐらに歩き。。。
alt
新しくできたテスラさんの店舗に到着。。(´艸`*)

実は、電子機器オタクで、変なものと新しいものが大好きな妻が次に欲しい車は実は「電気自動車」
私は「電気自動車」は航続距離の関係で避けたいのですが、妻が是非見たいというのでやってきました。(´・_・`)
alt
早速、赤色の Model 3 から見学です。(^^♪
alt
赤色だからか、どことなくMAZDAさんの「鼓動」デザインの様な雰囲気です。。
alt
赤い車は妻の好みですので、早速、好印象です。(^^♪
alt
お値段は、補助金を引くと乗り出し価格でなんとざっくり400万円!
電気自動車は高いイメージでしたが、これなら新車で買えなくはないですね。
alt
担当の尾根遺産が、丁寧に解説してくれます。

バッテリーの低下率は2年で80%まで落ちたとは、それ以後あまり低下せず、20年は乗れる設計だと豪語します。。。
ホントかな。。。(´・_・`)

また航続距離はカタログ値で約600km。。。
altaltalt
室内も拝見。。。。
alt
ダメだこりゃ。。。

物理スイッチが全くなく、あらゆる操作が全てタッチパネル式。。
私の絶対アカンやつです。。(ノД`)・゜・。
alt
物理スイッチが全く無いから、付いているのはハンドルと画面だけ。。( ゚Д゚)
alt
うろたえていると、後部座席から妻が撮影してくれました。。
妻は、こういうのこそ近代的で萌えるそうです。(*'ω'*)
alt
殊更、運転者以外、後部座席の乗員にもタッチパネルでの操作を求めるところがたまらんらしいです。(;゚Д゚)
alt
一方、こちらは一回り大きい Model Y 
alt
ボンネットを開けると。。。
alt
なんとトランクが出現。(;゚Д゚)
alt
妻が「あなたならこちらの方がお似合いよ。」と言います。。。
確かにそうではあるのですが。。。(´・_・`)
alt
乗ってみるとかなり高級な感じ。。
alt
alt
しかしやはりこれも物理スイッチが無く、オールタッチパネル式。(ノД`)・゜・。
alt
操作している間に、前の車やガードレールにぶつかってしまうよとの発言に
担当の尾根遺産は・・・

「絶対に大丈夫です」
「あらゆる装置で衝突を回避できる設計ですので、たとえ画面に夢中になってもぶつからない設計です。('◇')ゞ」・・・・・・と・・・・
alt
これには2人で大笑い。(≧▽≦)
いやぁ、確かにそうだけど、これがアメリカ式の売り方かと。。( *´艸`)
alt
「あんた、これ似合うからこれにしいや~」と妻。。。
あたかも今買うみたいに、ホントに大阪の女のノリでお恥ずかしい次第です。
( *´艸`)
alt
確かに Model 3 よりも Y の方が人気みたいです。
alt
しかもお値段は430万円と、「Y」と「3」のモデル間の差は僅か30万円でしかありません。。。( ゚Д゚)

ならば Model Y の方が絶対に「買い」ですよね。。
alt
小さなカタログを貰いました。。

もし電気自動車を買ったとなると、充電設備は自宅から車で5分の息子宅に有りますのでそう不自由は有りませんが、やはり私は長距離運用時の出先での充電先の事が気になり、電気自動車購入には否定的です。。

妻は「長距離乗らなければいいじゃないの」と私の意見を一蹴します。。(>_<)

でも電気自動車なんて実際は私の様な生活保護並みの労働賃金で働く者には買えるお金は無いし、買っても127万円もが補助金という罪悪感。。。

所詮、中古車買い取り額がべらぼうに暴落しても気にならないお金持ちがさらに庶民の税金から補助金貰って買うあっちの世界の乗り物なんですよね~。
(>_<)

altalt
帰りしなに、私の電車の運転する職場近くに借り上げてくれた住居での宿泊用にレトルトカレーなどを購入。。。
alt
正反対な性格&行動パターンの夫婦ですが、車が好きという点だけは共通ですので、その時だけはこの鳥たちの様に仲良くなれます。。(^^♪
alt
お腹が減ったので、帰り際にホームの片隅でパンをほおばるの巻き。。
alt
帰りの電車は、またこれが55年選手の6300系。。。
新車が来ることの方が珍しい南海さん。。。
altalt
さて、翌日は妻を私の仮泊住宅まで連れていき、掃除などをしてもらったお礼に映画をプレゼント。。(^^♪
alt
近くでなんとランドローバーの展示が有りました。。
alt
やはり私はこんなのがいいな~
alt
alt
でもちょっとデカいか。。
alt
イボーグの方がいい鴨。。
alt
こんな車でアウトドアーに出かけることも無いだろうから。。
まぁ、次の車選びも妻優先にしてあげようかと。。。
alt
帰りに、仮泊住宅近くの神社に参拝しました。(^^♪
altaltalt
いくら車が欲しくても、私たちが健康でないと実現できないし、働けないとお金も無い。。
alt
日々を大切に、毎日こつこつと真面目に生きなければ。。。
alt
もう61歳で歳だけど、せめてあと10年は変わりなく、健康で、今の生活を続けたいな~。(´艸`*)
alt
明日も楽しく、元気に過ごせますように (´艸`*)
Posted at 2026/06/03 00:32:27 | コメント(3) | トラックバック(0) | 車の蘊蓄・気になる車 | 日記
2026年05月30日 イイね!

人生初の愛宕山参拝 (^^♪

人生初の愛宕山参拝 (^^♪神社フェチ」な私といたしましては、以前から参拝登山をしたかった京都の愛宕山。。
しかし、和歌山県に住んでいる私にとって、京都府の山というとなかなかご縁が無く、車で行けば渋滞必至、電車で行けば乗り換えが多く不便であることが多く、有る意味、長野県のアルプス連山よりも行きにくい場所であったりしていました。。
61歳となった私にとって、難なく山に登れるのはあと10年くらい・・・
下手すれば「遂に愛宕山に登る事無く死んでいた・・」となりかねません。。

そこで今回は、会社が休みの本日、重い腰をあげて、愛宕山に行ってきました。
alt
久々に来た阪急梅田駅コンコース。。。
私は兼ねてからこの阪急梅田駅が日本で一番格調高いエレガントな駅だと思っています。
幼少の頃、ここを通って通学していましたが、その頃はこの鉄道と駅が当たり前で別に何とも思いませんでしたが、未だに国内ではこの駅よりも美しい駅に遭遇したことが有りません。。
altalt
私が小2の時(1972年)には既に敷設されていたムービングウォーク。。。
阪急さんが日本で初めて採用した訳ですが、その当時は何処の鉄道にも有ると思っていました。駅の自動改札機しかりです。。
alt alt
しかもホームも電車もいつ見てもピカピカで、私が小2の時から全く変わりません。。(^^♪
alt
ピカピカでお洒落な阪急電車。(*´▽`*)
alt alt
阪急さんには「PRiVACE」というJRさんのグリーン車の様な車両が有りますが、そちらは疲れた帰りに利用するとして、往路は無料の普通車に乗りました。
alt
桂駅で下車して乗って来た「準特急」を撮影。。ホーム柵が有り、撮影困難。。
(/ω\)
流石お金の潤沢な阪急さん。。安全対策にお金を掛けておられる。。
alt
嵐山線の電車。。。
元特急用車両の6300系かと思いきや、なんと8000系。( ゚Д゚)
そういえば、6300系は廃車になったんだっけ。(ノД`)・゜・。
alt
車内で残念記念撮影。。・・・・と思いきや。。。
alt
対向駅で6300系と離合。。
未だ1編成生き残って居るじゃないですか。(^^♪
ここは帰りしなに乗車出来る事を期待。。
altalt
嵐山駅から京都バスの清滝行に乗り換えますが。。。
渡月橋を渡ったところから、観光客による大渋滞に巻き込まれます。。(^_^;)
alt
修学旅行生と外国人でごったがえす嵐山界隈。。
これが原因で、バスは清滝に20分延着。(/ω\)
alt
これで、帰りの14時20分発のバスに乗れるかどうか、微妙になりました。。
altalt
取り敢えず、登山口へと急ぎます。(^^♪
alt
altalt
5分ほどで登山口に。。(^^♪
土曜日なので人が沢山居ます。(^^♪
alt
登山口には山頂の神社の鳥居が有りました。(^^♪
alt
こんな感じの広い舗装路が山頂まで続く感じです。(^^♪
alt
普通の神社だと勘違いして思われると大変なので、一応、注意書きが。。
alt
5月30日ですが、気温は29℃有りますので、階段道を登っているとそれなりに汗が吹き出します。(^_^;)
alt
altalt
同じバスで来た人が1個団体となって登って行く感じです。。(^_^)
それにしても、こんなに苦しい登山をしてまで愛宕神社に参拝する日本人。。。
(まぁ、外国人も少しいますが)流石、「神々の国・日本」!
alt
至る所にお地蔵さんが有るのも、古来からの神仏習合の文化です。(*´▽`*)
alt
altaltalt
alt
alt
やがて、京都の街並みが俯瞰出来るところを通ります。(^^♪
こんな小さな子供さんも、お父さん、お母さんとお手手を繋いで信仰登山。
(*´▽`*)
ついつい孫を思い出して会いたくなってしまいます。(≧▽≦)
altalt
alt
 
なにやら可愛い小屋が有ると思いきや。。
alt
かつてはお花屋さんだったところだとか。。
alt
杉林の中、ずんずんと高度を稼ぎます。(^^♪
altaltalt
やがて遂にご本殿の門が。。
altalt
そして遂に山頂の御本殿に到着。(≧▽≦)
altalt
日頃の無事に感謝し、家族や地域・国家の安寧を願います。(*´▽`*)alt
なかなか良い眺めです。(≧▽≦)
alt
こちらは京都北山。。。
それにしても今日は快晴で申し分なしです。(≧▽≦)
バス停から2時間かかって登頂出来ました。(≧▽≦)
alt alt
お昼ごはんは定番で病み付きになったメロンクリームパンと草餅。(^^♪
alt
そして、14時20分発のバスに乗るべく、一気に下山しますが。。。
altalt
やはり61歳の脚では間に合わず、発車5分後に到着。。
バス停前の自動販売機でギンギンに冷えたファンタグレープを購入し、一息つきます。(^^♪
alt
そして今日はあまり運が無いのか、帰りの電車も8000系でした。(/ω\)
altalt
まぁ、阪急さん名物・鎧戸の日除けと格調高い木目調デコラとアンゴラ山羊の若草色のシートを見ることが出来て良しですが。。
alt
しかも、さらに運悪く、「PRiVACE」というJRさんのグリーン車の様な指定席席も満席で、結局、自由席で立乗。。。
alt
梅田駅にも転落防止柵策が整備されるそうで、このホームの美しい電車の「並び」を見るのももうあと僅かです。(´・_・`)
alt
altalt
・・・とういことで、賑わう阪急梅田百貨店前を通り、帰路に就きました。(^^♪
2026年05月26日 イイね!

お小遣い極貧なのに我慢できなくてカーオーディオ付けてしまいました。(ノД`)・゜・。

お小遣い極貧なのに我慢できなくてカーオーディオ付けてしまいました。(ノД`)・゜・。年の3月29日にエブリィを購入して以来、片道2時間の通勤に常用していますが、最安値の仕様のため、ラジオしか付いていません。。(/ω\)
「まぁ、仕方ないか」と思っていましたが、実際使ってみると、移動の間にラジオ局が走行地域ごとに目まぐるしく変わり、ゆっくりと聞いていられない状況に。。。


alt

(これが昭和の匂いがプンプンする純正スピーカー内臓ラジオです。)

・・・・・という事で、我慢できなくなり、オーディオを取り付ける事に。。

しかし難儀な事に、オーディオを取り付けるに際して、ダッシュボードを外してみると、当然、スピーカーもさることながら、電源から本体と本体からスピーカーへの配線すら無い状況で、大掛かりな施工が必要であることが判明しました。(>_<)

そこで、地元に精通している息子に頼んで、社長仲間で車屋さんをしている業者さんを紹介してもらいました。

若い頃は、これくらいの事なら自分で配線をして組んだのですが、歳をとると、何でも億劫になってしまい、少々お金を支払ってもついつい「楽」出来る道を選んでしまいます。(´・_・`)
alt
・・・てな具合で、息子の社長仲間のお店にピットインさせました。。。

オーディオ本体やスピーカー、配線の全てはもうお店にお任せという自分でも信じられないくらいの適当さです。Σ(゚Д゚)

朝イチに工場に入庫させ、施工には丸々1日かかるというので、暇つぶしに近所の運動公園で健康管理のためウォーキングをします。(^^♪
altalt
alt
今、我が街で、保存し続けるか解体処分するかで議論されているC57-110号機
六軒事故の正面衝突・脱線転覆から奇跡的に蘇った機関車なので、私的には保存を続けて欲しいのですが、経費がままならないそうです。
alt
おまけにまたまたヘッドドライとのレンズと球が何者かに寄りパクられています。
(-_-メ)
alt
運転室の前ドアもパクられています。(;´Д`)
alt
後部テンダー車のヘッドライトもレンズと球がパクられています。(>_<)
見て気分を害してしまいました。。(>_<)
alt
気を取り直して、我が街の最高峰・三石山を俯瞰します。(^^♪
alt
どうにか最後のツツジが残っていて、ツツジとの写真が辛うじて撮影することが出来ました。(^^♪
alt
取り敢えず記念撮影をば。。
alt
今年も公園のツツジが観れて良かった。
無事、今まで生きていて良かったと歳をとれば思う様になりました。(´艸`*)
altalt
この公園は私が大阪市から橋本市に移住してきた平成3年(1991年)に完成、以来、プールで泳いだり、息子や娘は中・高生時代にテニスをしたり、私はウォーキングの用途で利用していて、つい最近できた新しい公園だと思っていたのですが、もう完成から35年も経っています。。
alt
私が会社や家庭で行き詰まった時、頭の中を整理するために、夜中によくこのトラックを走りに来たものでした。
altalt
さてさて、
まだまだ時間が余ったので、「おBenz様」の洗車も。。。。

これまでは「おBenz様」のボディは10万円もする特殊コーテイングを施していたため、機械洗車はご法度で、手洗い洗車必須でしたが。。。

コーテイングの更新時期が来て、生活保護並みの給料では予算を立てれないのでもうコーティングは諦めて、手っ取り早く、かつ確実に汚れが落とせる機械洗車機に通すことにしました。(´艸`*)
alt
altalt
いやぁ、それまでは手洗い洗車していた車を、いきなり洗車機に通すのはそれなりに勇気が要りました。(>_<)
altalt
alt

alt
まぁ、1回洗車機を通したら、次回からも遠慮なく後ろめたさを感じることなくガンガンに洗車機使えますので。(^^♪

・・・ということで、エブリィを受け取りに。。。。

alt
エブリィは純正以外のオーディオはサイズの関係で非常に適合するものが少ないらしく、取り敢えず、カバーに会うこの機種を選んでくださったという事でした。。alt
別に、オーディオ本体は遮音性の低い軽貨物バンでは高性能さは求めませんが、せめてスピーカーは後部にも付けて、4スピーカーでということで・・・
alt
荷物を積載しても邪魔にならない程度に取り付けて貰いました。(^^♪
alt

alt

オーディオ本体は支那製の正体不明モノ。。。

部品代の他、工賃は1万円で良いとのことでしたが、今時、1日の作業でそんな安くて良い筈はなく、息子の同級生だし、そこはきちんと正規の料金を請求してくれと申し入れしました。('◇')ゞ
alt

・・・ということで、費用はこんな感じ。。。

正直、大見得を張りましたがお小遣い無い身には少々きつかったですね。(*'ω'*)
alt
・・・ということで、翌日も連休でしたので、オーディオの調子を確かめついでに、エブリィを使用していつもの里山・岩湧山に登ってきました。(^^♪altalt
オーディオは支那製ながらも遮音の効かない車内でもなかなか良い音を奏でてくれましたので、先ずは合格!といったところでした。(≧▽≦)
alt
alt
登山道は最短で登れる急坂の道をチョイス。。(≧▽≦)
alt alt

alt
この時季は新緑がとても綺麗。(´艸`*)
alt
昔、高校山岳スキー部時代に60kgの歩荷を背負って1日に山頂まで3往復させられた赤い矢印の兼松新道はあまりにもの急坂で、土砂崩壊が頻発し、閉鎖されてしまい、黄色の矢印の新たなルートが付けられました。('ω')
altaltalt
この山に高1の15歳の時からもう46年間も通い続け、その度に心を洗われ、癒されています。(´艸`*)
alt
山頂部は4月初旬の山焼きの後、もう草木が生い茂ってきています。。
alt
6月の梅雨時になると草が背の高さくらいになり、展望が悪くなりますので、今が最後のお楽しみシーズンです。(´艸`*)
alt
このシーズンとしては珍しく、支那の毒ガスにさらされることも無く、湿気が多いと言えども大阪市内のビル群が俯瞰出来ます。(´艸`*)
alt
泉北コンビナートの海の向こうは神戸の街並み。。
altalt
山頂で記念撮影。(´艸`*)
altaltalt
いやぁ、実に爽快です。(´艸`*)
alt
日曜日でしたので、それなりに登山者が。。。
altalt
自撮り記念撮影。(´艸`*)
alt
生駒山と大阪府東南部の俯瞰。。
alt
二上山と奈良盆地側。。
altalt
大峰山脈は滝雲がかかり、天気悪化の兆し。。。
いやあ、これだけ俯瞰出来れば今日は文句なしに良い登山日和でした。(´艸`*)
altaltalt
帰宅するとMAMMUTさんに発注した新しい登山用Tシャツが届いていました。
(´艸`*)

さぁ、これからもサンバーに代わり、オーディオを取り付けたエブリィで、安価に済む里山登山しまくります。(´艸`*)
2026年05月20日 イイね!

なんで61歳にして電車の運転士になったのか。みんなからよく質問されるから考えてみた。

なんで61歳にして電車の運転士になったのか。みんなからよく質問されるから考えてみた。

5月に入ってから、私の運転する電車にもう既に友人・幼馴染・先輩・後輩・恩師・元上司・元部下・登山仲間・鉄ヲタ仲間・カヌー仲間などが次々に私の電車に乗りに来てくれて、その数15人。。
土日祝日は毎日誰か知人が運転台の後ろから覗いている状況です。(≧▽≦)



それにしてもわざわざ遠くから大金と時間と労力を費やして私に会いに来てくれるなんて、本当に、感謝と同時に人生の中で、一番の幸せを感じています。

 alt
さて、そんな風にわざわざ来てくださった方々が私に必ず質問されるのは。

「なぜ順風満帆だっただ大会社での国家資格取得の教師を辞めて、年収も全盛期の1/3以下まで下がり、契約社員でボーナスすら無いのにわざわざ片道2時間もかけて通勤して運転士をしにいくのか。」という疑問。。

皆様、私のブログを愛読してくださっていることもあり
「そのうちブログに挙げます」
と回答していましたが、今日、その理由を書きますね。(´艸`*)




時代は遡り、昭和39年(1964年)
alt

私は、生まれた時から今は無き南海平野線の西平野電停付近で、父と母と私の3人で暮らしていました。

母親は体が弱かったため、子供は私1人産んだだけで、その後は流産。。
その当時としては非常に珍しい「1人っ子」という環境で育ちました。
alt
母親は近鉄百貨店の友の会会員と父親が近鉄の株主ということで優待があり、毎日毎日、母親に連れられてお買い物は西平野電停からこんなチンチン電車に乗って近鉄百貨店のデパ地下に行くのが日課でした。(´艸`*)

往路は顔見知りの運転士さんの横に陣取り、汽笛ペタルの横にある「チンチンチン」と鳴るゴングペタルを踏ませてもらい、発車の際に「チンチン」と鳴らさせてもらいました。

復路は肉声放送をする顔見知りの車掌さんの横に立ち、「次はあべの~あべの斎場前~」「恵美須町方面のりかえ~」なんて放送をさせてもらっていました。

周囲の大人の人たちはみんなおおらかな表情でそんな私を見守ってくれた古き良き時代でした。(´艸`*)

今から思えば、これが私と鉄道との深いご縁の始まりです。

そして4歳の頃に国鉄鶴ヶ丘駅と南海帝塚山駅、地下鉄西田辺駅からそれぞれ徒歩15分というところに引っ越し。。。

そこで悲劇が起きます。。

私が7歳で小2になった直後、父親が肺の難病で入院。
そしてそれから1か月後になんと母親も自宅で倒れて救急車で運ばれ入院。。

母親が倒れた日はちょうど授業参観の日で、母親が来ないのを不審に思っていると、近所の幼馴染の女の子のお母さんが、「お母さん救急車で病院に運ばれたよ。」と言って私を連れて帰ってくれて、その後間もなく兵庫県に住む伯母が私を引き取りに迎えに来てくれました。
alt

その翌日からは兵庫県の伯母の家から、西田辺にある小学校まで、1時間半かけて電車通学する羽目に。。。

往路は 東海道本線→大阪駅乗り換え→地下鉄西田辺→小学校

復路は小学校→そろばん塾→自宅→鶴ヶ丘駅→天王寺の母親が入院する病院→大阪環状線→東海道本線

・・・・といった感じで、いささか小2には少しきつい通学コースでした。
alt

しかし、そんな生活の中で、この阪和線の電車が未だ旧型国電全盛の時代であり、様々な形をした電車に乗れるので、それが嬉しくて、今日はどんな電車が来るのかなと楽しみでした。(´艸`*)
alt

殊更、普段は区間快速に使われる70系や・・・
alt

新快速に使われる113系ブルーライナー
alt

快速に使われるレッドライナーが時たま「普通電車」として来た日には嬉しくて飛び上がったものでした。(´艸`*)
alt

103系も東京・山手線から転属してきて、車内の路線図が東京近郊区のまま放置されていた緑色や。。
alt

阪和線生え抜きのブルーが居ました。(´艸`*)
もうこの頃から既に鉄ヲタ化していました。(*'ω'*)

さて、それはさておき、私と入院中の母親との間には母親が教育熱心だったこともあり、相互に決められたあるルールが存在しました。

それは、この阪和線の電車の中で、母親の病院に向かう途中
①今日、学校であった事柄のなかで自分が良くできた事。
②できなかったことや、学校の先生に叱られたことなどの課題点
③明日からどうするか
を母親に報告できるよう、纏めておく

・・・・というものでした。。

小2で7歳という年頃はまだまだ母親に甘えたい頃でしたので、今日は母親に会ったら何からお話をしようかと考えたものでした。

同時に、報告が終わると、母親の胸に飛び込んで思いっきり甘えられる。。

阪和線の電車の中では早く母親に会いたいという気分が高揚し、加速していくモーター音を聞きながら心が弾み、不便な電車通学生活の中で一番安らげるひと時でもありました。。。。
alt

そして、阿部野橋を渡り、母親の元へ。。

自分自身の今日の出来事の報告を終え、ひととおりベッドで横たわる母親の胸の中で甘えさせてもらった後は、
母親が自分の余命が1年ほどであることを悟っていたので常に自分が死んだ時の心構えや、生活、片親の子供に対する世間の偏見などについて、口うるさいほど言い聞かせられました。。

そして母親の予言通り、昭和49年(1974年)6月、母親は他界。。
私が小4で9歳の初夏でした。


以後、叔母の家から自宅に戻り、結婚するまで父親との2人生活が始まる訳ですが・・・

私の心の中にはポッカリと穴が。。。

電車ロス。。。(ノД`)・゜・。

それまで、電車の中が、自分自身、唯一安らげる空間であったのに、それが無くなると、生活にどことなくにぎこちなさが出てしまい。。。
逃げ場が無くなってしまった感じが・・・・

そこからたびたび「乗り鉄」の旅に出るようになってしまいました。。。

そして、61歳になり、人生も最終ラウンド。。。

やっぱ、電車に乗る仕事に戻ることにしました。(´艸`*)
alt

せめて最後の仕事は大好きで居心地の良い電車に乗り、
何の苦も無く仕事をしながら。。。
alt

このまま老いぼれていつかは死に。。。

あちらの世界で、また母親に会って、母親とお別れしたとき以降の人生の一部始終を語れたらなと思っている次第です。(´艸`*)

まあ、妻には自分が好き勝手なことして、給料は下がるわ、ボーナスは無いわ、
2拠点生活になるわで
ごめんなさいと唯々、謝るしかないのですが。(´・_・`)

2026年05月18日 イイね!

感動!41年前の 私の運転士の恩師や前の会社の同僚・部下・お得意様に至るまで、多くの方々が私の電車に乗りに来てくださいました。(≧▽≦)

感動!41年前の 私の運転士の恩師や前の会社の同僚・部下・お得意様に至るまで、多くの方々が私の電車に乗りに来てくださいました。(≧▽≦)

昨年の12月末に61歳で電車の運転士になってからはや5カ月が経とうとしていますが、最近は嬉しいことに、大阪や和歌山から2~3時間かけてまで元会社の同僚や部下・後輩、カヌーや登山仲間が次々に私の電車に乗りに来てくれるようになりました。(≧▽≦)



中でも驚いたのが、私が20歳の時(今から41年前)に以前の会社で電車の運転士の国家試験を受けた際、国土交通省甲種動力車養成所の先生をしていた方、つまり私の恩師がそれを聞きつけて、80歳を超えるご年齢にもかかわらず、私の電車に乗りに来て激励してくださったことです。(≧▽≦)

まだ前の鉄道会社に在職中の後輩の車の運転で朝一番から私の運転する電車に乗車され、9時に仕事を終えた後はそこからまた車で、遠く阿下喜の軽便鉄道博物館へ。。。
alt

alt

この日は月に1度の催事の日でした。(≧▽≦)
alt

久々にお会いした80歳超えの私の恩師。。

41年ぶりの再会です。(≧▽≦)

当時は数ある運転士の学科の中で、最も難しい「運転理論」という教科を教えられていましたが、運転曲線(ランカーブ)やノッチ曲線・電流電圧変位など、複雑な計算式が必要なこの教科は私の大の苦手教科で、
恩師いはく
「お前はホンマにほかの奴より勉強に難儀しとったな~。」と・・・
しかし
「いざ国家試験実技のでは5駅ともパーフェクト制動で距離目測や速度観測も
全て100点満点やったのはびっくりしたな。」ときちんとそのことを覚えてくださっていて、私を後輩の前で持ち上げてくださいました。(≧▽≦)

41年前の生徒の事を覚えているなんて本当に凄い!

私も61歳で電車の運転士になる前は国土交通省の甲種動力車養成所の教師でしたが、はたして41年後に生徒のことを覚えているでしょうか。。

てか、41年後は102歳だから、もう死んでるか。。。

それと
「今日は電車に乗せてもらったけど、あの当時のまま、運転の腕は全然落ちてへんから歳とってもぜんぜん大丈夫や!安心して乗ってられる!」・・っと言ってもらえたのがとても嬉しかったです。(≧▽≦)
alt

その後、保存車両に乗り込み、久しぶりに先生の講義を聞かせてもらうことに。
(≧▽≦)
保存会の方にセンターピンを抜かせてもらいます。(≧▽≦)
alt

今の電車にはセンターピンは有りませんのでこれは珍しいまたとない機会に出会えました。
alt

そしてこの電車は私が運転士になった当時、まだよく走っていた「吊掛式モーター」のため、特有の大歯車ラック&ピニオンが見れると、床板を開けてもらいます。(≧▽≦)
alt

有った有った!
私が若かりし頃に先生に習った
特大歯車が!
恩師は検車掛出身でしたので、車両には大変詳しい方でした。(^^♪
alt

マスコンの中の解説も授業さながらに。。(≧▽≦)
alt

恩師と共に国家試験の実技試験の再現!(≧▽≦)
61歳受験生と85歳試験官。。(≧▽≦)
alt

外からも記念撮影。(´艸`*)
alt

記念館もきちんと見学。。(´艸`*)
alt

この後は、先生方と阿下喜温泉のレストランで少し遅い昼食。。

その後、温泉で裸のお付き合い。(´艸`*)
alt

その後は、私の先導でお決まりの見学コース。(´艸`*)
先ずは丹生川駅の保存貨車群。
alt

B型蒸気機関車は本当に綺麗に保存されていますので、是非とも動態復活させて欲しいですね~(´艸`*)
alt

alt

JR東海さんからの211系も2組成が稼働し始めました。(^^♪
alt

大物車シキ160の前で熱弁を振るわれる先生 (´艸`*)
alt

その後はこれまたお決まりの西藤原駅へ。。(´艸`*)
alt
alt

ここで最後に記念撮影をしてお開きとなりました。(´艸`*)

それにしても41年前、私に運転士国家試験の学科を教えてくださった甲種動力車操縦者養成所の先生が、61歳で運転士になった私をわざわざ時間と費用をかけたうえ、85歳というご高齢にもかかわらず現地まで激励に来てくださった事は本当に本当に嬉しかったです。(≧▽≦)

ご高齢にも拘わらず、お元気な恩師を見て、私もせめて70歳くらいまでは仕事を続けられるよう、健康管理と体力維持に邁進したいと決意をあらたにしております。。('◇')ゞ

あと、嬉しいことはと言いますと。。
alt

毎年2~3回、カヌーを楽しんだ女の子と。。。
alt

沢登りなど「山」のお遊びを楽しんだ娘達がそれぞれ会いに来てくれたこと。(^^♪

みんな結婚して小さな子供も居るのに、旦那様に預けてわざわざ会いに来てくれました。(^^♪

夫婦の男女間の事情。。
ずいぶん変わりましたね。( ゚Д゚)
alt

来る人みんなクチを揃えて、
「いつもの調子で冗談で運転士になると言ってはるのかと思っていたら、本当になってしまいはったんで、びっくりしました。」と・・・

乗りに来てくれた女性を発見した職場の仲間の運転士が、
「あの女性、誰ですか??」と聞いてきたので、

「ああ、昔の女や」と。。。。。(´艸`*)


明日も元職場の部下が乗りに来てくれます。(´艸`*)

みんなわざわざ遠いところまで時間とお金を使って応援に来てくれて、
私の人生、今が一番幸せな時やと思っています。(´艸`*)

プロフィール

「テスラ見学 (´艸`*) http://cvw.jp/b/860472/49123905/
何シテル?   06/03 07:22
ラスト サンバーです。よろしくお願いします。 サイドに大きな六連星を施し、ヒサシ(国鉄・上越型EF58の氷柱切りとも言う)を取り付けたデザインのサンバーは、主...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2026/6 >>

 12 3456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

愛車一覧

スズキ エブリイ 似非宅配車 (スズキ エブリイ)
2026年3月、16年間16万㌔乗ったサンバーのエキマニ&触媒に穴が開き、修理見積が50 ...
メルセデス・ベンツ Eクラス セダン 毎日がグリーン車!キロW213-1 (メルセデス・ベンツ Eクラス セダン)
妻専用車だったAudi A1 からの乗り換え車です。 2年落ちの中古車を諸費用全込総額 ...
アウディ A1 スポーツバック チビイケメンな赤いてんとう虫 キロA1 (アウディ A1 スポーツバック)
平成28年5月吉日 妻車として購入。 過去車登録に変更するまでは私以外が使用するのでS ...
スバル サンバー 客貨両用A寝台「キロネハ二TV2」黒サイ (スバル サンバー)
サンバー絶版の噂を聞き、慌てて平成22年2月に13年落ち15万キロ走行のボンゴフレンディ ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation