春の夢

明け方夢を見た。すぐ飛び起きて時計を見たから間違いはない。



それほど広い場所ではなかった。そこは薄暗い６m四方ほどの鋼板で覆われたブロックだった。
私はそこで仕事をしていた。いわゆる「一人親方」的存在だった。ありがたいことに、勤勉さを買われてここで働いている。
場所は、呉海軍工廠のドック。戦艦大和の後部。吃水線の少し上あたりだろうか。
海軍から基本図面を渡されて、私は細部設計図面と施工工程表を担当士官に渡したのはかれこれ３週間前のことだ。
あれから、薄暗い空間に5人の弟子たちとここで仕事をしている。人手が足りないから、電気工事やら鋼材加工やら、その他雑多な仕事だが何でもこなした。
わずかに空いた隙間から、瀬戸内の海の香りと明かりが差し込む。作業には少し薄暗いが、貴重な電池からの電源は遠慮した。人間の目は便利にできている。真剣に見ようとすれば、目的物が見えてくる。
材料の乏しさから、ゆくゆくは日本が負けることを感じていた。しかし、誰もそれを口にしない。ひたむきに、工夫を重ね不足分を補うべく知恵を働かせた。

本当は飛行機乗りになりたかった。だが、訳あって今は技術で生きながらえている。

昭和２０年４月某日、片道分の燃料を積み、静かに沖縄の海に向かう大和を、岸壁で私は泣きながら一人見送った。
美しい姿だった。世界一の美しく気高くそして日本国すなわち「大和」は、武士道そのものの佇まいだった。

昭和２０年４月７日、北緯３０度４３分１７秒、東経１２８度０４分００秒にて大和没。


あれからもう６８年になる。今は大和のことは忘れがちだった。


どんどんどん。私の部屋のドアを叩く音に出てみると、あの呉海軍工廠でお世話になった技術士官が当時の服装のまま、背筋を伸ばして立っていた。
用件を聞く前に、どうぞ狭苦しくて汚い部屋ですがと彼を招き入れようと誘うが、今日は手身近に事を伝えたいとのこと。
早速、本題に入った。聞けば、私が薄暗い空間で仕事をしていた時の給料を払っていなかったので、人数分の請求書を早急に作り届けて欲しいとのこと。
１億総玉砕の時期、みんながそれぞれに忙しく、その日の食事さえ採れれば給料なんて全部お国に捧げるつもりだった。
だが、６８年経った今、私の住処を探り当てた上、「遅配」分の給料を支払うという。私は涙が止まらなかった。
背筋をピンと伸ばしたまま、「ではお願いいたします」と言い残し、革靴の乾いた音を響かせて階段を下りてゆく当時のままの姿の士官の背に、私は深々とお辞儀するほかなかった。


そして今朝４時、ガバッと寝床から飛び起きたのだった。ああ、夢か・・・・・・・・・・・・。
外はまだ薄暗い帳の名残を残していた。