【阿比留瑠比の極言御免】
護憲派の親米ぶりに感心する
熱心な護憲派ほど、ときに極端な米国追従主義者に思える。彼らがいかに「アメリカ いいなり もうやめよう」(共産党のポスター)と主張しようとも、米国製の憲法を後生大事に押しいただいている姿をみると説得力は薄れてしまう。
「(現行憲法は)連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法も全く素人の人たちが、たった8日間でつくり上げた代物だ」
安倍晋三首相がこう指摘する通り、憲法が事実上、占領中にGHQに押し付けられたものであるのは今では多くの人が知っている。
ところが戦後長く、憲法が米国主導でつくられたことに言及するのはタブーとされ、「押し付け論」を口にすると「右翼だ」「反動だ」と袋だたきに遭った。
本当のことを言ってはならないという「閉(とざ)された言語空間」(文芸評論家の江藤淳氏)が日本全体を覆っていたのだ。その原因はGHQによる巧みなマインドコントロールである。
GHQは占領下の日本で、「中国に対する批判」「戦争犯罪人の正当化および擁護」「占領軍兵士と日本女性との交渉」など30項目の検閲指針を設け、厳しい言論統制を実施した。
その項目の一つが「連合国最高司令官・司令部(SCAP)が憲法を起草したことに対する批判」だ。その結果、「日本の新憲法起草に当たってSCAPが果たした役割について一切の言及」も禁じられた。
GHQは同時に「出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する一切の言及」も不許可としたため、国民は検閲が実施されていることもろくに知らないまま、憲法は日本人がつくったと信じ込まされたのである。
「新憲法は今は『押し付けられた』という言い方をされているが、そのうち必ず尊重を受ける」
米誌「ニューズウィーク」の外信部長だったハリー・カーン氏は同誌の1947(昭和22)年6月23日号で予言していた。首相も著書にこう書いている。
「アメリカは、自らと連合国側の国益を守るために、代表して、日本が二度と欧米中心の秩序に挑戦することのないよう、強い意志をもって憲法草案の作成にあたらせた」
ところが、ここまで好き勝手にされても、いまだに「押し付けではない」と言い張る護憲派が政界には少なくない。時代や国際環境の変化に目もくれない彼らには、「どれだけ米国製品が好きなのだろうか」と感心させられる。
ちなみに、4月25日に発足した憲法96条改正に反対する超党派議員連盟「立憲フォーラム」の役員名簿には、次のような豪華メンバーの名前が連なっていた。
菅直人元首相(顧問)、江田五月元参院議長(同)、岡崎トミ子元国家公安委員長(同)、近藤昭一元環境副大臣(代表)、水岡俊一元首相補佐官(副代表)、辻元清美元国土交通副大臣(幹事長)…。
さぞかし、米国の教えを真面目に守ってきた親米派ばかりなのだろうと推察する。(政治部編集委員)
2013.5.2 11:32
産経ニュース
現行日本国憲法は、1946年(昭和21年)11月3日に公布され、翌1947年(昭和22年)5月3日に施行された。
象徴天皇制を採り、個人の尊厳を基礎に基本的人権尊重を掲げて各種権利を保証し、戦争の放棄と戦力の不保持という「平和憲法」を定める。日本国の最高法規に位置づけられ、下位規範である法令等によって改変することはできない。これに反する法令や国家の行為は原則として無効とされる。
これは戦後、GHQ、とりわけダグラス・マッカーサーが二度と日本に武力行使させず、いかに骨抜きとするかを目的とする草案を提示、当時の日本政府が大急ぎで「完成」させた、いわゆる占領憲法であり、現在、シナが尖閣を強奪するに当たりまことに都合のいいものとなっている。
特に第9条は、マッカーサー草案として日本政府に提示された。その原文は以下のとおり。
War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。
「今や世界を動かしつつある崇高な理想」とはアメリカ軍のことであり、ひいては後の日米安保条約のことである。
引用文にあるとおり、戦前戦中であればレッドパージに会ったような連中は、これで息を吹き返したばかりか、3年余もの長きにわたって政権を弄び、日本をことごとく疲弊させた。
もう戦後68年になる。いい加減占領憲法にしがみついて敵を利するよりは、自主憲法の成立を多くの誠実な日本人は心から願っていると思う。明日の憲法記念日は、改憲派にとっても護憲派にとっても大きな節目になるだろう。
ただ、96条の改正で改憲の敷居を低く設定することには、複雑な思いがあるのも事実だ。
Posted at 2013/05/02 14:36:49 | |
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