
あまりにも耳にし過ぎて、若干ウザいキーワードになっている「平成最後」。ただ、ひとつの時代が区切られることも事実で、感慨深いものもあります。
平成元年といえば、昭和でいうと64年、西暦でいうと1989年。30年前の私は中学生でしたけれど、いまは中学生の娘がいますので、それぐらいの時が流れている訳です。
さて、平成の出来事はメディアでさんざん発信されているので、そちらにお任せします。ただ、個人的な思い出と、そこから得た教訓がいくつかありまして…振り返ってみたいと思います。
「グフ」はカッコ悪いメカの代名詞だった

私自身ガンプラブームの世代なので、旧キットには未だにお世話になっていますし、やっぱり「イイ」です。しかし、ブームが去った後冷静になったキッズ達にとって、ランバラルはおっさんだし、手はバルカンだし、ムチで戦うグフはカッコ悪さの代名詞でした。むしろ、笑いのネタになっていたくらいです。
転機になったのは1998年頃にリリースされた「第08MS小隊」10話(震える山)に登場するグフ・カスタムの活躍と、ガンプラHGUCシリーズ発売のきっかけになったHGグフ・カスタムの圧倒的な出来の良さ。あまりのカッコよさに、評価や価値観ががらりとひっくり返りました。ここでは、
素材の良さを活かす素晴らしさという教訓を得ました。
ノストラダムスの予言に、大人になってもドキドキしていた

多感な小学~中学時代を過ごした身にとって、1999年に予言されていたアンゴルモアの大王が蘇るくだりはとてもトラウマになっていました。同じように富士山の噴火や、関東大震災(※両方とも未だにリスクを抱える)、某宗教法人の事件やPCミレニアム問題など、「ヤバいぞ」という強迫を日常から受けていた印象です。

実際、1999年時点では社会人(おとな)になっていた私ですが、内心ずっとビビっていました。しかしあっさり2000年を迎え…平成バブル時代を迎えるほどの好景気が帰ってきました。そこで、
荒唐無稽な出来事は、なかなか起きないという教訓を得たのでした…
ファイナルファンタジー6は面白くなかった

お金はないけれど時間を持て余していた大学時代、中古のファイナルファンタジー5(SFC)を2000円で購入してめっちゃやり込んでいました。グラフィク・サウンド・ストーリーが頭一つ飛び出していて、コストパフォーマンスの良さはまさに衝撃でした。そして1994年、24メガビットの大容量ソフトとして11,400円(!)で新作の「6」が発売。バイトをしながら食費を削って、やっと手に入れました。

当時最高峰だったグラフィックに異論はなかったのですが、音(とくにパーカッション)が軽い事が気になり始め、ストーリーも「こうすりゃ感動するんだろ?」と鼻に付き、ラスボスのケ〇カに全く感情移入できず、総じた全体の内容の薄さに、時間の無駄だったと本気で思いました。未だに名作と言われる理由が分かりません。
世間の評判は当てにならない、そんな教訓を得ました。
ロードスターに嫉妬していた
クルマに詳しくない中高生だった私ですが、バブル時代の華やかさ・豊かさの象徴として赤いユーノスロードスターが印象に残っています。ただ、ライトウェイトスポーツ云々というよりも、ファッションかぶれで派手な人が乗っているイメージが強く、本当は気になるくせに中二病・陰キャラだった自分にとっては「アホが乗るクルマ」と、嫉妬の対象でした。

ただ、社会人になる頃はNBも発売されており、モデルチェンジされたNAは「貧乏人ご用達」エントリースポーツカーとして、中古屋さんを賑わせていました。そういう自分もファッションスポーツカーとして中古NAを購入しどハマりするのですが、
印象だけで物事を判断してはいけないという教訓を得ました。
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もろもろ書きましたが、普段の生活ではもっと多くの教訓や気づきがあると思います。結婚や出産、大震災なんて人生観も変わりますしね。ただ、この30年を何となく振り返った時に、頭に浮かんだのがこんな話というのが、私の程度が知れますね…
そんな、しょうもない話でした。皆さんの平成は、どんな時代でしたか!?
Posted at 2019/04/26 18:57:42 | |
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