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il pastor fidoのブログ一覧

2024年11月30日 イイね!

改良型MAZDA2-MTギア比の変更?

改良型MAZDA2-MTギア比の変更?[2024.12.27追記]ここでとりあげた変速比は、12月6日にメーカーによって訂正されていました。すなわち、「MT変速比に変更はなかった!」ということでした。
 本ブログは、記録としてそのまま残すことにしました。以下がその本文です。


 「マツダ、4車種で新機種を12月25日に発売」との発表がありました。MAZDA2にも機種の追加があり、新しい諸元表が公開されています。従来どおり6MTはSPORT系と15MBに設定されていますが、変速比が変更されていることに気がつきました。両機種のMT変速比をそっくり入れ替えています。

 わがMT車の選択はMTギア比の選択でもあったので、DJ型(デミオ、MAZDA2)のMTギア比を過去にまとめました。そこで、現行MAZDA2のMTギア比を、そのときと同じ形の表にまとめてみました。表の見方は次のとおりです。
・「ステップ比」は隣り合うギア間の比で、シフトアップしたら回転数がいかほどに下がるかを意味します。
・その隣の列では、最終減速比を乗じた総減速比を算出しました。
・「換算1」はトップギアの変速比が1.000になるよう換算したものです。これにより、レシオカバレッジが5.269や5.555であるとわかります。
・「換算2」は第4速の変速比が1.000になるよう換算したものです。昔の4MTやFRの5MTと同じ表し方になるので、個人的にはイメージがつかみやすいです。

 変速比は1~3速が共通で、4~6速は15MBの方が離れているワイドレシオです。一方最終減速比は15MBの方が大きな値であり、ローギアードです。総減速比を見ると、4~6速は両車とも近い値であるのに対し、15MBは1~3速を加速重視のローギアードにしており、モータースポーツベース車らしい設定です。
 私のMAZDA2のMTギア比は現行SPORT系と同じです。日常運転で困ることはありませんが、山岳道路の経験では、1~3速がローギアードな15MBのギア比の方が合理的かもしれないと感じました。


 新しい諸元表に載っているギア比をまとめてみました。黄色の部分の変速比が逆になっています。SPORT系は4~6速をハイギアードにしているので、高速走行時のエンジン回転数が下がり、省燃費に貢献すると期待されます。一方15MBは4~6速をローギアード化しているので、高速サーキットのようなところで加速しやすくなるのでしょうか。15MBのローギアード化は合理的判断としてあり得ると思いましたが、わざわざSPORTと名付けたグレードをさらにおとなしい方向に変更するのは疑問と感じました。

 このMTギア比の変更について、今回のプレスリリースでは紹介していません。ただ、MAZDA2に車名変更した2019年7年のプレスリリースでもMTギア比には言及していなかったので、そんなものかもしれません。一方、ギア比を変更してもWLTCモード燃費が以前のままなのは、相当疑問です。
 「単なる諸元表の印刷ミスではないか?」という気もしてきたので、念のためメーカーに一報を入れてみました。
Posted at 2024/11/30 19:01:50 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ
2024年11月28日 イイね!

ロンドン往復でのあれこれ

ロンドン往復でのあれこれ 外国旅費が足りない中で、5年ぶりの渡航を準備しました。英国行きは6年ぶりです。ロンドン直行便は論外であり、最安値は上海乗継ぎで15万円ほど。「そこまで安くしなくても」とのことなので、パリ乗継ぎ便を選びました。これまでも使ってきたので、スカイチームのフライトなら若干の優遇を享受できます。

 私のところは成田が便利なのですが、今回は往復とも羽田でした。かつての国際線ターミナルが「第3ターミナル」と名前が変わってから初めてです。出国審査が機械化され、スムーズでした。羽田からの深夜便が増えたためか、出国審査後もかなりの人混みでした。

 羽田空港のメリットはJALのサクララウンジで、居心地いいところです。深夜なのにずいぶん混んでいましたが、JAL深夜便を利用した参加者から後日「機内食を出さない代わりに、ラウンジを開放して食事をさせていた」と聞きました。ふつう国際線では時間帯によらず同じパターンで食事が出てくるので、このような経験はありません。

 今回は往復とも深夜便なので、機内では寝て過ごしました。ウクライナ侵攻に伴うロシア制裁ゆえに、航空機はロシア領内を飛べないので、往路は15時間もかかります。行程の半分を過ぎたあたりで位置を確認すると、中央アジアでなくカナダ北端を飛んでいて、次いで真っ白なグリーランドを横断しました。地球を逆回りしてヨーロッパに入るのは初めてですが、冷戦時代まで使われていた「北回り」であるようです(冒頭の写真)。パリ到着前にロンドンの真上を越えたので、「ここで降ろしてもらえれば早いのに」と思いました。

 乗継ぎは慣れ親しんだパリ・シャルルドゴール空港です。寄るところもないのでラウンジで待機しましたが、朝のためか混雑していました。
 ロンドン・ヒースロー空港では、これまではいつも、入国審査まで長蛇の列でさんざん待たされました。今回はパリ乗継の小型機で到着したためでもあるのか、機械化された入国審査がすぐに通過できて驚きました。

 英国からの出国では、米国の空港と同じく審査ゲートがありません。「去る者は追わず」という思想なのでしょうか。その代わり手荷物検査で時間がかかり、大きめの歯磨き粉を没収されてしまいました。


 帰りのシャルルドゴール乗継ぎはゲートL。娘の希望を受けてマカロンを探すと、簡単に見つかりました。国際線ターミナルではどのエリアにも、この売店があるようです。

 かつてパリ出張の帰りは、早めに空港に到着してくつろぐのが慣わしでした。ゲートLのAFラウンジは、改装工事後は初めてです。洒落たデザインのゆったりした空間で、夜遅いのでとてもすいていました。ダイニングエリアの中央にシャンパンが何本もあるのも見慣れた光景です。これを少し賞味しながら、1時間遅れの搭乗までのひとときを過ごしました。


 帰国フライトは予想どおり、中央アジアを通る「南回り」でした。目が覚めてからは映画などは視聴せず、機内エンタメシステムでトラベルガイド(主要都市の観光案内)を見ていました。コロナ禍で渡航意欲を消失していましたが、このような案内を見ていると、まだ行くべきところがありそうに思えてきました。

※ かつては一般的だったという「北回り」「南回り」の語を加えました[2024.11.29追記]。
Posted at 2024/11/28 21:18:06 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2024年11月27日 イイね!

英国のある町で

英国のある町で 長距離の出張は5年ぶりです。ロンドンから南西100km弱にあるウィンチェスターに3泊しました。歴史的な町のようですが、英国内に点在する参加者の所在地から近いため会議場所として選ばれたようにも思えました。

 Wikipediaには次の記述があります(一部微修正)。
 ウィンチェスター(Winchester)は、イングランド南部のハンプシャーにあるシティ・オブ・ウィンチェスターの主要エリア。ウィンチェスターの町は、アングロサクソン時代にイングランドの首都であった。中世から代表的な巡礼地として栄えてきた。
 歴史的な町の中心にはウィンチェスター大聖堂、12世紀に建てられたグレート・ホール、ウィンチェスター・カレッジがある。ハンプシャー州の州都として、行政、文化の中心である。


 会議のあとの余った時間で、少しだけ散策しました。紅葉はとっくに終わっていましたが、そもそも気温は0℃前後と低く、高緯度ゆえに昼間が短いので、ごく近場だけにしておきました。


 グレートホールの前まで行きました。これはウィンチェスター城の一部だったようで、いまは歴史博物館になっています。

 この近くで出会ったMAZDA2は、国内モデルと同じ外見のブルー(冒頭の写真)で、意外なことにATでした。ヨーロッパの小型車はMTがあたりまえでしたが、今回はAT比率がだいぶ高そうでした。
 

 ウルブジー城は「古い司教の館」とのことです。隣にある現役の建物ではなく、廃墟のようなところです。


 ウィンチェスター大聖堂の前では、クリスマスマーケットが開いていました。ちょうど初日だったようで、とても賑わっていました。二周ほどウィンドウショッピングしましたが、だんだん冷えてきました。


 寒いので大聖堂に入りました。これまでもヨーロッパの散策で疲れると、大聖堂や教会によく立ち寄りました。信仰も知識もありませんが、旅先でその雰囲気に浸るのは悪くありません。今回はずいぶん細長い建物だと思いましたが、実際ヨーロッパで最長の大聖堂であるようです。
 一回り見学すると、パイプオルガンが聞こえてきました。おなじみの「トッカータとフーガ」で、演奏者がテレビ画面に映し出されていました。


 LINEヤフーは欧州内からアクセスできないようにしているらしく、このみんカラサイトも見られませんでした。
Posted at 2024/11/27 20:26:57 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2024年11月16日 イイね!

ツーショット3枚

ツーショット3枚 今回も相互に関係ない3枚のツーショットを紹介します。

 現行ホンダフィットとわがMAZDA2を並べてみました。フィットの方が全高は15mm高いものの、全長は逆に70mm短く、ホイールベースも40mm短いのですが、車室を広くとるデザインであり、長く大きく見えます。ホンダは昔から「マン・マキシマム/メカ・ミニマム」を主張していましたが、これは「Hondaのブレない哲学」だそうです。
 沖縄でレンタカーとして乗ったフィットは好印象でした。車内は広く、独特なフロントピラーにより視界も良好でした。足回りは穏やかで居心地よく、ファミリーカーに適する合理的なデザインです。ハイブリッド(e: HEV)ゆえに燃費も良好で、平均では27km/Lあたりを示しました。
 わがMAZDA2はロングノーズ、ショートキャビンで、後席やラゲッジルームを割り切っています。このパッケージングはファミリーカー向きではありませんが、意外にも硬さを感じる足回りなのでなおさらです。一方、好みの運転姿勢がとれる運転環境であり、パーソナルMTにふさわしいパッケージングと言えます。志賀高原への往復では24km/Lを超えていたので、純エンジン車としては燃費も良好です。


 首都高速辰巳PAでスバルBRZとのツーショットです。MAZDA2と比べるとBRZはずいぶん低く見えますが、ミニバンやSUVを見慣れた今日では、低すぎるとさえ思えます。サイドウインドウの高さはまずまずとしても、リアウインドウから見える後方視界はいかにも狭そうです。
 BRZはMT試乗に同乗したことがありますが、シートは低く、当然のこととして視界もだいぶ低いものでした。私は「高すぎず、低すぎず」の運転姿勢が好みなので、この低さはふだん使いには不便そうです。20世紀にはあたりまえのように走っていた2ドアクーペですが、今日ではマイナーな存在になってしまいました。


 このCクラスは4代目(W205)のようです。モデルチェンジのたびに巨大化してきた欧州のDセグメントの中で、Cクラスは抑制的と思っていましたが、わがアテンザと並べるとだいぶ幅広に見えます。とは言え、カタログ上の全幅は30mm広いだけであり、私が好む「5ナンバーフルサイズ+横幅10センチ」をわずかに超えるサイズに収まっています。大きなフロントグリル、上下幅が狭く見えるフロントウインドウなどにより、幅広に見えているのかもしれません。
 中古車サイトを見ると、これより前のモデルならだいぶ安くなっています。20世紀を長く経験すると、2ドアクーペスタイルについ惹かれるところがあるので、このクーペ版もシンプルでよさそうですが、低めの運転姿勢だとすると合わないかもしれません。
Posted at 2024/11/16 21:40:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ
2024年11月11日 イイね!

志賀高原を振り返る

志賀高原を振り返る この秋の訪問で、志賀高原を捉え直すことができました。

昔の記憶
 半世紀ほど前に夏合宿で初めて行き、高天ケ原に一週間滞在しました。神話のような地名だと思いました。信州大の自然教育園に行ったはずですが、それよりも目の前にある東館山にリフトで上り、歩いて下りたのをよく覚えています。天気も良く、前年の蔵王合宿より楽しめました。
 事前に「家族もどうぞ」と言われていたので、わが家族も2泊3日でやってきました。白いルーチェだったように思いますが、青色に変わっていたかもしれません。家族の部屋には、休憩時間に少しだけ寄りました。

 1980年代に一度だけ行ったようですが、ほとんど記憶にありません。渋川から先がとても遠かった印象があります。クルマはたぶんファミリアプレストで、地味な宿に2泊したものと思います。

 1990年ごろ仕事で縁のあった長野県の人は、オリンピック誘致のバッチをつけていました。長野オリンピックは1998年で、アルペン競技の舞台は志賀高原でしたが、縁がありませんでした。

21世紀になって
 こどもたちが小さいとき、何度か新宿御苑の「みどりの日の集い」に行きました。ネイチャーゲームやワークショップ(かんたんな製作)がお目当てでしたが、自然公園の紹介コーナーがあり、各地のパンフレットが入手できるのも魅力でした。
 あるとき何かゲームをやったら、「おめでとうございます!景品は志賀高原のガイドツアー券です!年内有効です!」と大騒ぎでした。志賀高原には惹かれましたが、ロングドライブが好みでない妻と車酔いしやすかったこどもたちを連れて行くには、あまりに遠い・・・。残念ながら、ガイドツアー券を使う機会はありませんでした。

 こどもたちが中学生になってから、志賀高原への家族旅行を決行しました。信州中野ICを下りると容易に入れるのに驚きました。最大の目的はガイドツアーで、木戸池から自然教育園を経由して蓮池あたりまで歩きました。自然探勝コースと思われるこのコースは、下り基調で歩きやすいものでした。学校の先生のような語り口のガイドさんからは、解説だけでなくいろいろ質問が飛んできて、楽しく散策できました。

 滞在は奥志賀のホテルで、スキー宿のような部屋でした。8月は期間限定営業で、スキーシーズンがメインのようでした。
 路上では、大手進学塾Wが手配した大型バスをたくさん見ました。夏合宿を志賀高原でやっているようで、こどもたちを大勢乗せたバスが行き交っていました。きっと参加者の入れ替え日だったのでしょう。

今回訪問して
 当初別の目的地を考えていましたが、直前に志賀高原に決めました。半世紀前と同じホテルも考えましたが、条件に合う部屋がありませんでした。
 東館山から眺めると、高天ケ原はずいぶん近く見えました(冒頭の写真)。夏合宿のときはここを歩いて下りましたが、確かにこれなら簡単そうです。当時滞在したホテルの玄関先までクルマで行ってみると、建物は同じに見えました。半世紀ぶりの母は「そのときの光景が目に浮かぶ」と懐かしんでいました。

 クルマで一ノ瀬地区へ行くと、ホテルが建ち並んでいました。この日はほとんど営業していないように見え、寂しげでしたが、改修工事中のようなところもあり、スキーシーズンに向けた準備が進んでいるようでした。家族旅行で泊まった宿はその先にあり、閉鎖されたような外観でしたが、ウェブサイトには12月から営業予定とありました。


 今回の宿のおかみさん(支配人?)とお話ししました。志賀高原には50年ほど前に合宿で来たことを告げると、「△塾でしょう?」との即答。
・△塾の夏合宿には何年も対応した。規模が大きいので、近所のホテルとも協力した。
・食事と勉強が同じ部屋なので、準備と片付けがとにかくたいへんだった。
・人手が足りないので、その時期だけ学生バイトや居候を増員した。
・苦労が多かったが、おかげでいい商売をさせてもらえた。
などなど、当時の苦労話が次々と披露されました。さらに「△塾のメダルとスタッフ用ジャンパーを今も持っている」と見せてくれました。
 私の記憶とは少し異なるので確認すると、私の滞在より10年ほどあとの話でした。△塾は既になく、いまは進学塾Wの夏合宿を受け入れているとのことでした。

 スキーシーズンが繁忙期となるこの地域ですが、かつてよりスキー人口が減った今日では、宿の経営もたいへんそうです。夏は余裕がありそうなので、確かに夏合宿の適地なのでしょう。国立公園とは言え、スキーコース用に伐採された山肌が目立ちますが、散策すべき高原、湿原などがいろいろあります。人の手が加えられた地域であるがゆえに、アクセスが容易とも言えます。
 訪問客はさほど多くなさそうなので、ロングドライブの楽しみも含め、機会を作って再訪したいものです。
Posted at 2024/11/11 20:39:22 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

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