
自験の「実録」を「どぶろっく」バージョンでご紹介します。
菊池桃子さんは、この10年間で、「ある偉業」を成し遂げました。文芸の神に、「汝がそれを記録に残すのだ」とあらがえない大きな力で命じられた感があり、運命として受け入れたいと思います。
――11年前、ステージ上の桃子さんが、戸惑いを見せたことがありました。
MOMO CANSHAライブツアー2015では、ファン投票でセトリが選定される企画になっていました。
「次の曲は、レコーディングのときを含めて、人前で3回しか歌ったことがないんですよ」という前置きを経て、イントロが始まりました。12枚あるシングルや数々の定番曲を押しのけ、ファン投票の上位に食い込んだ「青山Killer物語」という曲でした。
ラ・ムーの4thシングル「青山Killer物語」は、桃子さんが初めてチャートのトップ10から陥落した不名誉な記録を残していました。オリコン最高位19位、セールスもキャリア最低の2.1万枚となり、歌手活動を休止する流れになってしまったのです。「卒業―GRADUATION―」が39.4万枚売れたのとは、比べようがないほどの低迷でした。あえて数字を示すと、前同比5%です。95%のファンを失った絶望感には、計り知れないものがあり、それが芸能界の厳しさでもあります。
ところが、この曲に限っては、SNSやYouTube等を通じて、緩徐に再評価されていく流れが起こり、桃子さんも投票結果に驚愕している様子でした。同時に、彼女の中に、ラ・ムーでの活動を十分に応援してもらえなかった残念な思いがあるのを知りました。「当時は、SNSがなかったから、非難されたり、笑われたりしても、それほど傷つかなくて済んだ」と語っていたように、周囲からのネガティブな評価をかなり感じていたわけです。こうした経緯があったため、歌唱前に何度も、「みなさん、本当にラ・ムーを聴きたいですか?」と問いかけられました。観客席から、「俺は、ラ・ムーが大好きだったよ」というような声が飛んでも、桃子さんがそれに反応することはありませんでした。
あのときの自分は、どういうわけか、東京公演の抽選にすべて落選し、大阪公演での最前列中央1枚だけが当選していました。この流れで、ラ・ムーの思い出を語る桃子さんを目の前で見つめることになりました。表情の細かいところまでよく見えており、静かな憤りを含めた負の感情を直に受け止めました。そして、延々と後顧の憂いに苛まれ続けていました。――ゴメンね、桃ちゃん。あの頃のラ・ムーをもっと応援してあげられなくて。
そして、この痛恨ともいうべき、忸怩たる思いは、以後9年近く続きました。
2025年の夏から始まったPeachful Daysライブツアーは、海外での3公演を経て、フィナーレの東京公演を迎えました。幸運にも、あの日と同じように、目睫に迫る場所から桃子さんを見つめる特等席にいました。終盤になり、ステージ後方にあったカーテンが外されると、巨大なガラス張りになっており、六本木のリアルな夜景が現れました。そこから、怒涛のラ・ムー3連発です。「青山Killer物語」「TOKYO野蛮人」「愛は心の仕事です」と続きます。アンコールの「Say Yes!」では、会場中がスタンディングになりました。
好きな曲を4曲選んで欲しいと訊かれたら、迷わずこの4曲を選びます。それがラスト4曲に勢ぞろいするなんて、驚きです。桃子さんと以心伝心になれた奇跡でした。
冒頭に記した桃子さんの偉業とは、――路線変更が歌手生命に甚大な影響を及ぼし、商業的にも失敗した38年前の作品群を、この10年間で自分の代表曲にまで押し上げたことです。「愛は心の仕事です」は、NHKでも歌唱しており、ゲストの世良公則らから絶賛されていました。
実録は、以上です。
ここで、「どぶろっく」師匠の登場です。
――もしかしてだけど、宝石箱のような夜景を見せつけて、「Say Yes!」と、俺を誘惑してるんじゃないの~。
Twilight
一度だけ好きだよとささやいて
私を泣かせてよ
Posted at 2026/03/07 09:01:58 | |
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