さてさて、岡山駅に宿泊した翌朝は115系の湘南色車や黄色(末期色)の中でも未更新車を探しに7時から岡山駅のホームで張り付くことにしました。(^^♪
するとどうでしょう!岡山駅の赤穂線ホームに行くと、いきなり115系湘南色が出迎えてくれました。(≧▽≦)
今回の旅行で2度目の湘南色車です。(≧▽≦)
1906M 備中高梁発播州赤穂行普通
オープニングからなんとラッキーな事でしょうか!
しこもこの電車、運用を調べると播州赤穂で折り返して、糸崎行に充当されることが判明! なんと今から播州赤穂で折り返し、糸崎まで約4時間46分も乗車することが出来ます。(≧▽≦)
通学時間で、郊外の高校へ行く高校生で3両の電車は大混雑です。(≧▽≦)
この日は、未更新車に乗れなかったら伯備線のワンマン115系で米子へ出ようと思っていましたが、急遽予定を変更にして播州赤穂に向かいます。
朝もやかかる風景の中を、大音響のMT54型モーターを唸らせながら、亜幹線扱いで線路状態の悪い赤穂線内を大きく車体を揺らせながら爆走します。(≧▽≦)
昔の国鉄型通勤&近郊型電車はみんなそうだった、懐かしい灰緑色の無機質なデコラ板と戦前規格の弁当型非常通報釦がいかにも昭和の電車という雰囲気を醸し出しています。
車号札は悪質な鉄ヲタに盗難に遭ったのか、シールが貼られていました。
妻や会社の若者グループとよく牡蠣食いBBQに来る日生駅も通ります。
(≧▽≦)
そして1時間17分の乗車で兵庫県・関西の通勤圏内の播州赤穂駅に到着!
223系の姫路行が待っていて、下車客の殆どが吸い込まれて行きました。
(≧▽≦)
ホームで記念撮影すると異変に気が付きました。。
行き先が「糸崎」の筈がなんと「岡山」に・・・(=゚ω゚)ノ
最初は方向幕の設定ミスかなと思いましたが、おかしいなと思い、調べなおすと、水曜日だけは岡山止ということで、まんまとそのパターンに嵌ってしまいました。
(ノД`)・゜・。
JRさん得意の、昼間に電車を止めて線路工事をするというパターンです。
(*´Д`)
気を取り直して、もう本当にこれが115系未更新湘南色車との最後のお別れですので、車内のパーツ類をカメラに収めます。。。(^^♪
無機質な灰緑の内装はステンレス地剥き出しの扉と相まって、無機質な国鉄型を象徴していて素敵です。(≧▽≦)
シートがブルーではなくなっているのは残念ですが・・・
2段窓。。。
国鉄型の象徴・コート&ハットホルダーと、定期列車では使われる事はなかった座席指定番号。。
危険感のある手摺と、これまた飾り気のない床材。。
国鉄規格戦前型スピーカー。。
これぞ THE 国鉄型!
幼少の頃、このタイプの電車が、様々な行き先を掲げて行き来していて、その姿は青い103系や旧型国電で通学している私の憧れの的で、 今日、鉄道ファンや一人旅が大好きになる礎を築いてくれた車両でも有ります。。(*´▽`*)
このBOXシートを見ると、幼かった頃と同様に、今でもワクワク&ドキドキするとともに、知らない遠い遠い町にに誘ってくれるような旅情を感じます。。(*´▽`*)
余談ですが、営業職時代に出張中の新幹線電車の車窓でよく見た「727」の看板が赤穂線にも有りました。。(^^♪
釣られて検索してみると、市販されていない美容化粧品会社ということで・・・・
全国各地の新幹線車窓で見られる謎の看板が赤穂線に。。。。
・・・と思って見ていると、反対側の車窓に赤穂線に並行して左側に新幹線の線路が有りました。(^^♪

派手な色の115系が2本並ぶと華やかですよね~(≧▽≦)
そして、この日は残念ながらこの岡山駅で入庫となってしまいました。。(*´Д`)
同様の湘南色・原形の115系はもう1本居ますが、これも今日は岡山の車庫に収容されているのを確認し、万事窮す。。。(^▽^;)
暫く岡山駅で115系を撮影してからは、明日からの仕事に向け体力温存のために帰宅することにしました。(^^♪
余命あと2カ月の381系国鉄色にも出会えました。(^^♪
入線してきた113系相生行きに乗車。。
近日中の廃車前提で行き先表示器が外されてしまっています。。
山陽本線岡山~相生間は吉井川沿いに走る箇所がビュースポットです。(^^♪
なんとこの113系、下窓を開け全開出来る機能が残されている車でした。
113系は115系と違い、頭上の大きなドアエンジンBOXが特徴です。。
終点の相生でほぼ全員が姫路行に乗り換えます。。(^^♪
姫路駅で新快速に乗り換え、着々と大阪に近付きます。。
お小遣いが有れば岡山から新幹線に乗るんですがね~(ノД`)・゜・。
そして驚くべき車窓からの発見!
なんと、去年の3月に引退した和田岬線の103系が未だ西明石に居るでは有りませんか!(=゚ω゚)ノ
乗務員の訓練用なので、未だ残されているのかな???
有り得ないだろうけど、もう1度営業運転をしてほしいものです。。
明石海峡大橋を見ながら、103系に思いを馳せていると、そう言えばもう2カ月後に大和路線の201系が全廃されてしまうことを思い出しました。
そうだ、未だ夜まで時間が有るから、今日は大和路線の201系に乗ろうと閃き、新今宮駅で下車しました。。
しかし来るのは置き換えられた221系ばかり。。。。
30分後にようやく反対方向に201系が充当されているのを目撃し、その折り返しを待つことにしました。。(^▽^;)
新今宮駅で待つこと45分。。。
ようやく先ほどの201系が折り返してきました。(^^♪
1980年にデビューし、私の中では更新された内装も含めてまだまだ「新車」の域なのですが、もう廃車になるとは驚きです。。
ドアは国鉄型の名残でステンレス地剥き出しのままです。。
天井も蛍光灯剥き出し。。
本当にこの車両が廃車だなんて「勿体ない文化」で育った関西人なものですから、心から勿体ないですね~(ノД`)・゜・。
車庫には未だ201系が休んでいましたので、そこまで数は減らしていない様子ですが、もう風前の灯という事には違いない様ですね。。。(ノД`)・゜・。
デビュー当時はこのブラックフェイスがとても未来的に思えましたが、今でもこの額縁型ブラtックフェイスデザインは色褪せていないと思います。。
デビュー当時は阪急さんの8000系や南海さんの8200系、9000系などが影響を受け、このデザインを踏襲しました。。(^^♪
いやぁ、今回の鉄ヲタ行脚の最後は思いもよらぬ大和路線んの201系で〆となりました。(^^♪
3日間のお遊び行脚で、妻に罪悪感を感じ、難波の高島屋さんでオーストリア・ウイーンのケーキ屋「DEMEL」さんのケーキを買って帰ります。。(^^♪
自宅に帰ると孫がプラレールで遊んでいて、早くこの子と鉄ヲタ行脚したいな~って思いました。(^^♪