東京大空襲から60年

1945年3月10日未明、房総半島方面から侵入したアメリカ軍のＢ２９爆撃機は、現在の江東・墨田・台東区など東京の下町におよそ１,７００トンもの焼夷弾を投下した。東京大空襲である。
　この２時間ほどの攻撃の結果、本所、深川、向島、浅草、日本橋一帯３０平方キロ余りが焼き尽くされた。死者は１０万人以上と推定され、いうまでもなくその多くが民間人だった。

　言うまでもないことだが、民間人や非軍事施設を攻撃目標にすることはハーグ陸戦協約など戦争の「お作法」として各国が結んだ取り決めによって禁じられている。この以前に東京を空襲したドゥーリトル爆撃隊のパイロットには、協約違反で軍事法廷（日本の主催）で死刑を言い渡された者だっているのだ。

　４５年３月１０日の東京大空襲を発案・指揮したのはカーティス・Ｅ・ルメイ少将（当時）という人物だ。広島・長崎市街地への核攻撃にも、この人物は関与していたという。彼の主張は大筋こうだ。
「東京の下町は、家内制手工業による軍需物資の製造拠点である。非軍事施設ではなく軍事目標だ。住民は民間人ではなく、軍需産業に従事する戦争協力者である。敵を、焼き殺せ」。

　ドゥーリトル隊の哀れなパイロットは日本の軍事支配地域で撃墜されて捕虜になったために銃殺刑に処せられたが、ルメイ将軍はその後、大将の階級を得た。のみならず彼は、１９６４年に日本国政府から勲一等旭日大綬章を授与されている。
　敗戦から僅か１９年。その年に生まれた赤ん坊がまだ成人にもならぬうちに、日本の政府は１０万の単位で自国の民間人を無差別に殺した人物に、国としては最高に近い栄誉を与えたのである。授与の理由は航空自衛隊の創設に多大の貢献があったから、とされている。

　ルメイが東京の下町を住民ごと根こそぎ焼き尽くす軍事行動を正当化するのに使った理屈は、ややアレンジされてバグダッド市街を攻撃する時にも持ち出された。だがまあ、このことを一方的には難じまい。よく似た理屈を使って日本も重慶の市街を空襲したのだから。

　ただ一つ、（特定の国やグループに属さないという意味において）中立な国際司法裁判所があったとすれば、カーティス・Ｅ・ルメイ将軍や彼に連なる都市爆撃実行責任者はことごとく裁きの場に引き出され、断罪されねばならないであろうことは言える。
　そして世界の警察にして正義の国アメリカ合衆国は、現実に行なわれている国際司法裁判所の設立提案に頑強に反対しつづけている。その事から考えると、どうやら自覚はあるのだろう。