「乗ってる車じゃわからない」話

乗っている車や着ている服の趣味で、ある程度その人の人となりの傾向性がわかる、とはよく言われる話だ。スポーツカーを選んで乗っている人が、まさか車に興味がないとか運転が嫌いだとは普通、思わない。しかし、物事にはすべからく例外がある。

　今からもう10年も前のことだが、当時勤めていた会社の先輩にTと言う人がいた。所属部署が同じで同じ独身寮に入っていたから割とよく話をした。彼が乗っていたのは紺色のサバンナRX-7（所謂FC）だったので、実家からさらってきた中古のセダンに乗っていた僕はある時「車、お好きなんですねー」と羨望混じりに話し掛けた。ところがT氏から返ってきた答えは「いや、全然」。

　「俺さー、運転、嫌いなんだよ。誰かが代わりに運転してくれたらいいのにって、いつも思ってるんだ。それに俺の車、乗り心地が悪くてさー」冗談ではなく、真顔でこう言うのだ。そして、理想はクラウンのリアシートだと言う。そんな人が、何だって選りにも選ってRX-7なんぞに乗るっておるのか。

　理由を聞くとこうだった。僕らの住む独身寮は、最寄の駅から徒歩1時間弱、路線バスもないロケーションで、日用雑貨の買出しに行くにも一番近い店まで徒歩30分と言う環境だ。車は必需品なのである。そこでT氏も車を探していたところ、ちょうど転勤で車を手放す人がいて、格安で譲ってもらった。それがたまたまRX-7だったとのこと。車に興味のないT氏は、RX-7がどういう車かそのときまで全然知らなかったらしい。

　譲り受けはしたものの、「乗り心地も燃費も悪いので何度も乗り換えようと思った」そうだ。けれども「譲ってくれた人は愛着があったらしくて時々車の様子を聞かれる」から、乗り換えられないのだと溜息混じりに話す。義理堅い人なのだ。

　T氏のような人は例外中の例外だとは思うが、スポーツカーに乗っているからと言って、運転や車が好きだとは限らないと知ったのは新鮮な経験だった。