
(
Yucky氏のエントリーにつけたコメントの大幅加筆修正ですが、内容上、自分のエントリとして上げて置く方が妥当だと考えたので)
最初に、状況を整理しておく。
山口県光市で'99年に発生した母子殺害事件の裁判は、一審の山口地裁と二審の広島高裁は、検察側の死刑求刑に対して無期懲役の判決を下した。これを不服とした検察側が上告、最高裁は控訴審判決で広島高裁の裁判官が認定した程度の情状内容では死刑を回避する理由にはならないとして広島高裁に差し戻した。
当初被告側は殺人罪を適用した起訴事実に関しては争わなかったが、上告段階で交代した弁護側は従前の弁護方針を転換、検察側提出証拠の再鑑定を依頼するなどした結果「本件事件に適用される罰条は殺人罪ではなく傷害致死罪である」との主張を行うようになった。
これだけならば、途中から主張をコロコロ転換する被告人を裁く公判として、比較的よくある事例の一つに過ぎない。ところが上告審から弁護を引き受けた安田好弘弁護士が(やらなきゃいけない義務があるわけでもないのに)記者会見をして弁護側立証の杜撰さを批判するだけに留めときゃいいものを、傷害致死を主張する根拠として被告人の言い分(常識的には到底受け入れられないような内容の)を開陳したりなんかしたもんで、法廷の外――世間一般と言い換えてもいい――に激烈な怒りの旋風を巻き起こした。
僕に関する限り、この会見の模様を報ずるニュースを見て思ったたのは「うっわー、説得力ねぇ~。こんなリクツで殺意(検察主張)を否定するのは無理だわ」だ。まあね、確かに証拠に基づいて犯行の状況を再現すると言うのは三題噺にも似て、同じ材料から違ったストーリーを構築することは可能なんだけど、よくできたストーリーもあればお粗末極まるストーリーもあるわけで。
湧き上がった感情については敢えて述べない。胸糞悪すぎて、僕のボキャブラリじゃ表現しきれないからだ。日本の刑事司法制度が要求する法の正義の実現のためには勿論、たとえ極刑に処すべき犯罪者であっても――否、極刑が予想されるならばなおのこと――手順を踏んでその言い分を主張させなければならないのだけれども、このときばかりは「二度とものを言うんじゃねえ」と思った。
単に被告人の舌を引き抜いてやりたいとと思ったのみならず、最初から大嫌いな安田弁護士を、今までにも増して嫌いになったことも確かである。ま、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなのだと言うことは判っていても、感情が湧いて来るのを抑えるのは中々できないものである。
それはそれとして。問題は、この次に「世間」で起こったことだ。
大阪弁護士会に所属するタレントの橋下徹弁護士が大阪ローカルのテレビ番組で、安田弁護士をはじめとする被告人側弁護士は「弁護士の品位を汚すべき非行」を行っているからと、弁護士懲戒請求の申立を奨励した。これはいかん。どんなに腹が立とうが、それはマチガイなのだ。少なくとも法律家が口にすることではない。
どういうことかと言うと、弁護士懲戒制度の仕組みは刑事告発制度とほぼ同様の運用をするもので、犯罪事実を知った者は何人(なんぴと)でも刑事告発を行うことができるのと同様に、弁護士の非行を知った者なら誰でも(=年齢や性別、職業や資格、国籍等々によって制限されることなく)懲戒を申し立てられる。
しかし刑事告発が、犯罪事実がないのに行ってはいけないのと同じで、弁護士懲戒制度もきちんと非行事実の証拠・根拠を添えなければいけない。何が非行に該当するのか最低限の知識がないと、請求したことで逆に業務妨害や信用毀損などの犯罪になってしまう。そして、それだけの材料を当事者(今回で言えば事件担当の検察官と裁判官、被告本人の三者)以外が準備できる可能性は、きわめて低い。
ところで、具体的にどういう行為が「弁護士の品位を汚すべき非行」にあたるかも問題になる。実はこれに関しては、明文の規定がない。ないのだが、通常『弁護士の品位を汚すべき非行』とは、犯罪行為を行ったとか不法行為に手を染めたとか依頼した仕事をちっともやらないで損害を与えるなど、弁護士が被告として法廷に立たされるようなケースを指す。所謂『悪徳弁護士』ってやつだ。
いずれにせよ刑事訴訟法に則った被告人弁護の活動が「品位を汚すべき非行」に当たることなどありえない。
また公判期日のすっぽかしに関しても、これが本当に重大な行為ならばまず訴訟指揮に当たる裁判官が動くし、先にも書いたとおり「懲戒に値するほど悪質なすっぽかしかどうかを判断する証拠」を、当事者ならざる立場で立証するのはまず不可能である。
橋下氏は先日の記者会見で、被告人弁護側が弁護方針を転換したことについて国民一般に対して説明がなされていないことを指摘して、これが品位を汚すべき非行であると言っているようだが、この言い分は論外だ。
そもそも刑事裁判とは、裁判官に対して被告側もしくは検察側が自陣営の主張の正当性を訴え受け入れてもらい判決を得る場であって、そもそも国民一般に向かって説明を行うものではない。被害者本人や被害者遺族でさえも、裁判の当事者ではないのだ。まして、国民一般に当事者性など全くない。裁判の当事者ではない相手に向かって説明を怠ったから懲戒に相当するなどとは、呆れ果てて言うべき言葉もない――ではなく「
橋下さん、アンタもう弁護士バッジ外せ。」だ。
橋下理論でいくと、マスコミで大々的に報道されるような世間の関心が高い事件の被告人を本気で弁護すること=懲戒対象となりかねない。世間の感情に阿った弁護しかできなくなる。刑事裁判では、検察側と被告人側に圧倒的なパワーバランスの不均衡があるので弁護士なしでの法廷開催はできない決まりになっているのだが、それでは刑事裁判そのものができなくなってしまう。どうも橋下氏はそれでも構わないと――憲法の定めをないがしろにしてかまわないと――会見で発言したようだが、これはもう法律家として全く不適格と言うほかない。
刑事司法において「法の正義を実現する」というのは、検察にあってはあらゆる証拠を駆使して被告人の犯罪行為を立証し、弁護士にあってはトコトンまで被告人の言い分を代弁する、その裁判全体を通じて、最終的に達成される。法曹三者の内どこか一角だけが「社会正義」を実現するものではない。
そこんとこ勘違いしたまま「法律家として」なんて言っちゃう橋下氏には、ホントご退場願いたい。つーか、大阪弁護士会宛に懲戒請求出しちゃおうかなあ。この件に関して言えば、記者会見における発言が「証拠」になるし。2時間半やったとかって話なんで、それ全部聞かなくちゃいけないんだけど。
ま、そうは言っても僕自身、母子殺害事件の犯人である被告人に相応しい刑罰は死刑以外にないと僕思っているし、安田弁護士の喋ってることを聞くと張り倒したくなるんだけれども、そのことと日本の国法が要求する刑事裁判における弁護士に与えられた仕事とは切り分けて考えないといけない。
でもなんとなーく今から、どんな判決になるか予想はつくような気がする。それは、こんな感じ。
「被告側は『取り調べ段階から一貫して、殺意はなかった旨の供述をしている』として本法廷においても同様の主張を行った。具体的には被害者女性の遺体頚部の扼痕が検察主張と整合しないことをもって殺意がなかったことの根拠としている。しかしながら、仮に扼痕が被告人弁護側の主張するとおりの状況で生じたとしても、被害者が窒息死に至るまで執拗に頚部を圧迫し続けていることから殺意がなかったとまで言うことはできず、弁護側主張に理由はない。そうすると被告人は、犯行当時から現在に至るまで、自己中心的で身勝手な弁解を繰り返すのみで、自己の犯罪行為と向き合うことも反省をすることもなく7年余を過ごしたと言うべきであって、犯行時点で被告人が若年であったことを考慮したとしてもなお、極刑を回避するに十分な理由とまでは言えない」云々。
ああいう弁論をしているのだから、裁判官も心置きなく判決文に「主文。被告人を死刑に処す」と書くことができるだろう。もしそうならなかったら?そりゃ、あーんな被告側主張に押し負けた検察の立証が杜撰だということだ。それに、「まだ最高裁がある」。
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2007/09/07 21:39:45