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惰眠のブログ一覧

2004年01月19日 イイね!

Day Two -Morning- : 走りなれた通勤路

Day Two -Morning- : 走りなれた通勤路以前、アテンザを借りた時には図体の大きさを些か持て余した通勤コースにアクセラで乗り込んでみた。
着座位置が高いせいで実際以上に大ぶりな車に乗っているような錯覚を起こしたが、左前方の「見切り」が悪くて電柱にほおずりしちゃったランティスに比べれば、どうということもない。走りづらいけど。

 しかし交通量の多い道をそれなりに急いでいると、慣れ親しんだ車とは別の車種なのだから違っていて当然なのだが、ドアミラーの取り付け位置が後ろ過ぎて見づらいことに気付く。
500ならば、チョイと流し目をくれてやれば視界に入ったドアミラーなのだが、アクセラの場合流し目をくれた目尻の端になんとかミラーが見えている、といった加減なのだ。
かてて加えてルームミラーも横方向の視界が狭いため、端的に言って後方確認がかなりしづらい。ルームミラーで見える景色と、ドアミラーで確認できる景色が上手く意識の上でつながらないことにも難渋した。慣れてしまえば多分、どうということもないのだろうが気にはなる。

 ロードノイズの遮断や、エンジン回転を3000以下に抑えているときの静粛性は中々のものだと思う(回すと途端に騒々しくなる)。けれど、昨日REOパパさんにしばしハンドルを預けた時にも話したのだけれど、アテンザのほうがどことなく機械として上等な感じがあった。
ま、向こうのほうが一クラス上の車なのだから、そうでなくちゃ困るのだけれど。

 それにしても、燃料計の針の動きが妙に速いように感じるのは気のせいだろうか。
Posted at 2004/01/19 22:24:34 | コメント(0) | 日本の車 | 日記
2004年01月18日 イイね!

Day One -Midnight- : 夜の道でアクセラを走らせる

Day One -Midnight- : 夜の道でアクセラを走らせる夜、ちょっとした所要のついでにアクセラで空いた都内を走ってみた。
 借り出してからここまで、どれほども走ってはいないのだけれど既に違和感として感じているのは①アシストの強すぎるパワステ、②小さすぎるブレーキペダル、③ペダルを踏んでもダイレクトに加速しないオートマの悪癖、④肩回りの空間がムダにある、などなど、主としてユーノス500との「違い」に原因があるものだ。
 それらとは別につくづく思ったのは、カーナビと言うのは大層便利―とりわけ、VICSの交通渋滞情報は―なのだけれど、全然道を見なくなる、と言うことだ。
ナビをつけていると道を覚えなくなるとは昔から言われているし、僕もかつて一度ほんの短時間、ナビの案内に身を委ねてみた経験からもそれが事実だと感じているのだが、それは要するに「機械任せで思考が停止するから」憶えないのではなくて、ナビの案内に神経が行ってしまい実際の道路状況を―周囲の車とか歩行者などの交通環境は(辛うじて)別として―「見ていない、見ている余裕がない」から憶えられないようなのだ。
 なんと言うか…自分で車を運転している実感が極めて乏しく、なにかしら輸送機械を淡々と目的地まで移動させてるだけ、といった気分にさせられる。
これは、運転と言う行為そのものが好きな僕にとっては、違和感どころの騒ぎではない。車、運転する意味ねーじゃん、とまで思ってしまうほどだ。

 さて、ガラガラの道をちょっと人に言うわけには行かないスピードでアクセラを走らせると、オイオイこれはちょっと凄いんじゃないの?
ブレーキを踏み増したときに凡百の(ユーノス500も含む)車では「もう限界~っ!これ以上踏んでも制動力は増えないよぉ~」と言う感覚が押し寄せてきて、冷や汗をかいたり最悪衝突したりするのだが、この車は「もうちょっと制動力が欲しいのか。任せとけ」てな具合に極めて安定して減速していく。
いつぞやの説明会で谷岡主査が自慢したとおりである。
 また、人に言えないスピードで旋回したときも、舵を切れば遠心力なんか知ったことかと言う調子で鼻先が軽快に…と言うよりはかなりシャープにインに向いていく。そのせいで橋の欄干に突撃しかけて(あんなに曲がるとは思わなかった)冷や汗をかいたのだけれど。

 ありていに言って、キャビン内の肩回り空間がダブっと広く、実際のボディーサイズも1700ミリを超えるアクセラは、運転していても、ずんぐりむっくりした乗り物に乗っている感覚が付きまとう。
それにもかかわらず、ハンドルを切るとスパンと鼻先が切れ込んで鋭角に旋回するのだから、なんだかちょっと薄気味悪いくらいだ。
試しに、川沿いの狭いクネクネ道を非常識なスピードで駆け抜けてみると、なるほどアクセラは真っ直ぐでない道をすっ飛ばすのが楽しい車なのだとよく判った。
その一方で、普通の道を普通に巡航すると、今度は極端に退屈になる。
装着されていたタイヤは195-65で多分、15インチ(添付写真)。
きょうび65扁平の「スポーツ」というのもナンだけれど(僕のユーノス500でさえ60扁平である)走らせて見ればユーノス500なんぞより遥かに「スポーツ」だ。

 月曜日は仕事なので、深夜のオイタもほどほどに帰途についたが、やはり僕は、オートマは肌が合わない。
Posted at 2004/01/19 14:18:50 | コメント(1) | 日本の車 | 日記
2004年01月18日 イイね!

Day One -Afternoon- : アクセラ生活の始まり

Day One -Afternoon- : アクセラ生活の始まり予定通り、ユーノス500の車検である。
今回は通常の整備に加え、調子の悪い右前ストラットと抜けた気配の濃厚なショック4本の交換、ブラブラになってるシフトレバーの調整、自力での作業を断念したタイヤの前後ローテーションを依頼する。
そのほかにも何か不具合があるのかどうかは開けて見てのお楽しみだ。

 昼過ぎに作業を依頼するディーラーを訪れると、おやおやユーノス500が停まっているぞ。店内に入ると、オーナーズクラブのメンバーがひとり。20万キロ以上(たしか26万くらいだったろうか)を走破し、いよいよ買い替えに踏み切った方だ。
納車なのかと聞くと、実はそうではなくユーノス500の修理だと言う。助手席側のドアハンドル(外側)がネジの緩みで外れてしまったのだそうだ。「まったく、最後の最後まで金がかかるよ」と苦笑していらした。

 作業依頼項目をクラブのメンバーでもあるディーラーマンに伝え、レンタカーで手配して貰った5ドアHBのアクセラ(2リッターの「スポーツ」)を借り出す。なんとナビが装備されている。
 ナビは使わない…と言うか必要をあまり感じないので持っていないのだが、これも一つの経験と思い、楽しませて貰うことにする。

「じゃ、よろしくお願いします」と挨拶し、ナビを作動させて自宅にたどり着く寸前、携帯が鳴った。REOパパさんからだった。さっきまで僕がいた店に、今いると言う。殆ど家の目の前だったが、折角なのでとって返しREOパパさんの500と並べてパチリと一枚(添付写真)。

 まあ、色々感想はある。
よく曲がるし、よく止まる。一般向け説明会で谷岡主査が語っていた、ブレーキの特性も、宣伝文句のとおりである。
短時間の試乗じゃ見えなかったこと、感じられなかったことが色々でてくる。(その辺は追い追い「整備手帳」に書いてゆくつもり)
とりあえず、声を大にして言いたいのは「パワステ、アシストしすぎ!!」。
Posted at 2004/01/19 13:00:38 | コメント(0) | 日本の車 | 日記
2003年12月14日 イイね!

もう日本市場では商売にならない…?

もう日本市場では商売にならない…?毎度毎度のことながら、マツダのR&Dセンター横浜で開かれたアクセラの一般向け説明会に行ってきた。
説明員は開発主査の谷岡さんとデザイン統括の鈴木さん。
このところ、裃つけたような講演が多かったのであまり内容に期待をしていなかったのだが、谷岡主査の話が実に面白い。
冒頭から脱線しまくりになると宣言した通り、まぁ喋る喋る、脱線するする。講演会と言うよりは独演会の趣すらあった。

 しかしなにが一番僕にとって興味深かったかと言うと、アクセラと言うのはフォード傘下の3企業(欧州フォード、ボルボ、マツダ)の共同プロジェクトによって誕生したブランニュー・モデルなのだけれどその3社間の軋轢だとか調整だとか言った「お仕事」の話の部分だ。
量産規模が大きくなると部品調達でスケールメリットが出る、と言う。ではそれはどの程度のものなのか。谷岡主査は言う。「発注数が二倍になれば、約3%の低減が見込める」。
倍にして3%かぁ…とも思うが、商売の世界で原価が3%も一度に減らせるとなればこれは確かに大きい。
 アクセラのリア・サスペンションには上位車種であるアテンザと同様のマルチ・リンクが奢られている。社内では「谷岡!お前はどんなCカー(Cセグメント小型車)を作るつもりなんだ!」とやられたそうだが、これも150万台の生産規模を前提としたからこそできたことだと言う。もちろん、アクセラ単独ではそんな数は出ない。340万円のボルボS40(V40含む)とフォードの次期フォーカスがあったればこその生産規模だ。
そんな話はアクセラの全身にわたって存在するようで、セダンボディのトランクに仕掛けたダンパーとか、トランクルームのフルトリム化だとか、エンジンルームの化粧だとか、それぞれ製造原価で何千円と言う単位のお金を余分にかけているという。

 さて、アクセラと言う車の成り立ちの話に戻る。谷岡主査が明言したところによると、前回の内覧会のときにもそういう印象を抱いていたのだが、要するにCセグメントの世界王者であるVWゴルフに勝負を挑むことを目指したのがアクセラだと言う。
「広島の片田舎の中小企業が世界の王者を倒せるなんて思っちゃいない。しかし、勝てなくても負けない、タイソンとボクシングやってもフルラウンド最後まで戦いきる、そういう車にしたかった」と思いのほどを打ち明けた。
 そして、アメリカのジャーナリストをして「ノー・ウィークポイント!!」と言わしめたこと、欧州カーオブザイヤーでVWゴルフVと同点の2位につけたことを大変誇りにしてらっしゃる。
(ここで日本のCotYに大批判を浴びせるのだが「ここだけの話」と言っておいでだったので、その内容は書かない)

講演そのものは大変に面白かった。
だが、僕にとってアクセラは決して「欲しい」と思わせる車ではないのだ。輸送機械である自動車としてみれば、それはそれはまじめによく作られた優れた製品だと思う。でも僕は、車という商品に(僕にとっての)居心地のよさとか楽しさを求める。
アクセラでは、どうもその楽しさや心地よさが決定的に満たされないのだ。(これらは性能の良さだとか品質の高さだけで満たされるものではない。)
なぜ満たされないのか理由を考えたとき、講演の際に引っかかっていた谷岡主査の言葉が甦る。
「運転の楽しさと言うのは、全ての性能を上げていった『結果として』生まれるものなのだと考えた」。
僕は自動車開発のことはわからない。だが、楽しさって「結果として」生まれるものなのだろうか。「楽しくなるように」全ての性能を上げていく、と言う狙い方をしないとダメなんじゃないかと思う。

 開発総予算600億弱という枠組みの中で、売価170万円を中心ゾーンとする車が倍近い値段のゴルフと伍している、それは快挙だろう。ハードウェアとしてアクセラは、多分それだけのポテンシャルをもった商品になっているのだと思う。でもそれって乗用車の考え方としては「車好き」「運転好き」にはアピールしないんじゃなかろうか。
 もちろん車や運転が好きと言う(一種偏執的な)層は消費者全体の中では微々たる物だろうけれど、谷岡主査の発想の原点は、どうも(かれがこれまでずっと作ってきた)生産財としての車、即ちトラックなどの商品企画のメソッドにあるように思えた。

 最後に、この日記の表題の理由を記しておく。
アクセラは4ドアと5ドアで明確にスタイルが違う。4ドアは北米市場のセカンドカー需要(プロテジェ5と命名されるそうだ)を満たすため、5ドアは欧州と日本の需要を満たすため、と言う。そして、その市場規模はCセグメントのコンパクトカー全体で、北米が月販25万大規模の市場。欧州がやはり25万台。対して我が日本は…3万5千台の市場だという。ビジネスユースも含んでの数字だとすると、本当に乗用目的でこのクラスの車を買う人は、もう日本には殆どいないことになる。
 なるほど、そういう車を商品として、商売として成り立たせるには、もはや日本市場などというのは「刺身のツマ」程度の意味合いしかないのだろう。

 もっとも、今回3社共同で開発したこのモジュラー式(と言っていいだろう)のプラットフォームは、75種類のエンジンバリエーションに対応可能で、ボディバリエーションも幾らでも組めると言うからひとりアクセラの売れ行きにのみ汲々とする必要はないのかもしれない。
Posted at 2003/12/15 13:07:32 | コメント(1) | 日本の車 | 日記
2003年11月16日 イイね!

バッテリーを換え、アクセラに乗る。

バッテリーを換え、アクセラに乗る。バッテリーが虫の息となった車で、ともかく一週間乗り切った。
帰宅する際に地下駐車場で、2度ばかり「これはもうダメかも知れん」と思うくらいエンジンに火が入らなかったこともあったが、それでも何とか始動することができたのは幸運だった。

バッテリーが信頼できないMT車というのは困ったもので、普段は全然気にもしていないクラッチ操作に、神経質にならざるをえなかった。信号待ちか何かでうっかりストールさせてしまったら、再始動できる保証がぜーんぜんないのだから。
 運転者のモラルと言う点では、そんな車を運行するなんて下の下であることは自覚している。が、人間万事塞翁が馬…じゃなくて終わりよければ全てよし。と言うことにしておこう。

 大田区久が原にあるマツダのディーラーに車を乗りつけ、2万なにがしかする高額な新品バッテリーに交換してもらう。オークション系サイトなどではこれよりかなり安価に同じものを入手できることは知識としては知っているが、個人的な好みの問題で、僕はオークションを利用しない。正札どおり(キャンペーン中ということで、割引はあった)の金額を払う。

 この機会にと思い、事のついでにアクセラの試乗をさせてもらった。恐らく最多販売が見込まれる2リッターエンジンを搭載したモデルだった。
 車の出来はいい。多分、相当いい。事前説明会で聞かされたようなアクセラが得意とする屈曲路が試乗コースになかったから、そういうところを走らせてどのくらい楽しいのかは全く分からないのだが幹線道路をちょっと乗り回した感じだと、「普通にいいんじゃない?」と言う程度で、ほとんど何も感銘を受けなかった。期待していた分、肩透かしを食らわされた感じだった。
 普通に走らせているだけで「こいつ、凄いぞ!」と思わされたアテンザの時とはえらい違いである。
 排気量も(直4とV6の違いはあるが)僕の車と同じ2リッターのはずなのに、なんだか少し排気量の小さい車に乗っているような感じさえした。非力なのではないのだけれど、パンチがないというかお上品に躾られているというか…やや物足りない。

 ちょっとガッカリしながら営業の青年に礼を言い、自分の車に乗り込んで、僕はひどく驚いた。ユーノス500が、俄然オンボロに感じられたのだ。その落差は、アテンザと乗り比べた時よりも明らかに大きかった。
 乗り心地の良し悪しをよくN(ノイズ)V(振動)H(粗っぽさ)なんて言うが、そのいずれもが著しく甚だしく、ほとんど忍耐できないくらいに劣っている!!と、猛烈に感じた。オンボロというよりポンコツと表現したくなるくらいの落差なのだ。
ショックだった。
が、500メートルも走るうちに、そのダメさを感じなくなった。結局、10年以上乗った車に僕は馴染んでいるのである。バカボンのパパなら言うだろう。「これでいいのだ」と。

もう一つ思った。
 アクセラは、アテンザのように何か突出してドライバーによさを訴えかけてくるわけではなく、あらゆる要素が大幅に底上げされていて、極めて平均点が高くなっているのではないか、突出した部分がないからフリで乗ると期待したほど面白くないと感じるのではないか、と。これは単なる想像ではあるのだけれど、そうでも考えないと僕のユーノス500が惨め過ぎる。

 アクセラの乗り心地が体から抜けてくると、バッテリー交換の意外な効用(?)が感じられた。低~中回転で、パワーの出方が厚くなっているのだ。高回転へ持っていくときも、より回りやすい。そんなバカなとは思ったけれど、でも確かにそう感じる。
走らせて気持ちがいいのでちょっと…ちょっと「赤い彗星」状態(通常の3倍って感じかな?)になってしまい、赤いワンポイントが愛くるしいパンダ・カラーのワンボックス車に走行中、お小言を頂戴してしまった。
…パンダ君がセダンでなくて本当によかった。
Posted at 2003/11/20 02:25:15 | コメント(1) | 日本の車 | 日記

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「フェアレデーって本当に呼ばれてたの? http://cvw.jp/b/9433/47108671/
何シテル?   07/24 21:51
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