とりあえず流用は無事完了して、機能維持の目標を達成したミニカのラジエーターファン交換。

しかし何となく、ミニカ用に無くてエブリィ用にある謎のフィンが気になったので、自由研究をする事にしました。
まず自動車用ラジエーターファンは一般的にモーター軸と同じ方向に空気を流す軸流ファン換気扇で、その中でもミニカやエブリィの物は、軸方向上流側(ラジエーター側)に向けてシュラウドからプロペラの一部が突出している、半開放型プロペラファンと分類される形式になります。

専門的には上図での中央2種類、“Harf-Ducted Type”と“Semi-Opened Type”を総称して半開放型と呼んでいるようです。
で、このプロペラファンというのはいざ調べようとすると、車に限らず家電、船舶、航空宇宙系等様々な分野との関連性があり、また古今東西で研究されているのでべらぼうに幅が広く、正直文献を探すだけでも探し尽くせない分野であります。
しかし、意外にもあのフィンの答えに直接辿り着ける文献が見つけられておらず、他の資料から断片的に集めた内容からの推測しか出来ませんでしたが…
…恐らくは風切り音対策なのだろうと。
風切り音というのは気流の圧力変動によって起きる騒音で、その圧力変動の原因の一つが、気流の中に生じる渦だとされています。
(この辺りの詳しい理論はN.Curle(1955)、A.Powell(1964)、M. S. Howe(1988)といった海外の研究者による論文が発表されているようですが…なんせ日本語の論文すらちゃんと読めてないので…お察しです)
で、ラジエーターファンにおいて発生する渦は主に翼端渦・前縁剥離渦・後縁渦とされ、風切り音以外も含めたファン駆動における全ての騒音の中で割合が大きい原因とされているのが翼端渦。

上図は翼端渦を輪切りにして渦の流速分布を示した物で、色が赤くなる程渦の流速が速い事を示しています。
翼の圧力面(PS)から負圧面(SS)に向けて翼端から渦が巻き込む様子が素人にもイメージしやすいです。
この渦はシュラウドへの干渉や、ファンの回転によって隣の翼の圧力面に潜り込む事でも圧力変動を起こして二次騒音を発生させるため、こと騒音においては支配的とまで言われ、渦の逆流によって効率も低下させる筋金入りの悪者であるようです。
上図の補足で、この手のファン関連の文献においてよく出てくる部位名をエブリィファンの現物に当てはめてみた図。(引用図に合わせて左右反転済み)
一般的な吸い込み式ラジエーターファンにおいての負圧面はラジエーター側の面、圧力面はエンジン側の面になります。

これを見ると、負圧面のフィンは翼端渦の巻き込み自体を防ぐ物ではなく、上の速度分布図で後縁(TE)に近づくにつれ渦の中心が翼面を離れていく様子に合わせて、渦が巻き込んだ先を塞ぐような位置に設置されているように見えます。
プロペラファンの静音化をテーマにした文献なら必ずと言って良いほど翼端渦には触れられており、翼端形状を弄ったファンの実験結果を載せている文献もあるにはあるのですが、上図のエブリィのような、翼負圧面の周方向にここまであからさまなフィンが付いたファンずばりそのもののについて直接言及しているような文献がどうにも見つからんと言う訳です。
そんな中でも比較的近い形状と、理屈としてもファンの翼に応用されていてもおかしくないと思えたのは、飛行翼のウイングレット。

上図の引用元である翼端板についての文献ではウイングレット(翼端板)付きの翼について、翼端板無しの翼に対して渦の発生箇所は増えるものの、翼端板の裏表の圧力差は翼面の裏表に比べ小さい為それぞれの渦は弱い物になり、空気抵抗も減ると記されています。
プロペラ翼でもこの理屈が通用するなら、そのままの形でラジエーターファンに落とし込む事も出来ると思うのですが…
船舶用であれば、翼の前後で異なる圧力場を交わらせないという点で効果が類似する"CLTプロペラ"と呼ばれる物が存在しているものの、自動車ラジエーター用の半開放型ファンとしては、少なくとも今現在流通している中古を見る限りでは見つけられていません。
別にプラスチックで成形出来ない形状ではないだろうに、何かファンとして成立しない理由でもあるのでしょうか。
そこで物は試し。
手持ちのファン3種類を使って実験してみましょう。
3種類目に用意したのは、エブリィ用を見つけるまでに購入していたH81W・ekスポーツの物。
元はエブリイ用と同じような形状でしたが外径が320㎜と大きく、翼端を切り落として径だけ合わせた挙げ句使わなかった物で、これが図らずも件の翼端板形状になっています。


しかもek用とエブリィ用とはモーター軸寸法が全く同じなのでファンのみでの入れ替えが可能で、プロペラ単体の違いを確かめるにも都合が良い。
(この2車種はモーターのメーカーが共にミツバで、外観も酷似しているが仕様の差は不明)
で、この3つのファンの音を測定してみて、フィンの有無や位置によって客観的な違いが出るのかを確かめてみます。

測定方法は、ミニカのファンはラジエーターとエアコンとで共用なので、エンジン停止状態でエアコンスイッチONでファンのみを作動させ、ラジエーター直上30㎝の位置にてスマホアプリで何回か測定するという簡易な物です。
ただ、オルタネーターが回らず電源電圧の低下でモーター回転数も下がっているはずなので、本来のファン性能と騒音値ではない可能性が高く、絶対的な数値の正しさよりも相対的な数値が視覚化出来れば良いかなと。
DA64エブリィ4枚羽根ファン
H81W ekスポーツ加工ファン
ミニカ純正ファン
こんな測定でも周波数スペクトルには違いが現れるようです。
音圧レベルは周囲の音でも簡単にバラつくので数回測って比較しているのですが、意外や意外、ミニカ純正が一番低い値を示しています。
実際の音を聞いた印象は、ミニカのファンは排気干渉のようなゴロゴロ感のある低音の強い音がするというか、フィン有りの2つは比較的なめらかに「ブーーン」と連続した音の印象な分、ミニカはやけに圧力を感じるような異質な音で、数値上は一番静かといっても感覚的には「?」と感じます。
基本周波数の低さに加え、スペクトル上では基本周波数の整数倍になる周波数(倍音)の減衰が他の2つに比べ大きいようにも見えるので、より低音成分が強く聞こえるのかも知れません。
交換作業時の動作テストでは大して気にしませんでしたが、いざ聞き比べると結構違いますね。
エブリィとekスポーツの2つは基本周波数が10Hz程違っていますが、音の雰囲気が似ているせいかその場で聞いた時はあまり違いを感じず、エブリィ用が常に1dB以上音圧レベルが高い事もアプリ画面を見て気づく程度でした。
スペクトルでは、エブリィ純正は基本周波数から4倍音くらいまであまり減衰せずにはっきりピークが現れているように見え、ekスポーツ改は3倍音から一気に減衰しているように見えるので、本当は聞こえる音も結構違いがあったのかも…?
とは言え共通のモーターで、単純にファンの形状差のみで数値上明確な違いが現れたのは興味深いです。
本来の直径が320㎜でモーターの仕様もエブリィと同じかは分からないので、送風量や効率が確保されているかも分からず、ウチでは測りようも無いのですが、騒音の面では無加工のエブリィ用より優秀だったekスポーツの加工ファン。

周囲の全ての装備品がそれぞれ本来想定されている車種の物ではないものの、文献でも見掛けない、およそ一般的でない形状?の改造ファンが、無加工のファンよりも静かな値が出たのは意外でした。
この翼端板、マジで騒音に効果あるんじゃね…?
だとすると、この形状のファンを見掛けない理由は、騒音以外の部分にあるという事でしょうか。
一方、思ったより騒音値が大きかったエブリィのファン。
先に手元にあった三菱2車種のファンと比べると、初見では成形不良で歪んでるんじゃないかと思った程に翼形状に特徴があるため、これはこれで何かを意図した形状ではないかと思えます。


少し調べてみると、翼の迎え角が先端ほど浅くなる捩り下げ形状だったり、翼端部の跳ね上げ形状は他社の低騒音型産業用換気扇でも採用されているものだったりと、実は工夫を凝らした形状ではないかという事が見えてきます。
推測ですが、このエブリィのファンは小径でも風量を確保するべくこの形状を設定したのではないかと。
基本的にプロペラファンの翼は根元に近いほど周速度が遅いため、迎え角が翼根から翼端まで一定だと、周速の速い翼スパンの外側部分に仕事量が偏り翼の面積を生かし切れません。

かなり不鮮明ですが上図のように、翼根付近は周速の遅さからそもそもの軸方向流速が遅く、特に上下流部の抵抗(自動車の場合は上流のエアコンコンデンサーやラジエーター、下流の障害物や走行風による背圧等)で全体の流量が減ると翼根部では流れの停滞や逆流も起きてしまう構造上の欠点があるため、エブリィの物は翼根部の迎え角を大きくする事で少しでも風量を稼ごうとしたのではないかなと思えます。
また翼端部の跳ね上げ形状は恐らく低騒音化を狙った物と思われ、同じ理屈と思われる翼端部の負圧面向きの反り(下図A-A'断面)と、前縁部にドッグトゥース形状を持つ特徴的な翼形状の産業用換気扇用ファンが2011年に三菱電機から発表されており、現在も「ダブリュキューブファン」という名称で採用されています。

三菱電機のHPによればこの翼端のわずかな反りもウイングレットと呼称するようで、飛行翼と同様に翼端渦を拡散(分散?)させる事で静音化を果たしているとのことで、エブリィ用ではそこに自動車用ファン特有の翼面フィンが設置されて相乗効果が狙われていた……のかも知れません。
…騒音値の実測結果はekスポーツ改ファンに軍配でしたが、ラジエーターファンの本分である送風性能でも優位かは分からず、これ以上は素人には確かめられない領域です。
もちろん、ミニカのモーターと無理矢理ニコイチにしていたとしても、回転数や出力特性の違いからファン側の設計通りの送風能力が発揮できないばかりか、意図しない流量変化による乱流を誘発して余計な騒音源を作り出していた可能性すらあるので、結局はあらゆる意味でモーター丸ごと流用してしまうのが一番理に適っていて無難だったのは間違いありません。
…ここからは余談ながら、三菱電機のニュースリリースからさかのぼること11年。
2000年に、その後の三菱電機の物とは逆の形状で騒音低減の研究を行っていた三菱重工の技報が発表されています。

この技報では翼端を圧力面側にわずかに折り曲げて構成したフィンで翼端部での剥離と翼端渦を抑制出来るとされており、さらに翼断面採用での翼面剥離の抑制、翼後縁にシェブロンノズル同様の凹凸を設けて後縁渦対策が施されていたりと、三菱電機のそれとは対になるような形状で騒音の抑制を実証していたようで、この半開放型ファンの低騒音化技術というのは長年方々で研究され原因は分かっていても、「これだ」という絶対的な形状は見つかっていないのだろうと思わせられます。
ちなみにこの重工型の自動車用ファンは私の知る限り、三菱・ディオン用で実際に採用されていて、個性的な鋸刃状のファンが本当に搭載されています。(翼端や断面形状は不明)

何で翼面フィンよりも遙かにニッチなはずの鋸刃状ファンの方が直接的な資料が見つかるのかと首をかしげたくもなりますが…
その他の採用例がどれだけあるのか詳しくは知りませんが、三菱車の中古部品ですらまず見掛けない形状なので、恐らく従来型に対して大きな採用メリットが無かったのでしょう。
こうしていろいろと調べてみると、ラジエーターファンやコンデンサーファンは本当に車種毎に形状がバラバラで、年代やメーカーによって翼の形状や配置に特徴があったり、厨二病感溢れるエグい形状、変化の過渡期かなと思うようなレア形状等を見掛ける反面、メーカーが違うのに流用しているんじゃないかと思うくらいそっくりな物もあったりと、恐らく性能と開発コストとの天秤なんだろうなと察せます。
また2000年代以降の自動車用冷却ファンは更なる静音化と省スペース化を目的としたリングファンに移行しており、半開放型ファンの採用車は年々数を減らしています。

リングファンはシュラウド形状が半開放型とは根本的に違うので、こういった旧車に簡単に流用できる新品部品の供給も先が見えていると言えるかも知れません。
…ならば折角集めたこの情報、ファンモーター欠品のビートの方にも活かせないだろうか…?