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かわねこのブログ一覧

2024年08月07日 イイね!

海の猛禽類を見に行く

海の猛禽類を見に行く 前の週末に、十勝港でいせとすおうを見学し、すっかり艦船モードになっていた、かわねこ。
 その翌週は留萌港で、ミサイル艦の「くまたか」が公開されるという情報が入り、これも見たくなってしまいました。
 実はその翌々週に、くまたかは十勝港へも来るのですが、公開日が平日なため、のこのこと留萌まで出かけることにしたのです。

 一般公開は土日の2日間ですが、土曜日は野暮用があり、日曜に弾丸日帰りもできなくはありませんが、十勝からだとさすがにちょっとキツイ。

 ならば、土曜の野暮用は午前中に終わるので昼過ぎに出発し、どこかでキャンプでもして、翌日留萌港を目指すことを考えました。
 しかしなんとしたことか。この日の天気予報は、土曜の夜半から日曜の朝にかけて雨もよう。それもけっこうな雨量です。雨の日キャンプそのものは、それなりに楽しめますが、帰ってきてからテントを干すのが大変なので、躊躇してしまいます。
 寝るだけならエスクのベッドキットでもいいのですが、今時期は蒸し暑いので、これも快適ではありません。

 そこで、友人が営む民宿へ泊まることを思いつきました。思えばコロナ禍になってからというもの、遠慮してこの数年、すっかりご無沙汰になってしまっていたこともあります。

 さっそく電話してみると懐かしがってくれ、元気に営業していたので、向かうことにしました。

 どんにょり天気ながらも、気温は高めの夏らしいかんじで、のんびりドライブを楽しみ、友人の宿へ。
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 ここは昔ながらのいわゆる旅人宿。男女別の相部屋形式で、ユースホステルなど、昔はこういった宿も多かったのですが、最近ではドミトリーと呼ぶほうがわかりやすいでしょうか。
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 田園地帯のど真ん中にある、農家だった建物をリノベしているので公共機関はなく、クルマかオートバイでないと来られない不便さはありますが、そのぶん周辺の景色と雰囲気が抜群に良いのです。
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 夕食は、友人が栽培している自家製野菜がたっぷり。ふだん十勝でも直売所を利用して、地元野菜を好んで食べているかわねこですが、ここの野菜はまさに採れたてなので、さらに美味しく、ナスやシソなど絶品の味でした。

 夕食後、お互いの近況などを話し合い、ひさしぶりに旧交を温めていると、この時間に、もうひとり宿泊客が来ると言う。

 それも旭川空港からここまでタクシーで来るそうで、距離からおそらく料金は2万円近くかかるはず。空港に降りたら、近くてホテルの多い旭川市内で泊まるのが常識的で、しかもそんな高額なタクシー代を払うくらいなら、なかなかにいい宿に泊まることも可能です。なんだって、こんな不便なところにわざわざ来るのか謎で、友人は「予約だけして実際には来ない、無断キャンセル客なのでは」とかなり警戒していました。
 
 もし来るとしたら、よほど旅慣れていない若者なのでは、と予想していた通り、本当にやってきた彼はかなり若く、来月で20歳になるそうですが、一見高校生に見える童顔でした。

 金髪に派手なネックレス、というやんちゃっぽい外見と違い、にこにこして人懐っこい少年で、なぜここに?という、当然の疑問に、明日、隣町で彼女に会うために、わざわざ群馬県から初めて飛行機に乗り、初めて北海道に来たのだとか。
 しかも月曜は仕事なので、明日の夕方の飛行機で帰る、弾丸デートだと言う。

 我々のような、変なおじさんが珍しかったのでしょう。無遠慮にいろいろ尋ねても、にこにこしながら答えてくれたことから、彼にとっても新鮮な体験だったようです。(笑

 翌朝、友人は少年を最寄り駅までクルマで送り、途中、北海道ならではのコンビニ、セイコーマートにも寄ってあげたそうですが、無事彼女に会えたことを祈るばかり。
 その行動力に「若いっていいねえ」とおじさんふたりは、感慨に浸るのでした。(笑
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 そんなこんなで、正しい日本の朝食をいただいたあとも、この宿にいると居心地が良すぎて、ついつい生えてしまう根っ子を引き抜いて出発。
 どんにょり天気ですが、せっかくなので増毛稲田線を走って山越えをし、少しですが海沿いを走ります。
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 と、なんか沖に船舶の影が見えました。かたちから民間船ではなく、艦船のよう。というか艦型からこれから見に行くくまたかに違いありません。
 この時は昼飯を優先してしまったのですが、よくよく考えるとそのまま港に直行すれば、着岸の様子が見られたことにあとで気づきました。くまたかはガスタービンエンジンに、ジェット水流推進で、普通では見られない音と機動が見られたので、惜しいことをしたものです。

 お昼はこれも目的のひとつだった、カリー屋さん。混んでいたら諦めるつもりでしたが、12時前に到着したこともあり、ウエイティングは4人だけだったので、ひさびさに並んでご飯を食べました。ここじゃなきゃ、並んでいたら他の店へ行きますが。
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 今日のオーダーはキーマカリーに、揚げ納豆のトッピング。カレーと納豆って、実はすごく相性がいいんです。

 おなかいっぱいになったので、さっそくすぐ近くの港へ移動。そこにはくまたかが停泊していました。

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 おお。基準排水量200トンなので、かなり小柄なくまたかですが、さすが艦船らしい迫力があります。
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 背中に背負った3本の矢が、この艦最大の武装であるSSM-B1、90式艦対艦誘導弾。
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 そしてこれがウォータージェット。通常のスクリューではなく、強い水流を噴射して進む、ジェットスキーのような推進方式。そのため速度は44ノットを誇ります。海自の一般的な艦船では30ノット程度で、排水量と用途が違うとは言え、多用途支援艦のすおうが15ノットなので、その韋駄天ぶりが際立ちます。

 蛇足ながらかわねこはその昔、ゾディアックボートで40ノットを経験していますが、この速度だと海面は表面張力で、荒れたグラベル路面の如し。波頭に弾かれ続ける、とにかくものすごい揺れで、何かに掴まっていないと振り落とされるほどの凄まじさでした。

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 訊くと、先ほど沖合で見かけたのはやはりくまたかで、午前中は体験航海をしていたのだとか。
 乗れるものなら乗りたかったですが、体験航海は年齢制限があるのです。リクルートのためなので当然ですが、「大きなおともだち」のおぢさんはNG。(笑

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 どうやら体験航海が少し長引いたのか、13時公開開始の予定が30分ずれるとのアナウンス。と言っても、外観を見ているだけで飽きないので、退屈ではありません。
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 並んでいたのは、地元の方とおぼしき、子供連れの家族がほとんど。まあ、海自としてもそこがメインターゲットなので、ありがたいことでしょう。子供限定で、ゲームや射的を用意していました。

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 いよいよ乗艦すると、まずは前甲板の速射砲に目が行きます。62口径76㎜なので、さすがの迫力。
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 マニアなかわねこ的には、なにかの制御が油圧らしいのがちょっと意外。砲を動かすのは、油漏れによる事故を避けるため、水圧が多いと聞いていましたが、技術向上で昔の話なのかもしれません。

 続いて艦内も見せてくれました。
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 スイッチ類がいかにも艦船用。
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 と、その上にはちゃんと神棚があるのが微笑ましい。
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 さすがに艦底は入れてくれませんが、機関室、兵員室などがあります。でも、かなり狭そう。

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 ブリッジも見せてくれました。もちろん撮影もOK。艦齢20年以上なので、アナログ機器も多いですが、モニター機器も目立ちます。

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 ブリッジ後方にCIC(作戦室)がありますが、さすがにここは公開するわけがありません。(笑
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 SSMの発射筒はでかいので、間近で見ると武器というより設備に見えます。外から見たほうがわかりやすいかも。
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 と言いつつ、こういう表記に反応してしまいます。(笑
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 一発2億円近くするらしいので、訓練の際は模擬弾を使い、まず実射することはないそうですが、模擬弾でもかなりの高額だとか。

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 重要なことですが、こういう記載があるのは、生々しいなあ。

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 この船にも信号旗が。意味を訊いたらやはり「WELCOME」だそうです。

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 くまたかは母港が余市なので、任務海域を訊いたところ、北海道全域を担当しているそうですが、僚艦のわかたかと分け合っており、くまたかは北海道北部、ことに日本海側を中心にしているそうです。
 「44ノットだとものすごい振動ですよね」と訊いたら「そうなんです。だから時化ているとそこまで出せませんね」とのこと。

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 艦がちいさいのと、そこそこに混んでいて、待っている方もいたので、30分ほどで退艦しました。
 このちいさな艦ながら、北海道を防衛する重要な任務に就いているわけで、本当にご苦労さまです。

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 ちなみに。
 留萌港では「艦艇ウィーク」と称して、この3週、くまたかのほかに掃海艇などが公開されたそう。
 さすがに遠いので、この後は行けませんでしたが。

 のんびりドライブを楽しめて、艦船成分もガッツリ補給できたので、楽しい週末だったのでした。



Posted at 2024/08/07 22:27:49 | コメント(0) | トラックバック(0) | ふね | 日記
2024年08月05日 イイね!

就航十二年目

就航十二年目 今年もこの次期がやってまいりました。
 本日…ではなく、昨日8月4日で、わがエスクの就航が12年目に突入です。
 東北遠征の話を書いていたので、1日遅れになってしまいましたが、まあ誤差ってことで。(笑

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 8月3日現在のオドメーターは、161,779㎞。昨年のあ~るくん配備以来、すっかり週末仕様になって伸びが鈍り、年間走行距離は1万kmにわずかに足りない9,948㎞。それでも昨年は9,000kmを割っていたので、まだ少し走れたほうです。

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 昨年以降、平日はほとんどあ~るくんに乗っていることもあり、休日にエスクを運転するとやっぱりいいなあ、と再確認することもしきり。

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 いずれにせよ毎年言っていますが、縦置き直4、FRベースの4駆、それも前後駆動バランスが47:53、おまけにMTなんてクルマは、もう造られることがないパッケージです。それどころか、純ガソリンエンジン車すら今後は入手が難しくなってきて、借金してでも乗りたいというクルマもないので、まだまだエスクに乗り続けようと思います。

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 今年は以前からの課題だった、オーディオと夏タイヤを交換できましたし、機関関係も好調なので、よりいっそうドライブが楽しくなりました。


 そのぶん、シェルパくんの稼働が減っているのも悩みどころではあるのですが、盆休みも少し長めに取れそうなので、どこへ行こうか、画策している今日この頃です。

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Posted at 2024/08/05 22:29:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | ESCUDO | クルマ
2024年08月04日 イイね!

初夏の東北旅 -6-

初夏の東北旅 -6- 昨夜はランタンの灯りでゆっくり読書…と思いましたが、やはり運転疲れなのか、21時過ぎに寝落ちしてしまいました。
 潮騒の音が子守唄のようで心地よく眠っていたところ、夜中に国道の駐車帯で休憩をはじめたトラックが、アイドリングを続けていたのがちょっとうるさい。けれど夢うつつに「ディーゼルだし、漁船の音だと思えばいいか」と思いつつ、眠っていました。

 しかしこの時期です。
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 朝5時には日が昇るので、そうなるとテントの中も暑くて寝ていられません。
 もっとも早寝したので、けっこう気分良く起きられました。

 今日は秋田まで移動する以外まったく予定がなく、かなり余裕もあるので、朝食後も気持ち良いこの場所でのんびりしました。

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 沖を行く船は、船型と船体の色から、海保の巡視船ですね。意外なほど沖のエンジン音が響いてくるのは、海面を伝わってくるのか。

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 ぜいたくにのんびりしたひとときを過ごし、9時過ぎにやっと撤収です。
 乾燥していたので、テントシートも濡れていなかったのが幸い。昨夜は風対策にガイロープもフルに張りましたが、ここまでしっかり張ったのは初めてかも。通常使っているペグだけでは足りず、テントに付属していた針金みたいな細い予備ペグまで動員したので、ペグを買い足さなくては。

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 出発して、海沿いを走っていると、沖に大きな白い船が見えました。

 これ、新日本海フェリーで、ちょうどタンカーを追い越しています。これは秋田港を出港して、苫小牧東港に向かう北行便。明日はこれに乗って北海道へ帰るのです。
 逆に数日前に乗船していた、秋田港へ向かう南行便も通っているはずですが、見逃しています。 

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 時間があるので、昨日行く予定だったキャンプ場もちょっと気になって寄ってみたところ、なんと、オープン前で閉鎖中ではありませんか。
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 そこから降りた海岸も、トイレはあったものの駐車場だけで、テントを張れそうな場所もなく、昨日ここまで来ていたら、呆然としたことでしょう。
 昨日の幕営地を見つけられたのは、本当にラッキーでした。


 さらに南下して、時間があるので、近くにあった深浦の郷土資料館を訪ねましたが、同じ建屋内にある美術館との併設でスペースが狭く、展示品は特に珍しいものはありませんでした。美術館の方もそのまま観覧できましたが、美術に造詣がないかわねこ、よくわかりません。(笑
 資料館にしては珍しく、館内の撮影が禁止だったのは残念です。

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 続いて近くにある、おそらく民間運営ではと思われる、北前船の展示館「風待ち館」にも行ってみました。
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 こちらは撮影可で、館内にでん、と置いてあるのは、北前船の精巧な模型。スケール1/3とのこと。
 しかしこれの3倍、と言っても、現在の釣り船より少し大きい程度。こんなので、荒ぶる日本海を航海していたのかと、驚くばかり。
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 こちらの方は、展示物が北前船関連に限定しているだけに掘り下げているので、興味深かいものでした。

 2階は北前船で運ばれてきたという、陶磁器類が展示されていましたが、あいにくかわねこは、こちら方面もさっぱりわかりません。(笑


 さらに南下し、ちょうどお昼に八森の道の駅を通りかかったので、昼食。
 いか焼きそばに後ろ髪を引かれつつも、目に入った「ざる中華」が気になってオーダー。
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 何が中華なんだろう?と思って食べてみたら、蕎麦ではなく中華麺でした。
 出汁にも意外なほど合って、美味しかったです。

 てことで、さらにさらに南下。 しかし、ここから無常にも雨が降り始めてしまいました。当初の予報では曇りだったのですが、本降りです。(泣

 能代市内に入り、給油しましたが、単価が高いのに閉口。安い青森市内で入れてくれば良かった、と思ってももう遅い。

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 わずかな望みも虚しく、雨も強まって来たので、当初の男鹿半島を周遊しようという目論見は諦め、早めに秋田の宿に入りました。

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 いわゆる健康ランドですが、カプセルルームがあり、ビジホよりずっと安いのです。
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 温泉にも入れてご飯も美味しく、漫画もたくさん置いてあります。フェリーターミナルにも近いことから気に入って、近年秋田乗船の場合はいつも使っています。

 そして翌早朝4時半、秋田港へ向かいました。

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 霧雨の中でしたが、着港の様子を見ずにはおれません。(笑

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 そして乗船。さらば東北。もうしばらくは来られないなあ。

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 帰りは7月に入ってしまったことから、割引キャンペーンは終了していたので、素直に2等寝台を取りました。どうせ午前中に少し仮眠する程度で、あとはフォワードサロンかプロムナードで読書していることが多いのでじゅうぶんです。

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 お、今日の映画は「トップガンマーヴェリック」か。船内に上映用ホールがあり、無料で観られるのです。もちろんしっかり鑑賞。

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 しかし時折陽はさすものの、陸側がガスっていたので、楽しみにしていた、渡島半島を眺められなかったのは、なんとも残念。
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 でもゆっくり読書できて、贅沢に昼風呂、昼寝もできて、ゆったり船旅を満喫して、苫小牧東港に無事定刻着港。

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 のんびり峠越えをしても、ぎり、明るさが残っているうちに帰投できのでした。

 これで少し早い夏休み?は終わりです。5月6月、土日もがんばったかいがありました。(笑

 てことで、最後にお約束を。

 「どぉしてお休みの日々って、ああっとゆうまなの!」
 


Posted at 2024/08/04 22:01:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 遠征 | クルマ
2024年08月03日 イイね!

初夏の東北旅 -5-

初夏の東北旅 -5- 龍飛へ向かうと、途中に雰囲気の良い漁村があったので、思わずクルマを停めてしまいました。

 こういう「舟のガレージ」って、なにかいいですねえ。
 漁師さんにとっては、大切にするのは当たり前なのでしょうけれど、舟は生活の一部というかんじがします。
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 岬の手前に青函トンネル記念館があり、見てみようかとクルマを降りました。
 記念館内にある、140m降下するというケーブルカーにちょっと興味を持ちましたが、残念ながら次の発車まで1時間もあったので諦め、岬へ移動。
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 竜飛岬と言えば、津軽海峡冬景色…よりも、やっぱりこの階段国道。

 ここ、20年以上昔に、GSFでのツーリングでも来ていたのを思い出します。

 階段を降りてみてもよかったのですが、降りると当然登ってこなくてはならず、先ほど蟹田の展望塔階段で体力を使ったのでパス。(笑

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 なので迂回する道路をクルマで降りてみましたが、下の階段はこの地味さ。なんと民家の軒先です。

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 ここからは南下です。道端になんかいるな、と思ったら、猿でした。走行中に撮ったので、写真はぶれまくりですが。さすが東北。それもけっこうな数がいました。

 ありがたいのはエゾシカと違って、頭がいいので、ホーンを鳴らすと避けてくれること。(笑

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 龍白ラインは標高が高いせいでガスっていました。
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 が、降りてくると晴れて海が見えるのが嬉しい。

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 十三湖からは、国道を外れて県道を南下。遠くには、岩木山も見えてきました。
 のんびり走れるのは良いけれど、さて今日はどこに泊まろうか。

 まだ風は強いけれど、天気は回復したので今日こそ幕営したい。
 そんなことを考えつつ走っていると「木造(きづくり)」の地名が目に入りました。

 それはかわねこには、とても懐かしい地名なのです。就学前の幼い頃、伯父一家が木造に住んでおり、訪ねたことを遠い記憶の底に思い出しました。
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 なので地名に惹かれて、木造出来島の海岸へ行ってみます。
 伯父を訪ねた際に、かわねこが生まれて初めて海水浴をしたのが、この木造でした。お盆の時期だったのでしょう。海岸にクラゲがたくさん打ち上げられていて、その不思議な生物をじいっと観察した記憶があります。

 海水浴場ならテントが張れないか、と思いましたが、まだ海開きの前。トイレも閉鎖されており、海岸も清掃前でゴミだらけ。さすがに幕営は諦めました。

 素直にキャンプ場を探したほうがいいかな、とスマホアプリで検索してみると、さらに南下した深浦にはキャンプ場があるようです。
 まだ距離はありますが、日が長い今の時期なら、暗くなる前に辿り着けるかもと、行ってみることにしました。

 と、手前の鰺ヶ沢には、国道沿いにスーパーがあったので、これ幸い夕食と、暑かったので氷を調達。

 水と食料さえあるなら、かわねこ的には最悪「野宿」という選択肢もあるので、ちょっと気が楽になりました。
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 とは言え、疲れてきたので深浦のキャンプ場まで辿り着く前に、条件が合えば海岸ででもテントを張りたいのも本音。
 このあたりの海岸には海水浴場も多く、トイレなどがあるかも、と、行ってみるものの、いずれもゴミだらけだったり、トイレが使えなかったり。


 そんな中、国道沿いにかなり広い駐車帯があり、大きなトイレがあるのを見つけました。
 中もきれいで、ちゃんと使えます。ここも海水浴場客用でもあるのでしょう。着替え室までありました。

 このトイレなら使いやすそう。でも問題はどこにテントを張るか。道路向こうの海岸はどうせゴミだらけだろうと思い、見渡すとトイレ横の駐車スペース脇には、雑草が生えていますが、なんとかぎり、テントは張れそうなスペースがあります。
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 もうキャンプ場を探す気力は失せて、ここで強引に展張を開始し、風は強かったけれど、設営完了。
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 トイレからも少し離れているので、そこに寄るクルマがあっても、こちらまでは来ないだろう。
 海が柵越しなのと、国道が眼の前だけど、贅沢は言えないな。
 と思いつつ、テントを張り終えると落ち着いたので、ちょっと海岸まで散歩に歩いてみました。

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 するとなんとしたことか。
 道路下には、広く平らなスペースがあるではありませんか。

 しかもこちらにもトイレがあり、ちゃんと使えるどころか、自動点灯の灯りと、トイレットペーパーまで装備されています。

 国道より少し下がっているので、クルマからは見えるものの、先ほどの駐車スペースよりも目立たず、しかも周りがきれい。海も眼の前です。
 これはこちらにテントを張らないほうがおかしい。
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 というわけで、打ち込んだペグを引き抜き、さっそくテントを移動します。

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 ここは駐車スペースではない通路ですが、脇を通れるようにあ~るくんを寄せて停め、実際翌日まで誰も来ませんでした。
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 いやあいいです。
 眼の前は海。風はまだ強く、少し冷たいのと、水平線近くに雲がかぶってしまったものの、沈みゆく夕日を眺めているだけでも幸せ。

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 そして今日の夕食はこれ。
 日中が暑かったので、実のところ火を使う料理をあまりしたくなかったのと、スーパーの惣菜コーナーを見ていたら、安かったので。
 実際この内容で500円は、地元ならではのコスパで、なかなかの美味しさでした。
 ちょうどちび麺も安売りされていたので、お湯を沸かしてカップ麺で味噌汁代わり。寿司の相手なので、ラーメンではなく、天そばです。

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 海は強い風で白波が立っていますが、海水浴場だけに消波ブロックが効いていて、潮騒もいいかんじに優しい。

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 ぼぉっとしていたら、背後で急に列車の音がして驚きましたが、道路の向こうは線路なのでした。
 夜中に貨物列車が通ったらうるさそうだなあと思いましたが、幸い早い終電の後は何も通りません。

 最後に逆転したような気分で、心地よく暮れなずむ海を眺められたのは、贅沢なひとときです。
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 夜半には吹き荒れていた風も止んでくれ、国道を通るクルマも少なくなったので、静かな夜を過ごすことができたのでした。



つづく


Posted at 2024/08/03 22:05:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | 遠征 | クルマ
2024年08月02日 イイね!

初夏の東北旅 -4-

初夏の東北旅 -4- なんだかんだで、快適なベッドで翌朝まで超絶爆睡だったのは、それまでの法事疲れが出たのでしょう。そういうことにしておきましょう。(笑

 さて、今日はまず、行きたいところがあるのです。
 それは、青函連絡船メモリアルシップ「八甲田丸」。

 ご存知のように、1988年の青函トンネル開通により、青函連絡船はその役目を終えて全船退役したのですが、そのうちの一隻、八甲田丸は青森桟橋に係留された状態で保存され、現在も博物館として見学可能なのです。船好きとしては、これはぜひ見たい。

 青函連絡船は函館にも、摩周丸が係留展示されていて見たことがありますが、プロムナードのみの展示で、ほとんど見るところがありません。

 それに対して八甲田丸は、実をいうと30年ほども昔に、青森を訪れた際にいちど見学しているのですが、ブリッジから機関室、車両甲板と公開範囲が広く、なかなかに興味深い展示だったので、ひさしぶりにまた見たくなったのです。

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 ということで、さっそく向かいました。と言っても、宿が青森駅のすぐそばだったので、数分もかからず行ける…はずだったのですが、うっかり青森ベイブリッジを渡ってしまい、戻るのにもあちこち曲がらねば行けず、ナビに案内されて15分ほどもかかって、ようやくたどり着きました。これならクルマを駐車場に置いたまま、歩いて来た方が早かった。(笑

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 黄色い船体は、36年、いや就航期間が23年あったので、実に59年前のものですが、ペイントの色褪せこそあるものの、堂々たる佇まいはそのままです。

 その昔の学生時代、当時は実家が北海道にあり、帰省する際に青函連絡船にはなんども乗船しました。青森までの移動は鉄道でしたが、それよりも旅ができること、青函連絡船に乗れることが楽しみで、思えばあの頃から船好きになったような気がします。

 受付を済ませ、さっそく中へ。ここはJAF割が効くので、料金はたったの460円。こんな単価で維持費が出るのだろうかと、いらぬ心配も。

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 そうそう、こんなリアルな人形で、昭和時代のジオラマがあったっけ。
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 解説ビデオによると、これらのジオラマは、この展示のために作られたものではなく、1992年にイタリアの国際博覧会に展示するため作られて、青函連絡船の僚船だった羊蹄丸内に飾られ、船ごと海外で展示されたもの。そして帰国後に、東京の船の科学館で展示され、羊蹄丸がついに廃船となる際に、それらを八甲田丸に移設したのだそうです。
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 なるほどかなり精巧に作られているので、確かにこれは保存しないと勿体ない出来栄えです。
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 昭和当時の青森の状況を伝える意味でも、なかなかに貴重なものだと思います。

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 船内は、座敷席こそ展示スペースになって現存しないものの、グリーン椅子席はそのまま残されていました。
 その昔、どうしてもこのシートに座ってみたくて、自分の小遣いでグリーン席代を出して乗った記憶があります。
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 ここでは前方のモニターで、当時の貴重なビデオ映像が鑑賞ができるのですが、上映時間がなんと2時間もあるので、さすがに30分ほどで切り上げました。
 椅子の一部は経年劣化で使えなくなっていたので、ここもいつまで展示されるのでしょうか。

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 続いては操舵室です。
 1954年の洞爺丸台風での大事故以降、第2世代ともいうべき青函連絡船は、当時、技術の粋を集めてつくられた、最新鋭船でした。その技術は後に民間のフェリーなどにも広く使われ、大型船のスタンダードになったとも言われています。

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 レーダーをはじめ、当時の最新鋭機器も装備されていました。機関調整のレバーでしょうか、なんとなく鉄道っぽい感じがするのは、青函連絡船ならではでしょうか。
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 そう言えば修学旅行も北海道で、青函連絡船の操舵室の見学がありました。いい思い出です。

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 こんな大きな船体ですが、舵輪は意外と小径で、大型トラックのそれよりも小さいほど。
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 操舵室の後方には、無線室があります。
 思えばこれで冬の津軽海峡を定時運行していたのですから、かなりの技術だったはず。

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 操舵室からは甲板に出ることもできますが、なんと煙突の上が展望台になっています。
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 煙突内部って、こうなっていたのか。某宇宙戦艦ではないので、ミサイルを発射したりはできません。(笑

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 後部甲板にスペースが空いているのは、就航後期に改造されて、乗用車のみ12台が積めるようになっていたから。鉄道からクルマへ移動手段が変換していった時代に合わせようとしていたのです。

 でも、フェリーではなく青函連絡船にクルマが積める、というのに憧れがあり、いつか自分のクルマを積んで津軽海峡を渡りたい、と思ったものでした。ついにかないませんでしたが。
 ちなみにクルマは函館ではスロープで、青森ではエレベーターで乗下船をしていました。

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 エレベーターで1階甲板に降りると、この船の最大の特徴、車両甲板に出ます。
 車両と言ってもこちらはクルマではなく、鉄道のそれ。甲板にレールが敷かれていて、直接鉄道が乗り入れできるのは、世界的にも珍しいのだとか。

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 当時の客車も置いてありますが、実際には貨物車両が積まれることがほとんどで、客車が乗ることはまれだったはず。

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 車両の固定は連結器。
 もちろん、現在のフェリーにトラックが乗船する際のように、ワイヤーでも固定されていました。

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 最後尾のゲート。
 沈没した洞爺丸の時代まではこの後部ゲートがなく、後部甲板が開放されたまま航海していました。蒸気タービン船だった洞爺丸は、後部に低気圧による大波をくらって機関室に海水が入り込み、発電機が停止、その上石炭が流出して釜の火が消え、航行能力を失ったことから漂流して、座礁、沈没してしまったそうです。

 その対策に、この時代から機関もディーゼルに進化して、後部ゲートが付けられましたが、夏の穏やかな時は、開けたまま航海することもあったようです。

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 その機関室。駆動に使われる主機は、V型16気筒のディーゼル機関が8機あり、合計出力は1万2千馬力を誇りました。
 ただ、性能重視のあまり、通常、燃料は重油を使うことが多い大型船舶にあって、軽油が使われていたため、運航コストはかなりのものだったとか。就航後期には、燃料節約で主機を何機か停めての運用もしていたようです。この燃料コストの高さが、青函連絡船が生き残れなかった要因のひとつとも言われています。
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 一部はロッカーカバーが開けられていて、バルブスプリングが見えています。船舶用エンジンなので、動弁系式はよくわかりませんが、当時としてはかなり贅沢な機構かと。

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 主機は船の推進力にのみ使われるので、別に発電専用のエンジンが積まれています。船は操船、通信に電気が重要なので、こちらも直列8気筒のディーゼルで、予備を含め3機搭載されています。

 なにしろ造られたのが1950年代です。当時はまだ国鉄時代なので、国の威信と国策だったからこそ、こんな相当に進んだ船の建造が可能だったのでしょう。

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 この可動橋を含め、2011年に機械遺産に登録されているとか。

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 ペイントこそ褪せてはいますが、船型は今見てもきれいですね。

 しかしやはり維持管理費用は莫大なものであることは、想像に難くなく、HPでは寄付を募っています。
 今は当時関わっていた方とか、乗船した経験から思い入れの深い方も、特に青森では多いのではと思われますが、今後世代が変わっていった時にどうなるのだろうとも思います。今回もういちど見たかった理由もそこにありました。杞憂に終わればよいのですが。

 以前見学した時は、船員室の一部も公開していましたが、閉鎖されていました。各部も老朽化は進んでいくので、いつまで見られるのでしょうか。

 それにしても、見学料金が安すぎるような気がします。今なら倍くらいしても、あの内容なら文句は出ないのでは、と思うのは船マニアだけでしょうか。(笑

 てなことで、かわねこは予想通りたっぷり2時間堪能しました。朝いちで来て正解です。

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 さて、ここからは竜飛岬へ向かいます。
 国道280号線で北上しますが、並走のバイパスではなく、あえて旧道を走りました。こちらのほうが、町並みが見えて好きなのです。

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 蟹田では、ちょうど停泊しているむつ湾フェリーが見えたので、ターミナルに寄ってみました。

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 ふだん乗っているフェリーからすると、かわいいサイズですが、むつまで所要1時間の生活フェリーです。
 実は下北半島へ行って、むつからここまで乗船することも考えたのですが、クルマごと乗ると、軽自動車でも8000円台となかなかのお値段なので諦めました。

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 駐車台数が多いので、クルマを置いて人だけ乗船するパターンも多いのでしょう。
 ターミナルビルが意外と立派で、展望塔もあるので登ってみました。

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 しかしエレベーターはなく、階段のみ。しかも134段。日頃の運動不足が実感できる段数です。(笑
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 天気が良かったので眺望も望めましたが、津波災害時の観測目的もあるのかもしれません。

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 降りてくると、2階の階段前にずいぶんと重圧な扉があります。
 人が出てきたので、会議室かなにかかと思ったら、意外にも中華料理店でした。

 時刻は昼すぎ。なので、ここで昼食を摂ることにしました。
 ここまでの道中あまりお店がなく、コンビニすらターミナル前でやっとあったので、ここで食べておきたかったのです。

 店内は他のお客さんがいたので撮影しませんでしたが、扉のイメージと違って普通のというか、ちょっと社員食堂っぽくもある、町中華的カジュアルな印象でした。
 常連さんも多く、おそらくはターミナルビルの社員食堂の役目もあるのでしょう。

 焼きそばに惹かれたのですが、残念ながら品切れだったので、ネギラーメンを注文。
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 これがいかにも町中華のラーメンという味わいで、ネギがいいアクセント。美味しかったです。^^
 ラーメンに満足して、さらに北上を続けます。


 つづく 




Posted at 2024/08/02 21:34:59 | コメント(3) | トラックバック(0) | 遠征 | クルマ

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「ちょいと野暮用があって寄り道をしたので、遅くなりましたが、先程無事帰投完了。現地でお世話になったみなさま、ありがとうございました。」
何シテル?   08/24 20:33
オートバイとクルマと、野遊びが大好きな「おやぢ」です。(^^ゞ 北海道のど田舎に住んでいます。どれくらい田舎かと言うと、地域で乗っている車種を言えば、...
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