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2022年11月27日 イイね!

中国道を使っての帰宅

中国道を使っての帰宅岡山県の二つめの目的は、江戸幕府幕末の、老中となった松平勝静の治めた備中松山藩の家老、山田方谷の記念館に訪問することでした。

司馬遼太郎氏の小説「峠」の主人公、河井継之助が、ただ1人、師と仰いだ人物であります。

「峠」の中で、司馬遼太郎氏は山田方谷に、継之助の心配をさせます。
あのままでは身を滅ぼすだけではなく、もっと大きなことになりはしないかと、その身を暗示させる台詞を書いています。

それは、陽明学の「毒」の部分をよく知っていたのではないかと、継之助の思想は、陽明学の「毒」に影響されているのではないか、継之助の身だけでは済まない危惧を、認識できていたのかもしれません。

さて、借金で首が回らなくなっていた当時の備中松山藩の財政を立て直すのは、山田方谷でありました。
現代風に言えば、借金の返済計画を示し、藩内においては、節約だけではなく産業振興により藩の収入を増やし、5年で全額返済、さらに5年で借金していた以上の財を藩にもたらしたとあります。
財政改革で借金を減らす手段を、増税か節約の選択肢しか知らない、いえ、知っているけど他の選択肢を選ぶことができない理由があるのであろう、現代の財務官僚の方々は、いろいろ大変ですね。

上記のメソッドは、江戸時代末期にもなると、日本の国内においても商品経済が社会を覆い始めていて、何もマルクスの資本論が出てくるまでもなく、お金と人間の関係性を示すのは、隣の大陸の古典から十分に把握できるものだったのでしょう。

経世済民の漢字を見て、経済とはどういうものかを、漢字文化圏の人間ならば、なんとなく想像ができるというのも漢字の利点ではないかと。

古の大陸の国家においても、お金と人の関係性で、人が隷属的に扱われるようになるということが社会現象としてあったのでしょうし、それに対して、それでは人間が社会から除外されるだけだと思いに至ったのも、至極当然のことでしょう。
それを後世の人間にも伝えるために、どのようにしたのか。それは、上記の漢字を生み出したと私は妄想をします。

そんな私の妄想はともかく、山田方谷記念館は、高梁市と新見市の二ヶ所にあり、今回私は二ヶ所とも訪れさせていただきました。

新見市においては、マンツーマンで解説をしていただく幸運を受け、充実した訪問となりました。

山田方谷は、明治維新後、公の役目を退いた後、母親の故郷である新見市に住まいを移したとあります。
小坂部塾として、その後も数多くの塾生を輩出したそうですが、そこで興味深かったのは、小坂部の塾生が陽明学を教わるには、朱子学の修了を方谷が認めた人物だけだったということです。
この二つの学問の関係性は、不勉強の私にはよくわかりませんが、陽明学の「毒」を制するには、朱子学の「毒」が必要だと、方谷は考えていたのかと、私の得意な妄想をします。

ここら辺も、いろいろ関係していないようでいるようで、興味深いものです。

見学後、帰宅となります。
大河ドラマに選ばれる準備としてなのか、近くに隣接している大佐SAスマートICから、中国道に乗り、新名神経由での帰宅になります。

中国道は、何度か走行したことがありますが、何せ夜間が多く、道の形状などの印象が強く残っていなかったので、この日の、日中の明るい時間に走行できたのは、一つ勉強になりました。

強かな雨が降る中での中国道の東進でした。

アップダウンが連続し、それに加えコーナーもあり、一定速度での移動をするには、車両も運転手も、相応に準備をする必要がありました。
その点、Poloにおいては、私は随分と楽をさせてもらえています。

Poloを一定速度で走行させていると、周囲の車両との差異を見て取れます。
同じような速度域で巡航している車両の多くは、道路環境の変化に巡航速度の変化を強いられています。
アップダウン、さらにはそこに横Gが加わるような雨天の走行において、Poloは難なく速度を維持し続けることができますが、周囲との速度差は大きくなります。

その理由の一つに観察できたのが、減速が、ブレーキペダルを踏むだけではなく、ステアリングによる減速もあるものだという認識です。
タイヤにステアリングで角度がつけば、前に進める力を減らして横にグリップさせますから、それは理論的に減速につながります。
それが、雨で濡れた路面の高速道路、アップダウンの途中から始まる横Gなど、無意識にでも速度低下を強いるような場面においては、顕著に現れるもので、また一つ勉強になります。

帰路の渋滞も、新名神に合流する区間で数キロ、交通集中による渋滞が目立ったくらいで、何度かノロノロ運転をする区間があったものも、順調に帰宅することができました。

なかなかワンタンク、1000Kmに到達しませんが、雨の中、アップダウンの続く中国道を巡航速度を維持し続けた割には、落ち込みは大きくなかったようです。
Posted at 2022/11/27 17:13:59 | トラックバック(0) | おでかけしました | 日記

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