司馬遼太郎記念館の企画展は、「『胡蝶の夢』ーー近代医学を拓いたひとびと」
司馬遼太郎氏は、この著作の中で、江戸期の身分制社会というものをみたい、と書かれています。
Poloにしても、身分制社会の厳しい、もとい、何でも分類をするのが好きで、家の内外の高所にできる蜘蛛の巣取りの高箒すら何種類もあるようなお国柄の企画の車でありますので、すわ、ゴルフの代わりになるのか?などといった企画内容は、答えは、ゴルフが欲しければゴルフを購入することです、となります。
この辺りは、寺田寅彦氏も随筆集で、彼の国では便所掃除の道具についても便所用と名札をつけている。便所にあれば、その道具は便所に使うものだとわかるだろうと、観察しています。
そのような分類好きの民族性のお国の企画した車でありますから、ゴルフの代わりであるという分類はしていないと推察するのが、私のPoloの評価です。
この日、峠 下巻 司馬遼太郎 新潮文庫 を購入。
河井継之助を題材にした上中下巻を、読み終えることができました。
河井継之助を知ったのは10年ほど前のことで、ようやく小説を読み終えたのですが、知った時に読むのと、縁を見つけられず年数が経って読むのとでは、抱く感想が違っていたであろうというのが読後の印象でした。
すぐに購入して読むこともできたはずですが、読むタイミングというものは、あるのだろうと、ずいぶん時間をかけてきたものです。
そのおかげかというか、峠が書かれた時代は、1966年から1968年。学生運動の盛んな社会情勢であったことを最近読んだ本で知ると、この峠という作品が、かなり婉曲的に、過激化していく学生運動、もしくは左翼運動に対しての意見が込められていたのではないかと、考えてしまいます。
峠を連載していた1960年代の社会は、思想のために何をやってもいいのか?という単純な質問に対して、どれだけ冷静な答えをすることができる時代であったのか。
河井継之助は、その思想のために何を行ったのか。ここは司馬遼太郎氏の人タラシ(笑)の文章に私もしてやられてしまったところですが、江戸期の武士としての教養を昇華させるような見事な場面展開と文章に心を揺さぶられますが、燃え盛る城下を逃げ出した登場人物の少女に叫ばせます。
「桝屋の嬢や」は継之助の前にころび出、
「河井さま。勝つ勝つとおしゃってこのありさまは何事でございます」
と叫んだ。皆その暴言に顔色を失った。が、継之助だけはうなずき、「嬢や」を見つめ、
「いかにも申すとおりである」
と、血を噴くような目の色を見せた。
峠 下巻 356頁 司馬遼太郎 新潮文庫
この辺りは、戦中の日本の指導者層に向けられているかなと最初は思いましたが、それだけではないと印象を持ちました。
封建制社会の身分制の放棄を伴う近代化の思想に属しながら、江戸期社会における封建的な文化の美しさを見つめている司馬遼太郎氏の文章の妙に、魅力を感じているのだと、峠を読んで知ることができました。

Posted at 2022/02/06 17:41:19 |
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