2014年05月11日
軽オープンカーの思い出
平成9年の3月から、同21年の2月までの12年間、我が家にはご覧の軽オープンカーが居ました。
軽オープンと言えば当時はDAIHATUカプチーノやHondaビートが世間を圧巻していましたが・・・。
我が家に居たのはSUBARU・ヴィヴィオのGX-T・Tーtopという超マイナーな軽オープンでした・・・。
正面から見るとヴィヴィオのノーマルスーパーチャージャー車の顔と何ら変わりが有りませんが・・・
横から見ると、トランクルームが有って、しかもそこにはなぜかリヤウイング様の金属製キャリアが付いているというブサ可愛いスタイル。
それはまるでチョロQの様な出で立ちでした。
平成6年春、妻は嫁に来た時に持参したお金と働いて貯めたお金で自分用のインプレッサWRXの特別仕様車を買うために地元SUBRUのディーラーへ。。(当時、家の車としてスプリンターカリブが有りました。)
しかし、ディーラーで、即日完売、売り切れ御免、在庫無しの絶望的宣告を受けた訳で。。。
そして泣く泣く帰宅する際に、ヴィヴィオの限定1000台の特別仕様車のパンフレットを渡されました。。
数日すると、あれだけWRXを欲しがっていた妻が急に「このオープンカー、可愛すぎる~」等と言い出し、再度ディーラーへ出向きましたが、限定車が故にまたもや完売。。
その車こそが画像のヴィヴィオGX-T です。。
オープンにする時、天井はタルガトップで3分割されて手で外しますが、後部はボタン一つで自動的にトランクに収まります。。
こう見えてもなんと4人乗りなんですよ~
当時の人気軽オープンは全て2人乗り・・・
子育てママとしてはどうしても4人乗りが欲しかったそうな。。
女性ユーザー車ということで、購入後にハンドルを白いハート形の物に取り替えてみました。
当時は普通のカー用品量販店で入手することが出来ました。。
この車、実は売り切れというこで一時は諦めましたが、それでもこの限定オープン車が欲しくて仕方なくなった妻・・・。
当時はパソコンなども無く、休日は中古車屋巡り・・・
伊豆へ旅行に出かけた時に、観光バスの窓越しに発見し、無理矢理バスの途中下車をお願いしたことも・・・
中古車雑誌も「カーセンサー」と「グー」の関東版・中部版・関西版・九州版を毎週送ってもらって探しました。。
最初の1年目は全国でも全く出て来ませんでしたが、2年目からボチボチ中古市場に出てまいりまして・・・でも関西圏では新車同然の価格・・・
それに対して関東圏は玉数が多く、関西圏より約25万円安。。
すぐに売り切れるので掲載された店舗に電話すること100回あまり・・・
ついに埼玉県川越市のカーパーク神田さんで2年落ち19000km走行車をゲット出来ました・・・
当時、陸送は高くついたので、契約即日、会社を休んで新幹線に乗って引き取りに行きました。
そしてその帰りの中央道でたかが軽四と馬鹿にしていたヴィヴィオSC車に秘められたSUBARUの実力を思い知らされるのでした。。
それまでの軽の常識を破る加速と高速巡航性能などなど・・・。。。
「ひゅい~ん」という加速時のスーパーチャージャー特有の給気音も運転意欲をそそりました。
しかもGX-Tは当時ではようやく採用され始めたCVTをいち早く導入。。。
坂道発進ではバックする初期のCVTでしたが時速100km巡航で2000回転という信じられない低回転ぶりと低燃費性が素敵でした。。
ま~るいお尻が国籍不明で可愛いでしょ。。
後部座席に未だ幼かった息子や娘を乗せ、フルオープンで走った日が懐かしいです。。
子供たちの友人も後部座席に4名乗せてフル積載で走ったことも・・・。
スーパーチャージャー付で超小型軽量ボディなので、起動時に必要以上にアクセルを踏むと空転してしまい、タイヤのゴムが擦れて煙が出るほどジャジャ馬な暴れん坊でした。。
ヴィヴィオが調子悪くなれば、妻も体調を崩す程、好きで好きで仕方ない車だった様です。
やがてそんなヴィヴィオも150000kmを超えた辺りからオイル漏れが酷くなり、ついに冷却水ホースが破断したり、パッキンが劣化したり、ノッキングが激しくなったりと実害が出始めたため、ついに置き換えの決断を迫られることになりました。
画像は新旧交代時のものです。
未だサンバーは居なくて、その前のボンゴフレンディーが居ます。。
そして平成21年2月4日・・・
ヴィヴィオGX-Tは家族との思い出を満載にして時空の彼方に旅立って行きました。。
本当に可愛いやつでした。。
妻のみならず私にとっても子供達にとっても言葉では言いつくせないくらい、とてもいい車でした。。
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Posted at
2014/05/11 00:37:33
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