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金子浩久のブログ一覧

2011年01月06日 イイね!

プジョー 504D その2




 元旦に遭遇した504Dは、18年前に「10年10万キロストーリー」で取材させていただいたSさんだった。
 お孫さんの成人式の記念撮影をされるところだったので、再会も短い立ち話で済まさざるを得なかった。
 お互いに話し足りないので、2日後にお宅を訪問することになった。
 メールに添付された画像には、18年前の記事が掲載されたページの上に、僕からの取材謝礼ハガキが重ねられていた。
「場所は、18年前と変わりません」
 正確な住所は、ハガキの宛名に自分が書いている。粋なことをやるなぁ。
 路地を入っていった先の駐車場に504Dは停まっていた。お宅のリビングの様子も、憶えている。
 改めて、Sさん家と504Dについて、うかがうことができた。
 それによると、元旦に遭遇した504DはSさん家にとって、実は2台目の504Dだった。今から5年前に、13万キロほど走ったところで、2台目の504Dに乗り換えられたのだ。取材した1台目は、ライトブルーメタリックだった。
 母上から“塗り替えた”とうかがったので、僕はライトブルーメタリックをエビ茶色に塗り替えたのだと思い込んでしまっていた。エビ茶ボディのところどころを修復して塗ったのだった。
 1台目のボディのあちこちが錆びてきたり、他にもトラブルが目立ってきたりして、母子は困ってしまった。
「母は運転好きですが、違うクルマにしてしまうと各部のスイッチなどの操作をイチから憶え直さなければなりません。高齢なので、それは負担になるでしょう。できれば、また504に乗り換えたかったのです」
 なんて親思いの息子なのだろう。すぐに、想いは通じた。
 Sさん家の504Dの主治医である港区南麻布のルブローレン自動車整備工場の江頭社長に相談すると、別のお客さんが持っていて、ちょうど乗っていない504Dがあるからと仲介してくれた。走行5万キロで、室内ガレージに仕舞われていた良好なものだった。
 18年前には、ローバー2000TCとノートン・コマンドに乗っていた息子さんは、母の504Dに感化されたのか、その後、シトロエンXMに乗るようになり、クラブを作り、パーツを個人輸入したりするほどのフランス車党になっていた。
 クラブは、シトロエンXMパーツセンター“あすなろ”、といい、ブログも運営している。毎月第三日曜日の午前中には、代官山のカフェミケランジェロでオフ会を行っており、フランス車乗りやフランス車シンパの参加を募っているので、興味のある方はブログを読んでみて下さい。

シトロエンXMパーツセンター“あすなろ”公式ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/vivacitroen2002/60674601.html

 面白かったのは、XMのハイドロニューマチックサスペンションの要であるオイルとガスが封入されたスフィアに、ドイツ製の「コンフォートスフィア」なるものが販売されているという話。
 オイルの経路の径が太くされていて、低中速域での乗り心地が柔らかくなるのだという。「日本で乗るには、合っていると思います」
 ヨーロッパに較べて、日本は平均スピードが低いから、たしかに柔らかめのスフィアの方がよりハイドロニューマチックらしい快適性を得られるだろう。
「カネコさん、504を運転してみませんか?」
 願ってもない!
 23年前に自分の504Dを手放してから、どんな504も運転したことがない。リスボンとブエノスアイレスで、タクシーの後席に乗っただけだ。



 まず、Sさんが気を遣ってくれて、エンジンを掛けてくれた。イグニッションをオンにして、グローランプが消えるまで十数秒待ってからセルモーターを回さなければならない。
 ガラガラガラッと大きな音を立てて、2.2リッター4気筒は回り始めた。
 どんなクルマだったか、ドアハンドルに指を掛けた途端にすべてを思い出した。
 まず、シートが心地良い。現代の標準からすると、柔らか過ぎるくらいフワフワに感じるが、運転しているとその奥の方でしっかりと身体を支えてくれている。
 握りの細いハンドル、傾斜が少なく“立った”フロントとサイドのウインドガラス、フォントが大きくて見やすいベリア製のスピードメーター、イエーガー製のアナログ時計などなど。
 うん、こうだった、こうだった。





 四隅がよく見渡せるボディと、ハンドルがよく切れるハンドルから表通りに出る時にSさんも助かっているだろう。
 少しスロットルペダルを踏み込んだだけで、ガラガラというエンジン音はフッと掻き消され、十分な加速をする。ディーゼルエンジンのトルク特性はガソリンのそれと違って、大きく踏み込んでもトルクが一気に増大しないから、少しづつコンスタントに踏み続ける方がスムーズに走れる。
 504Dのような古いタイプは、特にその傾向が顕著だ。急に踏み込んでも加速が強まるわけではなく、ペダルを戻した時のエンジンブレーキが強く効き過ぎるだけだ。
 ATが3速なので、高速道路で限界があることも思い出した。でも、こうして都内を走る分には十分だし、小さめのボディによく切れるハンドルは、かえって好都合だ。



 サスペンションの長いアームスパン、扁平率の低いタイヤ、柔らかなシートなどの相乗効果で、総合的な乗り心地がとてもよい。マンホールのフタや段差を乗り越える時も、直接的なショックが伝わってこない。
 僕が23年前に乗っていた時に感じていた印象と、Sさんの504Dも変わらなかった。現代の標準よりも古い部分はあるが、それを補って余りある魅力があることも確かだ。
「中型セダンとしての素質が非常に高いクルマですね」
 駐車場に戻し、ドアとトランク別々の鍵を回しながら、Sさんは504Dを結論付けた。僕も、異存はない。
 偶然の再会によって、フランスでもほとんど見なくなった504を運転できるという貴重な機会を得ることができた。
 それと一緒に、Sさん母子と再会でき、楽しい話をたくさんできたのがうれしかった。一台のクルマに乗り続けていると大変なこともあるけれども、良いこともある。504Dに感謝したい。

Posted at 2011/01/06 18:54:28 | コメント(6) | トラックバック(0) | プジョー | クルマ
2011年01月01日 イイね!

プジョー 504D

 あけましておめでとうございます。
 今年も、よろしくお願いいたします。

 みなさんは、正月をどう過ごされましたか。
 僕は、元旦は母親を訪ねて、雑煮とおせち料理を食べます。いつもはそこで帰りますが、今年はふたりで父親の墓参りに行きました。
 東京は風もなく穏やかに晴れていたので、墓地には先祖を供養に来る人が少なくなかった。香りを焚き続けている線香も、あちこちに残っていた。
 母親を実家に送り、帰宅しようと赤信号で停まっていたら、交差する外苑東通りをプジョー504のセダンが走り抜けていった。
 昨日、みんカラブログに「プジョー504クーペ 後編」をアップしたばかりなのに遭遇するなんて、なんて奇遇なのだろう。おまけに、あのパリの504クーペと似たようなボディカラーじゃないか。
 自宅は直進する方向だったが、車線を代えて、左折して追い掛けてみることにした。
 幸い青く点灯しているふたつの信号が、変わらないでくれ!
 3つ目の信号に、クルマが何台か停止している。
 居た!
 504は、一番右側の車線で右折待ちをしていた。すぐ後ろに付いた。パリの504クーペのようにピカピカというわけではない。塗装は年相応にクスんでいる。
 前席には背の高い人がふたり、後席に背の低い白髪の人が乗っている。ディーゼルのエンブレムが付いているから、僕も乗っていた504Dと同じだ。



 どんな人が乗っているのだろうか?
 チャンスができたら、話し掛けてみよう。
 次の次の信号で左折、その次を左折。
 元旦だから道が空いていて、504Dはスイスイ進んでいく。
 坂を上って、504Dは大きなホテルに入り、駐車場ではなく、入り口の前で停まった。なにか慌てた様子で前席から男性ふたりが飛び出しきてトランクを開け、ショルダーバッグとガーメントケースを取り出し、ホテルの中へ入ろうとしていた。
 僕も一緒に停まり、話し掛けた。
「大事に乗っていらっしゃいますね。もう、どれぐらい……」
「すみません、いま、急いでいるもので。クルマのことだったら、これを」
 中年の男性は、閉めた運転席側のドアを開け、一枚のA4サイズの紙をくれた。フランス車の愛好クラブのパンフレットで、サイトのURLと代表者の電話番号が記されていた。
「忘れ物じゃないの」
 後席から降りてきた白髪の女性が、男性にバッグを手渡した。年齢や口振りからして、女性は男性の母親のようだった。
 再び、パンフレットに眼をやって入ってきた氏名と、女性を交互に一瞥した。



「アッ! Sさんじゃないですか!? 以前に、『10年10万キロストーリー』という記事のために、お宅に伺って取材させていただいた金子浩久です」
「ああっ、カネコさん! 憶えていますよ、カネコさん!!」
 Sさんと、Sさんの504Dだったのか。
 ボディが塗り替えられたのと、取材させてもらったのが15年以上も前のことだったので、すぐには気付かなかったのだ。
 Sさん、息子さん、その奥さん、孫、孫娘たちは、これからこのホテルの写真室で、孫の20歳の記念撮影を行いに来たのだという。孫は大学近くに下宿中で、孫娘と嫁はアメリカ留学中だそうだ。
「夫が4年前に亡くなりまして、この近くの教会に礼拝にも行くんです」
 Sさんの夫のことは、よく憶えている。
「石油を全部輸入に頼っている日本は、それを無駄遣いしないために、もっとディーゼルエンジンのクルマに乗るべきだ」
 そう力説されていた。
「まだ、私もこのクルマを運転しているんですよ。毎週、夫の礼拝のために、教会に運転して来ています」
 改めて訊ねてみたら、Sさんは85歳だという。とてもそんな高齢には見えないし、話し方だって溌剌とされている。なんて達者なのだろう。504Dを運転しても、ちっとも不思議じゃない。Sさんと僕は、久しぶりの偶然の再会に驚いた。
 帰宅して、当時の記事を引っ張り出してみたら、それは16年前のことだった。20歳の立派な医学生となった孫が4歳、孫娘はお嫁さんに抱かれ、夫とともに一家で504Dと一緒に写っていた。
 絆の太い細いにかかわらず、離れて暮らさざるを得ないこともあるのが現代の家族というものだ。
「昔と違って、仕方がないですねぇ。この歳になって、息子とふたりで暮らすことになるとは思っていませんでした。ホホホホホホッ」
 Sさんは、昔と変わらず朗らかだった。
 でも、いつもはバラバラでも元旦に集まったSさん一家が16年前と変わらず504Dに乗っていたところに遭遇できたことが、僕にはうれしかった。2011年の最初の笑顔だった。

Posted at 2011/01/01 21:04:49 | コメント(13) | トラックバック(0) | プジョー | クルマ
2010年12月31日 イイね!

プジョー 504クーペ 後編



 ふたりは、ちょうど504クーペから荷物を降ろし切ったところだった。
「珍しいクルマに乗っているね。僕は、このセダンを東京で乗っていたことがあるんだ」
 僕の504セダン経験には何も興味を示さず、しかし、自分の504クーペが他人から関心を抱かれるだろうことは十分に承知してそうな口振りで、男は返答してきた。
「3000ユーロで買った。大切に乗っていた個人からだ。こんな珍しいクルマは、中古車屋じゃ、売っていない」
 小雨がホコリと混じって、ボディにまだら模様を作っているが、コンディションはとてもいい。
「76年型だ。特に古いクルマが好きなわけじゃないんだけど、これの前はルノー9に乗っていた。お婆ちゃんから、もらった」
 道路の反対側から見た時は、男は50代以上に見えたが、30代であることは間違いない。西洋人は老けて見える。透明なフレームと四角いレンズのメガネが、顔付きを若く見せている。  
 パリで、何をしているのだろうか?
「今、ちょうど、引っ越してきたところなんだ。そこの建物にね」
 引っ越してきた!?
「北の方から引っ越してきたんだ」
 北って、パリの北、それともフランス北部?
「フランスの北の、小さな街」
「日本から来た、自動車ジャーナリストなんだってサ」
 傍らの女性に僕のことを説明しながら、開けたドアとAピラーに両腕を乗せ、ポーズを取ってくれる。
 はじめは取っ付きにくいけど、やり取りしているとサービス精神を発揮してくれる。フランス人に限らず、ヨーロッパでは、こういったシャイな人に遭遇することが少なくない。



「広告や風景の写真を撮っているの」
 黒のジャケットに小さな赤いチェックのアフガン柄のストールがよく似合う女性が、教えてくれた。
 カメラマンなのは彼女なのか、彼なのか。それとも、ふたりともなのか。
 訊ねてみようかと思ったが、微笑むふたりを前にしたら、そんなことはどうでもよくなった。笑顔には、パリでの新しい生活への希望が満ちていたからだ。
 手にしている荷物には、前に住んでいた部屋に張られていたポスターや写真、絵などが丸められたり、額装されているものもあった。彼らがどんな写真を撮るのか、見てみたい。
 ふたりと同年代か年上の504クーペとともに、パリで新しい生活を始めた彼らも新しい年を迎えているはずだ。2011年が、良い年になるといい。

 みなさんも、良いお年を!
 来年も、よろしくお願いいたします。




Posted at 2010/12/31 11:55:52 | コメント(9) | トラックバック(0) | プジョー | クルマ
2010年12月27日 イイね!

プジョー 504クーペ 前編




 ヨーロッパでも、古いクルマを眼にすることが少なくなってきている。
 新しいクルマが増えたのと同時に、ドイツを除けば、みんな自国のクルマに乗らなくなった。立派な自動車メーカーが存在しているフランスやイタリアでさえも、ドイツ車や日本車、韓国車に乗る人が増えてきている。これも、経済的、文化的グローバライゼイションの現れのひとつなのだろう。

 パリのポルト・ド・ベルサイユの前で信号が変わるのを待っていたら、眼の前の道路の右の方から、幅が狭い割にちょっと背の高い、昔のクルマが走ってきた。
 何だろう?
 近付いてくるに従って、角4灯のヘッドライトとフロントグリル中央の金色のエンブレムが見えた。
 僕の前のT字路を向こうの方に曲がっていった。プジョー504クーペだった。多くのボディバリエーションを持っていた504シリーズの中でも、カブリオレとともにエレガントなピニンファリーナルックを持つ2ドア4シータークーペだ。
 昔、東京で504のセダンに乗っていたことがあったので、走り去る504クーペに見蕩れてしまった。
 どんな人が乗っているのだろう?

 信号が青になった。504クーペが入っていった道はずっと先まで伸びていて、何の根拠もないけれど、もしかしたら、どこかに停まっているかもしれない。そう思うと、ノンビリ渡っていられなくなり、走り出した。
 小雨も降ってきた。パリの石畳が濡れると途端に滑りやすくなるのは、なぜなんだ。走り方が悪いのか、靴が悪いのか。パリに来るたびに、何度も滑って転びそうになっている。
 504クーペを、ちゃんと見るのは初めてかもしれない。
 博物館に展示されるほど古くはないし、プレミアム価格が付いてマニア同士で売買されるほど珍しいクルマでもない。
 セダンやステーションワゴン、ピックアップトラックなどの504はフランス以外の工場でも長期間に渡って作り続けられ、世界中で走っていた。しかし、クーペとカブリオレはイタリア・トリノのピニンファリーナ工場で製作されていた、ちょっとだけ希少なモデルだ。
 2車線の一方通行路を、小走りに入っていった。道路の両側には、びっしりとクルマが停められているが、今のところ、見当たらない。でも、見落としてはいないはずだ。
 行っちゃったのかな?
 工事用の衝立てで一車線塞がれているところで、道路がすぼまっている。あの向こう側から先を見て、いなかったら諦めて引き返そう。

 この辺まで来ると、パリの華やかさは姿を消し、生活感が溢れ出てくる。歩道の幅は狭くなり、路上駐車しているクルマも、実質的なモデルばかりだ。
 日本では流行らない、リアウインドにガラスの代わりにボディと同じスチール板が嵌め込まれたバンやワゴンが、何台も行ったり来たりしている。建物の内装や電気工事業者のクルマだ。
 地味で流行とは関係ない商品しか並んでいない靴屋や洋品店のショウウインドの前で足を止めそうになる。
 これで経営が成り立っているんだろうか?
 まったく、大きなお世話だ。こういう店は、日本にもたくさんある。地域に密着して、やっていっているのだ。華やかなパリもいいけれど、普通の人たちが飾らず生活している空間にお邪魔して歩き抜けていく時も、パリを強く感じる。
 居た!
 メタリックが少し入った銅色の504クーペは、工事用衝立ての蔭に停まっていた。
 男女ふたりが、荷物を降ろしているところだ。道を渡って、話し掛けてみた。(続く)



Posted at 2010/12/27 18:36:32 | コメント(10) | トラックバック(0) | プジョー | クルマ
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

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「背伸びして乗るのにピッタリかも。10年10万kmストーリー 第108回 BMW i8(2015年)10年11万km http://cvw.jp/b/877318/48601604/
何シテル?   08/15 17:39
金子浩久です。よろしくお願いします。 クルマとその周辺のことを書いています。 詳しい自己紹介は、ホームページをご覧下さい。 http://ww...
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