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ロンバードのブログ一覧

2019年06月26日 イイね!

2019 FTPと富山の白えび、神社、お寺


前回のカフェセブンの投稿と日にちは逆ですが、今年のFTPとその後の富山の周りについて。

東北を回ってきてシートの汚れが気になり、また前回のクリーニングからも時間が経っていたので、FTPの前にとシートのクリーニングを。クリーナーとしては、クイックブライトを普通は使いますが、賞味期限が切れたのか使用後に白い拭き残りのようなものが出現します。そのため、今回はこのメンテキットで。レクサスのセミアニリン用のメンテキットは高額なので、これを使ってます。



当日、朝早く名神養老SAに集合です。日本シトロエン教団中部教会のK大司教の店の常連ばっかです。(写真とったつもりが見当たらず)
SM2台、2CV、エクザン、CXファミリアール、C52台、C2、メガーヌ、ルノー・スピダーets。

集まったものの、勝手に走ってます。数台はラリーに出場のようで、ドラミ前に会場に入りたいとのことで、それなりにお急ぎペースで。

大学生になってから車に乗ってますが、やってることは40年以上経っても一緒です(笑)

会場では、ワッキーさんのグループ駐車場に。事前にお願いしておりました。

会場では、私と同じ色のC5ツアラーが。オーナーとお話ししましたが、インポーターは一緒で、エンジンも同じBlueHDI180でした。シートは普通の皮で、私とは違ってました。



FTPについては、私は完全な "いちエントラント"の立場です。そこで、少しばかり苦言を・・・・

フレンチ・トースト・ピクニックという名前でも、フランス車オンリーのイベントと言ってはないと、主催者は言われると思いますが・・・・・

ラリーが売りで、それを楽しみしている私の友人も多いです。昨年は2CVの生誕70周年で2CVだけのラリーにしたり。今年は、シトロエン100周年を掲げて、いろいろな車種が集まるように、主催者は知り合いづてに声がけしたり。そのご努力には敬服しております。

2CVは昨年に冠をつけたラリーをしたので、今年はかなりの2CVオーナーがラリーの出場抽選に落選したと聞いていました。

そのラリーも蓋を開けてみると、BMの02、ジャガーEタイプとか、国産クラシックカーが10台くらい。国産クラシックカーについては、ドライバー、コドライバーともオーナーでなく、当日主催者から乗車を頼まれたりとか。

もし、ラリーへの出走申請者全員が出走し、その中で仏車以外も走ったなら、私はケチをつけません。でも、仏車オーナーを落としといて、これはないのではと思います。ここで上述の、”フランス車オンリーと言ってません”のセンテンスが出てくるかな。

このイベントの創世記には、いろいろ援助を受けたのでしょうね、近くには自動車博物館ありますしね。今や、あわら地区の年間イベントになったようで、市長が挨拶したり、あわら温泉のスタッフが道端で出走車に手を振ったりとか。

私のこのイベントに肯定的な知人らは、”まあ昔お世話になった人達、スポンサーには逆らえんのと違うかなあ”と言いますがね。

FBM(フレンチ・ブルー・ミーティング)も仏車オンリーとは言ってませんし、仏車以外でも入場できます。でも、ジムカーナは仏車オンリーです。

もっと言いたことはありますが、このへんで・・・・・(笑)

”なんでそこまで言うのに行くんだい?”とのご意見もあると思いますが、ただのいちエントラントの気楽さと、この時にしか会えない人、長いことお会いしてない人に会えるなどがあるので、会場までは行きますよ(笑)

この日は、富山泊で白えびを食べる計画がありますので、11:00頃には会場を出ました。
駐車場の手配をしていただきましたワッキーさん、大変お世話になりました。


下道で、金沢あたりまで走りました。昼食は、すき家のカレーで。

金沢で北陸道に乗り、富山を目指します。

最初は、瑞龍寺に。
前田家二代目藩主前田利長の菩提寺です。

カフェセブンのブログに書きましたように、ご朱印帳を持ってこなかったので、このお寺で寺用ご朱印帳を購入しました。

総門です。



山門です。



仏殿、法堂、山門が国宝(富山県唯一)のようです。






名刹ですね。

次に、射水神社へ。

この射水神社では、神社用のご朱印帳を購入します。射水神社のご朱印帳は売り切れで、一宮会のご朱印帳を購入しました。この時に知ったのですが、一宮会のご朱印帳で、A4くらいの大きさのがありました。さすがにそれはハンドリングがね。



射水神社の写真は撮り忘れました。

富山県護国神社へ。



イベントがあるようで、本殿では準備をしてみえました。

ご朱印は、この日は書置きを無料でいただきました。

ホテルに向かい、チェックインします。

さて、白えびをどこで食べるか?ホテルで資料をもらいましたが、今一はっきりしません。2013年に一度この富山に来ています。ブログにも書いてますが、当時は写真を圧縮せずにアップしていて、みんカラサーバーがオーバーしてしまい、写真をカットしているので、当時の写真がありません(泪)
ということで、吟魚という店に絞りながらも、2013年の店を探して、それで判断しようと。幸い、その店が確認できましたが、この日は店を替えようと、吟魚に予約を入れました。

開店時間(17:30)までに時間があるので、新幹線が来た富山駅を見に行きます。2013年当時は新幹線の工事中でした。駅ビルの土産物屋でカミさんは、白えびのせんべいを。(でも私は食べた覚えが・・・・)



17:30前に店の前で並んでいると、地元らしきデブブス二人が、その列を無視してドア前に居座ります、17:30になりドアが開くと悪びれることなく中へ一番で。まあ、予約してあるのでね。店内でもこのデブブス二人は大声で飲んでました。今思えば、写真撮ってネットに流してやればよかったと猛反省。



電話で白えびは言ってありましたので、それはすぐに。他に、ブリ刺身、焼き魚、最後に焼きそばを。



6年ぶりの富山での白えびの刺身でした。美味しかった!!

翌日朝食は、松屋で。



雄山神社中宮祈願殿を目指します。雄山神社には峰本社、中宮拝顔殿、前立社壇の三社があります。峰本社は立山山頂のようでさすがにそこまでは。私はスキーヤーで、山は降りるもので、登るものではないと思ってますので(笑)。




拝殿です。ここでご朱印をいただきました。



宮司のオススメもあり、境内の立山大宮、立山若宮にも参拝。





素晴らしい古社でした。

宮司さんから、前立社壇社にも行ってと言われ、そこに向かいます。
朝早く中宮祈願殿に来ましたが、参拝を終わって同じ道を富山市内に走っていますと、多くの観光バスをすれ違います。この道は立山へのルートのようでした。

またナビ(ゴリラ)が社に近い駐車場を選択したので、狭い道を進むことになりました(笑)



本殿です。



ちょっと遠い方の駐車場にしたら、この門から入ることになったようです。



参拝を終わり、駐車場に向かう途中に。



駐車場には私の車だけです。



これで、富山から南下します。

まずは、南砺市の瑞泉寺(通称 井波別院)へ。最近、”鶴瓶の家族に乾杯”で放送してましたよね。

お寺のHPには市営駐車場を使えとあり、そこに停めたのですが、境内にも停めれました(泪)



入館料を払いますが、そこで”真宗だからご朱印は無いですよね?”と言うと。”いえ、ありますよ。本堂でやってます”と。え、真宗では教義でないっていうことでないか?まあ、行ってみます。

本願寺まんまの本堂が。



本堂でご朱印のことを聞くと、やはり正式にはご朱印ではなく、参拝記念ということのようです。



渡り廊下で、隣の太子堂へ。



井波の寺ですので、色々彫刻がありました。



後小松天皇より開基綽如上人に下賜された聖徳太子二歳の尊像があるので、太子堂なんですね。

広い境内です。



私の中では、どうしても真宗にネガがありますが、京都の本願寺ほどギラギラ感が無かったかな。

次に、同じ南砺市の高瀬神社へ。



社務所にご朱印帳を預けて参拝です。



社務所でご朱印帳をいただくときに少しお話を。
そこで、私のとんでもないミス発覚です。

私が、”富山件の別表神社4社に参拝したので、これで富山県は終わりました”と言うと、”富山県は5社ですよ”と。
”どこ行って来ました?”と聞かれ、”射水神社、護国神社、雄山神社とここです”と。
”あ、日枝神社が入ってないな、富山市の護国神社の近くです”。

もうこの南砺市まで南下してますので、今更富山市には戻れません。次のFTPの時にでもかなあと、諦めて帰宅です。

下道156号で、白川郷、ひるがの高原、郡上経由で、無事帰宅できました。

あ〜あ、一つ足りない。



ですが、近々長野でのスキーの展示会に行くことにしていたので、その時にリターンマッチです。
2019年06月24日 イイね!

カフェセブンと三重県別表神社


FBに、突然カフェセブンで、”フランス車の撮影をします”と入ってきました。当初の日程は、6/16 10:00~14:00でした。ここには行ったことは無いのですが、場所が判明したので行くことにしました。その後、雨の予報で6/23に延期になりました。その6/23も雨の予報でしたので、行こうかどうか迷ってはいました。前日の天気予報では、14:00くらいからの雨になっていましたんで、行くと決めて寝ました。

その第一報から、今月のCCJ関西ミーティングに家の都合で行くことができず、行ったなら寄ろうと思っていた敢国神社(伊賀上野)による前提で、計画を作りました。

それと並行して、ゴリラの地図のバージョンアップもしました。東北に行く前の4/20リリースのバージョンでは、新名神の四日市周辺、東名の海老名周辺がアップデートされておらず、年度末の開通は結構使い勝手のあるものでしたので、次のバージョンが待遠しかったですね。



まずは、早朝からのスタートです。いつものすき家で朝食をとってから、蟹江ICを目指します。蟹江ICから東名阪道で南下し、25号に入って伊賀一ノ宮で降ります。

敢国神社(あえくに)です。ここは伊賀国一之宮です。



いつものように参拝前にご朱印帳を預けます。今回は、一宮会の御朱印帳で。



まだブログに書いてませんが、今年のFTPの後に、富山の別表神社を回りました。その時に不覚にもご朱印帳を家に置き忘れて出発しました。そのため、現地で神社用、寺用を新調してました。富山の射水神社が最初の参拝地社だったので、そこで購入しようとしましたら、射水神社のそれは品切れだけど、一宮会のならあると。まあ、私は一之宮巡りはしてないのですが、無いものはしゃあないと購入しました。これが魔物でしてね(笑)。
これによって、一之宮への参拝の場合は、このご朱印帳を使おうと。

本殿です。



カフェセブンは10:00からとなっていましたので、少し境内をぶらぶら。

むすび社なる鳥居が。



息子の良縁をお願いせにゃいかんと階段を登ります。



参拝、お願いです。





(この後行く、椿大神社の写真も)

カフェセブンですが、この伊賀から30分くらいです。でも住所は京都なんですね。県境の標識はありませんでした。

着くと、黄色いフェラーリ、BM等が駐車されてます。奥に1台のスペースがあり、なんとか駐車できました。



オーナーは以前に、FBMでステッカー、ワッペンをトイレの前あたりで販売されてた方と知人から聞いていました。でも、こんなにメーカーの垣根を超えたオーナーの空間が、この人里離れた所にあるとは驚きです。カミさんと、”これは初めての経験かなあ”と話してました。FBM、CCJとかのメーカーの範囲の狭い経験はありますがね。

このカフェの雑誌があるようで、この撮影会はそれ用とここで知りました。多分、編集をされる方がお二人で写真を撮っていらっしゃいました。私のC5も質問を受けましたので、並行ゆえの現地オプション(下記)が入っていますとご返答を。

・革張りダッシュボード(ステッチ入り)
・セミアニリン染料仕上げの皮シート
・アルカンターラの天井

ここには、AM10:00前に入ったのですが、その後も続々と車が入ってきますので、早々に退散しました。

津を目指します。田園風景の中を走りますが、三重県って、津と四日市だけか?と思える光景でした。

結城神社です。



ここは建武中興十五社とのこと。そのようなグループがあることも知らずに参拝しました(笑)。

祭神の結城宗広は、先月訪問した白河一帯の藩主のようで、尊氏軍との戦に敗れ海路で奥州に逃げる途中この津沖で難破し、この地にて病死してここに祀られているとのこと。なので、結城神社と。

昨年、参拝した北畠神社も南朝側の北畠顕能を祀ってあり、南朝側の実在した人間を主祭神とする神社が多いですね。まあ、東京には乃木神社、東郷神社もあるからそんなもんかな。

次に三重県護国神社に。



ここには太平洋戦での戦地別の戦死者数が書いてある碑があり、ビルまでの戦死者数が16万5千人と知りました。これは他の戦地と比較しても大きな数字で、今までミャンマーに20年関わっていながら具体的な数字を知らなかったことに反省です。

次に、高田山専修寺です。浄土真宗の寺なので、京都の本願寺と同じような伽藍配置ですね。



個人使用は写真可でしたので、まずは御影堂内を。



御影堂から如来堂への渡り廊下には、なんとエレベーターが。



中央には親鸞の像がありました。

カミさんと、”やっぱり本願寺だわな”と。でも、ここは正式には本願寺ではありません(笑)。

如来堂の中は、



本願寺まんまのキンキラキンの中に阿弥陀如来が。

三重県に高田高校という私立高校のことを知っていました。この寺が高田山と知った頃から、その高田高校がこの寺の学校ではと思うようになり、ご朱印(?)をいただく時に聞きますと、やはり正解でした。私の受験生の時代の三重の私立の進学校は、ここしか無かったような覚えでした。

あべ静江(今の人知ってるかなあ?)は、ここの卒業生です。

京都の東西本願寺、東京の築地本願寺では、ご朱印は無くスタンプラリー用のスタンプがありました。また”教義でご朱印はありません”との張り紙を見たような覚えもあります。

でもここはご朱印(?)がありました。正確にはご朱印と言わず、参拝記念と言っているようです。



富山の井波別院でも参拝記念と称する、まるでご朱印のようなものをいただいています。この手の収入源は、捨てがたいんでしょうね。

次に、椿大神社(つばきおおかみやしろ)へ。ここは伊勢国一之宮です。



本殿では魚を神事としてさばいてました。



本殿の写真は撮り忘れました。

以前、TV番組で”神が降臨した地”というのを見た覚えで、それを神主さんに尋ねると案内していただけました。



囲いの中には入れませんが、舟形に石が並べられ、真ん中に三つ石が。



神主さんの説明は、”猿田彦大神が露払いをして、この地に天孫(天照大神の孫)が船に乗り降臨した。その後、猿田彦大神と後に結婚する天鈿女命(あめのうずめのみこと)らと共に高千穂に移動した”。つまり、ここで休憩したということのようです。

その後、天照大神が岩戸隠れして、その岩を開けさせるために岩の前で舞ったのがこの天鈿女命だそうで、この社の別宮に天鈿女命が祀られ、芸能のご利益があるとのことです。

これは大変大変勉強になりました。

私は伊勢神宮に?があるのですが、この話の流れでいくと益々伊勢神宮に?です。

これで立てた予定は終了で、新名神の鈴鹿スマートICから出来たばかりの新名神に。
ナビの示す帰宅時間が早いので、車中で多度大社参拝に変更。道路は、四日市JCTで東海環状道で大安ICまで行きます。どうもこの大安という地は日本に思えません(笑)。

多度大社に着くと、いきなり有料駐車場が目に入ってきます。参道の階段が見える場所なので、無料駐車場はあると思いましたが、200円でもあり近そうなのでそこに駐車。

最初に目に入ってくるのが、この社の有名な”上げ馬神事”の坂が。



こんな急勾配で、最後の壁があるようなところを登らせるのは間違いなく馬虐待ですよね。



階段上ると馬がいました。(本物)

ここは一之宮でないので、別のご朱印帳を預けて本殿に向かいます。



本殿横に滝がありました。



本殿に参拝。



本殿に向かう時に、自動車のお祓いを見ました。一台づつドアを開けてのお祓いです。コスパ良さそうですね(笑) ここは桑名ですが、名古屋ナンバーもお祓い受けていました。

これで予定終了です。三重県の別表神社は伊勢の二社を残すだけになりました。
Posted at 2019/06/24 12:17:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | C5ディーゼルで関西 | 日記
2019年06月16日 イイね!

2019 東北一周 太田 → シトロエン100周年 → 自宅


さあ最終日です。
長かったような、でももうちょっと周りたいような。

爺さんらの野球の大会の関係で、朝食がAM6:00からとなり、我々にはラッキーでした。
食べながら、あんな太った爺さんらが野球やれるかと不思議に思ってました(笑)。

ホテルはAM 6:30には出発し、高崎玉村スマートICに入る前に給油しました。そのICで高速にのり、佐久南ICまで走ります。その後は、下道でシトロエン100周年イベントの富士見パノラマスキー場へ。

AM 9:45には会場に着きました。



皆さんもFBに書いていらっしゃいますが、C5の多いこと。



このイベントで、DS,SM,CXを初めて見たC3のオーナーも多くいらっしゃるでしょう。そこからハイドロに乗りたいと思うと、一番手頃なのはC5と思います。台数もC6と比べたら多いですから、健康体のC5を手に入れるならこの5年が最後のチャンスなんでしょうね。
私も30年近く前にFBMに行き、どうしてもハイドロに乗りたくてCXを探しててに入れた経験がありますから。

眠気もあり、慣れた土地に来ると緊張感もなくなり、会場は早々に後にしました。
スキーのように19号で帰るかとも考えましたが、やっぱり疲れがありますから、中央道で帰宅しました。

帰宅しての距離、燃費は、

総走行距離  4.187 Km
想燃費(燃費計にて)  16.9Km/L

でした。



まずは、無事故、無故障で東北一周は終了です。
Posted at 2019/06/16 11:51:56 | コメント(1) | トラックバック(0) | C5ディーゼルで東北 | 日記
2019年06月16日 イイね!

2019 東北一周 米沢 → 桐生、太田


早朝から旧米沢高等工業学校本館を見学させていただいて後、南下します。

当初の予定では、時間がなく日光の華厳の滝訪問は諦めていましたが、朝一に旧米沢高等工業学校本館見学ができたので、華厳の滝を目指します。

土曜日の日光ということで混雑は覚悟していたのですが、意外に早くいろは坂までこれました。

いろは坂は当然初めてでした。最初はBMのZ4が前にいました。どうもDレンジ固定で走っているようで、Rが少ないヘアピンのようなコーナーでは詰まってしまします。とすると、Z4が道を譲ってくれました。この時のC5のサスはスポーツにしています。ただし、走行中にスポーツにすべきと気づき、下を見る余裕がないのでカミさんにスポーツのボタンを押してもらいました(笑)。

その後、ミラーには違うBMが写ります。後ろに追いついてきたので、前を譲って一緒に登ります。BMの4シリーズでした。
空いていたので二車線を使ったアウト・イン・アウトで走ります。中禅寺湖、華厳の滝のT字路手前でノーテンキな遅い車が。BMが左から抜こうとしますが、そこで二車線は終わり。

T字路手前で左折、右折の二車線になり、BMは左折の中禅寺湖方面に並んで、私は右折車線に。2台が真横になった時に、お互いが手を上げてニヤリ。白髪のドライバーでしたが、年はおんなじくらいかな。
いい時でした(笑)

華厳お滝の駐車場も問題なく駐車できました。

エレベーターで降って滝に。



別の場所から。



昨年、那智の滝を見てるので、”う〜ん”でした。

栃木県の別表神社は3つしかなく、その一つは日光にあるので、渋滞覚悟でツッコミます。

知らないことは強いですね。日光二荒山神社は東照宮の近くとこの時知りました(笑)。駐車はほぼ諦めましたが、なんと神社横の駐車場に停めれました。



ご朱印をただくところは少し人はいましたが、ご朱印帳預けて待つことになるのですが、預けるのに列はないのでまずはちゃっと預けて、お参りに行きます。





お参り後、ご朱印をいただいて、駐車場に向かうと、東照宮の入り口が。なんとこの神社とは隣なんですね。



行こうか迷いましたが、ここでどれくらい時間を使うかがわからず、徳川嫌いもありパスしました。

この日は夕食を2CV乗りのK青年と約束していましたので、時間を気にしながらまずは桐生に向かいます。

122号で南下しますが、わたらせ渓谷鉄道と平行して走ります。

沢口靖子の鉄道捜査官で見た本宿駅に向かいます。駐車を心配してましたが、なんと駅の上方に駐車場がありました。



この駅は、その鉄道捜査官の地井武男(鉄道捜査隊 課長役)の元部下の私立探偵が、射殺される場所です。事件後に、沢口靖子は現場を見には来ていたように覚えています。




全くどうでもいいことに情熱をつぎ込んでいます(笑)。
60過ぎのジジイが、50過ぎの綺麗なバアさんの追っかけです。

学校シリーズで、群馬大学理工学部キャンパスに向かいます。ここには、群馬大学工学部同窓会記念館があるからです。これは米沢高等工業学校と同じく、ここに桐生高等工業学校があり、その前身の桐生染織学校の本館が現存するからです。それを今は群馬大学工学部同窓会記念館(理工学部ではない)として見学もできるようになっています。

残念ながら、この日は土曜日で入館はできませんでした。






染織学校→高等工業学校→工業専門学校→群馬大学工学部→群馬大学理工学部と変遷しています。染織学校でスタートしたのは、この地は上質の絹の産地だったからでしょうね。

戦災で焼失しないで良かったです。

親父からの刷り込みのせいで、私には群馬大学ではピンとこず、桐生高専でしか認識しないような頭のデータベースになっています(笑)。

奇遇にも、ここに来る前に桐生市内を走っていると、なんとK青年の2CVとすれ違いました。彼も私とすぐに気がついて、この群馬大学理工学部まで追っかけてきて、二台なんらんだ写真を撮って、FBにアップしてました。

ホテルのある太田に向かいます。私はスバル乗りでもあるので、スバル本社らしき工場の横を通ったようで、一応それなりにワクワクしてました。

ホテルには、やはりこんな車がありました。



この土日は爺さんたちの野球の大会があるようで、他県ナンバーの車が多かったです。



チェックイン後、T青年が予約してくれたダニエルハウスに向かいます。



T青年と飲んだのは初めてでしたが、年を聞くと私の息子と同い年のような。いい時間が持てました!!

これで、予定の宿泊は終了です。
14日目も無事に終わりました。

続く
Posted at 2019/06/16 11:27:49 | コメント(0) | トラックバック(0) | C5ディーゼルで東北 | 日記
2019年06月16日 イイね!

2019 東北一周 旧米沢高等工業学校本館


今回の東北一周の計画中に、ここ旧米沢高等工業学校本館を知りました。しかも中の見学ができると知り、すぐに連絡を取りました。

http://museum.yz.yamagata-u.ac.jp/



この旧米沢高等工業(以下 米沢高工)は現在の山形大学工学部であり、その工学部の同窓会を米沢工業会と言うそうで、その山崎理事長(同窓会の会長)が案内、説明してくださるとのことでした。半年以上前に訪問予約させていただきました。

私よりお若い方が、私のこの備忘録ブログを見てくださってますので、まず最初に戦前の教育について書きます。

日本人はまず尋常小学校、国民学校(今の小学校)に入学します。その後、進学を望む場合に、大学のような高等教育機関を目指す者は、旧制中学(今の普通科高校)に進学します。高等教育を望まない者は職業学校(今の商業高校、工業高校)に進学します。

旧制中学を卒業すると、官立大学に進学したければ、旧制高校に進学します。
ただし、官立大学でなくても、それに準ずる高等工業学校、高等商業学校、高等師範学校などがあり、旧制高校以外の選択肢もありました。

私立大学も存在しており、それを望む場合は、私立大学の予科(今の教養部)に進学します。

旧制高校はナンバースクール(旧制第一高等学校とか。地名はつかない)と呼ばれる1〜8の高校と、ナンバーの付かない高校(旧制松本高校とか)があります。この旧制高校の定員と、帝国大学の総定員はバランスしていたようで、どっかの旧制高校に入れれば、官立大学には入学できたようです。

官立の大学は、帝国大学だけでした。旧7帝と言われるものです。

昭和22年の学校教育法により、昭和24年から新制大学が誕生していきます。
多くの国立大学は、この旧制高校を母体(教養部、人文学部、理学部等になります)として、高等工業学校(昭和19年に全部工業専門学校に名変)、高等商業学校、高等師範学校、医学専門学校等が合併して総合大学になっていきます。

なお、私立大学で戦前に工学部があったのは、早稲田と日大だけのようです。慶應は藤原工業大学が後々慶應に寄贈することで昭和14年に創立されたようですが、慶應併合にされるのは戦前ですが、工学になるのは戦後のようです。同志社の場合は、同志社高専だったと聞いています。

今の感覚とすると、なぜ工業だけの学校があったかと思われると思います。これは私の想像ですが、明治の時代、とにかく富国強兵を進めるためには、技術者が必要であると考え、大きな意味での人間形成のような今の教育について出てくるキーワードは政府の頭には無かったと思います。

高等工業学校については、まずは外貨を稼ぐ繊維産業、インフラを作る土木、建築、そして軍需産業の担い手を作ることが急務だったと思います。ですので、それはピュアな学問でなく、まさに実学だったんだと思います。
米沢高工のスタート時は、染織科と化学科の2科だけだったようです。

そのような背景を頭に、この米沢高工の事に触れていきます。

この本館は、今の山形大学工学部のキャンパスにあります。

入り口から説明があります。





私は繊維産業(染色業)に携わっていましたので分かるのでですが、今の方にはピンとこないレーヨン(ビスコース再生繊維)のことを。
東京帝大を卒業された秦逸三が教授でここに赴任され、レーヨンの製造を研究、確率をされたようです。最終的にはテイジンの取締役となられたようで、テイジンとは深い関係があるようです。今で言う大学発ベンチャー企業でしょうか。
当時のテイジンは帝国人造絹糸株式会社と言っていました。レーヨンのことを、スフ(ステーブル・ファイバー)とか人絹とか言ってもいました。
これらのことについて多くの展示がありました。

階段教室です。今はレコード・コンサートもあるようです。



上から見るとH型の校舎です。

階段です。



色々な展示がありました。



私が一番興味のあった展示です。



明治時代には、官立大学の工学部は東京帝大、京都帝大の2つだけで、工学教育はそれと7つの高等工業学校が担っていたんですね。米沢高工は明治最後の7番目とのことで、計画段階では7工と呼ばれていたようです。もしナンバーで呼ぶようになっていたら、私の母校は4工となり、私のナンバースクール・コンプレックスは無かったかもです(笑)

ここにあるように、東北帝大(現東北大学)の工学部の前身の仙台高等工業学校は6番目ですから、我の母校より新しく、顔が緩みました(笑)

会議室とか、一般教室です。



今は重要文化財の指定を受けてるとのこと、でも入館料もいりませんから維持は大変とのことでした。なので、維持のための寄付金箱がありました。ほんの少しですが、寄付させていただきました。

このGW中は毎日の訪問客があり、山崎理事長さんはそれに対応されていたとのことです。訪問客はどんな人ですかとお聞きしますと、今この本館は米沢市の観光案内に載っているようで、一般観光客が来るようです。
また、山形大学の学生は、全員1年生は山形キャンパスの教養部で就学し、工学部の学生は2年から米沢キャンパスに移動になるようです。そのため、父兄が米沢キャンパスを見て、初めて米沢高工を知り、見学に来ることも多いとか。

そのようなお話を聞き、私のような純に高等工業、旧工業専門学校に興味を持って来るのは少ないようです。まあ、私も昭和31年生まれのバリバリの戦後世代ですから全くのどマイナーですよね。

ここを訪問しての感想ですが、ただただ”羨ましい”。我が母校は戦災で全焼し、当時の面影は全くありません。それと比較してしまいます。
近代日本の工業化へのエネルギー源の一つがここに現存し、それを保存していらっしゃることへの敬意を表します。

山崎理事長とお別れして車に進む最中にこの看板に気づきました。



山崎理事長、ありがとうございました。

続く

Posted at 2019/06/16 09:14:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | C5ディーゼルで東北 | 日記

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「[整備] #WRXS4 ナビ交換 ケンウッド MDV-910HDF その2 https://minkara.carview.co.jp/userid/1377780/car/2988749/7764000/note.aspx
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ロンバードです。 (2017年2月22日にニックネーム変更しました) 前に1988年CX GTI SeriⅡに乗っていました。黒のVISA GTも所有し...
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