序破急という日本独自の芸術表現がある。
この小説が戯曲になった時を想像するに序破急の展開がよく合うと思われたので、その形式に則る。
序:お菊、堤防建設の夢を語る
破:女人堤防完成 200余名の斬首刑
急:家老、命を賭して主君を諫める
序(1)
今からさかのぼること200余年。
享和2年(1802)6月27日に鈴鹿川が大反乱を起こした。
庄野宿のあたりも壊滅的被害を受けた。お寺の梵鐘が鈴鹿川流域に流されたがついぞ見つからず伊勢湾まで押し流されたであろうと考えられた。
甚大災害につき、藩主本多忠斎(ただひろ)は幕府直轄事業として復興を願い出た。
しかし、それからも繰り返し鈴鹿川の氾濫は続いた。
文政4年(1821年)息子の本多忠升(ただたか)の頃には鈴鹿川を広げる工事も行われた。
その頃のお話である。
本多忠升は繰り返される鈴鹿川の氾濫に、村人が堤防築堤の願いを訴えるという事態に苦慮していた。鈴鹿川の氾濫は北から流れ込む安楽川の合流地点でよく起こった。鈴鹿川本流に安楽川の水が流れ込まずに溢流していたのである。
北側に堤防ができれば南側の城下に洪水が起こり藩は多大な被害を被ることになるのである。
こうしたことから、村人が勝手に堤防築堤をしないように藩主本多忠升は
「築堤を企てるものは打ち首に処する」とお触れを出したのである。
しかし、それでは村人の生活が改善するわけもなく、命の危険にさらされながら、年貢の義務を負うという二重苦を負うことになったのである。
この窮地に一人の乙女が考えを巡らせたのである。
ある夕べ
父「お菊、飯を食わんか。何を考えている? 最近、お前は何かに取り憑かれたようになっているな。」
娘:押し黙っている
父「ひとに言えんような何かだろう。言ってみ、聞くだけならできる。飯も食わんでいるとは、親としても不安でたまらんからな」
娘「お父さんは、このままでいいと思っている?」
父「何を?」
娘「この暮らしぶりよ」
父「何を言っている?」
娘「お父さんは飯を食べろっていうけど、何を食べているの? 碌なものも食べさせてもらってない」
父「偉そうなことを言うな」
娘「お父さんを責めるつもりはない。けど、どうしてこんなに苦しまなければならないの」
父「毎年のように川が暴れて米も何もかも流されては・・・」
娘「川が溢れなければ?」
父「もっと暮らしはよくなるだろうな」
娘「じゃあ、川が溢れないようにするには?」
父「堤防・・・いや、これ以上は口にできん」
娘「そう、堤防・・・。でもお殿様が禁じる」
父「そうだ」
娘「そうかしら? お殿様は堤防を作るなとは言ってないわ。堤防を造ったものは打ち首にするって。そういっている。」
父「何が言いたい?」
娘「打ち首覚悟なら堤防を造ってもいいっていうことでしょう」
父「それは理屈だな、屁理屈だな」
娘「でも、そういうことよ」
父「で、何が言いたい?」
娘「私が造る」
父「お前が造る?」
娘「そう、私が」
父「馬鹿も休み休み言え」
娘「私は決めたの、何も出来心じゃあないよ」「何をどうして、あれをこうして、そうすればいいってことまでちゃんと考えている」
父「何をちゃかしている。今日はここまでだ。しっかり食べてよく寝て、一度考え直せ」
娘「私は諦めなんかできない」
娘は家を飛び出していった。しかし帰るところはない。夜もとっぷり日が暮れると狭い家に戻ってきていつものように家族みんなで雑魚寝をした。
父はそれを咎めず、むしろ安堵した。
父「お菊に何を言っても通じないな。あれやこれやというのを聞いてやろう」一人心につぶやいた。
序(2)
父「お菊。今日も食べんな、どうした」
お菊「そうよ。この前も話したけど、この村でここ最近、どれだけの人が命を失っていった? このままで何がよくなるの? それを考えたら、今日明日を生きるために、いま飯を食べて何になるというの?」
父「お前の言うこともわからんではない。お前の、そのあれやこれやという計画を一度聞かせておくれ。このままで、お菊。俺は一人娘を飢え死にさせてしまうことになる。それはあまりにひどいことだ。それでは生きている甲斐もなくなるというものだ」
お菊「じゃあ聞いて。外に漏れてはいけないから、声は小さくするよ。」
「堤防を造るの」
父:「考えに変わりはないんだな」
お菊「そうよ。これからたくさんのことを話すの」
「堤防を造るなというお殿様のお触れは、結局城下に洪水が起こらなければいいのでしょ。だったらいい方法がある。安楽川の水が溢れるのは防ぎようがない。こちらの堤防が低いのだから。こちらを高くすれば城下に漏れてしまう。
でもいい方法があるの。川に直角に堤防を造る」
父「そんなことで大水が防げるのか」
お菊「大水を防ぐことはできない」
父「それでは意味がなかろう」
お菊「でも、被害を減らすことはできる」
父「どういう意味だろうか」
お菊「その堤防の上で溢れれば、それより下に水はいかない。反対に堤防の下に水が溢れればそれより上には水はいかない。半分は守ることができる。城下には影響がない」
父「なるほど。しかし堤防である限り、たとえ城下に被害が及ばないとしても、お殿様の目に触れ耳に入れば打ち首は免れまい」
お菊「そうでしょう。だから私が造るというの」
父「お前ひとりが?犠牲になって?」
お菊「そう」
父「お前ひとりでは無理だろう。どうする。男手は必要だろう」
お菊「それはだめ。もし見つかった時、男どもがこの村からいなくなったら誰が働くの。だから女で造る」
父「女で?そんなことができるのだろうか」
お菊「できるできないは、やってみないとわからないもの」
父「庄野の宿は900名足らず、在郷を合わせてもたかがしれてる。その中からどれだけの女人が堤防づくりに参加するというのだろうか」
お菊「それはわからないけど、やるっきゃないのよ!」
完
破に続く
Posted at 2023/12/24 16:34:21 | |
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