
自験の「実録」を「どぶろっく」バージョンでご紹介します。
「空耳」は、名曲とのギャップが面白いと思います。「タモリ倶楽部」で、ケニー・ロギンスの「フットルース」のメロディが流れたときには、信じ難い思いに駆られました。おおよその歌詞を暗唱できるくらい何度も聴いた名曲に、そんな要素はないと思ったのです。「ヤモリにやられた父さん」は、盲点でした。その後、ネットで、別の部分も空耳化させる動きが続き、「おっちゃんにいわれた」「恥ずかしいね、おねしょちびるんですか」「ゆとりニートが」という傑作が生まれました。最終的に、曲全体が空耳化してしまったのでした。ここまで到達してしまうと、もう原曲をまともに聴けなくなってしまいます。原曲ではなく、空耳のほうの歌詞が優勢になってしまうのです。罪悪感が消えません。
誰もが耳にしたことがありそうな名曲であることを条件にすると、次点級は、マイケル・ジャクソン「スムーズクリミナル」、バグルス「ラジオスターの悲劇」、シカゴ「素直になれなくて」を挙げたいと思います。
空耳は空耳でも、笑いとは無関係に、固くそう信じていた誤認のケースもありました。童謡「赤い靴」の「ひい爺さんに連れられて」が代表例です。中学生くらいになって、「ひい爺さん」のわけないよな、とようやく気づきました。
いなかっぺ大将の主題歌は、「鍛えぬけぬけ得意技」ではなく、「北へ行け行け得意技」だとずっと思い込んでいました。柔道の寒稽古の一環で、ジョギングをしているという誤認でした。その歌詞の部分の映像が、吹雪の中で走り込んでいる姿だったからです。
中島みゆきの名曲「時代」は、「まわるまわる4時台はまわる」という夜更かしの曲かと思っていました。そのとおり歌っても、誰も指摘してきませんので、気づくのに10年くらいを要したと思います。
松田聖子「瞳はダイヤモンド」の序盤は、「美しい日々がきれい記念に映る、いつか時計に変わったの」で覚えました。原曲は、「美しい日々が切れきれに映る、いつ過去形に変わったの」です。
免許を取得し、自分の愛車で音楽を聴くようになると、歌詞カードを見ながら運転ができませんので、益々この類の空耳が増えていった記憶があります。歌唱法が独特な佐野元春や吉川晃司は、常に90%の状態で覚えており、空耳率が10%でした。
では、菊池桃子さんの曲はどうか。リマスターを除いても200曲くらいありますので、全曲コンプリートは難しいのですが、ライブのセトリ採用率が高い100曲くらいは、41年間、常に万全です。実際のステージで、桃子さんがカンニングしているのに、自分は普通に歌えていることがときどきあるほどです。
唯一といってもいいミステイクは、代表曲「卒業―Graduation―」に登場する「誕生日に、サン・テグジュベリ、ふいにおくってくれた」でした。ずっと「サンテグジュエリ」という宝石があるものと思い込んでいました。
ところで、桃子さんの作品に関しては、まったく別の発見があります。歌詞の暗記がパーフェクトなのに、音として記憶しているだけのことが多いのです。ステージ上の桃子さんの歌いかたや曲全体の視点で歌詞を見つめ直してみて、初めて、「こういう曲だったんだ」と気づくことがよくあります。なので、何度ライブ会場へ足を運んでも飽きません。9月にも2 Daysライブがありますが、表情が見える席を確保するのが、悲願です。
あっ、整いました。桃子さんが熱中している縄文時代の研究とかけて、ライブでの悲願と解きます。その心は、いーせきが大事です。
さらに、整いました。縄文時代の謎とかけて、桃子さんをここまで好きな理由と解きます。その心は、もっとほれたら分かってくるような気がします。
実録は、以上です。
ここで、「どぶろっく」師匠の登場です。
――もしかしてだけど、俺と目が合うと、恋心で歌詞が飛んでしまってカンニングしてるんじゃないの~。
あれほど誰かを愛せやしないと。
Posted at 2026/08/22 15:03:33 | |
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