
家の用事で、Poloで出かけます。
市街地のみの移動になりましたが、運転して感じられるのは
スムーズで柔らかい、角がないので補正する必要がない、
間合いがわかりやすいので、待つことも、急ぐこともありません。
音で言えば、脳への情報が、質量ともに精度が高い。
ありがたいことに、お墓があるのですが、その管理は全て父親任せ。
昨年、父が入院した頃合いに、お墓を管理しているお寺から通知が届き、
それは、年間の管理料の振り込みのお知らせでした。
昨年は、ドタバタしてしまい、寺務所に直接尋ねることができず
振り込みをさせていただきました。
内訳がどのようなものであるかの確認を行うために、
お参りをさせてもらうことと、寺務所へ直接納めに伺います。
墓じまいをするだのしないだの、話に上がっていたのは知っていますが
どのような形式になっているのか、私は把握していません。
昨年から一年間、できるだけドタバタしないような段取りを整えてきていますが
どこかでドタバタしなければならないのだろうと諦めている、大雑把なA型です。
お寺をお参りさせていただくのは、私の記憶では初めてのような気もしますが
幼少期に来ているのかもしれません。
お参りをさせていただき、寺務所に声がけをすると、内訳を教えていただきました。
私が気になっていたお墓の管理については、お寺としては管轄外とのこと。
なるほど、免許返納をしたのか、更新をしなかったのかよくわからない父親が、運転をしなくなってから数年間、どのような管理になっているのか、私も把握していない不幸者であります。
久しぶりに、お墓に足を向けてみると、戦中の爆撃の破片が当たって崩れかかっていた墓石は、名前が刻まれている石が地面に据え付けられており、掃除も簡易にしていただいている様子。
どのようなシステムになっているのか、父親経由以外で調べる必要がありそうです。
帰りに、これも久しぶりに本屋さんへ足を運んで、動画サイトで紹介されていた本を探しますが、見当たらず、他の本を購入して帰宅。
漫画本のコーナーに足を運ぶと、もうずいぶん買うことがなくなったなと
若さの減衰を感じてしまいます(笑)。
それでも、『首都高SPLゼロ』が、3巻まで発売されていたので購入。
1巻を購入していたかどうか、記憶があやふやになっていましたが、
2巻は間違いなく買っていなかったので、2巻と3巻を購入し、
車の中で内容を確認して、1巻は買っているはずだと確信して(笑)帰宅。
家で読み進めていると、楠みちはる氏が、
ヤンマガから移籍した時期の裏側の事情(であろう)も話に上がっていて、
これも興味深い。
ただ、作中の時間軸は、もうこれ30年前の話なんですよね。
私が生まれた1975年の30年前は、終戦直後ですよ(苦笑)。
2026年から30年前で1996年。
96年当時、66年の話にどれだけの価値を見ていたのかを考えると、
現代において、別の世代の人たちにはどのように映っているものやらと考えます。
郊外にお墓を各家が持ち始めたのが、高度経済成長期のブームだったと聞いています。
司馬遼太郎氏のエッセイで、乗り込んだタクシーの運転手が、競争の激しかったどこそこの墓地の区画を手に入れることができましてね、これで安心と。司馬氏は、世の中の流行であることを知りつつ運転手氏に、そんなところに押し込まれてあなたは幸せですかね、と尋ねてみたところ、運転手氏も、うーんと考え込んでしまったと。
私の代で終わってしまうのは忍びないのですが、そのような私に、お墓が必要であるかと言われれば、俗世間の流行の残火に、縋る必要もどこまであるのかなと考えます。
とはいえ、社会の慣習というものを軽く扱っているように思われると、これも世間体に関わるようなので、どのように線引きを決めるのかといったところ。
そもそもお釈迦様は、モノは残さなくても大丈夫って、言っていませんでしたっけ?
Posted at 2026/09/13 16:03:31 |
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