最近は吉村昭作品を読み込んでいますが
今ほどではない時代に取材した人の話はWEBにはない迫力がありますね
戦中世代がまだ現役だったこともありますが
WW2もの(事実戦記物)は昔から好きですが
遣独潜水艦ものの「深海の使者」で気になる記述が以下
机に置いてあるビタミン剤エビオス…
エビオスは戦前から存在していて戦中はビタミン補給剤として軍需物資として生産されていたようですね
改めてみると歴史があるなと
つぎ
U511こと呂号第五百潜水艦ですが
呉に入港する前日に屋代島(周防大島)の安下庄 沖に停泊し船体の塗装などを行ったとありました
突然の私のルーツ屋代島登場にやはり地理的には軍隊とは縁があったのだなと
私から言うと祖父祖母
戦中で現役世代だった方の経験談はなかなか貴重ですが
今の世代から言うともうだいぶ遠い話になってしまいますかね
これは顕著ですが従軍した男性って本当に話したがらない方が多くて
細かいことは言わんが戦争はやっちゃいかんということ
悪いことしたわという苛みでしょうか葛藤がありほとんど聞くことはありませんでしたね。
おじいさんの話
徴兵されましたが職業が大工だったため工兵として従軍しました
開戦と同時にマレー半島に上陸しましたが
上陸時に機銃掃射が激しかったため亡くなった方の荷物を回収したりしながら必死に上陸したと伺いました
状況からおそらくシンガポール入城まで工兵として帯同したのではないかと考えています
このころの工兵部隊の様子は記録フイルムが残されていますね
一兵卒は徴兵された地区によって分隊が決まるので軌跡を追うのは意外と簡単なようで一人ひとりまとめた本があったりします。
おばあさんの話
家にいると白軍装の士官がトイレ?を貸してほしいと訪ねてきたので貸したら
帰った後に門柱の上に石鹸が置かれていた、というエピソード。
海軍の士官でしょうね…
戦艦陸奥が爆沈したとき細かいことは分からなかったが
めちゃくちゃ漂流物が海岸に流れ着いていた、というエピソード。
(これは私が聞きました、あれほどの爆発が近くであってどうなるものかなと?思っていたので、原子爆弾の日は聞いたような聞かなかったような…)
地理的に343空なども目撃できたのではないかとは思うのですが
戦略上は重要でないただの島なので戦中はどんなだったんですかね
Posted at 2023/02/23 23:37:00 | |
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