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加害男性両親、書面取材回答 「絶歌」に涙止まらず
1997年の神戸連続児童殺傷事件から20年となり、加害男性(34)の両親が書面での取材に寄せた回答には、遺族や被害者への償いの言葉が並ぶ一方、親としての心境もにじんだ。
男性は97年6月28日の逮捕当時、14歳の中学3年生だった。神戸家庭裁判所の審判を経て、同年10月に関東医療少年院(東京都府中市)へ収容された。当初は両親との面会を拒んだが、2003年の母の日には「僕を生んでくれて本当にありがとう」と手紙で伝えたことも。入院から約7年後の05年1月に出院した。
ただ、その後の詳しい状況は両親も知らなかったとみられる。男性が出した手記について、遺族らを傷付けたと謝罪しつつ、社会復帰後の様子などが分かり「涙が止まりませんでした」という。
男性からは「たまに連絡」があり、「これから先、長い時間がかかると思いますが、少しずついろいろな話をしていきたい」と記した。
また、取材の質問にはなかったが「今、望んでいること」として、「報道については自業自得ではありますが、今も本人がかなりおびえている様子ですので、勝手ではありますが控えていただきたい」と訴えた。(神戸連続児童殺傷事件20年取材班)
神戸連続児童殺傷事件の加害男性の両親が寄せた回答は次の通り。
■現在の心境
被害者、遺族の方々には大変申し訳なく思っています。年月が流れるにつれ、怒り、悲しみ、悔しさ、憎悪が増していると思っています。本当に申し訳ありません。ご冥福を祈り続けたいと思っています。本人からはたまに連絡が入ります。これから先、長い時間がかかると思いますが、少しずついろいろな話をしていきたいと思っています。本人自身が私たちに会いたいと思う気持ちになるまで、待ち続けたいと思います。
■手記「絶歌」の出版について
少年院を退院してから、入院してからの様子が分かり、涙が止まりませんでした。しかし、被害者、ご遺族の方々には大変申し訳なく思っています。出版にいたるまでの順序が間違っているように思いました。
■今、望んでいること
報道については自業自得ではありますが、今も本人がかなりおびえている様子ですので、勝手ではありますが控えていただきたいと思います。更生するためには住居、仕事が安心してできるようになることが大事だと思っております。よろしくお願いいたします。
■被害者、遺族への気持ち
本の出版により、大変お心を傷つけて本当に申し訳ございません。私たちが生きている限り、ご冥福を祈りながら償いをさせていただきたいと思っております。
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親としての心境?、日々ひたすら謝罪し続けろ懺悔し続けろ。
寝言なんか語ってんじゃねえよっ。まだ分かってないようだな。
テメエのガキがあれだけの事を仕出かしたんだ、言い訳は一切無用っ。
ただただひたすら世間のバッシングに耐え続けるのみ。
手記を読んで涙が出ただ?、知・る・か。アンタ等に感傷に浸る資格は無いっ。
怯えている?、これは笑止ww、あの残虐は挑発はなんだ。厨二病では済まされんぞ。
怯えているわけねえだろ、あんな(読んでないけど)手記出すくらいの奴がよ。
まさか親子揃って今さら気付いたとか寝惚けた事言うんじゃねえぞ。
他人に対してあんな事をしておいて自分の身元が割れるのは怖い?、随分とまあ身勝手な。
いくら少年法でそうなってるとは言え自分の仕出かした事を考えたら
名前や顔が流出しても文句無いどころか知られても構わないでいなきゃ。
まさか、それはそれ、とか思ってんじゃねえだろな。
歳は関係無い、罪を償うなかに何処の誰其と知られるのは含まれるんだ。
『アンタ等に御冥福がどうのと言われたないねっ(怒)』。私ならねって事。
アンタ等もそっち側の当事者だ、他人事みたいな態度で居るなっ。
御冥福をお祈りしつづryは部外者が言うものだ、アンタ等に言う資格は無いっ。
自分の息子が人を殺したどころか首を晒したんだぞ、何時までもgkbrし続けてろ。
謝罪するならいい、なら余計な文言を付け加えるんじゃねえ。
親が子供の不始末を詫びるなら謝罪の言葉と何様にでも罰を受ける覚悟である事を述べるだけでいい。
私としてはですよ?、加害者家族が被害者家族また遺族に御冥福がどうのって
お前ほんとに分かってんのか?って怒鳴りたい通り越して思わず手が出そうになるわ。
長いね、要するにこの親は本当に分かっているのか?とね。
涙が出たとかそっとしといてくれとか、何様?
うちの息子は○○です現在○○に居ますくらい言って当然だ。
それが世間のバッシングに耐えると言う事。それだけの事を仕出かしたんだからな。
Posted at 2017/03/28 02:41:53 | |
真獄門台送り | 日記