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野田聖子 11カ月長男の闘病告白「7回手術で右半身マヒに」
--引用--
来年の1月6日、野田聖子議員(51)の息子・真輝(まさき)ちゃんが満1歳の誕生日を迎える。彼女はアメリカ人女性からの卵子提供を受け、真輝ちゃんを授かった。真輝ちゃんが生まれてからの11カ月は度重なる病魔との闘いの日々だった――。
妊娠中から、胎児が臍帯ヘルニアで肝臓が体外に飛び出していう状態だということ、心臓にも異常があることが判明していたが、どんな困難が待ち受けようと、常に前向きに突き進んできた野田議員。しかし“50歳の出産”に続く育児は想定外のことばかりだった。
昨年10月26日。妊娠7カ月で大出血を起こし、即日入院。入院したまま今年1月6日、帝王切開で真輝ちゃんを出産。手術室で対面できたのは、ほんのわずかの時間だった。
「15秒くらい。辛いとか言っていられないんです。とにかく生きていてほしいから。どんな体になっても生きていれば何かいいことがある。それを味あわせたいと思って。泣きながらずっと見守ってきました」
泣いてばかりもいられない。母は、自由に会えない息子の写真を見ながら搾乳に励んだ。
「真輝は体が弱い子だから『お母さんのおっぱいは体にいいんですよ』と言われちゃうと必死になってしまって。私はなかなか出なかったんですが、最後はひねり出したという感じでした。内出血で乳房が真っ青になっていて、見ていた夫が『もうやめてくれ』とストップをかけてくれた。そうでなかったら、やめられなかったですね」
食道閉鎖症の手術や心臓の手術など、わずか11カ月の間に真輝ちゃんは7回もの手術に耐えてきた。さらに脳梗塞の影響で真輝ちゃんの右半身はマヒしてしまった。11カ月で身長は66センチ、体重は5キロ未満。それでも彼女は気丈に前を向きこう語る。
「誰も教えてくれないことを学んでいます。最高のお宝です。息子に会えて、本当に良かった。いつか絶対に必ず退院させて、みんなと同じ外の空気を吸わせたい。そして家で一緒に過ごしたい。だから私は全然、揺るがないですよ」
--引用終わり--
>アメリカ人女性からの卵子提供を受け
そう、自分自身のDNAはひとっかけらも入っていない自分の分身ではないのだ。
それをさも、しゅさんたいへんだたー、とかどうじょうびきー。
>全然、揺るがないですよ
揺るぐわけねえわなー、自分は何ともないし、我が子と呼べるそれは自分のDNA一滴も入ってないんだもんなー、揺るがないというより「痛みを感じてない」んだろ。
貴様がカイザーで死んどきゃ良かったんだ。なのに自分はピンピンしてて。
>お母さんのおっぱいは~・・・~やめられなかったですね
なーにイイ子ちゃんぶってんだよーww。・・・出るわけ無えだろ、閉経BBAが。
最初は世間の同情欲しい情、かと思っていたが違うな、『じこまんなんだろ』。
「出産してみたい」、そこに表れてる。してみかっただけ。なのにこのイイ母親ぶりっこ。
仮にほんとに子供が欲しかったとしても、「生まれてくる子について考えた事あんのか」と。
「私は、産みたい」(きゃつの著書)ではなく「私、産んでみたいのー」の間違いだろっ。
どう違うんだって?、産みたい、決意の表れとでもいうか、産んでみたいのー、一度やってみたかったんだー、
明らかに違うだろ。絶対後者だよ。
もうこなってくるとゴッコだわな。
悲壮感漂わせないアタシってって酔いではなくゴッコなんだよ、是が非でも助けたいんでなく何処まで生かせるか、というね。
長いな・・。某で言うところの産業で表すと
一言で言うなら『出産がしてみたい、が為に一人の命を弄ぶ下衆未満』。
なぜもっと若いうちに産まなかった。そんなに欲しけりゃ議員職をなげうってでも若いうちに産むべきだったのだ。こんな歳になってからって、産みたいではなく実践してみせた、だろが違うか。
出産はショーじゃないジコマンじゃない。お前は母親でも女でもない。
あ、四行だたw。
Posted at 2011/12/14 23:21:14 | |
獄門台送り | 日記