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かき船訴訟:原爆ドーム前で酒食は 広島地裁、19日判決
世界遺産・原爆ドーム(広島市中区)から約200メートルの元安川で特産のカキ料理を提供している「かき船」を巡り、被爆者らが国に対し、運営会社への河川占用許可の取り消しを求めた訴訟の判決が19日、広島地裁で言い渡される。被爆者らは「ドームは鎮魂と平和を祈る場で、営業はその価値を損なう」と主張するが、「歴史ある文化で貴重な観光資源」と擁護する声もあり、司法の判断が注目される。【小山美砂】
かき船は川に係留した船でカキ料理や酒を出す。江戸時代に大阪までカキを運んでいた広島のカキ販売業者が料理も提供するようになったのが始まりで、その後広島でも営業するようになった。
提訴されたかき船は、1963年からドームの南約600メートルで営業していたが、治水上の問題から川を管理する国が移転を要請。2014年には広島市などでつくる協議会が上流での営業を承認し、国も占用を許可した。
ただ平和団体を中心に批判が集まり、15年1月には世界遺産候補地を調査する「国際記念物遺跡会議」(イコモス)の国内委員会も懸念を表明。同年6月に被爆者ら19人が提訴したが、運営会社は15年9月に移転先での営業を開始した。
意見は市民の中でも分かれている。
「元安川付近で多くの同級生が死んだ。平和の象徴の近くで飲み食いなんて」。原告の一人で被爆者の矢野美耶子さん(87)=広島市西区=は憤る。
市立第一高等女学校(現市立舟入高校)2年だった1945年8月6日、原爆により、現在の原爆資料館(中区)付近で建物を取り壊す作業をしていた同級生ら約500人がほぼ即死した。
自身は腹痛のため作業を休んでいて助かったが、後に水を求めて元安川に入った多くの人が亡くなったと知った。川沿いにある同級生らをまつった慰霊碑で手を合わせていた時、かき船で飲食を楽しむ人がいるのを見て強い違和感を覚えた。「苦痛を感じる被爆者がいると知ってほしい」と語る。
一方、市はかき船を「貴重な観光資源」としてホームページで紹介。2017年の協議会でも委員からは「(ドームの近くにあることで)かき船を目的に来た人が平和について考えるきっかけになる」などの意見が出た。かき船で複数回食事をしたことがあるという会社員、渋木宏明さん(61)=広島市南区=は「落ち着いた外観で風景にも溶け込んでいる。観光客も利用しやすいだろう」と話す。
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被爆者らの訴えに対し、国は「侵害される利益について示しておらず原告適格(訴訟を起こす資格)がない。市などの同意を得ており、手続きも適法」などと反論。運営会社は取材に「コメントする立場にない」としている。
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被爆者またその関係者じゃない者からすると難癖に近いんじゃ?と。気持ちは分からんでもないが。
だったら原爆ドーム近辺のビルにも言ってこいよと。商売の為のビルなんだろ?、引用元の画像見ると結構近くまで建物が有るように見えるけどね。
(イチャモンは)その川だからなのか?、だったら、投下の日は市内全域で飲食禁止ーっ、とかも言えよな。川が聖域なら投下日も哀しい日として喪に服させろよなぁ。
原爆ドームの近辺で楽しんではいかんと言うのなら原爆ドームの近くを通る時は笑顔から沈痛な面持ちに変えろ・みな悲しそうな顔で通り過ぎろってのも訴えろよなー。
その川を利用する人は川に向かって深々と頭(こうべ)を垂れてからにしろ、てのもな。
じゃあ一体どれだけ原爆ドームから離れれば酒食していいんだよ。被爆者が決める事なの?
宗教じみてるね。酷い?、だってそうでしょ、原爆ドームやその川を聖域として崇め奉ってるんだからけがすなって訴えなんでしょ?
要するに、不謹慎だっバカにしているっ、その川で一体何人の人達が亡くなったと思っているんだっ、と言いたいんでしょ?、なんだかねぇ・・・。
じゃあ何時まで?、100年先?200年先?、それとも未来永劫?
その川で酒食したからってあんな惨劇が有った事を忘れてる訳無いと思うけど。それにドンチャンじゃなきゃいいんじゃないの?
Posted at 2018/09/16 12:02:20 | |
今日のボヤキ | 日記