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ドライブへ行こうのブログ一覧

2017年11月24日 イイね!

名古屋メモ リニア博物館 夏休み家族旅行の旅仕舞い。

名古屋メモ リニア博物館 夏休み家族旅行の旅仕舞い。


家人は子供を連れて実家や公園へ連日遊びに行ってくれ、事業を知るため後進は現場に入ってくれ、私はベッドの中から少しずつ仕事をし始めて、破竹の勢いに繋がっていくことになった夏。




過日は9月一ヶ月で積み立てた業績と同等の積み立てを1日で行い、へとへとです。11月下旬現在とすれば残り2960名。トラブルの量産化も整い、てんわやんわか、てんやわんやか分からなくなるほどに、電話も鳴りやまないときも増えてきました。これもそれも含め、このときはまだ何もなかった夏でもあり。





ペースを上げるか、子供との時間を作るか。前回ブログを記した日に、アクセルを踏む決断をわが社の神に伝えました。そしてその夜に神の手が動き、ふと目が覚めてスマホを確認すれば、即座に応募が増える深夜。ドキドキします。それは嬉しさ反面、忙しくなることへの怖さ反面という心拍数の増加です。




「リーガロイヤルチェックアウト寂しい、ここのホテルよかったのに。このべっときにいった」との京都から、こちらのホテルは広いけどベッドが今一というホテル評論家。「cute.!You are very cute. 
Number one」とマダムよりお褒め頂いた京都をあとして、台風をもろともせず、名古屋ANAホテルに到着です。私の悪寒で友に会う旅大阪編をキャンセルすることになった、旅路の変更が申し訳なく。





次の扉を開け、ネクストの道を進み始める緊張感とも言えますが、連動して発注も増やさねばならず、怒涛に輪をかける忙しさとなる覚悟を自分に無理強いします。おとうちゃんは1月までアクセルを踏み増します。「美味しいの食べたい、ルームサービスはいやだ」ということで、体調不良と相談しホテル館内のお寿司屋へ。これで4,000円、モアナサーフライダーの朝食と比べて安いのか、高いのか、つい比べてしまう、お寿司の立場になってみればやってはいけない個性の比較。





トラストタワー着工。最近は「Aちゃん、3人彼女いるよ」と、一時期4名だったころよりは一人減り、早く結婚して子供を作ってもらいたいものです。



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「サスペンションはこううごくんだよ」と教えてくれた道中、いろいろなことを覚えていきます。





しばし、二人でゆっくりと行き交う電車を眺めました。





夜は少しホテル内を散歩して、「あのおねいさん可愛くない」と大きな声で言うので、可愛いよと反論すれば、大きな声でさらに反駁に会い、少し前はコンビニで「なんであの人あんなに大きいの」と屈託のない持論を展開されたときは困りましたが、いろいろなことを教える機会と考えて。




すべての人は対等であり、これを土台に相手が何かをしてくれれば、下さった、ということになり、ゆえに御礼申し上げ、すべての人を敬い、すべての人に優しく、なれますように、私がですが。




先日、コインパーキングで知らないお兄さんへ千円貸しました。連絡はありません。




マクロモードでパンを撮ったあと、そのままの設定で急いで特急を撮ろうとした結果。失敗は人生を潤してくれる素かもしれません。いろいろ経験して男たるもの40歳から、と友人が言っておりました。




このときはあとで同じ種を買いたいと思い記録の一枚を撮るも、けして買うことはないであろう過去。





お姉さんに渡そうと期して、




それがお兄さんだったとしても、人を敬う気持ちを自らに言い聞かせれば、それは学びの瞬間です。




ママが部屋に持って帰るコーヒーを入れてくれている間、写真を撮って待つ薄れゆくカメラ心。




機材はまだ売っていませんが、だいぶ整理をしようと、マップカメラのワンプライスが簡単そうでまるで女性を口説くプロセスを楽しまないかのような直接系な間口に魅力を感じています。




写真の勉強にと思って撮った一枚。いくつかのキヤノン要素を残して、あとはレンズ群も充実してきたソニーに集約しようと考えています。車で言うとATかのような撮影プロセス、この簡易性にやられています。



運転していて楽しいのはMTです。撮っていて楽しいのは光学ファインダーですが、時代は背面液晶での撮影へ、というのは、MTからATへという流れは止められないかのごとく、同時に運転の楽しさが半減したまま、しだいに興味が薄れていく自動車産業、という構図に似ているのかどうか、わかりません。





「こーひーおいしい。おとな?」「新幹線みながらこーひーのむのはじめて」なとどいいながら、コーヒー片手に街を眺め、「ほら新幹線だよ」と教えてくれるので、私が「どれどれ見たかったな」と言えば「大丈夫、また来るから」と宥めてもらう、朝食後のひと時。




「まだ帰りたくない、大阪は?」などと聞かれながら、大阪へ行った後は、西日本一周にでも連れて行こうかと、当てのない旅路のはずが、この日名古屋で鉄道博物館へ行って帰ることにします。





最も使いやすい画角の一つ35mm。描写性能を思うと、レンズも素敵なこのフルサイズ、とてもよいカメラに思いますが、撮る楽しさみたいなものは薄弱な気もします。加えてピントが難しく、この日の写真、三ヵ月以来ぶりに見れば体調の悪化とともにピントが合っていない写真が増産。そして個人的に最も子供を魅力的に切り取ってくれる画角は50mm、と子供を撮る他は大きくクールダウンした今も同じように思う望遠心、すなわち視野の狭さ。クローズアップは現代です。





下に降りるまで、一度も物損を起こさず、運転技量も増量中。




今年2017年4月から撮り溜めた写真をバックでアップしました。約7ヶ月分14万5千枚のデータ群がHDDに吸い込まれていきます。






備忘録と合わせて見れば、92万枚の撮影日誌。年内ミリオン超えは厳しいハードルです。最近は家の中でいくつものカメラ、そのシャッターを押して、「この音が好き」だの言いながら、シャッター音の二重奏、私も手伝って三重奏やらを聴かせてくれるときもあり、撮影枚数の水増し活動をもってもしても大台に届きそうにありません。なお子供は7D2のシャッター音が次点で7R2が好みなようで、私は7R2次点で1DXの音色が好きです。





私の写真歴、正確に言えば子供の記録ミリオン越えは、来年に譲るとして、冷めたと言いながら、刷新体制として新しいEマウントのレンズ到着も待ちながら、来年も変わりなく、この子を撮っていきたく思います。





ケーキを手に入れ、チェックアウトです。




車も冷めたと言いながら、今、最も欲しい車があります。7代目アコードワゴンです。仕事が成功した暁には、男らしく爽快に36回ローンでの購入を思案中です。と言いつつ、この三ヵ月で営業車は30台ほど購入しました。一気にここまで車を買うのははじめてです。




走行距離をまったく見てこなかったこのクルマ。3列シートでじぃじやばぁばも乗るとき用の1BOX代わりだったはずが、「やだ白がいい」とロングドライブはすっかりこのクルマが定番となりました。走行2万キロぐらいかと思えば、先日の草津温泉な旅路で4万キロを越えてました。当面乗り換えるつもりもなくですが、




いつの間にか、たくさんの想いでも詰まった存在に頭角を顕し、いつかは手放すときが来れば寂しい気がするような想像もして。



記憶とは曖昧なものです。台風の中に鉄道博物館をはしごしたと思っていたら、






写真を見れば台風一過でした。




突き進む赤い存在感。




ホテルにて「そろそろリニア博物館いこうか」と言えば、「えーまだ早いよ、11時になってからいこうよ」と言っていた目的地に到着です。





高熱とめまい、寒気とだるさ。どの写真を見ても、ひどさに輪が掛かっていました。




この子が元気であれば、それでよし、です。




前進アップはだめだというバックアップ。その最中に過去の写真もちらっと見れば、去り行く時の儚さと寂しさ、を思い。




初めての映画館デビュー。トーマスと時間を間違えて、東海道線が出来た歴史のミニ映画中に熟睡へ。




連日の鉄道博物館で自らをおもてなしは文化です。




約6時間いたリニア博物館、その折り返しにも満たない、ロングな覚悟。




小学生になると、遊べなくなるというスペース。今のうちです。




このようなスペースの充実が、京都博物館よりもこども心を掴むのかもしれません。



そして14回、乗ることになったリニアモーターカーのシミュレーター。最前席率は14回中12回。散々乗っているので、譲りもしましたが、マダムから、どうぞここお座りなさい、と譲ってももらい。





あるいは中年の男性氏が、子連れ家族に最前を譲っている素敵な光景を見て、




たまたま話しかけるタイミングがあり、「今時珍しい素敵な光景でした」と声をかければ、広島からカープの応援にやってきたその添乗員氏など話しを伺う、袖が触れ合う旅もして。




そういえば、カープが優勝するかも、だの話しがあったような気がしますが、プロ野球はどうなったのか、知る由も有りません。




4度目のリニアシミュレーターに乗るときに「リニアはタイヤがあるんだよ」という主張に、なかなか見ていることを知り、「パパはいつも靴下最後に履いてるよ」というママとの会話を聞けば、何を見ているか分からない日々。




写真を撮り、動画も撮り、ブログにも記録して、残したいという欲にまみれた人生かもしれません。





仕事の記録に綴りを移せば「10分でいいので直接会って話ししたいです。」という20代半ばの青年。





夜21時頃にタイ料理屋で落ち合って、冷えたからだをトムヤムクンで温めながら、






非常に楽しい時間を過ごしました。この青年は「休みいりません」と言い、いやお願いですから休んでください、とやり取りする毎夜必ずと言っていいほど、電話をくれます。うれしいものです。





私と青年の会話を聞いていた、私と同い年ほどのタイ料理屋の女性オーナーが「いい上司に出会えてよかったわね」、と青年に言ってくれれば、





私へは「うれしいですね、若い人がたくさん話したいって言ってくれて」とお声がけ頂き、とまったくおっしゃる通りで、




若い世代と関わり合う機会を頂きそして増えて、





昨夜は神様と飲みに行き、神様の弊社への転職話しが一歩進んだ気もすれば、





本日祝日はオフにしていたつもりで、ほんの僅か所用を足しに偶々会社へ行けば、面接予定だったのを私が失念していた女性が現われ、




同業数社を周ってきた中で、面接で就業の意向をもらい、段々と色々な役者が揃いつつある会社になってきたのを実感もしながら、








本来であれば、あるいは同業をみれば、当たり前でない新規の取引開始がまるで毎日のルーチンワークのような日々。有り難いことと深謝しております。「あ、あ、あ、」とわざと転んで、お姉さんに抱き抱えられ起こしてもらうこと数回。「何度もわざとごめんね」と私がお姉さんへ謝ると「謝らないでください、友達ですから」などと返してくれ、みっちり1時間遊んでもらった静岡PAの思い出。




ガチャガチャのために両替に行ったのを遠くで見守りながら、





近づいて写真を撮ってしまいました。






お風呂では飲むヨーグルトを空け、飲み終わればおもちゃに変わり、浮かぶのは船も一緒?と教材にもなるような日々、「昔ばぁばが救急車のことあんびらんすっていってた」といつの記憶か、最近草津へ行けば「草津って群馬?かかしがあったとこ?電車も見たよ」とあれから1年少々も早く過ぎ去るもののまだ覚えているかと思えば、1歳の頃の写真をみれば「この頃はパンダのぬいぐるみがきになった」と本当に記憶があるのか定かではないものの、





なにこれ?と聞けばE235形山手線だよ、答えるようにもなり、「2qwop321_/.mj3.100//¥¥./_/.,/..., nn0..」とキーボードで打ち込んでくれたことも記念に残しておくこととし、




右手には沈む夕日、左手には上がる満月。前回ブログでの道中に見えた光景と、稜線に沈んだ太陽が、少しクルマを走らせ山が過ぎれば、また夕日が覗き、2度沈む夕日を見れた旅路に、旅はなんと素晴らしく、人生もまた同じく、と感じた瞬間もありつつ、どうしてもこれに座ってマンゴーフラッペを飲みたいという要望に「パパのことも考えて下さい。体調悪いから早く家に帰りたい」と伝えれば、ヒョイとだまってクルマへ向かって歩いてくれ、この旅路が幕を閉じていきました。


来年の夏休みに続く。

Posted at 2017/11/24 02:03:20 | コメント(2) | トラックバック(0) | 愛知・名古屋ドライブ | 日記
2017年11月13日 イイね!

京都メモ 岐阜から京都、さらには名古屋まで。岐阜城に、京都鉄道博物館とドクターイエロー。

京都メモ 岐阜から京都、さらには名古屋まで。岐阜城に、京都鉄道博物館とドクターイエロー。













利益は最小に、コストは最大に見積もる、という商売の格言を聞いたことがありますが、




少な目に見積もっていたら、計算していなかった項目でも思いのほか利益が出てしまう構造に、最近気が付きました。




スタートアップしたのは既存ビジネスで新規性はほぼありませんが、考えた人は天才だと思う所縁の一つです。





果たしてこんなにお金が欲しいのか。自問自答すれば、使うこともなく、つまりは歳とそのエネルギーを考えれば、少なくとも私の代ではそれを活かしたより大きなビジネスをすることに躊躇もしつつ、しかしせっかくなので、ボリュームが増えれば、ストレスば二乗級に増えようというものですが、いっちょやってみるか、とビビりながらも思っているところです。






そうえいば、過去に営んで来たビジネスはここ数ヵ月すべて売りに出してきており、いくつか売れたか、売れそうだとのことです。後進に任せっきりにしてきた中で、その後進が売却を進めてくれ、あるいはMAもそうですが、人が介入した経営環境にまったく興味が湧かなくなってしまいました。






「N木さんは?」二ヵ月前に面接して、離職に時間が掛かり最近就業した方の名前ですが、二ヵ月前に子供へ話していたのを覚えていたようです。という風合いに子供へも仕事の話をできるだけするようにしています。





誰かが描いたキャンパスに、自分がデザインした画を描きたいとは思わない、というと口幅ったいので、お絵描き帖に他人が落書きした環境よりも、真っ新に落書きをしたほうが気持ちよいに決まっている、かもしれません。時おり持ち込まれるMA案件もまったく興味がなくなってしまいました。他人がちらかした環境を整える、整理整頓がもう面倒な年齢なのかもしれません。





立ち上げたビジネス一本で当面行こう、という腹づもりです。これに集中する環境を作る、という意味もあります。





どこかの天才が考えたこのビジネスモデル。同類近隣ビジネスモデルよりも、とある装置が必要となることから、これにコストがかかり不利なのではないかと考えていましたが、むしろ逆でした。





ほどよい参入障壁となるだけでなく、これの定常的かつ一定以上仕入れていく仕組みを作らないと成長阻害要因になることがわかってきました。諸策でこの装置仕入れに対する協力を得られたことも大きいですが、この装置仕入れはやり方によってCFを悪化させず、むしろ収益に貢献することが判明してきました。まったくの想定外です。





ビジネスというものは、やってみてはじめて分かることだらけです。






恋愛と同じく、想像だけではリアリティの追及という観点から、何らの意味をなさないかもしれません。肩車もして登ったこの階段。もう追い付く気がしません。





私は経験上、年間45億人の諭吉氏に民泊してもらい24億人の諭吉氏に人件費として旅をしてもらってきたことはありますが、同じく年間で36億人の諭吉氏に転入をしてもらったことはなく、つまりはここまで年間利益を稼いだこともなく、新しい境地、新しいゾーンへ向けた船出でもあります。こちらは私が一枚、方向を変えて同時に





こちらは家人。うだる猛暑に岐阜城の登坂で疲弊した痕跡が甘い構図から垣間見えるもこの子を撮るマインドだけは尽きません。新たなゾーン、数年前の私では、主観的に知らない世界であり、今の己と数年前の己とを比べれば、成長できている、といえるかもしれず、この先も常に世に対しては知らない世界だらけですが、まだ若いともいえますが年老いてきても成長できることがあるのだと、自らへの鼓舞になりました。





当初予定よりも十分の一ほどの投資で、このビジネスをスタートしました。私にとっての定石である、フリーキャッシュフローだけでの成長を考えておりましたが、しかし途中から「これはいける」「これは儲かる」そして「このビジネスモデルを考えた人は天才だ」と思い、一方で他の旗主よりもこのビジネスモデルの扱いが上手なのではないか、という手ごたえも掴み、加速分の追加投資も行っています。





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すべて家人らに渡してあります。私はほぼ一銭も有していません。これからもすべて家族ら名義で有していくデザインにしてあります。取引先のファクタリングを受ける会社を作りました。振り込みするだけで、お小遣いを稼いでもらえるシステムです。今は例えばある日は4件で6,000円ほどのお小遣いですが、これが増えていけば一ヶ月90万円ほど、お小遣いを持ってもらう算段です。30日サイトなので取引条件としてはそうは遠くないと思われますが、取引先も早く資金化でき、かつ選択肢が広がり、なかなかに想定外の一つです。






という環境下ですので、さらにアクセルを踏みたい私は、フリーキャッシュフロー以上に成長をさせたく、家人へ「500万円貸してくれない?」と声をかけてみると、






「それは別にいいから、これ手伝って」と家事を依頼される秋。





執着心のようなものがない、さっぱりとした性格、こういうところも惚れた一面です。






例えば、その装置は仕入れるほどに儲かります。いや収益に貢献します、という表現に改めたく思いますが、





弊社のペースで普通に購入するとあっという間に年間1億、2億、下手をすると4億、5億と飛んでいきますが、当初は利益から捻出し少しずつ指数関数的な成長曲線を考えていたところ、それも出会いのおかげで、数百万円レベルに抑える方策がみつかりました。換言すれば、リスクが低く、成長スピードを手に入れる方法と言ってもよいかもしれません。これもついていることもかもしれません。





とはいえ、これをさらに仕入れられれば、ビジネスチャンスは拡大します。




このような状況の中、フリーキャッシュフローを中心に、自己資金だけでの投資を考え、かつそれを不動の前提にしていました。従前からのポリシーです。




他人資本を入れるのは、性癖的に好まない潔癖症な面もあり、一皮むけるにはこのポリシーもいつか折らねばと自問自答もしてきた中に、




この収益性に気が付いたのか、◎0億円以上の資産家だけが属するクラブにも名を連ねる、とある資産家がどうしてもお金を出したいと、ここ数ヵ月オファーを受けるも、やんわりと断ってきました。実際にはじめて気が付いた私に比べ、構造を多少聞いただけでそれを見抜く頭脳にも脱帽です。





投融資を受ける必要もなく、フリーキャッシュフローを含め、自己資金だけで十分な成長スピードを確保できると考えておりましたが、自己資金を使わないリスクヘッジ、そしてレバレッジをかけなくてはだめだ、というとある方の助言もあり、





何よりもその分成長スピードが増すのであれば、うまく活用をさせてもらおうと、ポリシー変更を実行に移して、投資を受けてみることにしました。お金も向こうから集まって頂くことは、いいことなのかもしれません。





かなり儲けて頂けるのではないかと考えています。利回りで考えると、悪くはない数字なのではないでしょうか。利回りの計算はできないので、身近な数字で言えば40万円投資すると、三年ほどで96万円になるという、銀行に預けておくことを思えば比べ物にならないほどにいいかとは思いつつ、受ける方からしたら、銀行から借りたほうが頭が良い、と思える状況ですが、資金を出さずともこの分の成長がもたらされ、かつ一項目だけで、同じ96万円が弊社の利益にもなるので、利益を折版する気持ちです。何よりお世話になってきた方なので、利益を分配する心づもりで応対です。まずは掛ける50倍、次にもう50倍という予定です。が、契約書まで作成してもらいつつも、最後のひと踏ん切りがつかず、待ってもらっています。






とある一項目だけで、この数値となり、他はさらに収益性が高い項目が並び、天才が考えることはすごいと思いながら、特筆すべきは通常ではそのような利回りが仮に実現したとしたら、その事業はむしろ成り立たなくなる道となりそうですが、零細の立ち上げたばかりでその利回り以上に利益が大きくでるところ、それがこのビジネスの特異的な収益性を物語っているかもしれません。やはり考えた人は天才です。儲ける世界のアインシュタインと言ってもいいかもしれません。と言いつつ、昔に作った会社よりも利益は半減のビジネスでモルですが、どれだけしっかり礎を作っても、それを運営していくトップを作るのは難しいと痛切にも思っています。私も悪化すれば立て直し、それを見せも繰り返してきましたが、これは大中小零細に限らず、トップを担える人材というのは稀有といえば、稀有にも思います。ゆえに考え方も変えて、今後は譲らず、譲るとしても子にでしょうか、ぐらいの選択肢で進む予定です。




利益率は半減したものの、成長性がかなりよく、加えて車で言えば整備性もよく、従前の環境でお山の大将をしていただけでは、このようなビジネスに気が付かなかったと思われ、事実そうでした。投資頂く分は、当初話し合っていたよりも、その資金を活かすために、高度な金融技術を駆使して、と言いたいところですが、実に単純な金融の仕組みを使い倍のパフォーマンスで運用できないか、つまりは生み出すフリーキャッシュフローを増やせないか、ちょっとした知恵も取り組んでみています。仕入れ先に打診中です。



というもうひと知恵をかけてみるところが、仕事の面白味その一つかもしれません。うまくいくかは分かりませんが。そして踏ん切りがまだついていませんが。




いずれにしても、ここから生まれて来る現金資産は、次への投資へ回すと同時に、不動産資産へ転換も図っていこうと考えています。これも年を重ねてきたからゆえかの、ポリシー変更ですが、すべて献上していきます。加えて、何があろうとも歩みを共にしてくれている、仕事を辞めるときは死ぬときです、とまで言ってくれる後進たる友にも残そうと考えています。




心意気が合う仲間でもありますが、それぞれに得意な分野も活かしつつ、歩んできたように思います。



お世話になっている方からも、彼だけは一生大事にしてあげなさいと言われていますが、これも有り難く思いつつ、仮に言われなくともそう思う一人です。年収という切り口で言えば彼のそれを物事がおかしくならぬように、三本まで持っていくのが私の目標ですが、もう一つはマンションを三棟ぐらい残すことも、この一年ほどで目標に据えて歩んできました。この友の家族も大切だからです。




以前は永続的企業経営を模索してきましたが、これもまったく趣向が変わり、これだけの大転換期な時代に、10年やれればよい、惰性で20年と割り切って取り組んでいます。このビジネスモデルが陳腐化してくれば、また次を模索すればよい、と考えるか、その頃にはいい歳です。





これは換言すれば、重大なリスクへ備えをさしてしなくともよいことを意味します。私が採っている戦略は致命的なリスクも抱えています。その代わり、収益性は抜群によいロケーションに位置をして、ビジネスを遂行しています。



従前はリスクヘッジ、つまりはどのような波が来てもその安定性を重視するために、必要以上にリスクを分散していたような気がします。言うなればビビりの経営であり、戦略です。割り切りも悪い、と思われます。せっかく築いたものをいかに守るか、いや守っていってもらうか、というスタンスだったかもしれません。



色々な経験をさせてもらいましたが、20代の半ば頃に、最低でも毎月800万円のお金を自由に使える環境を手に入れました。はじめは苦労しましたが、全体を俯瞰すれば、うまく行った方かもしれません。




そしてそれが三ヵ月でつまらなくなりました。




収益性よりも社会貢献をキーワードに舵を切り、日々の経済活動に勤しんで来たと思います。




という方向性のチェンジはあったものの、自身も10年掛かってたどり着いたポイントに、1年掛からず、今度はしかもあっという間に通過できそうなことに、加齢も劣化ばかりでないという自習かもしれません。





週末の夜、自宅やばぁばのところへ行っても、子供はずっと私の膝の上に座ります。だいぶ一緒にいる時間が少なくなったので寂しいとのことで、少し成長スピードは落として、子供との時間を大切にしようかとも思案中ですが、1月いっぱいまではアクセルを踏み続けたい気持ちとも相談中です。




求人を見て「本当は引っ越しせずに名古屋で家庭教師でもしようと思っていたけど、自分の限界にチャレンジする生き方をしたくなった」という若者も入社してきました。求人原稿を作ってくれたわが社の神様と、この若者が共鳴をしたようなものを感じつつ、やはりこのような縁ももらえることにご褒美を思いつつ、若い人が集まってくるこのビジネスに将来性も感じます。





台風五号が影響した綺麗な空を見ながら、道中地方にある企業の工場を見れば、涙ぐましい企業努力に見え、



この日の宿となる京都に着きました。




ハワイ、ジェームス、うだる暑さの岐阜城肩車登坂と体力が疲弊したのか、悪寒の中に運転して、あまりの体調不良にこのあとの予定が変わっていく、夏休み第三プラン。



岐阜の花火シーズン価格なドーミインが4万円近く、を思わなくとも、最高のベッドが用意されているこちらのリーガロイヤル京都1万6千円かなりお値打ちに感じます。



「どうしても帰りたくない、もう一泊ここに泊まりたい、だってベッドが気持ちいい」と翌日懇願された、このホテル。確かにベッドはかなり気持ちいいホテルでした。私の悪寒も癒してくれ、快眠で熟睡できました。



夏休みに何が一番印象に残ったかを聞いてきましたが、岐阜の花火が最も印象に残り、しかしハワイもまた行きたいとよく言うので、




切り口を変えて、つい先日は「岐阜とハワイどっちが好きか」をシンプルに聞いてみました。今までは類似の質問の場合、ばぁばとじぃじどっちが好きと聞けば「みんな好きだよ」と答えていた他はいずれか、もしくは両方の名詞が出てきたケースがほとんどだったかと思います。ホテル近くに散歩して普段見ない電車に特急を見ました。





単純などっちが系の質問をしてみれば、比較対象にならない、あるいは比べる思い出が異質であるという意味も含まれているのか、このような趣旨かと思われますが、「パパ、それはちょっと違うでしょ。岐阜は日本で、ハワイは外国だよ」と、成長をまた感じ、嬉しさと寂しさが入り乱れる日々。



三歳の成長というものは変化の大きさを感じます。





京都リーガロイヤルホテルで朝食を頂き、






台風が迫る中、外にいるときは雨に降られたとしても霧雨程度で、屋内に入れば外は豪雨でしたが、京都鉄道博物館に到着です。




いざ、京都鉄道博物館。三大鉄道博物館は制覇、の瞬間です。




11:30から、17:30まで、6時間、堪能することになります。




自ら記念撮影を求める少ないケース。基準は定かではありません。




お昼過ぎ、売り切れて種類が減っていくお弁当、





列車レストランで頂きます。





新幹線にSL、



模型に本物、




これはジオラマを走る模型にカメラがついて、模擬運転を楽しめるかのような代物ですが、一人ひとりが長めでけっこう並び待ちをしましたが、×3回ほどやりました。子供のためなら並びます。



運転席も満喫し、



どこから元気が湧いてくるのか、テンションはあがる一方。




700形はもとより、0形、100形なども理解し、鉄道学士ぶり。博士まではまだ行かない様相に思いつつ、





まだまだ帰る気配が見えてきません。という中に、外は台風の強風と雨で轟音です。




さて、鉄道博物館内でママが楽しみにしていた、




とあるものを見に、レストランへ。新幹線もよく見えます。



この日鉄道博物館内で二回目となる食事。左のコーラは私ので、右の炭酸が入った飲料は家人のです。



そして来ました、拍手喝采、ドクターイエローです。事前情報を得て、ここに来ていたのは、我が家ともう一組ほど、案外にマイナーなネタのようです。




小学生のおねえちゃんと交代しながらこれで遊び、



お土産も仕入れて、みっちり一日、堪能しました。大人から見ると、この京都鉄道博物館が触れることができるコンテンツも多く、最も楽しそうに見えましたが、子供からすると名古屋のリニア博物館のほうが楽しかったようです。





翌日、リニア博物館へ、また台風のときに行くことになるのですが、リニアモーターカーのシミュレーターに14回乗り、時速600kmという概念もだいぶ叩き込まれたのか、「パパのこと800km好きだよ」と今までの「5個好き」から成長を見せた「80個」好きよりも、大幅な更新作業を見せることになりました。



さらに後日はこれも台風の日に、仙台の新幹線祭も出かけてきました。台風一家です。




その他には別途に静岡・名古屋の旅、箱根、中伊豆とドライブ日誌もたまる一方です。




私は腕に虫刺されでもできたかと思っていると、翌日に家人が私の体を見て、何それと言われて気づく、中年の水疱瘡。




このときは高熱程度の様相でしたが、後日本格的に発症する中で「生きていかなくてもいいかな」と思うほどに、辛い寝床を過ごすことになりました。インフルエンザのような症状に、寝てても全身が痛い、痒いのトリプルパンチ。故小林麻央氏の強さを思いながら、快方に向かうことを願うお盆を過ごしました。


名古屋に到着です。
つづく
Posted at 2017/11/13 13:10:39 | コメント(1) | トラックバック(0) | 京都ドライブ | 日記
2017年11月04日 イイね!

長良川の夜空に咲いた大輪の華|特別会場で花火を見た岐阜の旅。

長良川の夜空に咲いた大輪の華|特別会場で花火を見た岐阜の旅。

















特別会場。





友の家に招いてもらい、花火を見る夏休み。





撮って見せ、夏の夜にカメラマン。ソニーの保証保険に助けられ、幾度となく壊してきた甲斐があり、三歳の写真家先生、現場でも安定感があります。







開演まで今しばらくお待ちください、のポーズ。






そして特等席からのエンターテインメントが始まりました。




と思っていると、目の前でも花火のサプライズ。贅沢なひと時です。




がんばって記念撮影も執り行い、



お酒もいただきながら、格別の時間。有り難いことです。



まずこの旅が決まり、次にジェームス号が決まり、最後にハワイを押し込んだ夏休みプランとなりました。




9月に入ってから、何が一番印象に残っているかを問うてみると、「岐阜の花火」とこの花火特等席の旅が最も印象深かったようでした。




そして仕事の話しですが、11月中旬までの内定含め35名、目標値的には残り2965名。





という中に、三日で退職をされることになった方が、ひょっこり私のところへ来ました。




「言ってなかったんですけど、一年前に回復して、いけるかなと思ったけど、このままだと周りへ迷惑をかけそうで」という言葉からバランスを崩しそうであることを察しました。





もっとライトな仕事も提案し迷っていたようでしたが、察して一旦休みましょう、と提案しなおしました。大変なのはご本人です。




うさんくさい私のジムショへ面接に来たときの帰り道、こう思ってくれたそうです。「俺思ったんですよ、すごい会社だなって、こんな会社ないですよ」。





初対面のときに、気持ちが伝わったのか嬉しく思いました。





あるいは、初日の夕刻に帰ってしまった人もいました。報告を受け、そのあとご本人から電話も頂戴しました。この方は紹介で入ってきたのですが、面談したものの分かりませんでした。




紹介者も憤慨です。10年来怒ったところを見たことがない後進も「あまりに無責任ではないのか」と、いらっとしている様子が伝わってきました。「責任をどう考えるか」「大人として社会人としてありえない」。私も昔であればそう考え、そして相手へ詰めるような会話をしたと思います。




早く仕事したいとのことで、諸々調整も急ぎましたが、しかし第一報を聞いても、腹が立ちませんでした。そして謝罪の電話がかかってきました。開口一番男らしい様相で「申し訳ございません!」という声を聞きました。




ご本人もはっきり言いませんが、話しを聞き察したこととしては、パニックになる発作があり、仕事中にその発作が起きかけたのだと思いました。社会人として初日とはいえ、途中で仕事中に帰らねばならない状況に、そのようなことをしてはいけないと分かっていて、ゆえにご本人が一番、悔しく、辛く、きっとそう思っているのだということも察してみました。




周りも大変だったかもしれませんが、ご本人が一番大変だと思っていると、怒りもしない私に対していらっとした空気も感じましたが、すみません。周りへも迷惑をかけたことを謝罪しました。





あるいは、自分のことしか、あまりにも自分にのことしか考えられない。このような方も、昔は苦手だったり、怒っていたかと思いますが、最近はそのような人も許容をできるようなり、どころか、仲良くできるようになりました。




相手を攻めるばかりで、他責にして、自己責任はゼロで、周りとうまくかみ合わず、という方も、若い頃は怒鳴りつけるか、ぐうの音もでないように論理攻めするか、ぐらいのことでねじ伏せてきましたが、今では怒の字のどすらも思わず、変りようなどないので変えようとも思わず、しかしそのような方にもいいところがあり、





一旦くみ取ると、その長所が見えてくるような気がします。周りへのストレスがあるので、そこは心苦しいですが、一番大変なのはご本人、そうも思います。




パパは40年少々掛かってしまってまた道中にいますが、ぜひ少しずつ色々な個性を飲み込めるように、育ってください。という中にも稀に「この人は何を考えているのだろう」といらっとすることがあれば、それは己の修行が足らず、未熟であり、あるいは浮足立っていたりするのではないか、と反省をしています。




人が増えれば、いろいろあって当然です。





さて来週の業績は?とサザエさんを意識してみれば、ますおです、確定している見込み業績は、100名規模の会社比で、そのような会社が上げる一ヶ月の積み増し、その2倍+αを一週間で積み増します。




同じぐらいの零細の零な規模では、一ヶ月で積み増す取引量の6倍を一週間で積み増します。




業界水準を思えば、客観的にも、内部の体感的にも、破竹の勢いかと思います。フライングで売っているのを岐阜のコンビニお姉さんが教えてくれた、待ちに待っていた大好きなマンゴーのフラッペを手中に納品した夜。




後進と二人で、調達と開拓を怒涛に行い、新たな取引を積み増して、新しく来た方々へ次から次へと託していっていますが、同業他社から弊社を名指しで伸びている会社があるらしい、と知覚をして頂いている、というような噂も耳に入りました。





まさに百人十色、とすれ結局十色じゃないかという反論もあろうものですが、個性も、経歴も面白い方々が来ます。中には戦闘機乗りだった方も来ました。



最近は、ちらほら弊社顧客の元社員の方も面接を頂くようになりました。業界で最も採用基準が厳しいと言われる顧客企業にいただけあり、一段と異なるようにも感じています。という会社にいたこともあるパパ友も、いよいよ来週から出動です。







あまりしていなかった利益計算。





前回のブログを記したあたりで、スタート以降はじめて利益計算したわけですが、







思いの外、利益がでる項目が後から、後から、出てきます。年明けからは成長率としては一瞬よくなり、桜を楽しんだあとぐらいには月間3600万円の利益がでそうです。いけるのかは分かりませんが。





年間だと4.3億円ペースです。ほぼ営業利益と考えて差し支えない数値です。経済指標からすれば小さな数字ですが、個人的経済観念からすると立派に大きな数字です。





小さいながらか、小さいゆえにか、客観的に見ても、まさに破竹な勢いなところもあろうかと思いますので、弊社の発注先である取引先も、特段に取り計らいをして頂けるところが増えてまいりました、というよりもお取引先すべてのご対応があり得ないほどの親密感になっており、







あるものを大量発注するので、いきなり朝に掛かってきた電話が天から降ってきた幸運のように感じて頂けることもあるやもしれません。




そうやってご協力を下さっている取引先に従前よりも大いに潤って頂き、あるいはそれも含めここまで360度、濃密な付き合いになる経験ははじめてです。





コンビニでも、旅館でも、ファミレスでも、一般的にはサービスが悪いと感じるような場面でも、感謝を思い謝意を伝える、



仕事の場面でも同じではないかと思うような気がします。すべての人は対等であり、一所懸命にやってくれ、




たとえ失敗があったとしても、たくさんの貴重な時間と労力と想いをくれているのですから、一般的には怒る人が多いような場面でも、こちらが頭を下げて感謝する。そうするとよい縁が増えていくようにも思います。




さらにご協力を賜れるようになり、頂いた協力を成果に繋げ、さらに発注という恩返しも感謝をしながら致します。





面接も同じく、上から目線、雇ってやる、選んでやる、となりがちな面接側。



人は対等だと思いますので、それを土台に来て下さった有り難く思う気持ちと、人生どう歩むか真剣に考えている方々へ誠実に対応する心、すべての人を敬う気持ち。




そのような要素を大切にしてほしい、と子に伝えたく、ここにも記しています。





昔の若輩であればこれだけ発注している、私はお客様である、という考えや意識、これに基づく態度や、駆け引きだったかと思いますが、



今はひたすら感謝し、人は対等であるという前提の基に、ここまでして下さっているという感謝の気持ちです。特等席で花火を観賞させてもらい、翌日も公園で遊び、友としばしのお別れです。





あのとき我が家のおとうちゃんはこのような考え、あのような取り組みをしていたのか、と子供へのメッセージを残しておきたく思い綴っています。






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さて、この夢ノート。さらに駒を進めて十分な余力をもった成長スピードを想定してみると、来年末つまり1年後あたりには月間5000万円の利益がでそうです。





さらにもう一年駒を進めると、月間1億、もう二年ほど進めると、当初の目標環境になり、営業間口を広げる必要がありますが、効率は落としながらも絶対数を底上げさせて、ここまでいくと月間3億。年間に直すと36億円の利益が出てしまう計算となりました。たぬきによるたぬきの皮算用ですが、ここまで届かなくとも、個人事業主に産毛が生えた程度には、十分な数値です。





いずれにしても、難敵はびびる気持ちと、体力という己です。





目標へ到達したときの規模へのビビり、いや慄くという言葉を使っておきますが、そのような気持ちと、日々ここは行くべきか、という躊躇とも戦っています。




アクセルを踏み増す場面ごとに、慄きますが、結局手ごたえを掴んで、何とかするとして、加速しながら前進を重ねているような所感です。





到達したあとに次へ踏み出す体力に自信がありません。つまりは稼いでもその使い道がないようなものです。





資本と言う言葉でもいいですが、最もお金を使う道は、ビジネスのような気もします。10年後、あるいは20年後その体力があるのか、今一ここには確証がもてませんが、いずれにしても最後のキーはこのビジネスでは渡さない考えで、事を進めていきたいと思っています。




「たくさん玩具が買えますように」いつの間にかやるようになった祈念をここでも唐突に。仕事は夢中になれる遊びであり、私も同じようなものですが。




11月になっても「ぎふじょう」と発するのですが、という意味でもよい社会科の勉強にもなったようです。



つづく
Posted at 2017/11/04 23:51:32 | コメント(2) | トラックバック(0) | 岐阜ドライブ | 日記
2017年10月28日 イイね!

フラッペは諸行無常ある。創業記録も兼ねた、夏休み第三プラン。思い出深くなった岐阜へ。

フラッペは諸行無常ある。創業記録も兼ねた、夏休み第三プラン。思い出深くなった岐阜へ。















九重ホテルで迎えた、静岡モーニング。




梅雨の頃には決まっていた、夏休み第三プラン。UPするのに年の瀬が垣間見えてきた気もしますが、気にしないことにします。





なんと人生とは、楽しいかな。





たくさんの苦労、失敗を乗り越えて白米も在る、という気がしなくもなく、かのごとく。




台風五号が近づいている浜名湖を見ながらの朝食。前夜からナガシマスパーと天候で悩みつつ、結局九重ホテルに小田原評定の結論が下り、道中に車から予約をしましたが、案外に満室気味でした。




夜22時。ご協力を賜っている社長氏から電話が入れば「残業がんばってるねー」と激励をもらう、さび付く中年の体。




私は就職というものをしたこともなければ、選択肢どころか「就職のしの字」も考えたこともありません。学生の頃から旗をあげてみて、ビジネスをやってきた口です。




ゆえに「残業」という概念も感覚も、社会に出てからこの18年間、少なくとも自己に対しては、まったくありませんでした。



この歳で若い頃の残業時間というものを30日計算でしてみると、月に約468時間の残業をしていたことになる概念をはじめて思いました。一ヶ月720時間から、一ヶ月の睡眠時間、計算すれば24時間ぐらいでしたが、加えて一日2時間移動と私用の雑務に使ったと多めに見積もって、一ヶ月約636時間労働していたことになります。



さすがにそれだけ仕事をするのはもう無理ですが、引き続きいい出会いに縁を頂きながら、仕事にのめり込んでいます。




どうしても夜でもいいから面接したいと21時からの面接。さらにこの面接を待ってでも、面接してください、と22時過ぎの面接。







待ってますと面接をした若者19歳。





面接をしてから毎日のように今度は電話をくれるようになりました。「Aです!採用どうなりましたでしょうか。」




さらには、毎日のような電話で、何度も何度も電話をもらいました。「どうしてもそちらで仕事したいです」

「3ヶ月してからまた来て下さい」
と言えば、

「3ヶ月したら採用してくれますか?」そのようなやり取りもしました。御社ということばすら知らない今年高校を卒業したばかりの青年です。



という若きエネルギー。取り込み中に電話があり、あとで折り返すのを忘れていれば、夜21時頃にも電話が鳴ります。A青年です。




見どころを大いに感じ、根性を思い、今時にしては珍しい気持ちよさとハングリーを感じました。




一日でも早く仕事したいと訴えるので、「じゃあ今から、契約しちゃいますか」と言えば「行きます!」と、ある日の22時から契約をしました。



買ったのは根性です。





採用し、翌日から仕事をすれば、気持ちいい子である、と周りからの評判も良く、一所懸命に仕事して帰れば、



翌朝、連絡も来ず、仕事場にも来ず、連絡取れず、で「そのようなものかな」と思えば、ほどなくして




「寝坊しました!」と気持ちよい挨拶で電話があったと報告を受けました。





周りからもそれも気持ちよいとよい評価になっているようですが、その日が終わればこの青年の高評価、好印象を同じように今時珍しい根性とハングリーさを周りも感じたようです。




「採用どうなりましたでしょうか」と毎日のように電話くれる青年は、実はあと二人います。




まだ検討中ですが、案外に高度成長時代とは違うながらの、しかしどことなく似ているような気もする、ハングリーさが若者の中にあるのかもしれません。





学歴もなぜに弊社のようなところへ、と思うような京大、慶応、早稲田の方もきて、仕事もはじめています。






先ほどの青年には学歴はさほどないかもしれません。あるいは過去数百人採用をしたこともあるなかで、最も見所も感じました、と言っても過言ではなく、先々がどうなるか別にして、そのように感じさせてくれる青年と出会えたことはご褒美のように思います。



という風合いで、ペースアップしてきて3,000名の雇用を作ってみたい目標としては、現在残り2971名。つまりはお盆明けから今日現在内定までを含め29名となりました。





来月からさらにペースアップをして今年の終わり頃には目標残2900の雇用まで行きたく、おちおち旅行もできなくなりましたが、応募が止まらず仕事がたまる一方です。




日に7乃至8の応募をもらい、多いときは10応募。面接だけで週に30名をこなすようになりました。




道を切り開いてくれた、神のような存在の求人担当を下さっている方と出会い、これがなければ底上げもなかったと思われます。この神様は事業の上方修正をもらたしてくれただけでなく、次のやり方も垣間見せてくれました。





「男たるもの45歳から55歳が最も脂が乗る」とご教示下さった方や、「あなたは41歳から55歳までが一番仕事の運気がよい」と言ってくれた人生の先輩などから有り難く伝えてもらったことがあるものの、加齢して気がかりだったのが、体力よりも「人が集まってくるか」「人が寄ってくるか」でした。





あるいは現場の気持ちを理解できるのか、ということも心配でした。もしくは、最も心配だったのは、とくに若い人と親密になれるのか、引き寄せられるのか、自信がありませんでしたが、まだまだもうちょっとはいけそうだと感じています。





ある日は北陸から出て来てくれ面接した若者と寿司を摘まみました。




寿司屋で待ってもらったまま、私はまた面接もう一本。その日も22時からの面接が最後でした。という日もありました。人生のドラマを感じつつ。





今般スタートアップした事業は、立ち上げ当初に入念にモデル計算して以降、あとはそれをひたすら信じて細かい計算はせず、個別の収益も気にせず、ひたすらに積み上げに集中してきました。





という辺りで計算をしてみると、2月、あるいは遅くとも3月末には1200万の営利がでるようになると見込んでます。6掛けにみておいても毎月700万ほどの営利まで、着手からわずか半年でいけそうです。その後はさらにペースアップを計るので当面は営利ベースで毎月1.5から2倍の成長となりそうですが、その先の規模になったときのビジョンが描き切れていませんが、何とかなると考えています。




という風合いに計算が狂いました、よい意味で。前倒しで、来月は50名採用をしたい構えですが、いけるかどうか。そして来春には100名ペースまでいける望みも少しずつ形が見えてきたような、欲が増しているような、気もします。




譲って譲って、さらに譲ってきた方向性とは真逆に、一生現役、80歳まで面接も続けたい気持ちです。







人生、一通り俗的な道も歩み、車や時計、お酒や遊び、などなど傍若無人は通りすぎたと思い、あるいは死後の光景も見たかのような顛末も目の当たりにし、これらの階段を登ったとも思い、この段での心境でどこまでいけるのか、という楽しみもあります。







求人は化け物案件といわれているそうで、さらに特異的成功事例として媒体社内でも話題となっているとのことで、一枠では大手企業も抜く応募ぶりで、とはいえ総数ではまだまだ大手にかないませんが、




次の仕組み作りも垣間見させていただきイメージができました。その結果、この事業でアクセルを踏んでも大丈夫であるという確固たる自信も生まれました。当初に想定していたよりも素敵な形かもしれませんが、一つひとつ、一人ひとり丁寧に有り難く対応させていただくことは忘れずにしたいと考えています。




ある夜は面接予定を入れずに、会食二つをこなせば、どちらでも弊社ビジネスのアイディアをもらい、話題の中心として頂き、お一方は国家を動かす頭脳ながら、このような下々の商いにまで、ご意見をお寄せいただき、それがまた「なるほど」と成長スピードがあがってきたゆえに出て来た課題がクリアできるアイディアであり、可能性が広がる、有り難いひと時ももらいました。





キャバクラという初耳のところへいっても、熱く業界を語ってしまい、あるいは顧客にいかにほれているか、という子供の運動会が終わったあとの飲みもしました。




という日もありますが、いずれにしても、ほぼ毎日帰ると子供の寝顔を見る日々。という意味ではやっとパパらしくなりました。





私がいま行っているビジネスは二つのことが成長のキーになるような気がしています。



そのうちの一つからご協力を賜っている会社は、競合への納期を遅らせてでも、弊社へ優先して納入頂いたとあとで知ったわけですが、今度は大手からの発注を断って、弊社一本にして下さりました。しびれます。そしてこのようなことも初めての経験です。




子供の友がいる岐阜へ到着しました。





この旅のあとに寝込むことになり、ベッドの中で快方に向かいながら、少しずつ御盆明けから、スマホで応募者情報を見出し、





少しずつ面接が入り始め、ほぼ毎日1人ペースとなり、確実に毎日ペースとなり、




毎日3人ペースとなり、前回のブログあたりでは土曜に3名の面接を頂いたと記していますが、週末も6名、7名の面接をもらうようになり、






朝起きると応募メールが2乃至3通届いており、そのご対応をしていると、電話やメールでまた応募を頂くという朝が来るようになり、段々上昇傾向にある求人活動。







幼稚園に送る途中にまた電話が鳴り、駐車場に止めるとまた電話が鳴る。メールも来ている。そうして日中も立て続けに電話やメールを頂戴し、面接や打ち合わせをしていても、立て続けに応募電話が入る。週末には翌週日中の予定が面接ですべて埋まってしまう盛況を頂くようになり、面接は一週間待ちをもらうようになり、









気が付くと零細の零として異例ともいえる、1日に10名の応募者と丁寧にやり取りしながら、7~8名の面接をこなし一人2時間かけていた面接は1.5時間に減らし、過日の面接者数名との事後的なやり取りや、内定者とのやり取りも重なり、日に30名とのやり取りをしながら、ご協力を頂いている企業様とのやり取りもあり、誰が誰だか分からなくなる日々です。同じごとく広がり続ける取引先への対応は後進が担ってくれ、日々新しい愛車で飛び回ってくれています。



これもそれも、ご担当を下さっている方の、お知恵とご協力の賜物であると、あるいはこの歳で仕事において感動というものを頂くほどに、驚くほど親身なご対応を下さり、十二分な成果にも繋がり、社の成長も加速するというものですが、そこに他社様のご担当が入る隙がなくなっていくのを感じます。この方のとあるおかげでのお陰様で、さらには収益性がよい仕事だけをできるので、戦略上優位性を築くことができたのではないかと気が付くようになりました。





基本的にクルマを運転中はクルマを止めて電話を折り返します。電話がそれなりの時間がかかることと、応募者の方についてメモを取るので、止めての電話は法令上の要請に加えて実務上も必須です。





一度だけ渋滞中にクルマが止められそうになかったのでハンズフリーにて「15分で折り返す」旨だけの対応を運転中にしました。「運転中に電話しちゃ、パパだめだよ。危ないよ?捕まるよ?」と後部座席の三歳の子供から檄が飛んだこともありました。なお今は五年更新、次回は今のところゴールドになる予定ですが、若い頃は携帯にスピード違反と、年に何回も免停になっていました。




歳も重ねた近年は普段から歩行者がいれば急ブレーキにならない限り、止まり、あるいは譲る運転をしています。その光景が当たり前に登園中も目に入っていってると思われるので、おだやかな運転、ゆずる運転がスタンダードとして根を張ってもらいたく思っていますが、





息子のタイプだと若いときはスピードを出してみたくもなると予想しているので、サーキットに連れて行き200キロオーバーの世界や、限界を越えた挙動も教える日が来るのだと予定しています。






昔は同じく1日に7名、8名面接しても、それは3次、4次面接でしたが、思ってみれば、どれだけの応募者と1次面接をさばいてくれていたのだろう、などという感謝を今になって思いました。当時は「もっといい人材見つけられないのかよ」としか若輩者たる私は思っていませんでした。




という中にも、今は楽しくてしかたがありません。面接も楽しいですが、いろいろな個性と出会うのも楽しいですが、その中でさらにいい出逢いや、面白い縁が生まれていくのが、これまた楽しく思います。



私も今まで経験をしたことがないような程に、「まいった」と仕事が順調すぎ、子供へ幼稚園の帰り車中にて「パパ仕事が順調すぎるよ」と報告をしたことがありました。




「会社大きくしていいですか」と聞くと、前は「大きくなったら」という形容詞がついていましたが、最近はその形容詞が鳴りを潜めて「Aちゃん手伝う」と言ってくれます。





そして続けて「Aちゃんが仕事の仕方教えてあげるね。まず手紙をたくさん書く、あとコピーを取る、パソコンを上手に使う、メールを書く、車をいっぱい運転するんだよ、以上」とご教示を受けました。





問い合わせへの応対メールでパソコンに向かっている姿や、プライベートオフィスができる前は契約書を自宅で印刷したり、コピーを取る地味な姿を見て、覚えていたようです。





さらに「あとね〇〇をいっぱい買うんだよ、Aちゃん聞いているでしょ」と、私が業容の拡大とともに、仕入れなければならないとある名詞を挙げました。ご指摘の通りであり、そしてご指摘の通り、よく話を聞いているようで。





他にも日々会話が楽しくなっています。「パパ髪伸びたね、短くしておいで、ぼさぼさでかっこわるいよ」と言われ、切ってくれば「かっこよくなったよ」と。最近はジムショに誘ってみれば「本当にいっていいの?やったー」と喜び、一緒に向かうばぁばに「パパの会社はね、ちょっと狭いんだよ」などと説明し、「パパはおっきい会社も持っているんだよ」とばぁばから説明も受けていましたが、このうさんくさいジムショへたくさんの面接者が来て、そしてぞくぞくと仕事することを決めてもらっています。





前回アップした子供も歩いたあの廊下が、まさかあれだけの面接ロードになるとは、思いませんでした。




あるいは「世の中すべてのものは変わっていくんだよ。それを諸行無常と言います」と教えました。
「パパもママも老いて、あなたは成長し、あるいは天気も変わり」と説明すると、「ヨーグルトフラッペが出たのも?」と会話をした夏の終りも懐かしく思い、「そうすべては変化をしていきます」と答えました。





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少しずつですが、支払業務については3%の手数料をつけて、外注をすることにしました。会社を作り家人とばぁばへ。という家業チックな取り組みは、実ははじめてです。事業全般はもとより、経理にも親族を用いたことがなく来ましたが、これからは核心部分については身内で固めていったほうがよい気がしています。




太陽があれば、惑星がいくつもある、かのような関係性に似ているのかもしれませんが、一つ核がしっかりしていると、周辺でもビジネスが成り立ちます。仕組みとして、副次的な仕組みの部門だけで毎月3000万円の粗利がでるようになります。もしくは年1億ぐらいはでるようになるサブカテゴリーも派生します。




これら合わせて、なかなかにエキサイティングな人生の旅路がはじまりました。


つづく


Posted at 2017/10/28 23:20:15 | コメント(4) | トラックバック(0) | 岐阜ドライブ | 日記
2017年10月08日 イイね!

花火を見に、友がいる岐阜へ。夏休み第三プラン。まずは静岡で花火。

花火を見に、友がいる岐阜へ。夏休み第三プラン。まずは静岡で花火。









旅と旅、




その狭間から綴り直せば、後進が我が家にやってきて一緒に花火もしてもらい、バケツにも浸かってみたり、




「うわぁ~」と駆け込んでいけば「す、少し広いね」と評価をしてくれた、ジムショにも来て、ばぁばと電話したり、



ちなみに後日はジムショのことを「あの狭いところ?」と、率直なご意見をお寄せいただき、




電車にも手を振って、




「パパ、一緒に遊ぼ」とよくお声がけもいただき、




ママともジムショに遊びに来てくれた日もありつつ合間があって旅があり、また合間があって、




夏休み三つ目の旅に出かけます。





と、その前にばぁばのところへ寄り厚い抱擁を受け、ママがオートバックスで買ってくれた首枕を携えて、友がいる岐阜へ、静岡で一泊経由して目指します。





時は8月、台風五号だったか、それが日本列島を通過するやもしれぬ、という時期でした。




積乱雲や入道雲のスーパータワーがいくつも確認できる、暑い夏でした。すでに夏も懐かしく感じる、ときの流れを思います。




立ち上げたばかりの、小さな小さな会社。零細です。8月のお盆明けから一ヶ月、25名の応募とけして多いほうではなかったかもしれませんが、15名ほどの面接、そして採用は10名と、なかなかに高確率の求人を展開し、





さらにそのような零細にも関わらず、足掛け三ヵ月目となる最近は毎日面接を複数名して頂き、多い日には7つの応募も頂きます。昨日土曜日は、週末にも関わらず三つの面接も行いました。平日は仕事終わりの夜を希望される場合や、午後には社へ戻るためにお昼に面接を希望される方も少なくありません。






という中に、何らの制限なく募集をしていますが、下は21歳の女性から、上はなんと78歳の男性までお問い合わせを頂くこともあります。バイタリティーに驚きます。あるいは求人情報を見た同業他社の社長氏がアンダーに入って仕事をしたいというお申し出や、私がスタートした事業を同じように立ち上げしたいオーナーな青年が社員を修行させてくれないかというお申し出があったり、バラエティー豊かな日もあります。





同業他社からの現役応募や、経験者の応募も増えて来た印象です。




そしてなんと過日、幼稚園のパパ友が前倒しで転職してくることが決まり、奥さんと私も話をさせてもらい、正式に今の職場へ退職届も出し、11月より、同じ釜のお食事を頂くことになりました。まさかこのような展開になるとは、想像もせずでした。そしてあまり聞かない話かもしれません。






人間関係があるところに、しかもそれが子供の縁なわけであり、かつ求人も順調で、そしてこの歳で人員が欲しいからと、そのような運びになればリスクもあるわけで、わざわざそのようなことをする必要もない中で、






しかし縁というものはときに面白いものでありと思いつつ、より一層身が引き締まる思いと同時に、パパ友が来るのが楽しみにで仕方ありません。共に会社を大きくしていけそうな予感がします。





求人に直接携わるのは、実に15年振りです。一から、いやゼロから勉強しています。




同じようなネーミングの後ろに「NEXT」が付いたり、付かなかったり、この数年なのでしょうか、媒体もやたらに増えて、正直私はまだよく理解できていません。



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しかしいろいろとご協力を賜り、毎日原稿を修整してくれる求人広告の方と出会ったり、他社のやり方を「なるほど」と思う方法を教えたくれたり、あるいは若きIT社長とも出会い、ささっとコンテンツを作成してくれ、あるいは最新の手法をやると進めてくれており、



現状でも十分に採用計画通りに進んでいる中に、効率を高めながら徐々に向上してきているのを実感できています。目指す目標値としては毎月30名、そして50名です。これがおぼろげながら見えてきたような気がしています。いや手ごたえを掴んできていますが、対応できるか、そして組織構築できるか、その分増えるトラブルにも対処できるのか、それらのパワーがあるのか、これらへの心の準備をしているのかもしれません。






成果がよかった媒体から、さらなる実を求め、最近スタートしてみた媒体は、想像以上によく引き続き、掲載をさせて頂き、そして何よりこの担当を下さっている方と、長きに渡る縁を期して、仕事をお願いしております。何ならと、小さな小さな会社ではありますが、転職も誘っております。そのまま求人担当を全面的にお願いしたく。




調達側でも、たくさんのご協力を頂き、取引先より「優先的に御社へ納入しますから」と言われていたものの、多大な感謝をしつつ、それは営業的トークも含まれていると思っていると、あとで同業から聞いて知ってみれば同業他社への納入分をその納期を破ってでも弊社へ回してくれたようで、さらに甚大なご協力を賜って、という運びもあったりしつつ、有り難く事業の構築に努めております。




後進も今までみたことがないほどに活き活きとして「むちゃくちゃ楽しいです」と、その快進撃は止まりません。




女性の採用も少しですが、進んでいます。




ご注文を一日に7オーダー頂き、そのオーダーだけで四千人の諭吉氏を越える額になり、あるいは毎日のように広がった顧客先からオーダーを頂き、お応えするために、おじさん体に鞭を打ちがんばっています。





私は営業という行為が苦手ゆえ、できる限りマーケティングの観点から、営業活動をしなくともよいビジネスを好む傾向があり、あるいはそれらの部隊を鼓舞し、統率し、数字の管理と数字を追わせることも苦手な部類なので、これらをしなくてよい点も、このビジネスを選んだ理由の一つですが、




営業無くして、怒涛のオーダーと追加発注を頂きますが、これは想定以上の需要とその強さでした。というこれらの記載が若く感じますが、この歳になっても、仕事は楽しく感じます。





後進と毎日のように、想定以上の引き合いを「よし、がんばろう」と、「あまり」休むことなく進める所存です。





人も増え、随所で動きも増えれば、平行してトラブルも増え、それへの対処も増えます。




内部を整えることも進めて行かねばなりません。





仕事の最も難敵は己かもしれませんが、これの他に最上級に難敵なのが「ボリューム」、つまり一定度を超えた「規模」という要素が、非常に難敵だと経験上感じています。




大よそのことは処理や対処ができますが、この規模というファクターは、非常に難攻不落級に対処が困難な仕事の部類に思います。





500名アンダーほどの組織構築とそれらの仕組み作りをした経験がありますが、これの6倍を目指す構えゆえ、まだクリアできていない要素その鍵を見つける必要があります。が、それは一応見つけたつもりになっています。





今までは後進に任せっきりであったことを、譲らずに自らやる所存の気合です。己と言うリソースを活かしきるという意味合いも含まれています。





取引もとにかく引く手あまたで、新しく取引先の別部門と一つ実際に取引がスタートすると、その日には怒涛にその数倍のご注文も頂く状況です。という状況ゆえ、オーダーを頂くのが怖くて、次の開拓先がいくらでもあるのに、開拓を躊躇してやらない日々です。




求人広告にしても、重ねて改め、日々、面白いと思うのが、縁です。



「ここ九重ホテル?」とこの写真で覚えているのはいつまでか。殺到すると言ってもよいのか、ご注文が多く忙しいため、新しい求人広告を予定していたよりも、一日早く掲載してもらえば、




応募が来て、採用に繋がり、一日早めたゆえの縁が生まれるわけでして、不思議なものであるとつくづく実感しながら、事を進めています。




立ち上げたプライベートオフィスは、私一人でもくもくと仕事をしています。





三回目となるプライベートオフィス。




一回目のプライベートオフィスは、事実上の雀荘になり、夕刻からよく麻雀をしていれば、また一人、また一人と人が来て、交代で麻雀をよくしていました。




深夜になると、仕事が終わったキャバ嬢が数名、しかも系列も異なる店舗の子達が遊びに来る、という環境でした。キャバ嬢にメイクされ、女装する後進もいたり、わけのわからぬ雀荘ライフ。今思えば、これもパワフルです。



二つの目のプライベートオフィスはシアトルから調度品も取り寄せて、内装もお金をかけカフェ風におしゃれにしたものの、月に一回使うかどうかで、最終的に閉じ、




三回目となるプライベートオフィスは20代の頃には譲るものの、濃密に仕事に勤しむようになりました。




という中に、後進に付き合って、その彼女探しにバーへ行けば、姉妹と意気投合し、姉となる26歳の主婦から絶対に金曜日にまたここで会いましょうね、19時ですよ?と言われ、




その金曜日が来てみれば、たまたま家族が私の実家へ泊ることになり、独身的な時間が生まれたにも関わらず、




20時には真っすぐ家に帰り、仕事の対応をする己を偉く思い、近所の立ち飲み屋の女性店長に、「これは偉い、と褒められることではないか」と、それだけは自慢しました。




その一方で、昨夜は嬉しいことに、新しく仲間となった20代と飲みに行き、





すべてを後進に譲ってきた身をとしては、すっかり少なくなっていた、そのような機会に恵まれ、かつこれからそのような機会も増えるであろうことを思えば、気持ちも若々しく瑞々しくなっていくような気もし、




これらのきっかけ、大元を作ってくれた友も来て、楽しいひと時を過ごしました。と、飲んでいる間にも応募、寝ている間にも応募を頂き、これら求人だけでなく、人が集まってくることはいい風のように思い、感じます。岐阜の道中に寄った静岡九重ホテルにて、無料クルーズをしたあとは、食事の合間に間近で花火を見て、家族風呂にも入り、夜が更けていきました。


つづく


Posted at 2017/10/08 17:26:56 | コメント(2) | トラックバック(0) | 静岡ドライブ | 旅行/地域

プロフィール

「@Kageyan 先生、夜更かしが多いような気が致します。淡路島再訪禄2/2を楽しみにもしておりますが、ご自愛を下さいますよう、お願い申し上げます。」
何シテル?   08/21 21:16
ドライブへ行こうです。よろしくお願い申し上げます。
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