さて車中泊訳あり旅も終焉に向かいつつあります。
7つのミッションも残すところあと1つ、4番目のみとなりました!
1. 茨城県の○○○の○○さんと会う。
2. 宮城県の○○○○○○さんと会う。
3. 千葉県でとあるモノを引き取る。
4. 八王子の○○○○○○○・○○○○で遊ぶ。
5. 宮城県の観光名所・松島まで行く。
6. 空いた時間でハイタッチドライブを楽しみ。
7. 気の向くまま、場所を決めずに飲む。
宮城県某市を早朝あとにして、国道4号をひたすら南下。
福島県より一気に栃木県まで入ります。
途中道の駅でトイレ休憩のみ行い、その後今回3回目の給油。

ここまでの総走行距離数1,539km。
この日は日曜日とあって通勤ラッシュなどはございません。
更に南下し埼玉県突入。
大宮・川越・入間と西へ進み八王子方面へ。
厳密に言うと八王子ではありませんでしたが、雰囲気伝わるのであえてこのままの記載で進行。
最終目的地は東京都福生(ふっさ)市と言うところです。
近くには米軍横田基地がございます。
そこの福生駅西口徒歩5分程度の場所が最終ミッションの地ですWww。
ゲームセンター・タンポポ(笑)。
ここはあくまでもゲームセンターですが、主に1980~90年代におけるパチンコホールの遊技機を集め、当時さながらの演出で楽しませてくれると言う、オッサン世代にはたまらなく楽しくも懐かしい遊技場(笑)。
どないですか?このレトロな建物!
私が狂った30数年前当時でもこんな建物ギリあるかなしですよWww。
料金形態ですが.....
1時間 ~ 1,000円
2時間 ~ 2,000円
無制限 ~ 3,000円(終日)
となっております。
勿論迷わず無制限チョイス(笑)。
無制限遊戯のカードを首からぶら下げていざ出陣!!
ここよりパチンコ玉かスロットメダルを借り受けて好きな台へと向かいます。
小箱は確か800個かな?
まず最初に向かったのが1発台コーナー!
パチンコの歴史は風営法の歴史でもあるのですが、法律規制が変わる度に遊技台も変遷してきた歴史がございます。
で、今は1発台と言う概念すら残っておりません。
文字通り1球の遊戯玉で1発逆転できるギャンブル性の高い遊技台でして、若かりし日に楽しい思いも悔しい思いもした台の類ですね(笑)。
特定の入賞口に遊技球が入り大当たりになると、チューリップの開放など何らかのギミックが発動。
基本的に解放されたギミックは店員が解除しない限り開放しっぱなしとなるため、ホール独自の規定数量まで出せる方式の遊技台でして存在しました。
私の遊んでいたホールでは朝から一度も入賞されていない状況をノーマーク台と言いまして5,000発終了、一度でも入賞された台は優秀台もしくは終了台とい言う形で4,000発終了と言う具合でした。
なお現在は知りませんが、当時の大阪では遊戯玉を4円で購入し、交換できる景品について2.5円レートで買い戻すという3点方式を採用。
5,000発なら12,500円、4,000発なら10,000円と単純に計算できますね!
1球入ると1マソ(笑)、まさに1発逆転と言う寸法です。
その中で選んだ(空いていた)のが、西陣・ジェットライン(1989)。
台の説明。
まずは黄色○印の入賞口を通す。
※ここが難関(笑)。
入賞口を通過した球はセンターギミックの左右真ん中の3か所に振り分けられます。
がこの台、通常よくあるセンターゾーンが大当たりでは無く黄色○の左側に振り分けられると大当たり。
なおそこに到達するまでに突起の付いた回転盤が時計回りに回っており左へ行き難い構造にWww。
0か1マソかの振り分けにドキドキする瞬間ですね(笑)。
最後は右側のこちらチューリップが開放されるのですが、今では厳禁の釘曲げによる開放ルートが出来てジャンジャンと球がでる形に。
開始2箱でしょうか....
何と1球目でいきなり左に飛び込んで大当たり!
でも、ここはゲームセンターなので嬉しさは30年前の1/10ですね(爆)。
回転よくするためタンポポルールで規定量2,500個。
てか、等価交換ではこの球数で1マソなのでエリアによってはこれくらいだったのかもしれませんね
さてジェットラインを終えて次に選んだ台はこちらの珍古台!
※声出し文章読み厳禁Www。
正直こちらタンポポにあります1発台の中で唯一当時一度も打った事のない台がこの台です。
大同・エルライン(1988)と言う台ですが、謎だらけの台ですね。
まぁ1発台マニアとして大当たり入賞方法を読み解くのも楽しみの一つですが.....
こちらの台は、ジェットラインより多少なりとも緩い天釘下入賞口より入った球が、更に水色回転体にある3つの孔に吸い込まれると大当たり!と言う中々マゾそうな1発台。
で、こちらは開始早々何とも1発で飛び込んであっけなく右肩チューリップ開放!!
これが当時だったらねぇ~(笑)!

いやぁ、楽しス!

こちら時間かかりそうで打ちませんでしたが、その他にも....
ニューギン・ベータ(1989)。
カイザーチューリップが特徴的な京楽・デルバーA(1988)。
サンドウィッチと呼ばれた80年代後半当時の玉貸し機で1発台コーナーのみ稼働。
台から離れずして球を購入できたのは当時としては画期的でした(笑)。
※その少し前は一々台をを離れ、各シマのエンドにある玉貸し機で購入したもんです。
古いパチンコホールあるあるなんですが、平成以降に遊ばれた方々には???な話ですね(笑)。
そして画像ありませんが、他にマルホン・センターフェースや奥村・キューピッド(1986)、高尾・バリエーション3号(1989?)などありました。
概ね1980年代の1発台終焉時に近いものがほとんどでして....
1989年が平成元年ですから、1発台規制のかかる90年代は平成と言う事で、昭和文化の1つとして是非認定頂きたい(笑)。
さて次に選んだのが羽モノコーナー、三洋・スタジアム(1987)。

この台は、私の中でもかなり思い出深い羽モノ台でして、いわゆる10カウント8ラウンド方式と呼ばれる台ですが....
当時の気分に戻りただひたすら打ち込みますWww。
こちらは3,000発定量(終了)となっています。
この置き方も私当時のやり方Www。
ドル箱に変更すると何故かスランプに陥るのでギリギリまで小箱積み上げです。
そしてちゃんと40分食事休憩も(笑)。
福生駅前で息抜き。
遅めのランチはここ(笑)。
さてここでガッリツ閉店までも打つ体力ございませんから遊びも終盤、権利モノと呼ばれるこれまた珍古台(笑)。
大一商会・ハードロック2(1986)。
こちらも爆裂したら凄いんだけど、当時は設定辛くて苦戦した台。
ある程度遊ばさせてくれる設定に感謝。
楽しいw。
定量に達し無事終了。
今は店員さんが管理して球流すんですよね。
昔は自分でやってたw。
もう集中力も切れかけそうな夕刻、最後の台にしたのがこちら。
三洋・スーパーコンビ2。
こちらは大ヒットして全国のホールに必ずと言って良いくらい長きに渡り設置された1発台を代表する名機です。
何故これから打たなかったって?
答えは台が中々空いてなかった(笑)。
てくらい人気台。
単純にセンター役物に入賞した遊技球がくるくると回転して手前に落ち、チューリップ開放で大当たりと言う単純明快な仕組みなんですが、これがまたドキドキを演出させる非常に面白い仕組みでして.....
当時の有名メーカーと言えば三共、平和、西陣と言ったところでしたが、その後海物語で不動の地位を得る三洋もこの台の演出で躍進したのは言うまでもありませんね。
まぁ演出が憎いほど上手いわWww。
ところがこの最後、結果8球飛び込ませて大当たりゼロ(爆)。
もう行くかどうかは判りませんが、結果宿題を残す結果にWww。
最後こちらの共同経営されているスタッフさんと立ち話をしてお店をあとにするのですが、YouTube配信で出てこられる髭紳士さんは平日に来られるとか。
本日は埼玉の別店舗にいらっしゃると言う事ですがHPなどで事前に確認可能なので気になる方はそちらより是非。
このパチスロはまた今度だなw。
いやぁ懐かしく楽しい時間でしたわ(笑)。
この後しばし仮眠をとりまして....
日曜夜の混雑の中、八王子JCTまで途中夕食も含め移動。
八王子から沼津までの山間部難所は高速を使いサクサク移動。
沼津でスーパー銭湯にて一度身体をリセット!
そこからはパワー復活(笑)。
下道で一気に三重県伊賀市まで到達。
朝の4時頃かな?
ここで力尽きまして.....
結局自宅には月曜日の10時頃に到着(笑)。
総移動距離数2,222km?
と言いたいところですが。
最終的に2,225kmの走行で今回の旅を終えました!
先々で絡んで頂きました方々にはこの場をお借りして御礼申し上げます。
有難うございました!
最後は旅を終えての独り言....
自分のやりたい事を出来るだけ不言実行する!をモットーにある意味人生の終活?している今日この頃ですWww。
まぁそう言う意味で今回のように元気なうちの自由に出来る時間はとても大切かつ貴重ですね!
来年もこんな休み方出来るのだろうか(笑)?
そして大変長いブログにお付き合い頂き有難うごいざいました。
さてと.....
次なるイベントの準備にそろそろ注力しますかね!
ではでは。
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Posted at
2023/04/28 18:19:28