前回ブログの続きですが、次なる目的地は宇治市奧の喜撰山(きせんやま)ダムです。
ここは昨年滋賀県から京都宇治へ抜けて帰ってきた時に、夕方と言うこともありあえてスルーしたチェックポイントです。
今回何の下調べもなく地図だけの判断で簡単に取得できる場所と思い軽い気持ちで天ヶ瀬ダムより上流の喜撰山ダム入口を目指します。
ハイ!何せ地図上にはしっかりと道がありますから。
天ヶ瀬ダム湖右岸の瀬田川沿い府道3号線をどんどん上流に進み府道62号線分岐を通過、そのまま進めば喜撰山ダムへ続く入口の橋へ問題なく到達しますた。
ところが.....
ドぉーン!
・・・(;´Д`)
いきなりの手荒いお出迎えw
とりあえず下調べせずにグレーのプッチだけを見て行動する私のハイドラスィッチがONモードに突入。
こんな事や、
こんな事が書いてありますが、
思わずインターホンで、
『あのー、ハイドラやってますねんけど、お宅のダムに入らせてもらえませんか?』と一回言うてみたろかと思いますよハイ!
※実際にハイドラアプリを職員に説明してはるヘンタイを数名知っておりますが(爆)
本命のダム提体側からの道は閉ざされました。
マップとにらめっこしながら、気を取り直し更に府道3号線を上がっていき、次なる橋を目指します。
橋を渡ると府道242号線で笠取方面へ続く道があります。
そこからダム湖北側から近づくという魂胆です。
橋を渡ってからの笠取方面への道。
いきなりの急勾配と狭さにヤバいと思いきや急に広くなったり訳わからん道を進むと、笠取ゴルフセンターという立派なゴルフ練習場がございます。
そこを更に進むとダム方向の池尾集落に進んでいく道に。
地図見てないと完全に通りすぎてしまうような曲がり角です。
そこからの道は途中土砂崩れ跡多数存在のかなり危険度アップ。
夜中には走りたくない道が続きます。
そんな道の途中、いきなり工場が出たと思いきやまた同じような山道を抜けてようやく喜撰山ダム湖北端近くに到達。
※画像軌跡は少し歩きも入ってますが。
分岐路のところ、相当高いところまで来ました。
池尾集落の奥は進めねぇぞ!という看板に
ここで車を停めて、いつもの?山歩きスタイルにお着替え(*´ω`*)ウフ
まだ癒えぬ肉離れを起こした右足にはしっかりとサポーターを巻きました。
そして車両通行止めゲートの横をすり抜けます。
人間通行止めとは書いてませんのでw
湖畔が見えます。まずはプチ感動(о´∀`о)
10分程度で多田橋という橋に到達。
そこから更に歩くこと10分、ダム湖左側ルートを目指します。
途中やはり崩落痕が...
で、ダム湖畔左側ルート入口到達!
ドぉーン!
まぁ予想通りちゅうたら予想通りなんですがね。
ネット越しにダムの施設が彼方に見えてますよ。
これ以上ここに居ても無駄やな!とすぐさま踵を返し車へ戻ります。
京都市街チェックポイント巡り9時間以上の後で体力的にもキツイですしね。
で、今度は次回のために池尾集落方向を調査。
池尾方向にどんどん車を進めると人里の香りが。
小さい茶畑などもあり静かな集落がつづきその終焉にこの看板。
やはり一般車両立ち入り禁止の看板です。
しかし、字!薄っ!
『これ読めませんした!』って手、ダメですかね?
まだまだ車はしれそうやのに、と少し停めて周りを見たりしていると、地元猟師さんらしき四輪駆動の軽自動車がバンバン山に入っていきます(爆)
恐らくは許可取っているんでしょうね。
停車したところの山側はこんな林です。
しかしこの看板で入山する気が全く失せました。

まぁその日は銃声が鳴り響いてなかったので罠か何かで猪あたりを捕まえてはるかもしれませんが。
恐らくですが、ここを少し登ると喜撰山ダムの発電所施設があると思います。
と言うことは金網が張り巡らされて期待薄ということでしょうか。
本日の調査はここまでとして、喜撰山ダムを後にしました。
早速ハイドラ同好会のチェックポイント掲示板に情報提供を呼び掛けまして、お二人の方から数少ない貴重な情報をいただきましたが、残念ながらチェックポイントを取得されたという情報は未だありません。
比較的近い場所ですし何とか攻略したいと思いますが、今回の軌跡をもとに攻略予定図を作成しました。
※ハイドラ同好会チェックポイントスレッドには既に掲載済みです。
図内オレンジ色で記載した喜撰山山頂ルートで行けば何とか獲れるかもと目論んでおります。
次回、行けるかどうかは別にして図の☆印辺りを目指したいと思います。
ところでこの喜撰山ダム、帰宅後色々調べていく内に色々知らないことが判ってきて更なる興味をそそられます。
まずはこのダム、揚水(ようすい)式ダムと言って、わざわざポンプで水を揚げて電力を作り出すダムとの事で、この方式をとっているダムは何故か立ち入り禁止のところが多いとのダムマニアサイトでに書かれていました。
※注意:私はダムマニアでも何でもありません。
またダム名由来の喜撰山ですが、小倉百人一首8番、平安時代六歌仙の一人である喜撰法師が隠匿生活していた山里で、喜撰山中には法師を奉った洞穴があるそうです。
「わが庵は都の辰巳しかぞ住む世を宇治山と人はいふなり」
まぁ攻略出来れば、もう少し色々触れてみたいと思います。
ますます、次なる攻略が楽しみになってきました。(*´ω`*)
後編につづく...