
今まで3回も買いそうになったものの、結果として縁がなく、一度も所有に至らなかったのがハイドロニューマチックだ。
車を乗り換える際に、必ず気になってしまう、このハイドロ。
毎年、大阪で開催されていた大阪輸入車ショウ。
1991~1992年ころだったと記憶しているが、いつものように訪れた輸入車ショウのシトロエンのブース。
指をくわえてBXをもの欲しそうに眺めていたら、今から試乗できますよというお誘い。
そんなチャンスを逃してはなるまいと、大喜びして南港をぐるっとひと回り。
この時が初めてのハイドロ体験だったが、得も言われぬ浮遊感に、感慨もひとしお。
当時の輸入車ショウは単なる展示会ではなく、完璧に即売会の様相を呈しており、そこかしこで商談の真っ最中。
試乗を終えてシトロエンのブースに帰ってきたら、もうセールス氏は離してくれない。
今日ならメーカーの人が来ており、特別価格が提示できる。仮押さえだけでも良いからどうか、と猛烈なプッシュを受け、タジタジ。
以前から、千里中央にあったユーノスのショールームで実車を何度も触っていたので、欲しい気は満々。
でも、“さるお方”に断わりもなく勝手に決めるわけにもいかず、後ろ髪をひかれつつも、辛うじて断ってその場を後にしたのであった。
2回目の出来事は、E36 318iを購入した時。
この318iを買ったのも輸入車ショウでの出会いがきっかけだったが、その際もエグザンティアにしようかと真剣に悩んだ。
結局、BMWのベテランセールス氏の“エグザンティアは冒険でっせ”という一言で断念した。
3回目は、Rover75を購入した時。
この時が一番買いそうになり、エグザンティアの最終モデルを本当に仮押さえまでした。
エグザンティアを購入するに当たり、最も気になっていたのが、ハイドロ独特の浮遊感による乗り物酔い。
そこで、セールス氏に頼んで、娘を後席に乗せて高速試乗をさせてもらった。
娘の「問題ない」という判断を受け、オプションのステアリングの手配を頼んだり、ショールームからちょっと離れたところにある整備工場も見学したりと、すっかりエグザンティアを購入するつもりだった。
が、しかし、念のためにと、ちょっと気になっていたRover75を見学に行ったところ、あまりにも格好良いスタイルと、パイピングを施した高級レザーシート&ウォールナットが醸し出す英国調の素晴らしい設えにノックアウト。
シトロエンは嫌だという“さるお方”のご意見と、Rover75の思いもよらぬ大きな値引きによって、この時もまた、シトロエンとは無縁になってしまった。
あの時の、シトロエンのセールス氏には悪いことをしてしまったと、今でも思い出す時がある。
今回も、やはり最新のハイドロを味わっておかないと後悔するのでは、という思いで、Rover75でお世話になった馴染みの車屋さんを訪問。
在庫されていたのが、冒頭の写真にあるセダクションの限定車。色は綺麗なホワイトパール。
いつものように、お宝のクラシックカーがたっぷり収納されているタワー駐車場を動かしていただき、じっくりと拝見。
もちろんこいつを試乗するわけにはいかないので、試乗は降ろしたてのツアラーで。
今まで何度かC5の試乗車を探したことがあったのだが、こんなマイナーな車の試乗車が東京以外であるはずもなく、何の気なしに問い合わせたこちらで試乗できるなんて、これは何かの縁だろうか。
さて、試乗車に乗り込み、シートポジションを調整する。
残念ながらセダクショングレードには座面の角度調整は無く、手動で後端の上下移動調整だけ。
後端を最大限下げても好みより傾斜角は少なく、座面の位置も高い。
そこで、シートを前よりに寄せて、バックレストを寝かし気味にし、体重を適度にバックレストに分散させて腰痛に対応する。
シートは物凄く分厚くて、ドイツ車のそれと全く異なるが、以前の仏車ほど沈み込むことはない。
ただ、ランバーサポートが不足気味だし、試乗の最後までシートポジションはしっくりこなかったのが残念。
さて、車が動き出してたった5m走っただけで、他の車と根本的に!全く!異なる乗り味に気づく。
路面からのハーシュネスを完ぺきに遮断し、大型ヨットが大海を巡航するように、ゆったりと路面をいなしながら進む様に、かつてBXやエグザンティアを試乗した時の驚愕を思い出した。
以前に新320iを試乗した際、その素晴らしく進化した乗り味に驚き、もうこれならハイドロの出る幕は無いだろうと思ったのだが、なんのなんのハイドロの乗り味は全く異なっていた。
やっぱり、この乗り味はコイルスプリングでは実現できないのだと再認識した。
微かなエグザンティアの記憶と比較すると、車体が大きくなり、車体強度も独車並みに強化されたせいだろう、一段と乗り味がソフトになり、ハイドロの欠点だった低速時のハーショネスが劇的に改善されている。
遮音性もすこぶる良く、分厚いシートに座って、ゆったりとした独特の乗り味は、実際よりも大きな車を動かしている感じがする。
一方、ウインカーの感触は大変しっとりとした高級感のあるもので、BMWと遜色は無い。
ただし、内装は価格相応のレベルには達しておらず、全く安っぽい。
ダッシュボードのトップは、エッチングによる革シボではなく、コストの安いレーザー彫刻によるレーザーシボだ。
各種のスイッチ類も如何にもしょぼく、自動車を道具として使い倒すフランス人の考え方を如実に感じる。
従来、PSA各車の弱点は駆動系、特にエンジンだったが、BMWに頭を下げてエンジンを設計してもらって本当に正解だ。
たった1.6リッターとは思えないほど低速トルクが豊富で、やっぱりダウンサイジング&ターボという時代の流れは間違っていない。
試乗車の走行距離が、まだたったの2桁だったのでガスペダルを踏み込むことは遠慮したが、きっとパワフルではないものの、必要充分ではないだろうか。
ATは定評あるアイシンの6ATで、もちろんギクシャクすることは全くない。
結局、この車の試乗後の感想はボクスタ-と似たような印象となった。
つまり、走る・止まる・曲がるという車の基本機能にコストをかけ、内装なんぞという車の本質に関係の無い部分をコストダウンしているのだと。
ただし、その方向性は全くの逆、真逆もいいところ。
C5の方は、分厚いソファーそのもののシートに包まれ、得も言われぬ浮遊感溢れる乗り心地を味わいながら、どこまでもゆったりとクルージングする為の車だ。
その価値観を理解できるのか、共感できるのか否かが、この車の評価を決めるのだろう。
これほど人によって評価が分かれる車は珍しいし、マニアの強烈さ、熱狂度合いも随一だ。
(つづく)
【追記】
ダッシュボードを指でグッと押すと少し凹みますので、一般的なスラッシュスキン製法だと思います。
また、総集編のオーナーズレビューも書いてみましたので、ご参考にしてください。
こちら ⇒
総集編のオーナーズレビュー