主に騒音規制と排ガス規制の問題から、長かった空冷ブロックエンジン(M64)の歴史にポルシェが終止符を打ったのは1996年のことです。その後継エンジンとして、1997年に
Type 996に搭載された水冷水平対向エンジンは初期タイプである
前期型と、2002年以降に投入された
後期型が存在します。今回はその水冷水平対向エンジンの違いや特徴についてご紹介していきたいと思います♪
上述の通り、1997年にポルシェは911で初の水冷水平対向エンジンを搭載する
Type 996を世に送り出します。最終的に3800㏄まで排気量が上がっていた
Type 993の空冷ブロックと比べ400㏄も排気量が少ない「ダウンサイジング」エンジンでした。このエンジンは多くのパーツをボクスターと共有していたこともあり、当時は「コストダウンされたエンジン」として見る向きも多かったです。しかし、実際には当時のポルシェの「知の結晶」であることが、エンジンの中身をつぶさに見て行くとよく分かります。登場から5年後、2002年にマイナーチェンジが行われるまでの6年間、前期型
Type 996は生産されました。この時代のポルシェのエンジンを「M96-01/02型」といいます。01型はRR、02型は4WDを意味し、駆動方法の違いによってエンジンの呼称を変えるのはポルシェの伝統であり、これ以降も継続されています。
前期型のエンジンの詳細は、以下の通りです:-
総排気量:3387cc
最高出力:300ps/6800rpm
最大トルク:35.7kg -m/4600rpm
ボア×ストローク:96mm×78mm
圧縮比:11.3
M96-01/02型での注目ポイントは、この年代のポルシェではすでに採用されていた
バリオカム(特許はロータスが所有しており、1991年式の968での採用が最初)がやっと911に組み込まれたことです。
バリオカムとは文字通り可変バルブタイミング機構のことで、低回転域と高回転域でバルブのリフト量を変えるという、今となっては決して珍しいメカニズムではありません。当初M96-01/02型は、水平対向ゆえの独持なヘッドがバリオカム機構の採用を遅らせていました。後述する
一体成型のシリンダーヘッドとなりようやく採用に踏み切ったものの、やはり水平対向ゆえの独特なカムシャフト周りの機構が要求されたため、そこには創意工夫の跡が感じられます。ちなみに、
Type 993に搭載されていたM64-05型で組み込まれていたバリオラムがM96-01/02型に採用されたのは、初期型の後半からです。
そして、後期型のエンジンの詳細は以下の通りです:-
総排気量:3596cc
最高出力:320ps/6800rpm
最大トルク:37.6kg -m/4250rpm
ボア×ストローク:96mm×82.8mm
圧縮比:11.3
ボアは変わらず、排気量アップはストロークの延長でなされています。また注目すべき点は、
バリオカムが
バリオカムプラスに進化しているということです。バルブタイミングが連続可変であるのは同様ですが、カム機構の大幅な変更により、低速/高速の2種類のカムプロフィールをもつカムシャフトが組み込まれ、バルブリフト量が低速側:3.0mm、高速側:10mmとなりました。実際に乗っていると5000回転付近で明確にフィーリングが変わります。また、M96型のもう一つの注目ポイントは、
左右バンクの部品共有化にあります。同じシリンダーヘッドが左右で使われているのです。さらに前期型初期タイプでは、その前後に配置されざるを得なくなったカムシャフトに組み込まれたバリオカムを成立させるための機構が
非常に複雑になっています。同じM96エンジンでも前期型と後期型ではフィーリングも、整備性も、まったく異なります(前期型エンジンはエンジニア泣かせで有名です)。
また、一般的なDOHCのようにカムチェーンがIN/EX側の両方のスプロケットに噛み合っていません。このため、前期型初期タイプは、
バリオカムを中心とした
動弁機構にトラブルが発生する可能性が高いといわれています。
Type 996 Carreraの前期型は新車当時1000万円近かった事を考えると~300万円という大変リーズナブルな中古価格相場ですが、特異なメカニズム故にその機能を維持していくのには
それなりのコストがかかることを覚悟しておく必要があります。また、
Type 996~
Type 997前期型にごく少量みられた
悪名高きインターミディエイトシャフトを支持しているボルトが破損し修理費用が異常に高くつくトラブル(通称インタミ問題)は、すでに対策部品に交換、またはエンジンを乗せ換えている場合が多いため、心配する必要はないと考えられます(ポルシェジャパンでもリコール対象となっています)。
Type 996は昨今のモデルと比べると相対的に車重が軽いため、個人的に
996系は歴代911の中でも最もfun to driveだと思っています(なかなか同意は得られないかもしれませんが)。水冷化されてから、鈍重になったという意見も散見しますがこれは勘違い。水冷化のためのラジエーターやウォーターポンプ等を搭載しているにも関わらず、車両重量は
Type993 Carreraの1370kgに対して、
Type 996前期型の車両重量は1320kgと50kgも軽くなっています
(注:乾燥重量なので、実際に水や油が入るとその差は縮まりますが)。ボディワークにテコ入れが入った後期型でも1345kgです。歴代911の中では「圧倒的に不人気」という負のレッテルを貼られてしまっている
Type 996ですが、発売から20年以上経った今、敢えて乗ってみると現行の911には無いヴィヴィッドさ、そして現代でも
十分に通用する動力性能を有しています。
今更
Type 996の購入を検討するような変わった方もなかなかいらっしゃらないかもしれませんが、様々な要素を考慮すると、個人的にカレラ系なら
2002年以降のモデルがベストだと思います。上述の通り後期型は一般的な可変バルブ機構を持っているため、
メカトラブルに悩まされることが少ないためです。参考までに、価格が高騰しつつあるGT3系はご存知の通り空冷ブロック(通称
GT1クランクケースもしくは開発者の名を取って
"メッツガー"エンジン)を踏襲していますが、エンジンのフィーリングはM96型とはずいぶん異なります。もっと荒々しく、そして高回転まで回しきらないと「旨味を感じにくい」エンジンです。トップエンドのパワー感は素晴らしいですが、年式を考えると
整備性(縦割りクランク特有のオイル漏れ)や
コストの面で維持するのはなかなか大変だと思います。また個人的には粒の揃った如何にも高性能なエンジンらしい
上質感という点ではM96型の方が上だと思います。
以前、それでも911=NAに拘るのか?という内容で
Type 992のターボエンジンの素晴らしさについて述べさせていただきましたが、一方でネオクラシックの域に入りつつある
Type 996~997(前期型)のM96エンジンは当時の技術の結晶であるとともに、まるで生き物のようなヴィヴィッドな感覚を纏ったポルシェ謹製の
素晴らしいエンジンです。
Type 997後期型からインターミディエイトシャフトが廃され、エンジンも古典的なポート噴射から筒内噴射に切り替えられましたが、残念ながらサウンドもフィーリングもかなりモッサリした物になってしまいました。動力性能的にも、整備性の面でも格段に向上した一方、フィーリングも含め全方位的に良くなったと手放しに喜べるモノではなかった、と個人的には思っています。故に、M96型を搭載する
Type 996~997は時と共にその
輝きを増しているように思えてなりません。
参考文献:中西一雄 水冷ポルシェ・パーフェクトブック 2018年2月5日
Posted at 2023/04/21 14:27:58 | |
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