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2025年06月13日 イイね!

moto('91)、高校生活を総括する

moto('91)、高校生活を総括するアルバイトの記憶 スペード社シリーズ

 そもそも、高校生活を総括して語る場などなかなかない中、私は急ごしらえながら高校生活を総括して語らなければならなくなったのです。

 私は、中高一貫の固執楽学校に通っていました。当時は第何次かの受験戦争でして、各種の報道などから、中高一貫または大学付属の学校が有利と判断、中学のうちから大学を決めることはない、という両親の判断もあり、私は中高一貫校に通ったのでした。しかし、受験の回数は減らないので、私は少々疑問ではありましたが、ゲーム感覚で受験を乗り切っていました。

そして中学が終わり、高校の入学式の頃に事件は始まりました。

「たるんだ一貫生、受験まであと1000日」
 普通の入学式では、教員たちは歓迎の言葉を述べるものです。しかし中高一貫ですと同じ敷地で、教員も一部持ち上がりということもあり、ほとんど連続した印象です。その場で、たしか受験対策かかりか何かの教員氏が、このように言いました。

「君たちの貯金は終わった。そして君たちが小学校の時に別れた友達で、この学校と同じレベルの学校に通う人がいたとしたら、君たちの方が劣っていると思った方が良い。人間は中だるみをするものだ。君たちは保護された6年間の中で、今最もたるんでいる時期にある。そしてその友達は、おそらく来年たるむだろう。たるんだ状態からどこまで元の状態に戻せるか、それは個人の努力による。だから君たちは、マイナスからのスタートなのだ。」

私や私の周りの人は、間違った道を歩んでしまった、と思ってしまうのでした。周囲でも中学の頃にゲームばかりしていた人がきっぱりとゲームをやめたり、商業予備校に通い始めるものなどが現れ、一種のパニック状態となりました。

私としても、

「勉強は努力やセンスによってしか伸ばせないが、少なくとも学園生活を謳歌するような、「楽しい」生活をしたら弛むであろう。」

と、楽しい気持ちにならないように気持ちの切り替えを誓ったのです。

 また、中学から高校に進学する際にも審査が行われ、一部の違法行為をした者は「進学お断り」処分となり、排除されていました。そんなことから、「気づき」が早い人から、順次受験生化が進んでいったのです。

1年生の頃はまだのんびりした人もいましたが、2年生時の「文系、理系分け」から事情が変わってきます。文系は数学が2段階目で停止される一方で社会科は2科目目を選択、理系は数学が3段階目になり社会科は停止、物理と化学を受講していたように思います。ここで漠然と系統が分かれていったのですが、どことなく遊び感覚が抜けていない文系学生に対して、理系学生は受験準備の色合いが強まっていきます。

3年生時になると、さらに私立文系日本史、私立文系世界史、私立文系政治経済、私立文系数学、国立文系、私立理系、国立理系に分かれ、さらに受験ムードが高まっていきます。それを象徴する出来事がいくつもあります。

まず、秋の学園祭は学級ごとの出展は「なし」、部活の展示にも参加しない者は朝の点呼時のみ学校にいて学校を抜け出し、公立の図書館や商業予備校の自習室で勉強をしていたものが多数いた、と聞かされました。

学園祭で出展こそしなかったものの、来ていた他校生と仲良くなった人がいたようですが、その人のことを「はい、1人脱落。」と言ったり、「この非常時に目障りなんだよ。」とつぶやく人すらいました。

また、学校推薦枠の話が来ると、推薦を取ろうとする者が現れます。「推薦?取らないよ。」と言っておきながら同級生を油断させ、締め切り直前に推薦枠に応募する、という者もあらわれます。つかみ合いのけんかになっていたと聞いたような記憶がありますが、私は推薦を受けた人を「戦場放棄者。戦わずして楽な道に逃げるようなら、その後の人生でも逃げる」と、見下していました。

いやはや、戦場でした。そんな中私は、得意科目を高得点化してくれる学校のみ志望する「受験生Z計画」を晩秋から開始、他人に目をかけている暇すらない、という気持ちになっていたのです。

このように、何も謳歌せず、同じ学校の人も他の学校の人も「敵」としていた中では、「和田焼盛君事件」は、殺伐とした学校生活でのちょっとした楽しみになったのでした。

 この話を終わると、誰も何も言おうとしません。漫画やドラマで語られているような、一般的な私立中学・高校の雰囲気がまるでないからでしょう。その後、南大阪さんや山町さんは、私を「たたき上げの苦労人」と見るようになったようです。

そんな生活を送った私が、もし仮に違う学校、特に願書を送っておきながら試験を受けなかった隣青学園に通っていたら、あるいは公立校に通っていたら、またはヤマト産業大学に行かずに浪人をしてコーヒー大学などに通っていたらどうなったのか、他の人の学校思い出話を聞いて楽しんでいます。
Posted at 2025/06/13 22:33:07 | コメント(0) | トラックバック(0) | スペード社 | ビジネス/学習
2025年06月13日 イイね!

南大阪さんと高校生活談義をする

南大阪さんと高校生活談義をするアルバイトの記憶 スペード社シリーズ
「南大阪さんと高校生活談義をする1」

 最近本業が忙しくて、ブログを書けませんでした。ようやく落ち着き、スペード社シリーズの続きを書こうと思っていました。ところが、明日私は同窓会に参加することもあり、スペード社シリーズでありながら高校生活についてコーヒー大学の南大阪さん(と山町さん)と談義したことを書くことにしました。そもそも、高校生活を総括して談義するなど、皆さんもあまりないのではないでしょうか。私もこの時だけですよ。

 それは、1シーズン目が終わった後の5月下旬のことでした。話はその2か月前にあった「打ち上げ」の頃にさかのぼります。

私は3月11日をもって「勝手退社」を決め込み、スペード社には行かなくなってしまいました。というのも月内には車を購入しなければならず、借金分をなるべく減らすためには、頭金を多くしなければならなかったためです。スペード社は10日締めで25日払い、同時にアルバイトをしていたSM社は、20日締めで25日払いでした。したがって、3月10日以降はスペード社でアルバイトをするよりも、SM社で働いた方が得をする計算になります。スペード社の他のアルバイトとの人間関係はありませんでしたので、私は黙っていなくなったのです。

すると、コロナを契約した後の3月24日頃、休日として家にいた私にスペード社の他のアルバイトの豚口さんという人から電話がかかってきてしまったのです。
「休んでいるけど、どうしたの?」
と聞いてくるのに対し、何とも答えようのない私は笑ってごまかすしかありませんでした。
豚口さんは続けて、
「27日に打ち上げがあるんだけど、来ない?」
と言います。私は打ち上げという言葉を知らず、
「ペットボトルロケット?花火?まさか戦艦ノーウィック?」
と想像、変な会社と感じ、
「お金がないので行けません。」
と断ります。すると、
「お金は会社が出すから大丈夫だよ。」
と言ってきました。打ち上げには仰角や初速が大切で、理工系学校に身を置く私も何かの役に立つだろうと、行くことにしました。それが「納豆さん」の場です。飲食してばかりで時間が経過し、夜中に打ち上げたら近所迷惑だと感じた私は、その時近くにいたタクシーさんに、

「前祝いで楽しいのはわかりますが、いつ打ち上げるんですか?」

と聞きました。へべれけに酔っていたタクシーさんは、

「何言ってんだよー。もう始まっているじゃん。」

と答えたのです。前後の脈絡から、私は「打ち上げとは記念パーティーのことを言うのか。」と腑に落ちたのでした。

話を5月下旬に戻します。その日職場には、確か私と職長、南大阪さんと山町さん(と監督社員さん)しかいませんでした。ふと職長が、

「moto('91)君、変なことを聞いたんだけど、聞いても良い?打ち上げの時に、「まだ打ち上げないんですか?」って聞いたらしいけど、本当?」

タクシーさんは、酔っぱらって全部忘れているだろうとたかをくくっていましたが、余計なことを言いふらしてくれたものです。そこで南大阪さんが、

「高校の頃、学園祭や運動会の後でみんなで打ち上げをしなかった?お酒とかも飲んだりして。」(注.日本国内では、未成年の飲酒は法律で禁止されています)

と言ってきました。私は当時でも高校生の頃の出来事を昨日的な感覚で覚えていましたが、打ち上げもなければ、部活動やクラス一同で団結して何かをすることもなく、もちろん記念パーティーをすることもなかったため、当然「打ち上げ」などという言葉も使いませんでしたし、誰かが使っていたことも聞いた記憶がありません。

そこからその場では、主に南大阪さんと私ですが、高校生頃のことを話す場になりました。公立学校の共学校に通っていたという南大阪さんは、同性の下級生からバレンタインのチョコレートをもらったり告白されたりし、さらにその同性たちは、南大阪さんが他の同性と話したりすると、焼きもちを焼いたりしていたとのことです。そして南大阪さんは、異性が身近にいるのにそんな立ち振る舞いをする同性たちに嫌気がさし、進学は絶対に共学の学校としていたことなどを語っていました。

私はその話を聞き、「みんなで一丸になって何かをし、その後打ち上げで酒を飲んだりしたかと思えば、同性が好きだ嫌だ何だと、何とも平和で楽しそうな青春生活をしているのか。」と思いをはせるのでした。楽しそうな様子を想像していた私に、南大阪さんは、

「男子校なら、男子同士で付き合ったりしたりする人もいるんじゃないの?」

と聞いてきます。私は同級生全員の顔が浮かび、そんな話は全くなく、仮にあったら気分が悪いと鳥肌が立ってしまい、

「見たことも聞いたこともなければ、知りうる限り噂もなかった。」

と、事実を言ったのです。

 その話を始める前にも、私は中高一貫の私立学校に通っていたことをして、南大阪さんは私のことをボンボンだと思っていた節がありました。
これは高校の頃のことをまとめて話さないとわかってもらえないと感じ、ついに私は当時のまとめを話すのでした。

つづく
Posted at 2025/06/13 21:26:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | スペード社 | ビジネス/学習
2025年05月02日 イイね!

席巻する来月大学

席巻する来月大学アルバイトの記憶 スペード社シリーズ
 スペード社シリーズも、そろそろ季節外れだから休もうかな、と思っていたのですが、とんでもないことを思い出してしまいました。その説明には、第二期の1月頃まで遡ります。

これまで書いたように、高校生の頃の同級生だったコマンダーさんや王様さんは不採用となったのですが、これはその直前に来月大学の人が多数入ったためでした。4人と思っていましたが、改めて記憶をたどると5人でした。長身短髪のGAOさん、四角い顔?のTAOさん、朴訥そうな雰囲気だったジャイアンさん、よく覚えていませんが車について話した記憶がある山辺さん、もう一人長身の都市博さんという人がいました。勤務状況は、GAOさんは良く来ていましたが、TAOさんとジャイアンさんは週に1-2回、山辺さんと都市博さんは、週に1回か二週間に1回程度でした。

この人たち、詰め所にいるのは良いのですが、その時詰所にいる他の人と口をきこうとせず、仲間内で話してばかりいるのです。話題は競馬かパチンコであったように記憶しています。まあ、周囲に既知の人と未知の人がいる場合、多くの人は既知の人と話そうとするものではありますが、異様にすら感じられるほどでした。周囲の人が、例えばソース焼きそばについて色々話していたとしても、平気で自分たちの中で競馬の話をする、というものです。

この異様さは時間の経過とともに強まり、ついには業務進行管理役の4年生や、職長のことすらなき者にしようとするほどでした。職長も職位はアルバイトであり、特別な権限はないものの職長の言うことを聞かないことは、場の秩序を乱すものです。とはいえ職務上「群れてはならない」という決まりもありませんから、注意も出来ません。しかも、さらに友達を呼ぼうとしているかのような話も聞こえてきます。私も、その他の一部の人も「この人たちが来年度もいるのなら、もう辞めても良いかな?」と思わせるほどだったのです。

 今思えば、特にTAOさんの「友達としか話そうとしない」「仲間内で固まろうとする」のは、ある種の「パ障」があると推察され、その後今思えばそうに違いないとする攻撃を私にしてくるのでした。まあ、私はこの後職場を去りますが、コーヒー大学の松本市さんが私に話したと思われる、「その後の話」の記憶が事実であれば、この程度のことは大事件の伏線でしかなかったのです。

それにしても、監督社員さんは人を選ぶセンスがないなあ。
Posted at 2025/05/02 21:12:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | スペード社 | ビジネス/学習
2025年04月27日 イイね!

鉄道運転士さんのトークショーに行く

鉄道運転士さんのトークショーに行く 学校や勤務先は、経験数に限度があります。近頃、私が選択しなかった分野の方々の話を聞くと、色々興味をそそられます。この日は私鉄の博物館で元運転士さんのお話を聞けるとのことで、行ってまいりました。

運転士さんは、その鉄道会社が中核をなしていた車両を中心に、色々な車両を運転されていたとのことです。この日はその中でも古めの車両の運転についてお話をしてくれました。この車両は712両も生産された車両で、電子制御を採用しないシンプルな仕組みのものです。

鉄道車両のアクセルは「マスターコントローラー」というレバーが該当します。自動車のアクセルとオートマチックのDレンジを兼ねたものです。ブレーキはブレーキレバーを操作しますが、1本のレバー操作角度でブレーキ力を調整します。貴重なお話のうち、ブレーキ操作方法はドライブテクニックにも十分通じるものでした。



平常時のブレーキは、まずブレーキレバーを常用ブレーキの60%程度の力になるように操作し、ブレーキ力が発生するのを待ちます。ブレーキ力が感じられたら常用最大ブレーキまで強めます。その後停車位置に向けて、ブレーキ力を3回から4回「緩める」方向に操作し、素早く、かつ滑らかに停車します。

ブレーキ力の調整で、緩める方向にだけ3-4回調整すること、緩めたブレーキを再度強める方向には操作しないことは、かつて「ディレッツアチャレンジ」で大井貴之さんに教わったことと全く同じ内容でした。図らずも、鉄道のブレーキ操作と自動車のブレーキ操作が、まったく同じだったのです。

現在、そのお話しとディレッツアチャレンジで教わったことを思い出しながら、市街地走行のブレーキ操作方法を練習中です。そんなことをしていたら、またドラテクレッスンのような場に行ってみたくなってしまいました。
Posted at 2025/05/11 23:54:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道 | ビジネス/学習
2025年04月20日 イイね!

その後のスペード社とのかかわり

その後のスペード社とのかかわりアルバイトの記憶 スペード社シリーズ

 お疲れさま会2では、写真を撮影しました。それまでの私は風景や物を撮影するのは好きでしたが、1期のお疲れさま会で宴会の写真というのも、なかなか臨場感があって楽しいものだと感じさせられ、この会にカメラを持ち込んだのでした。その写真を特に卒業した人に送ろうと考えておりましたが、先日書いた近親者の入院と逝去を受けて、すっかり頭から消え去ってしまいました。

アルバイトとのしての地位はいったんなくなりましたので、販売のアルバイトを基本にもう一つする、ということをしようとしましたが、これまた先日書いた通り、どうも気持ちがダメでうまくいきませんでした。世の中の不景気も一層進み、就職できなかった人のフリーターが労働市場に増えたものですから、どの会社も当てにならない学生アルバイトや自社採用一般事務職よりも、生活がかかっていてまじめに働くフリーターを採用するようになり、フリーターは辞めないものですから、アルバイト情報誌はみるみるうちに薄くなっていきました。

そして秋が深まった頃に、3期もお願いしようと会社に電話をしました。ところが監督社員さんには2回ほど電話がつながりません。しかも電話を受けた別の社員の人が「ちょっと待ってね」
と言ってから、
「席を外しているんだ」
と言ってきます。どう考えても居留守ですよね。そして3回目でやっと電話がつながったのですが、
「うちの会社も厳しくて、少数精鋭でやることにしたんだ。残念だけど遠慮してくれるかな?」
と言われてしまいました。

私の学校の都合で、冬休みになるのは12月20日、年始は1月7日、試験期間は1月22日から2月3日と、スペード社で働ける日数が、他の大学の人よりも少なくなってしまうのは事実です。

 そして冬の初め頃にアルバイト情報誌を見ていると、なんと公募しています。事情が変わったのかと思い応募すると一次面接となりました。

しかし、人事部長とやらから電話があって落とされてしまいました。

「以前の経験を生かしてくれるとは思うのですが、もっと(日数の点で)働ける人がたくさんいて、残念ですが落選となりました。はがき事業部だと枠が空いているのですが、どうしますか?」
と言っていたものの、はがき事業部なら他にもっと良い仕事があると思いましたので、遠慮しました。しかし、どう考えても嫌われたことによる不採用ですよね。

 そしてこの少し前、同じ年齢だった南大阪さんに電話をしたのです。すると南大阪さんも山町さんも監督社員さんから、

「そのくらい(の日数)しか働けないなら、辞めれくれるかな?」

と言い渡されていたそうです。このように言われてしまうと、復活しようとは思えなくなった、と言っていたように思います。

 そしてまた1年がたち、その間まったく連絡をしませんでしたが、やはりまた公募をしていましたので、応募しました。すると今度は、不採用通知が郵便で送られてくるだけでした。

たぶん完全に嫌われたのであろうと、今度はコーヒー大学の松本市さんという人に電話をしてみました。就職活動のことも聞いてみたかったからです。すると初めはトーンが低い受け答えでしたが、電話の切り際にようやく私であることに気づき、色々話してくれました。

・新大阪さんと山町さんは、3期の前にいつの間にか来なくなったということ
さくらんぼさんも3期の頃に来なくなったこと
・3期の頃からフリーターも採用するようになり、2期に多数派を誇った来月大学の人も、多数派ではなくなっていったこと
・私をいじめた一人は、監督社員さんとケンカをして辞めたこと
・職長も、3期の後頃に辞めたこと
・その他の人も、意外に復活しなかったこと

などと言っていたように思います。さすがに電話は実体験よりも記憶に残る度合いが低く、もしかしたらこの内容は私が寝ているときに見た夢かもしれません。

 そんなこんなで、私が退職した後も引き続き急激に雰囲気が変わっていったようです。従って、私が継続してスペード社に勤務していたからと言って、楽しく働けたかどうかはわかりません。また、この後働いた別の会社での経験も、スペード社では得られないものでした。歴史に「もし」はありません。当時の貧弱な通信環境では、所属コミュニティが異なってしまうのはお別れでしたが、せっかく友達になれたかもしれない人たちとの関係を、維持できなかったのは残念でした。

その後、コロナウィルスで自宅を出ずらくなった時期に色々思い出し、実名SNSで検索しました。しかし、出てきたのは数名で、その人たちもスペード社に勤務していたことは覚えていても、私のことは覚えていないとのことでした。

それにしても、アルバイトの記憶など、みんな忘れてしまうものですね。
Posted at 2025/04/20 22:47:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | スペード社 | ビジネス/学習

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何シテル?   01/19 13:39
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