この1月20日は、過去にしたアルバイトのうち
3番目の職場の初日でした。
1番目のアルバイトは、「面接即業務着手」だと思って勤務可能時期までしないというミスをしていました。
そこで、1月14日に面接を受けていたのです。当初は期末試験が終わる2月3日頃からの勤務を希望したのですが、面接を担当した監督社員から
「もっと早く来られませんか?」
と聞かれてしまい、断ると不採用になりそうでしたので試験期間開始、かつ、私の試験がない日の1月20日に勤務をしたのでした。
そして朝、職場に行くと、私と同様にアルバイト情報を見て採用された人たちが多数いて、詰所の椅子にも座りきれないほどでした。業務は外出して「回収する」ことなので、詰所に座れなかったとしてもそれほど差し支えありません。しかし、その職場には勤務期間が長い人を中心に、既に「仲良しグループ」が出来ていたのです。
職場は、ホウセンカ大学のあるゼミと鉄腕女子大学の仲間内で代々受け継がれていたようです。しかし、折からの人手不足と当時の好況によりホウセンカ大学でも鉄腕女子大でも人数確保に苦慮、公募されたと聞きました。その他、前年度以前から勤務をしていた人たちは仲良くなっており、漏れ聞こえてくる会話には
Aさん「こんなにたくさんの人たち、どうしたの?」
Bさん「アルバイト情報誌で公募したみたいだよ」
Cさん「へえ、こんなにいたんじゃ、誰が誰だかさっぱりわからないや」
と、なんとなく粗末に扱われているような印象を持ってしまいました。
しかもこの1月20日、私はまずベテランの人に見本を見せていただいてから詰所に戻り、夕方に初めて職務につきました。先に書いたように主力業務は「回収」なのですが、私が受けた業務は「配達」でした。
監督役の女性は朝から、「回収したら必ず電話をしてね」と言っていました。理由は説明されていませんでしたが、私は後工程の職場の準備のためだろうと思っていました。そのため「配達」だったら配達後に電話をする必要はないと考え、そのまま帰社します。しかし、外出した私についでに「回収」出来そうな案件があったらしく、監督役にブーブー文句を言われてしまいました。
その監督役、鉄腕女子大の4年生だったのですが、まあ言い方がきつい!高校生の時に英語の先生が、「女子大の子が一番きれい」などと言っていたことが、まったくデタラメだったように感じました。
最後は職長が「その子、今日が初めてだったんだから、その位にしてあげて」と言って助け舟を出してくれたので、やっと収まったほどです。代わりに回収に出てくれた男性には、仲良しの友達と話すがごとくでしたので、あまりの扱いの差にも私は閉口してしまいます。
私は、よほど「この日で辞めてやろうか」と思いましたが、要スーツ着用のために、このアルバイトのためにスーツを購入してしまったこと、3月終わりにはクラブ活動用の道具を購入しなければならないことなどから、怒りを収めてシフト表に次回の勤務日である2月3日を記入します。
そんな、「大して教えないのに、中でも女性の他人に対する言い方がきつい」ものですから、人がどんどんいなくなっていきます。私が2月3日出勤した際には、
「きつい言い方をされれいたから、辞めちゃったかと思ったよ」
と言われました。私は期間満了で辞める気満々でしたので、
「ですから、シフト表に次回出勤は2月3日と書いておきましたよ」
と、そっけなく答えたのでした。その後も気分が悪いので、なるべく詰所にはいないように業務を調整します。出勤して回収リストを受け取ったら、始業の9時前でもすぐに外出、昼食は断食か外で済ませ、午後5時回収案件まで受けるようにして午後6時過ぎに帰社、交通費を清算したらとっとと退社、と、なるべく存在感を消したのです。
しかも、人が多くて椅子に座れず立って仕事待ちをするほどだったのが、2月3日の時点では人が少々余る位まで人員が自然減少、さらに期間中にもどんどん減少し、打ち上げの頃には公募採用者が、
私
タクシーさん
黄海さん
太山さん
南大阪さん
山町さん
の5人しか残らなかった、というありさまでした。
そして私は、当初期間満了で自然退職する予定でしたが、監督社員から「できれば来年も、来年と言わず、来られる日はぜひ来てほしい」とお世辞を言われてしまいました。しかし、これがもしかしたらその後の「迷い」になってしまったかもしれません。
Posted at 2024/01/20 23:53:52 | |
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