先に書いておきますが、長文です。
個人的に、備忘録として思いつくまま書いてますので、なんの主旨も主張もありません。
他人の父親のことなんて興味ないでしょうから、
よっぽど暇なひとでなければスルーしてただいたほうがいいかもしれません。
ありがたいのですが、これから数日間は忙しくて
コメントには返信できないかもしれませんので、控えていただけると助かります。
しばらくはご迷惑をおかけ致しますが、よろしくお願いいたします。
昨夜、父が永眠しました。
享年77歳。
先月、脳幹出血で倒れたあと、脳の回復は見られたのですが肺炎を患い、
回復することなく。
先週広島に帰ったのは、お医者さんから「親族に知らせたほうがいい」
と言われた母親から連絡があったから。
ICUで、何本も点滴がぶら下がった状態にもかかわらず
ぼくの顔を見るなり笑顔を見せてくれたし、会話もあった。
脳出血と聞いてたので、ぼくを見ても反応無いかもしれないなと思ってたから
『 なんだ、大丈夫じゃん 』くらい思ってたんだけど、まさか肺炎でね。
肺炎って風邪の延長くらいにしか思ってなかったんだけど
お医者さんが言うには、脳を含め、体中に酸素を送る一番大事な臓器だから
肺機能が低下すると生命維持が難しくなるらしい。そりゃそうだ。
先週の広島滞在中に何度目かの危機的状況を迎えたとき、
クスリで眠らされていてもあまりにも苦しそうだったので、院長先生に
『 明確な答えはないかもしれないけど…
本人の意思は聞いてないけれど、もしも治る見込みがないのなら
こんなに苦しい思いをしてまでする延命治療が
果たして本人が望んでいることなのか、と考えてしまう。
お医者さんは延命させるのが仕事なのは理解しているし、
私も長生きしてもらいたいという気持ちであることを前提で敢えて聞きたい。 』
と尋ねたことがある。
すると
『 例えば末期ガンで意識も反応もなく、回復の見込みもないということであれば
延命治療をやめるという選択はある。
が、大原さんは反応もあるし、低くても回復の可能性はあるので
「延命」ではなく「改善を目指した治療」です。
今日明日にもお亡くなりになる可能性はゼロじゃないけれど、
回復の可能性がある以上治療するのが医師としての務め 』
という旨の説明をしてくれた。
もうね、パーフェクトな回答なわけだよ。
人の命に関わることだからかなり慎重に言葉を選んでくれていたのだろうけど、
それまでの病状説明はなんとなく曖昧だったの。
ぼくは、“ 治る可能性があるのか ” をはっきり聞きたかったのだよ。
その気持ちを察してくれたんだろう。
すごく的確な言葉でしっかり話してくれたので、ぼくは
『 すべてお任せします 』
とお願いしてきた。
とはいえ、先週の時点でみるみる衰弱していくのがわかったし、
人工呼吸器で肺に送り込む酸素濃度と血中酸素濃度の数値の相関を見ていても
回復する可能性は高いとは言えないと思ってたし。
希望はしても期待はしてなかった。
むしろ既に覚悟はできてたから、実のところ悲しいという感情はあまりない。
それよりも、まだ意識があるうちに会えてよかった。
父親もきっと最期によろこんでくれただろうって気持ちのほうが強い。
最期までよくがんばったね、天国で楽してねとも思う。
生死の境を彷徨っている人を目の当たりにすると、
命の尊さというか命の大切さとか、色々考えさせられるね。
あんなに強くておっかない人が死んじゃうんだもんな。
厳格。
と言えば、真面目で勤勉で寡黙で…というイメージがあるかもしれないが
ぼくが子供の頃の父親なんて、口より先に手が出るような人で
何度もぼこぼこにされながら『 あぁ、わし殺される 』って思ってるところで
母親が『 もうやめてあげてー 』って泣きながら制止するという、
今考えると熱血スポコン漫画のような家だった。
ま、山火事起こしそうになったりとか、
近所の工場に忍び込んで重機のキーを全部抜いて捨てたりとか、
違う工場にこれまた忍び込んで全ての窓ガラスに石投げて割ったりとか…
それが全部警察の捜査によって犯人が特定され、警察官が訪問してくるわけだから
父親も怒るのが当然っちゃ当然なんだけど。
(あ、幼稚園生とか小学校低学年のころの話ね)
暴力を肯定するわけじゃないけれど、ぼくはある程度の制裁は必要だと思う。
特に男の子にとって父親は、おっかない存在でいいと思う。
子供の頃は父親のこと嫌いだったからね。怖すぎて。
父親が帰ってくると家ん中ぴりぴりしてたし。
父親も怖がられて嫌われてる自覚はあったと思う。
けど、敢えて厳しく育てたんだろうなって大人になってからわかったんだ。
勿論、優しく諭しながら教育できるならそれが理想なんだろうけど、
子供に嫌われるのが怖くて、「優しく」ではなく「甘く」育ててしまう
というのは、本当の教育ではないと思う。
おっかない父親にコテンパンに怒られて、それを優しい母親が包み込むというのが
幼い子供の人格形成には少なからず必要なんじゃないかなと思う。(父母が逆でもアリ)
あ、うちは母親もおっかないんだった。あはは
高校のときのこと。
ちょっとだけ悪いことをしたときに父親が校長室に呼び出されたとき、
校長先生に深々と頭を下げてくれたのが、今でもはっきりと映像として残ってる。
あの、何事にも、誰にも屈しないというイメージしかない超おっかない父親が、
自分のためにこんなにも深く頭を下げている。
それは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになったんだよ。
親に頭を下げさせちゃいかんなと思った。
勿論、その夜は『 今日は絶対殺される 』と覚悟してた。
母親も『 止める自信が無い 』と言ってたし。
が、全く怒られなかったんだよ。
『 二度とすなよ(するなよ) 』 だけ。
本当に、もうしちゃいかんなと思った。
大学時代にバイクで事故して半年余り入院して心配かけたり、
R Magic立ち上げるとき、バブルがはじけた翌年だったから一度は反対されたけど、
開業資金の一部を貸してくれたりね、
超おっかない父親だったけど、不器用で表現がうまくできなかったんだろうけど、
結局は子供のことを信じて見守ってくれたんだと思う。
これまでいっぱい心配かけたし、面倒かけてきたから
充分な恩返しなんてとてもできないけど、せめてちゃんと天国に送ってこようと思う。
ということで、また今週もしばらく広島にいます。
週末には出社すると思うけど、お悔やみの言葉とか気遣いはいいです。
『 なんて声かけたらいいんだろう 』なんて考えるの、面倒でしょ?
先にも書いたけど、さっぱりけろっとしてますから、
お互い気遣いなしってことで、普通にお願いします。
おーはら
PS.
享年77歳っていい数字じゃのぉ。
D1GPでのうちのゼッケンじゃん。
“ よーし、亡き父の分までがんばろう! ”
なんていう、妙なこじつけが嫌いなんよねぇ。
だから今年も例年通り普通にがんばるよ!(笑)
※TOP画 今回は「A」じゃなかった。がくー