2011年01月04日
毎度おなじみ年末放映の「フジテレビヤングシナリオ大賞」の作品を録画、この日視聴に至りました。
あらすじ
応募総数2,286編の中から「第22回フジテレビヤングシナリオ大賞」を受賞した野木亜紀子の『さよならロビンソンクルーソー』を映像化。都会の孤独、そして悲しい愛を、繊細にまるで私小説のように紡ぐ「貢ぐ男と、貢ぐ女」の物語。借金を背負った彼女に貢ぐ、金も希望もない清掃員、そして夢に向かう貧乏ミュージシャンに貢ぐ、孤独な看護師。東京の片隅に暮らす、ちいさな2組のカップルの“禁断愛”を描いたドラマ。田中圭、蓮佛美沙子、綾野剛、菊地凛子ら豪華キャスト陣にも注目!(公式ページより引用)
早い話が、貧乏とか孤独とか、全く希望ない物語です。しかし、「若者を描く」となると、ニートとかバンドとかリストカットとか貢とか、どうしてこうもどうしようもない姿が描かれるのでしょうか?あまりこういうものばかり放送すると、当の若者が「あ、別にろくでなしでも大丈夫なんだ」と思うでしょ!
テレビは間接的にでも世の中を誘導する力があります。今話題の「伊達直人」もそうです。公共の電波を使って商売をするのですから、世の中を良くする方向に働かないとね。
話は暗いわ希望はないわ努力家はいないわ、まったく救いようのないドラマです。ストーリーも映像も、完全に自分の作品に酔っています。こんな作品が大賞に挙げられ、ドラマ製作部長をして「フレッシュな作品」と言わしめるようじゃ、フジテレビのドラマも先が見えたな。
脚本家さんは、神奈川県内にできた映画専門大学出身なのだそうです。映画専門大学があることにも驚きましたが、映画のことだけを学んだんじゃ、人の心を描いた作品は掛けません。ぜひ普通に働いて、「遠回りして」脚本家になってください。長坂秀佳氏なんぞは、機械工場で技師として働いていたんですよ!脚本家の促成栽培などありません。
*余談
こういうことを書くと、その昔テレビ東京系で放送していたアニメーション「まんがことわざ事典」を思い出します。30分で3つのことわざを選び、そのことわざの真髄を「レギュラー登場人物(家族)」が皮肉って演技をして説明してくれます。
「学問に王道なし」の回は、こんな感じでした。
皇太子が教育役に対し、「国の王になるにはどのようなことを学んだら良いか」と命令し、書物を用意させます。するとまあ何百冊もの書物を用意します。皇太子は、「こんなには読めん。まとめよ。」と再び命令をします。教育役は、何十年もかかって本を1/10の数にまとめます。すると皇太子は、「これでもまだ読みきれん。まとめよ」と再び命令をします。そこでまた教育役は何十年もかかり、ようやく1冊の本にまとめます。そこで皇太子は「よくやった。しかし、私はもう寿命だ。」とか何とか言って、息絶えてしまい、教育役も息絶えてしまいます。
すなわち、勉強には回り道などなく、無駄と思えることも含めて自分で学ぶことが大事だ、と言っています。物語作りもそう。特急も快速もありません。じっくり回り道をしてください。
Posted at 2011/01/12 00:01:01 | |
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