2014年06月01日
この日は午後の用事に備え、午前9時に床屋を予約していました。朝から暑い日で、起きた時点で少々頭が痛い状態でした。その後、入浴を済ませて電車で床屋へ向かいます。ところが、部屋を出た時点で少し動くと汗が出てしまう状態で、体の動きもあまりよくない状態でした。
何より、入浴をして体の汚れを取っているのに、少々の汗がにおう状態でした。普段は入浴後に汗をかいてもほとんど水のようなもので、においを感じることはありません。何でも、人間の汗は外に出るときにミネラル分などが汗腺の部分で再吸収され、出る汗はほとんど水だということです。そのため、体がうまく機能していないのではないか、と思うのでした。
電車を降りても汗が止まらず、床屋の前のコンビニで水分を補給しました。店の中は十分に冷房が効いていましたが、体の芯はあまり冷えないようでした。散髪は無事に終え、15時からの用事に備えて昼食をとることにしました。店までは炎天下の中を10分ほど歩いて行きましたが、朝から感じていた頭痛がだんだんひどくなって来ました。
店内はこれまた冷房が聴いていましたが、噛むたびに頭に響きます。徐々に気分も悪くなってきて、食べられなくなってしまいました。さらに追い討ちを書けるように、お店の中に路上で生活しているような方が入ってきました。オシッコのようなにおいが流れてきてさらに気分が悪くなってしまい、お店をでることにしました。
用事は15時からでしたが。家に帰って少し寝てから行こうと思うのですが、頭痛はさらにひどくなってきたので、相手に延期をお願いして帰宅、冷房をかけてそのまま寝るのでした。
水分補給と頭痛薬が効いたのか、19時頃には目が覚めてようやく動けるようになりました。熱中症って自分では気づかないうちになっているだけに、怖いですね。
そんなことで思い出したのが、道徳の副読本に出てきた話です。
主人公は、高名な学者として名を知られていました。その主人公は、生まれ育った田舎町を訪れました。町の者は、なぜこの街に高名な学者が来るのか、訝しげに見ていました。
以下、主人公の回想です。
主人公は、兄弟姉妹が多い貧しい家庭に育ちました。その主人公、学校の成績が良く、同級生から羨望の眼差しで見られていました。
父親は古本売りを商売にしていました。その日も隣町で市が開かれるため、父親は古本売りに出かけようとしました。しかし頭が痛く、主人公に代わりに行ってくれないか、とお願いするのでした。しかし主人公は、「古本を並べて「いらっしゃい、いらっしゃい」なんて言うのは格好悪くて嫌だい!」と、父親のお願いを断るのでした。仕方なく、父親は市に出かけるのでした。
しかし、父親は炎天下の中、頭が痛くて痛くて倒れてしまうのでした。
(回想シーンはここで終わり。父親はただ倒れたのか死んだのかは不明。)
シーンは最初のところに戻ります。
主人公は、その市があった場所に立ち尽くすのでした。やがて空が曇り、雷と大雨が降ってきました。町の人は逃げ帰ってしまいますが、主人公はその場に立ち尽くします。「ああ、お父さん。私はなんてひどいことをしたんだ。」
雨の中で思うのでした。
うーん、これだけでドラマが作れそうですよ。お父さんを想う主人公と、幼い頃にお父さんにしたことへの自責の念、うーん、深いなあ。
道徳の副読本や国語の教科書って、面白い話がたくさんありましたよね。まだまだありますよ。
渋沢栄一(埼玉銀行の創設者)は、急行列車に乗って深谷駅に降り立ちました。1等車の切符を買いましたが、当該列車には2等車しか連結されていませんでした。渋沢栄一は駅員に、「この列車には1等車がなかったから、この切符を払い戻してくれないか」と言いました。
しかし駅員は、「あの列車に1等車が連結されていたかどうか、上野駅に確認しないと出来ません」と言いました。渋沢栄一は、「あの列車に1等車が連結されていたかどうかは、見ればわかるじゃないか。それをなぜ上野駅に確認しなければならないんだ。」と言い張ります。
しばらく払い戻せ、払い戻せないのやりとりが続きましたが、最後は駅員は渋々払い戻しに応じました。
これは、「ものの通り」という題名のお話しだったと思います。今でも、仕事で何でもかんでも他人の確認を求めたがる人が目の前に現れると、この話を思い出します。埼玉県民としては、地元の偉人の教えに習いたいものです。また、サービス業に関わる人には、ぜひこの話を読んでもらいたいものです。
まだまだありますよ。
主人公と友達は、お互い蝶や蛾の標本集めに努力していた。ある時友達が「クスサン」を手に入れたと聞き、主人公は見に行った。友達は自慢げに見せてくれたが、主人公はその得意な顔にイラつきを感じていた。友達が親に呼ばれて部屋を出たとき、主人公はとっさにクスサンを箱から出し、ポケットに入れてしまい、そのまま帰ってしまった。
家に帰った主人公だが、当初は友達が困った顔をしているのを想像して喜んでいたが、徐々に公開の気持ちが出てきて、耐え切れずに親に話した。親は、
「あなたはこれから友達のところに行って、謝らなければならない。そして許してもらうのです。」
と言うのでした。
そして主人公は夜にもかかわらず友達のところへ行きました。すると友達は「大変だ、クスサンがなくなってしまった。」と言いましたが、主人公が傷んだクスサンを差し出して謝罪すると、
「ケッ、つまり君はそういう奴なんだな。クスサンはもう要らないよ。そして、君は大切な標本をそのように扱う人だということもよくわかったよ。」
と、吐き捨てるように言ったのでした。
これは、道徳副読本にも国語の教科書にも出ていました。蛾の標本も考えられなければ、それをポケットに入れるだとか、壊れてしまうだとか、私には恐ろしくて想像もできないようなことがさらっと書いてあり、話の内容や教育的要素よりも、そればかりが気になってしまいました。
国語の教科書というと、こんな話もあります。
主人公の家に、叔父さんが来た。自慢話ばかりで母親も苦手な叔父さんであった。主人公は母親から、その叔父さんの帰りの切符を四ツ谷駅まで行って買うお使いを頼まれた。
主人公はふてくされた気分でお使いに行った。そもそも駅員というのは態度が悪くて偉そうで、、という愚痴が続いて、描写は駅の切符売り場になった。
駅員は面倒くさそうな顔で切符を発行した。主人公は6円のお釣り(!)を貰った。主人公は、「あれ?5円多いな」と思うのであった。
主人公は電車通学をしていた。その頃、主人公は友達と学校帰りに、貯めた小遣いを使っては学校の帰りに立ち食い寿司を嗜むことを楽しみとしていた。トロに醤油をつけ、口にほおばる。そして最後はアガリで締め、醤油で汚れた指を店ののれんで拭いて、通ぶるのであった。
5円あれば、寿司が何個食べられるか、ということで頭がいっぱいになった主人公。しかし、駅員のことも頭に浮かんだ。
そういえばあの駅員、顔色が悪かったな。家に帰ると、病気で寝ている母親がいて、その看病で疲れているのではないだろうか?その母親は熱がこもった布団をはだけ、「お帰り」というが、駅員は「母さん、寝ていなきゃダメだよ」と言うのだろうか。そして、お粥を作って食べさせているのだろうか。
主人公はいたたまれない気分になり、駅に帰って5円を返すのであった。するとそれまで無愛想な顔をしていた駅員は照れくさそうな笑顔になり、「自分としたことが、つい見間違えたのかな?いやあ、ボク、済まないねえ。」と、礼を言うのであった。
主人公は、良いことをしたという気分と、無愛想だった駅員の笑顔で清々しい気分になり、足取りも軽く帰宅するのであった。
しかし、10円を預かったと思っていたのは5円の間違いで、駅員もお釣りを間違えていなかったのだった。また夜に母親と一緒にお釣りを取りに駅に戻ったが、駅員は笑って5円を返してくれた。
主人公は、それでもあの駅員の笑顔が見られたことで、少しも面倒と思わないのであった。
うーん、これも深い話だ。このお話、寿司の挿絵が見事で、国語の時間が4時間目だったりすると、授業では別の話を扱っているのにこのページを見て、「ああ、早く昼休みにならないかなあ」と私でした。この話、安岡章太郎の「幸福」という話だそうです。
同じ時期に、こんなコントもありました。
まだありますよ。
主人公は、仲良しのお友達が引越しをするということで、ほかのお友達とともにお別れ会を企画していた。
しかし、当日になって普段は休みを取れない父親が、「今日はドライブに行こう」と、家族に声をかけるのでした。母親は主人公に、「まだ引越しまでには日があるし、お友達に話してお別れ会はまた今度にしたら?」と言います。主人公は、「うん、でも今日に決めたことだから。」とドライブの話を断るのでした。両親は、弟を連れて初代コロナマークⅡのHTでドライブに行ってしまいます。このシーン、弟は助手席から手を振り、「お姉ちゃん、行ってきます」という表情を描いています。
しかし、ほどなく引っ越す友達から電話がかかってきて、
「ゴメンね。来るはずだった他のお友達も私も都合が悪くなっちゃって。お別れ会は、また今度にしてくれない?」と言います。
主人公は弟の得意な顔が浮かび、お友達に
「ねえ、そんな大事なこと、なんで直前に言うの?もっと早く言ってくれたら、私は家族とドライブに行けたのよ。」
と言ってしまいました。お友達はどう返して良いのか分からず、「ごめんね。ごめんね。」と泣きそうな声で謝るばかりでした。主人公は、何のためにお別れ会を企画したのか、わからなくなってしまいました。
今のように旧車を扱う本がなかった時期、また、初代コロナマークⅡがやや珍しい時期になっていた頃だけに、この挿絵を見てはニンマリしていた私です。しかし働くようになってからも、「周囲に迷惑をかけてでも目標を達成する」人が現れると、この話を思い出すのです。
あとは小話かな。
主人公は小学生。林間学校を前に風邪をひいてしまった。「熱も高いし休んだら?」という母親に、「病院で注射を打ってもらえば大丈夫だから。」と、注射だけ打ってもらって林間学校に出かけた主人公でした。往路では風邪が嘘のように感じられず、来てよかったと感じる主人公でした。
しかし、キャンドルファイヤーの頃には薬が切れ、キャンドルファイヤーの炎が揺れて見え、もはや立っていることも辛く、その場に座り込んでしまうのでした。
私も旅行先で風邪の症状が出てしまい、結局寝て過ごしたことがあります。それ以来、「島などのすぐには帰れない場所」や「宿泊を伴う旅行」は好きでなくなってしまいました。日帰りドライブには行っても、泊まりがけでは出かけないのはそのためです。
仕事では出張であちこちに出かけます。よく「全国あちこち行かれて良いですね」と言われますが、観光の余裕時分は全くありませんし、上記の思い出があって少しも気持ちが落ち着かないのです。
もう一つ。
主人公は父親と縁日に行った。一軒目のおもちゃ屋で青い車のおもちゃを見つけた主人公、父親にねだるのでした。しかし父親は「まだ他にもお店があるから、あちこち回ってから買ったら?」と諭すのですが、主人公は聞かん坊で買わせてしまうのでした。
また屋台が並ぶ中を歩いていると、また別のおもちゃ屋がありました。そこには青いボデーで、白い線が入っている車のおもちゃがありました。主人公は今自分が手にしている青いだけの車が急にみすぼらしく思えて、また父親にねだるのでした。しかし父親は主人公の腕を強く引き、店の前を通りすぎるのでした。
今、大人なのにこの我慢ができない人が増えていますよね。「大人買い」など、その典型かもしれません。今の大人がこの場に出くわしたら、青いボデーに白い線の車も買ってしまうか、あるいは前の店に戻って返品し、青に白の車を買い与えるのでしょう。
どっちの車が良いとかそういうことではなく、
「ものを買うときにはいろいろ検討する時間が必要」
「検討している間は当然車は手に入らないが、その期間を我慢できるかどうかが必要」
「一度決めたら後戻りはできないこと」
を教える良い話だと思います。
そういう私は、コロナを買うときにこの話を常に頭に思い浮かべながら過ごしていました。
おっと、気象ネタです。
主人公が所属する学校では、伝統的に4年生が気象観測をする役目を担っていた。その日は台風の前日で、天気が荒れていた。主人公は気象観測の当番の日であったが、友達が「こんな日は魚が取れるんだ」と、主人公を誘いに来ました。
主人公は「一日くらい観測をしなくても大丈夫だろう」と、魚取りに行ってしまいました。
翌日、先生は「この日は台風の前で、貴重なデータが取れたかもしれないのに、残念です。」と言いました。そう、この日は後にも(?)先にもない、気象観測が空白になってしまったのでした。連綿と続いていた伝統を、主人公が途絶えさせてしまったのでした。
現代だと、「台風前に子供を出歩かせる気か!」などと親がクレームを言いそうな話ですね。実際の気象観測では、なるべく起こらないようにはするものの観測できなかった時間帯などは「空白」にしておく決まりになっています。いい加減な予報はしないようにするためです。
流石に思い出せるのはこのくらいかな?でも、どちらの本も読み応えがあるお話や、ドラマ化して欲しいお話がたくさんありました。
あ、熱中症の話でしたね。まだ少し体に疲れは残っていますが、良くなっています。
Posted at 2014/06/08 00:23:21 | |
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