2017年01月18日
この日は仕事で、田舎方面に行きました。仕事では、時折お客様と会食をすることが有ります。内勤仕事の方からは羨ましがられることがありますが、気遣い話題振りに当たり障りのない受け答えなどと、気遣いばかりで味などしません。コンビニで自費でパンやおにぎりを食べていたほうが、どんなに気持ちが楽なことか!飲食接待は、私の世代では全く過去のものになっています。
そんなこの日の会食は、そば屋になりました。田舎によくある、白塗り壁の民家調の、どこの街にでもあるようなそば屋です。
会食のときに選ぶメニューというのは、非常に気を使います。一番高いものはダメ、といって一番安いものも「遠慮」≒「敬遠」と見られるためにダメ、相手が頼んだものより早く来るメニューもダメ、相手が頼んだものより遅く来るものもダメ、汁が飛ぶものもダメ、と、結局、日替わりメニューが安心して選べるメニューになってしまいます。たいていそこそこの早さで来ますし、遅くなったとしても「普通は早く来るのが日替わりメニューなんだけどね。」と、丸く収まるためです。
今回、私は無難な二色丼メニューを選んだのですが、この日の調整役の方がお店の方に「今日の日替わりメニューは何?」と聞いたことで、私の気持ちが揺らぎました。お店の入口に日替わりメニューの見本が置いてあり、メニュー表には「日替わりメニューは入口に展示しています」とありました。
するとお店の注文取りの人は、「メニューは入口に置いてあるので見てください!」と、ピシャリと言います。たしか、海鮮丼と天丼の二色丼だったのですが、文字数を比べてください。メニューの内容を言ったほうが文字数(言葉数)が少なく済みます。加えて、「入口で見てください!」などと言われたら、あまり愉快な気持ちはしないですよね。料理自体は美味しかったのに、「田舎のお店のサービスはなあ。」と、後味が悪かったのでした。
思い出せば、田舎のお店類のサービスの悪さは、これが初めてではありませんでした。
1.母親が体験した田舎のそば屋
母が仲間と旅行中、昼食でそば屋に入ったそうです。天ざるを頼んだとのことでしたが、天ざるをテーブルに置いた際に、えび天がコロリンとばかりにテーブルの上に落ちてしまったそうです。するとお店の人は、「ごめんなさあい」と、手づかみでえび天を元の天ぷら皿に置き、行ってしまったとのことです。母は手づかみだったのが気持ち悪く、えび天は残したそうです。
落とすのは仕方が無かったとしても、個人の家庭の出来事でもないのに、手づかみで元に戻すのはないですよね。。。
2.温泉地の旅館
私が通った小学校では、修学旅行に国際的観光地の旅館かホテルを選びました。修学旅行生を収容できる施設となると、どうしても限られてしまうのでしょうね。他の観光客は、いなかったかもしれません。
当時の旅館・ホテルですから、夕食も朝食も、畳敷きの大食堂でとりました。楽しい夕食の時間が終わり、部屋へ帰ろうとしていたその時、片付けをしていた職員の人がこんなことをつぶやいていました。
「普通はみんなで片付けるんだけどねえ。前に来た小学校の子は片付けたのに。」
旅館・ホテルの職員の人は、サービスのために雇われているのですが、修学旅行は社会勉強の場でもあります。手伝うことが正しいのかもしれませんし、手伝わなくても良いのかもしれません。
ただ、子供とは言えお客さんの前で、そんなことをつぶやいてはいけません。
私が住んでいるのも田舎の地域ですが、田舎の人のサービス業に対する考え方は、30年は遅れていると感じています。一番最初に書いたそば屋の店員さんは、「私の仕事は、テーブルを拭いて、水を出して、お客さんの注文を聞いて、注文内容を厨房に伝えて、お茶をお客さんに出して、会計をする。」ことだと思っているのでしょうね。お客さんに、お店の中にいる間快適に過ごしていただこう、という気持ちは全く感じられませんでした。
現代のサービスは、「快適な時間の提供」にあります。田舎の人は「田舎はこれでいいんだよ」と田舎に閉じこもらず、時代に合わせたスタンダードを学んで欲しいと思っています。
Posted at 2017/06/17 22:39:29 | |
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