2000年04月30日
このブログを読む方は日付にお気を付けください。このブログは、2000年の4月29日か、少なくともゴールデンウイークに行ったと思われる、大学時代の自動車部の新歓ジムカーナについて、2011年12月に思い出しながら書いているものです。
この日は、良く晴れた日でした。しかし、上空には寒気の流入が予想されており、私は雹が降るのではないか、と考えていました。
今までは私一人で行って、現場で同じようなOBと話をするのが恒例でしたが、今回は同じ会社の、今(2011年)は退職した人と行きました。場所は、今は無き「日光スピードパーク」です。確か蓮田SAで待ち合わせ、そこから高速道路を北上していきました。現役時代は前日に一般道路で行ったものですが、隔世の感があります。
東北自動車道は所々で混んでいましたが、日光宇都宮道路は空いていました。個々の制限速度は確か60km/hでしたっけ?当初は1○0km/hで走っていましたが、バックミラーに「Y31セドリックセダン」が見えたので、ブレーキを踏まずに急減速しました。そしてそのまま制限速度で走っていると、彼らはあきらめたのか、急加速をして追い抜いて行くのでした。
会場に着くと、もう協議は始まっていました。急いで走行準備をします。私より走行会慣れをしている会社の人が先に走れるようになったので、同乗させていただきました。車はBNR32スカイラインGT-Rです。パワーはものすごく、ジムカーナ場が狭く感じます。この車は、ジムカーナよりもサーキット向きなのでしょう。
ところが、その同乗で私は酔ってしまったのか、あるいは朝か前日に食べたものが良くなかったのか、腹痛、吐き気、下痢、めまい、寒気を生じてしまいました。その症状が出る前の1本は走れましたが、どうにも辛く、車の中で寝てしまいました。
昼過ぎくらいかな??急に曇ってきて、雷鳴とともに雹が降ってきました。私はトランクに積んでいたボデーカバーを、洗車用スポンジを介して車に掛けました。会社の人は、木の陰に車を移しました。この日光スピードパークには何度も来ていますが、本当に雹が降ったのは初めてです。
その後も雨が止まず、気温が下がってきました。午後3時には会社の人は「もう満足」と言い、走るのをやめました。私も気分が悪いのがやや落ち着いてきたので、帰ることにしました。
この時間に帰りましたので、道路は空いていて、家には5時30分頃に着きました。家に着くと、父と母はドライブに出かけていたので、私は一人で寝ることにしました。
そうこうしていると、30分ほどで両親は帰ってきました。どうやら日光に行っていたらしいのですが、満足げな表情でした。今思えば、両親が楽しそうにドライブに行ったのはこれが最後だったかもしれません。
Posted at 2011/12/24 23:03:13 | |
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