2000年08月16日
このブログを読む方は、日付にお気を付けください。このブログは、2000年8月16日に行ったドライブについて、2011年12月に思い出しながら書いているものです。
この日から私は夏季休暇でした。この頃はまだ父は健在で、私の家に仏様はいませんでした。そのためお盆は休まなくても構わず、なんと「閑散期であるお盆に出勤し、忙しいお盆明けに休む」ということをしたのでした。幸い?他の方でそうする方はおらず、上司も許可してくれたのでそうしたのでした。しかし、この日は「最大でお客様に二時間も待たせる」こととなり、当社の社史にも残る日となってしまったのでした。後で聞くと、社長が夕食を買いにマクドナルドへ買い物に行ったとか???
そんなことを知らず、私はドライブをしていました。前年末にエンジンの慣らし運転をするために、日光から沼田に抜けて関越道で帰ってくる、という、当時としては長距離ドライブをした結果、私はドライブに目覚めてしまいました。それまでもコロナでドライブに行ったことがあることはあります。1992年5月には箱根に、1992年8月には筑波山に、1993,4年正月にも筑波山に、1993年3月には芦ノ湖スカイラインに、1993年11月には日光戦場ヶ原に行きました。
このように、今から考えれば短距離のドライブはしていたのですが、長距離ドライブはまだまだでした。この頃はまだ各企業はお盆に休むことが一般的で、ずらして休む風潮はまだまだでした。そしてこの日、すでに規制から帰ってくる渋滞は解消していることが予想できたため、長距離ドライブに行くことにしました。
目的地は、乗鞍スカイラインとしました。欲張って、秩父を経由していく計画にしました。まず、外環道、関越道を使って、花園インターチェンジまで行きました。そこから一般道で、秩父を経由しました。そこから中津林道を超えることにしました。この道は、1988年に家族でドライブに行ったときに通った道路で、全面未舗装の林道です。当時のことを思い出しながら走っていきました。この頃のコロナは、トラストの排気マニホールドにRA25改フロントパイプ、ペレット触媒という、バランスの悪い排気系でしたので、排気管が折れないようにゆっくり走りました。
そこから佐久町へと入り、南下していきます。須玉インターチェンジでは距離がもったいないので、途中から西に進んで長坂インターチェンジから高速道路に乗ります。この頃になると西の空が黒くなってきて、雷の様相を呈してきました。南諏訪PAで食事休憩にしましたが、なんとこの時点で17:30!乗鞍スカイラインにつくのは夜暗くなってしまうことが予想されました。翌日も翌々日も休暇で、その後も土日であったため、車中泊でドライブをしても良かったのですが、そこまでの気持ちの準備はしていません。諏訪湖あたりで高速道路を降り、折り返すことにしました。
ただ折り返すだけでは面白くありません。142号とかいう国道を抜けて、佐久市の方へ行くことにしました。途中から雨と雷になりってきました。
知らない道でしたので大分走ったような感じになりましたが、無事佐久市へ着きました。佐久インターチェンジから上信越道に乗り、関越道を経由しました。途中、妙義山の辺りでは、山の向こうで強い稲光が見えました。また、高坂SAあたりで仮眠休憩をしたのが9時ころ、帰宅したのは11時頃だったように記憶しています。
そんなこんなで、後でほかの人に話したら「途中で引き返してきてもったいない!」と言われるドライブルートとなりましたが、ロングドライブに慣れていない当時の私としては、これが精一杯でした。ドライブでは折り返す勇気も必要と感じた一日でした。
Posted at 2011/12/24 13:53:51 | |
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