2000年09月17日
このブログを読む方は日付にお気を付けください。このブログは、 2000年9月に行ったレースの観戦について、2012年1月に思い出しながら書いています。
この日は、会社の人に誘われてツインリンクもてぎに行きました。たしか、この人に見初められて?、走行の世界に引き込まれ始めたのではないかと思います。私は幼稚園頃からテレビアニメのカーレースものに興味を持ち、車のゲームもしながら、レース観戦は一度もしたことがなかったのでした。
この日の天気は確か朝が雨で、徐々に回復していき、夕方にはすっかり晴れたと記憶しています。しかも、朝から昼までが暑く、夕方には肌寒くなったとも記憶しています。レース観戦は屋外だから暑いだろうとTシャツ1枚で行った私は、すっかり風邪をひいてしまいました。
また、その会社の人の車のエアコンコンプレッサークラッチがショートし、暑いこともあって私の車で行きました。その人は私の家まで車で来て、車を置いて行きました。この人は後年、私の父の葬儀に来ていただきましたが、生前の父に会った唯一の人となりました。(が、今は退職しています)
今回のレースは、たしか4代目プレリュードなどが走っており、改めて今日調べたら、「スーパー耐久2000」だったようです。私はテレビでの観戦を含めてレース観戦が全く好きではなく、この日も結局場内で居眠りをしていました。どうしてレースが退屈化というと、車は遠いし目の前を次々車が通って行くだけなので、全く単調だからだと思います。同じように何かが走るのなら、フルマラソンや駅伝のほうがまだ面白いと思ってしまいます。
さて、レースそのものは後で知ることになる「大井貴之」さんが優勝したのだったかな??ゴール前の集会になると、この方が乗るプレリュードがストレートでわざと濡れた部分にタイヤを通していました。会社の人にそれはなぜかと尋ねると、「タイヤを濡らして気化熱で冷やしている」と教えてくれたのでした。私は、「トラック野郎 望郷一番星」の終盤、一番星号のタイヤを路面を濡らして冷やしているシーンを思い浮かべ、ますます目の前のレースから気持ちが遠のくのでした。
その大井さんが表彰されるシーンにて、氏の声を聞き「松尾貴史?」と思ってしまったあたり、当時以下にレース関係者のことを知らなかったかがわかります。
そんなこんなで、結局お金を払って寝たり風邪をひいたりと、散々なレース観戦となってしまいました。私はこの日以来、プロが走るレースの観戦に行ったことはありません。
Posted at 2012/01/03 20:11:30 | |
トラックバック(0) |
日記 | クルマ
2000年09月11日
このブログを読む方は、日付にお気を付けください。このブログは、2000年9月のこの日に行ったと思われる、大学時代の自動車部の夏合宿について、2011年12月に思い出しながら書いているものです。
この日は、大学時代の自動車部の夏合宿にお邪魔しました。場所は、エビスサーキットです。当時は大ドライブの前でしたので、二本松インターチェンジは遠くも遠く、未知の世界でした。これまで大学時代の夏合宿は、ほとんどの場合「茨城中央サーキット」で行われていました。しかし、部員の中にエビスサーキット関係者の知人がいるとかいないとかで、安く借りされるとのことでここを選んだそうです。
大学の自動車部は、私たちの一つ上の人たちが入部するまではジムカーナとダートラをしていたそうです。私の一つ上の代では、「車を買わなかったり」「大好きなシティターボⅡ」を買ったりと、そもそもダートラをしない人が現れ、しかも私のような旧い車に乗るものが現れて以来、ダートラはしなくなっていたのでした。
しかし、当時はまだまだサーキット走行は一般的なものではなく、プロやお金持ちが走行会をするのがサーキット、というイメージがありました。この私が初めてサーキットを走ったのは、1996年9月にスポーツランドやまなしでした。その次は、1999年12月に那須エキスプローラーでした。前者はスピードが出ないコースでしたので良いのですが、後者は100km/hを出せます。速度警告音がするに至り、恐怖心が起こって楽しめませんでした。そして同じ月に「ヒーローしのい」で、わずか2,3本を走行するだけ、ということがありました。
そしてこの日、4回目のサーキット走行をしようとするのでした。
まず出発時、いつものSSでないSSで給油をしました。はっきり「ハイオク」と言ったのですが、なんとレギュラーを給油されてしまいました。私の車のピストンはハイオク仕様です。相手を攻めると「すみません」というだけで話になりません。先を急いでいるので、とにかく行くことにしました。待ち合わせの蓮田SSで点火時期を遅らせ、対策をしました。そして二本松のSSでハイオクを給油し、なんとかハイオク用の点火時期でもノッキングしない割合になりました。
現地に付き、会場である「ドリフトランド」に行きました。サーキットを想像していたのですが、ほとんどジムカーナ場でした。そこを走ったのですが、どうもメタルをダメにした嫌な記憶が抜けません。ここでも数回しか走らなかったような気がします。
それよりも、パドック近くにいるジャンボウサギの方が気になってしまいました。そう、ここは東北サファリパークでもあるのです。車が走るのを見るよりも、動物を見たり触ったりする方が楽しく感じられてしまいました。この時初めて、
「車に飽きてきたのかな?」
と感じるのでした。もしかしたら、多くの「車で走るのはもうやめ」た人は、動物とか植物とかスポーツとか子供とか、そういったことがやめるきっかけになっているのかもしれません。これはおそらく、「クルマ離れ」を解読するヒントになるかもしれませんよ。そんな私、もちろん動物は好きですが、今でも「レーシングECO耐久」に出走したり、レンタカーでいろいろなドライブをしたりしていますので、車には飽きていません。しかし、走行会などに行かないのはやはりなんとなく「飽き」を感じているからなのかもしれません。
そんなこんなで動物の方が気になってしまい、走るよりも動物を見ているか、他の人の走りを見る方になってしまいました。
夕方、閉演前に「特典」として、西コース(?ゴール直前に、シケインがあるコース)を走らせてもらえました。私は走らず、当日参加していた後輩の友人が運転するS15に同乗させてもらいましたが、この彼、立ち上がりやストレートでアクセルペダルを踏んだり戻したりするものですから、なんだか酔い加減になってしまいました。この時間には霧が立ち込め、なんだか肌寒くなってきました。関東ではまだ夏なのに、こちらは秋のようです。
そして会場を出て、どこか二本松インター手前で食事をし、高速道路を通って帰りました。那須あたりでひどい雷雨になりました。季節の境目は、那須あたりにあったようです、自宅の方はまだ暑いままでした。
Posted at 2011/12/24 23:27:36 | |
トラックバック(0) |
走行 | クルマ