• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

クリューのブログ一覧

2026年07月12日 イイね!

新プロジェクトXでロードスターの開発秘話を見て思う。

新プロジェクトXでロードスターの開発秘話を見て思う。 NHKの「新プロジェクトX」でマツダロードスターが取り上げられた。NHKとマツダとの間にパイプがあるのか、マツダの広報がうまいのか…そこはわからないが、前回のプロジェクトXから既に5回も取り上げられている。
初回:ロータリーエンジン開発
2回目:ルマン24時間レース制覇
3回目:RX-8開発
4回目:MX-30 秘話(番組ではなくショートストーリー)
 そして今回は「市民に愛されたスポーツカー」として取り上げられたわけだ。
alt
さて、私の予想では、初代ロードスターの開発にあたって、当時の開発主査の平井敏彦氏を中心に、かなり苦難があって当時を振り返るだけのストーリーと思っていたのだが、初代に携わった池水直行氏、貴島孝雄氏だけでなく、現在の開発主査である齋藤茂樹氏までゲスト出演されていた。もちろん現行4代目モデルの開発主査の山本修弘氏、チーフデザイナーの中山雅氏もほんの少しだが、出演していたのだ。
 
 つまり4代目までわずか46分で放送したのである。きっとマニアの方には、取り扱ってほしい様々なエピソードがあったかもしれないが、全ては難しい。故に4代目までの開発秘話であった。
alt

 ロードスターが4代目まで継承されているのは、御存知「人馬一体」である。そして、決して速くはないのに、運転していて「楽しい」ということである。貴島氏が番組の中で「今までの開発は、他社の車と比較して燃費どうかとかエンジンパワーがどうかとか、数値で表されることを比較して作っていた。でも、そこからドライバーが楽しく感じることを作ろうというのは初めて…」と話をしている。
 また、やはり貴島氏のインタビューの中で、思想家・老子の言葉を引用して「足るを知る」という言葉が出る。これを紐解くと、「足る」とは、十分であること・満たされていること。それが身分(自分の今の状況)にふさわしい満足感、という意味を表わしているという。したがって「足るを知る」とは、現在の自分の状況に満足する、今目の前にあるものに対して感謝する、という意味であるらしい。

 ロードスターに当てはまると、番組の中でも「もっと馬力のあるエンジンを積んだからもっと楽しかったのに」という質問に、「自分が操れるスキルを持っていればいいですけど、そのエンジンを踏み込んだ時にこれは走りすぎていると、アクセルを控えたいと。それは、控えるというのはストレスになる…」と答える。そして「どんな人も自分のスキルに合わせて操れる」のが平井氏の神髄という。
 だからこそ、ロードスターが多くのユーザーに支持されている所以である。
また、他のマツダの車に乗ってもその人馬一体という源流が流れていることが、マツダの深い魅力に引き込まれる理由でもある。
alt
 番組の終わりに、ナレーターの田口トモロヲ氏は今の自動車産業の未来が混沌をしていることを述べる。自動運転のテスラをはじめ、手放しで移動できる自動車が走る。日本の自動車産業の行く末に対して、何を選び、どの道を進むのか、ロードスターが問いかけていると締めくくっている。

 多くの車は、安全にかつできるだけ早い時間で目的地に到着することを念頭に開発されてきた。その一方で車を移動するためのツールではなく、趣味としての一面を持たせた車も開発されてきた。また、今後は環境問題も含め、CO²の排出を抑えた車も求められている。日本の家電は生産コストからくる価格競争や過剰性能などで遅れを取った。結果衰退がはじまったといわれる。
alt
 
 今後高齢化社会に進む多くの国においては、自動運転や安全支援システムは必須である。しかし、やはり車を運転する(操る)楽しさを持つ車は必ず求められると思う。そのとき、日本の自動車が他国のメーカーと同じ土俵に乗っていては必ず、家電企業と同じになるのではないか。自動車は便利である。しかし、同時に自動車は乗ることによって楽しさや喜びをもたらすものである。他社に真似ができなかったロードスターは、その意味で今後の日本の自動車メーカーに、「自動車には楽しさが必要である」と訴えているのではないかと思った。
Posted at 2026/07/12 13:08:08 | コメント(2) | トラックバック(0) | mazda | 日記
2026年07月11日 イイね!

ウルトラマン60周年に思う

ウルトラマン60周年に思うウルトラマンの最初の放送から60年になるという。私には初代ウルトラマンの放送を見たわけではない。私の中でのウルトラマンは「帰ってきたウルトラマン」がリアルタイムで見たウルトラマンである。この「帰ってきたウルトラマン」は後のシリーズ化につながるエポックメイキングな作品であった。

当時は、「なぜ『帰ってきた』なのか」も分からず、「正義の味方」であることやMAT(MONSTER ATTACK TEAMの略称)の使われる飛行機や車が魅力的に思えたものだ。

当時、仮面ライダーも同じ年(1971年)に放送が始まったのだが、蜘蛛男やサソリ男などの設定が自分には合わず、ウルトラマンの方が馴染めたことから、ウルトラマンだけを見るようになった。

また、前後編になると後編が待ち遠しくて仕方がなかった。例えば「シーゴラス」と「シーモンス」のときは特撮ってわかっていても高波が怖くなり、ベムスターのときはあまりにも非力なウルトラマンに「誰が助けるんだ」とハラハラしたものだ。

しかし、無敵のウルトラブレスレットがウルトラセブンから渡されてからは、安心して見ることができた。

この「帰ってきたウルトラマン」では、それまで怪獣に対する特別組織が、英語を使うことで、地球防衛軍という位置づけが明確になった。

使われる兵器のデザインもリアル性が強くなって、マットアロー1号は垂直尾翼が2枚になり、エンジンのエアインテークもファントムⅡと同じボディサイドに置かれた。また、マットアロー1号や2号が2機編隊で登場した。また、マットビハイクル(MAZDAコスモスポーツ)は、外観はほぼフルノーマルであったことも印象的だった。確かにマットビハイクルに兵器を積むこともあったが、それは稀で、むしろジープにバズーカを搭載して攻撃することのほうが多かったのだが。

MATのメンバーも個性派揃いだった。モデル出身の団時朗氏が演ずる郷秀樹。眉間によくシワを寄せたのを、私も真似たものだ。

And, 組織にありがちな理想論を言う役の岸田文男役を、今も元気な西田健氏。また、郷秀樹の良き同僚である上野一平役を昨年他界した三井恒氏、また郷に兄貴的な存在となった南猛役をキカイダー01でも有名な池田駿介氏。そして紅一点の丘ゆり子役を桂木美加氏(一回怪獣になったなぁ、このお姉さん)。
そして初代隊長で情に厚い加藤隊長を塚本信夫氏、声が何となく隊長っぽい感じがした。そして2代目の隊長で厳しさと優しさとを持った伊吹隊長をベテラン俳優の根上淳氏が演じた。しかし、このメンバーのほとんどが他界されているのは寂しい限りだ。

この「帰ってきたウルトラマン」はその後の作品に大きな足跡を残したと思う。

1. ウルトラ兄弟というそれまでなかったコンセプトができた。これにより単発作品ではなくシリーズ展開することができた。
2. 怪獣から被害を防ぐ防衛チームを世界的な組織に位置づけた。
3. ウルトラブレスレットという「なんでもあり」な兵器が登場したこと。これによってストーリーのマンネリ化が解消方向になったこと。
4. 途中でキャスト変更(隊長の交代)があったが、それが作品のマイナスにならなかった。

5. 「MATのテーマ」というBGMで採用された男性によるスキャットは、のちに「ワンダバ」と言われるキャラクター出撃シーンの演出に使われるようになった。
6. ウルトラマンで のちに準レギュラー怪獣となるバルタン星人やゼットンが再登場した。

お詳しい方なら、まだまだコアな話があると思うが、この作品は大きな存在となった。

私としてもマットアロー1号は、後に私が好きなF-14トムキャットになんかしら共通点がある。双発エンジン、双垂直尾翼は一目瞭然である。
alt
また、マットビハイクルは、トミカのコスモスポーツを何台も購入した。なぜかコスモスポーツ、どういうわけかホワイトのボディだった。だからいつも油性の赤でラインを描き足したことは言うまでもない。
alt
そして今、マツダの車から離れられないのは、あの時から何かが始まっていたのかもしれない。

ウルトラマン…。テレビの創成期に作られた子供向けと思われた番組だったが、やはりこれに影響を受けた人々は多いと思う。ウルトラマンが残したものは、他のアニメと同様に大きなものになったと思う。これからのAIの時代にこのようなものができるのだろうか?

Posted at 2026/07/11 21:22:09 | コメント(3) | トラックバック(0) | 雑感 | 日記
2026年07月05日 イイね!

鹿児島「山形屋」の底力

鹿児島「山形屋」の底力昨日は年老いた母とこちらでは唯一の百貨店、「山形屋」に行った。

鹿児島の地元の百貨店なのになぜ「山形」なのか。それは歴史を紐解くとわかる。

ウィキによれば

山形屋の創業者は、近江商人の血を受け継ぐ山形県庄内地方で生まれ育ち、山形から上方にベニバナや呉服の行商をしていた北前船商人の源衛門。源衛門がベニバナの行商を始めたのは1751年(宝暦元年)。その後、呉服も扱うようになった源衛門は、薩摩藩主である島津重豪が、商業振興のため日本各地から商人を招いていることを知り、一家を挙げて薩摩藩への移住を決意。1772年(安永元年)、薩摩藩主の許可を得て今の鹿児島市金生町に鹿児島城下唯一の呉服店である山形屋を創業。呉服と古着の販売で礎を築く。

とある。

また、山形屋のロゴである丸に岩は百貨店として岩元信兵衛が基礎を作ったことから、この岩元家の岩が由来である。

しかし、御存じの通り、鹿児島市において、イオンショッピングモールの進出や鹿児島中央駅にアミュプラザができたこと、またコロナ禍には、長期休業、営業時間の短縮、催事の中止を余儀なくされ、外出自粛も長引いた影響で来店客数と売上高も大幅に減り、赤字額が膨らみ、ついに山形屋は事業再生ADRを申請し鹿児島銀行の支援を受け経営再建に乗り出すこととなった。

しかし、地元の高齢の世代を中心に「山形屋」はプレミアムブランドであり、この山形屋に行くことは、お洒落をしていくところである。また、贈答品を山形屋の袋に入れて、お世話になった方に渡すと喜ばれることもある。

さて、昨日は、年に数回開催される「黄札市」だった。季節の変わり目にある「在庫一掃セール」がこの黄札市である。母は、この山形屋の黄札市があると知ると、じっとしていることができない。一昨日も、朝職場についたとたんに、母から電話で「あしたぁさぁ、黄札市があるのよ。連れて行ってよ」と言われた。

しかし、山形屋の現在のネックは駐車場の問題である。立体駐車場は旧式化してしまい、閉鎖。さらにはもともとの駐車場も昭和の設計のため、3ナンバーにはかなり狭い。そのため、嫁に依頼をして途中まで乗せてもらい、母を連れていくことになった。母も年齢が80代になり、足がおぼつかないため、10数分歩くと休憩をしてしまう。そのため、信号のある交差点を渡ることはまず、困難である。そのため、山形屋に近いところで降車した。

そして山形屋では、車椅子で移動することに。

今週末はこちらの「おぎおんさぁ」という祭りが夜からあるということで観光客も含めてかなりの人手があった。

目指すは6階で、ここではよくイベントが開かれている。今回もごった返していて多くの人がいた。あちこチの有名な食べ物の販売コーナーでは行列ができていた。車椅子で移動するにはなかなか難しいほどで、時折店員さんに客の流れを止めてもらうほどだった。

母のお目当てはブラウスなどの衣料と地下街の食べ物である。店員さんといろいろ探すこと30分。

6階で目ざとく自分にお気に入りの服を見つけると地下街へ。

地下街も有名どころの洋菓子はもとより和菓子の老舗の店舗やお惣菜が活気があった。こちらも行列があちこちにできていた。佃煮やちょっとしたお菓子を購入したあとは、定番の「金生まんじゅう」の列に。昔から母に連れられてここに来るとこのまんじゅうを作る機械がガラス越しに見えて、何十分でも待つことができたものだ。

今回は嫁方の親戚に配るものをいくつか購入。そして母も満足したか帰りたいというので1階へ。

1階は高級ブランドのバッグ、宝石、時計が並ぶ店舗がある。冷静に見ていると何となく歩いている人もおしゃれである。中年男性、初老の男性もカジュアルスーツに革靴という人もいればカンカン帽のような帽子をおしゃれに着こなしている男性もいた。また、女性もイヤリングや光り物が目立った人もいた。また、ホットパンツを穿き、サングラスをかけて歩く若い女性の姿もあった。

今持って山形屋に行くのはこちらでは特別なのだ。しかし、なぜ山形屋が気軽に行けなくなったか、今回その理由が少し見えてきた。もともと山形屋がここで隆盛を迎えたのは、交通の要衝だったからだ。鹿児島市の市電の停留所の前であり、鹿児島交通のバスターミナルがあり、そして鹿児島駅に近く、桜島フェリーの港にも移動できる距離だった。

しかし、今や交通機関の主流は自家用車になり、駐車場も設置したが、ハイルーフ軽やSUVにはついて行けなかった。さらには広大な駐車場を持つショッピングモールと比較すると確かに劣る。また、店内の移動も建物が旧式化したことで少々手狭である。

ただ、ショッピングモールやアミュにないのは働く人々のサービスである。困っている人を逃さない。あちらこちらに立っている店員さんの動きは早い。それだけに年齢の高い客には安心感があるのだろうと思う。

日本では既に百貨店というコンセプトは終焉と言われる。あらゆる県で閉店していく百貨店が報じられる。

山形屋が再生していくにはかなり困難な道程のように思える。しかし、働いている人々は地元唯一の百貨店として踏ん張っていると感じた。今持って山形屋の◯◯物産展ではかなりの収益があるという。コロナ禍以前はイベントがあると周辺の道路は混雑するほどであった。もう、山形屋でなければ手に入らないというのは金生まんじゅうぐらいしかない。

山形屋に行けば、夢が見られるようなことや楽しいイベントがあればきっと人が戻ってくるのではないか。近くに駐車場を確保したり、思い切った店舗の改装を行ったりすれば、また、あのときの活気が出てくるかもしれない。

Posted at 2026/07/05 19:22:29 | コメント(2) | トラックバック(0) | 雑感 | 日記
2026年07月04日 イイね!

EVシフトの幻想と現実:岐路に立つ自動車産業の未来図

EVシフトの幻想と現実:岐路に立つ自動車産業の未来図先日、ネットニュースでフォルクスワーゲン(VW)のVWの経営苦境が報道された。ドイツにおいてメルセデス・ベンツ、BMW、そしてVWは、国内だけでなく世界でもトップクラスの優良企業だと私は思っていた。なんせVWの「ゴルフ」は、今もトヨタの「カローラ」と販売台数を競い合う、Cセグメントの世界基準(スタンダード)モデルだからだ。
alt

そのVWに今、何が起きているのか。

報道によると、VWは昨年末、労組との間で「2030年までにドイツ国内で5万人を削減し、生産能力を年間50万台減少させる」ことで合意していた。しかし、ドイツの経済誌『マネジャー・マガジン』が報じた新たな構造改革案には、これに加えて最大5万人の「追加削減案」が含まれているという。さらに経営環境の悪化を受け、創業以来一度も行ったことがない本国ドイツでの工場閉鎖(最大4工場)まで検討されており、ドイツ政府も阻止に向けて動き出すなど緊緊迫した状況が続いている。
alt

この経営悪化の主な原因は、EVシフトへの巨額投資に対してEV市場の伸びが追いつかなかったことにある。ドイツ政府がEV購入補助金を打ち切ったことで需要が急速に冷え込んだほか、充電インフラの整備遅れによる「EV離れ」も指摘されている。また、安価な中国製EVの台頭によって、利益の約3割を占めていた中国市場でシェアを急激に失ったことも大打撃となった。
alt

これはVWに限った話ではなく、メルセデスやBMW、国内を見ればホンダや日産の苦戦も、根底にあるのは「中国市場での失速」と「EV需要の冷え込み」という同じ構図だ。

では、欧州が掲げる「2035年の完全EV化(CO2排出量100%削減)」はどうなるのだろうか。
現在、自動車業界の猛反発を受けて現実路線への見直しが進んでいる。削減目標が90%へ緩和される見通しとなり、e-fuel(合成燃料)やバイオ燃料の使用、製造時にCO2排出を抑えた「グリーンスチール(低炭素鋼)」の採用を条件に、2035年以降もハイブリッド車(HEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)、ガソリンエンジンの新車販売を認めるという画期的な例外規定が設けられる動きがある。
alt

この背景には欧州メーカーの深刻なEV失速があり、「このまま100%化を強制すれば、欧州の自動車産業そのものが中国勢に敗北して崩壊する」という強い危機感から、EUも譲歩せざるを得なくなったのが実情だろう。

しかし、これで既存メーカーが安泰というわけではない。中国メーカーはEVだけでなくPHEV用のエンジン開発も驚異的なスピードで進めており、すでに熱効率を46〜48%程度にまで引き上げてきている。測定方法の違いを差し引いても、この燃費性能は脅威だ。
alt

今後、日本の自動車メーカーをはじめとする既存勢力は、生き残りをかけてどんな戦略をとるべきか。
まず、EVに関しては短距離中心のタウンコミューターへ絞り込む。そして安価な中国車と真っ向勝負するのではなく、中国メーカーと提携して現地で開発生産するか、OEM供給を受ける形にシフトするのではないか。一方で、国内工場の稼働と雇用を死守するため、自国で生産する車両はより付加価値の高い「高級・プレミアム路線」へシフトしていくと考えられる。

同時に、各地域のインフラ事情に合わせてHEV、PHEV、EVを最適に弾き分ける「マルチパスウェイ(全方位)」戦略が基本になるだろう。欧州で電動化が進むとしても、他地域ではインフラに合わせて内燃機関(エンジン)を搭載した車が当面の間、主力を担い続けるはずだ。
alt

また、マツダが開発を進めている、走行しながら二酸化炭素を回収する車載装置「Mazda Mobile Carbon Capture(マツダ モバイル カーボン キャプチャー)」のような技術が他メーカーにも普及すれば、エネルギーの未来図はさらに変わるかもしれない。ただ、バイオ燃料や合成燃料については、燃料コストやインフラ普及のスピードを考えると、本格的な普及はまだ随分先の話になりそうだ。

懸念されるのは、二酸化炭素の排出対策や、安全運転支援・自動運転システムの高度化に伴い、自動車の車両価格がさらに上昇していくことだ。低価格車を開発生産するためには人件費の安い国々への依存度が高まり、今後は海外からの「逆輸入車」がさらに増える可能性もある。

日本は世界的に見ても自動車メーカーが非常に多い国であり、これまでは欧米メーカーを追いかける立場だった。しかし今や、中国や韓国のメーカーに追いつかれ、一部の分野では逆に追う立場になっている。
2035年を迎えたとき、日本のメーカーがどれだけ生き残り、現在のポジションを保てているかは不透明だ。だからこそ、欧州の苦境を対岸の火事とせず、変化の激しい時代を生き抜く強い企業であってほしいと切に願う。
Posted at 2026/07/04 19:25:36 | コメント(3) | トラックバック(0) | 自動車産業 | ニュース
2026年06月27日 イイね!

ドライバーの傾向 その26 いじわる~編

ドライバーの傾向 その26 いじわる~編先日、朝の通勤時間でのことだ。
自宅を出てすぐ、信号待ちをしていると、後方からそれなりの速度で初代ヴェゼルが走ってきた。

信号が青になり、いつものように走り始める。前方200m先にある次の信号も今は青だ。しかし、この信号は「青だ」と思って走っていると直前で黄色から赤に変わることが多く、よっぽどタイミングが良くない限り連続で青にはならない。

そのため、速すぎず遅すぎず、タイミングを計って時速40〜50kmほどで安全に走行していた。

すると突然、後ろのヴェゼルがライトをオンにした。
「?」と思っていると、なんとハイビームだ。

こちらの速度は遅すぎるわけでもなく、文句を言われる筋合いはない。最初は操作ミスかとも思ったが、えらく長く照射してくる。後ろにピタッとつかれてトラブルになるのも嫌なので、道路脇に車を寄せて停車し、先に行かせてやり過ごすことにした。

ヴェゼルは速度を落とすことなく前方へ進んでいった。しかし、私の予想通り、先の信号は赤に変わった。

しばらくしてこちらの信号も青になり、あのヴェゼルがフル加速していくのが見えた。
最初は私も「この野郎!」と少し頭に血が上り、ほんの0.何秒かはアクセルを踏み込んだが、「いやいや、この先の信号もまた赤になるな…」と冷静さを取り戻した。

案の定、その次の信号も赤。
ヴェゼルは当然、先頭で停止して待っていた。私が追いつく頃にちょうど青信号に変わったため、私は停止することなく、そのままスムーズに加速。また煽られたり変な誤解をされたりしないよう、十分な車間距離を保ちながら走行した。

下り坂に入り、ヴェゼルとの車間はだんだんと開いていったが、やがてヴェゼルの速度が落ちてきた。見ると、前方にのんびりと走行する現行ステップワゴンがいたのだ。当然、ヴェゼルも速度を落とさざるを得なくなった。そして次の信号が見えてきた頃、そのヴェゼルは信号が赤になるのを見るやいなや、脇道へ左折していった。

さて、それから数日後のこと。
大きな片側2車線の主要道路での出来事だ。私は法定速度ほどで走行していた。前方にはかなりの車間が空いており、後方も遥か遠くに車が見える程度だった。

私は目的地に向かうため、そろそろ左折専用車線に入ろうとしていた。そのタイミングで、後方から青い旧型のN-WGNが猛スピードでやってきた。私はそのN-WGNが直進するものだと思っていたら、私と同じように左折専用車線に入ってくるではないか。

「いや、これはかなりやばい。せっつかれそうだ」と感じた私は、追突などの危険を避けるため、伝家の宝刀?MT車の技術(ブリッピングとダブルクラッチ)を使ってスムーズにシフトダウン。あらかじめ安全な車間距離をしっかりと確保することにした。
幸いにも信号はまだ青、歩行者専用信号も赤だったので歩行者はいなかった。予定通り4速→3速→2速へと落としてスムーズに左折をクリアし、そのまま加速。直進に入ってから後方をちらっと確認すると、そこへようやく左折してくるN-WGNの姿が見えた。ひょっとするとこのN-WGNは信号が赤なのに左折したかもしれない。


その先の交差点でも、私は左折をするために再び左折専用車線に入り、赤信号で停止した。すると、後方からやってきたあのN-WGNが、今度は私の右隣の直進用車線に停止した。

やがて信号が青になり、私がステアリングを左に切ろうとしたその瞬間、右側にいたN-WGNがこちらの車線へと寄ってくるではないか……!
停止していた時よりも明らかに距離が近く感じられ、「これは嫌がらせではないか…」そんな気がしてならなかった。

自分自身、他人にそんな嫌がらせをするようなドライバーにはなりたくないものだと、しみじみ思った出来事だった。
Posted at 2026/06/27 20:56:03 | コメント(1) | トラックバック(0) | モラル | クルマ

プロフィール

「明日になるのが憂鬱になりますよね…@のきくろ」
何シテル?   07/12 19:23
妙にこだわりのあるへんなやつですがよろしくお願いします。あまりうまくしゃべれません・・・・人付き合いが下手です。泣 最近、突然フォローの申請をされる方がおられ...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2026/7 >>

   123 4
5678910 11
12131415161718
19202122232425
262728293031 

リンク・クリップ

TEIN EnduraPro Basic【BPEK3R/BPFJ3P/BPFJ3R/BPFP/BP5P/BP5R】 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/06/28 20:20:10
KYB / カヤバ NEW SR MC 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/06/21 20:01:01
TEIN EnduraPro 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2026/06/21 19:59:19

愛車一覧

マツダ CX-3 2代目 嫁の3 (マツダ CX-3)
2代目のCX-3 パワーアップされているだけに燃費は少し伸びないかもしれません。
マツダ プレマシー マツダ プレマシー
この車でも10万キロ突破したいなあ・・・・
マツダ CX-3 嫁の3 (マツダ CX-3)
嫁の車
日産 シルビア 日産 シルビア
オヤジの車を乗り回していました。
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation