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2026年07月20日 イイね!

中国車の「2年サイクル」に挑む、トヨタの葛藤と勝算

中国車の「2年サイクル」に挑む、トヨタの葛藤と勝算昨夜、NHKで放送された「インサイド・トヨタ」。事前の予告段階から自動車関連サイトでも大きな話題になっていたため、目にした人も多いのではないだろうか。今回の番組の焦点は、Cセグメントの絶対的エースである「次期カローラ」の開発現場を通して描かれた、新興勢力である中国車メーカーとの激しい開発競争の舞台裏であった。一般的に車好きであれば、新車が発売される際に書店に並ぶムック本「〇〇〇のすべて」などで、デザインのこだわりやプラットフォームの開発経緯、新しい装備などのエピソードを目にすることができる。しかし、この番組が凄かったのは、そうした表舞台の開発風景だけでなく、新型車両のデザインや仕様の命運を握る「最重要決定会議」の生々しい様子にまでカメラが入っていた点にある。
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中国メーカーの「2年サイクル」に立ち向かう、トヨタの葛藤
今回の次期カローラで目指されているのは、ガソリン、ハイブリッド(HEV)、プラグインハイブリッド(PHEV)、そして電気自動車(BEV)のすべてを同じ土俵で網羅できるマルチなプラットフォーム。さらに、開発期間を劇的に短縮するため、プラットフォーム(下屋)とボディ(上屋)の開発を同時に進めるという大改革に挑んでいた。この超ド級の効率化の背景にあるのが、テスラや中国メーカーへの対抗策だ。驚くべきことに、現在の中国車はわずか「2年」というスピードでモデルチェンジを行っているという。もちろん、トヨタとしては単にそのスピード勝負の土俵に盲目的に上がるわけではない。トヨタならではの「高い品質」と「安心感」を担保した上で市場に投入する構えだが、そのための開発現場の苦悩は計り知れないものがある。カメラの前でも、エンジニア同士が開発期間や仕様をめぐって激しい議論と衝突を繰り返していた。それぞれの現場責任者の本音や、ものづくりの根幹を問うエンジニアの葛藤がそのまま映し出されており、胸が熱くなるシーンばかりであった。これまでのやり方を変えることには、当然大きな無理や反発が伴う。しかし、その衝突から逃げず、変革を成し遂げなければ生き残れないという、経営陣の凄まじい危機感がひしひしと伝わってきた。

豊田章男会長の厳しい問い、そしてミッドシップの未来
番組のクライマックスの一つが、世界中の役員や担当エンジニアが100名近く集まる、新型車の開発決定会議の様子であった。並べられた新型車のモックアップを前に、カローラの開発責任者が商品説明を行う中、“モリゾウ”こと豊田章男会長から鋭い質問が飛ぶ。「良品廉価というけれど、本当に廉価なのか?」担当者は「原価ポテンシャルを下げ、本当に必要なものだけを足していく……」と必死に答えていたが、あの場のエンジニアの胃はキリキリと痛んでいたに違いない。さらに豊田会長はこう言葉を続けた。「千人の無責任な人の情報を取るよりも、本当にこの車が欲しいという10名の意見を取りあげるのがいい」また、普段はサングラス姿でユニークな発言の多い中島裕樹副社長の言葉も印象的であった。
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「(トヨタには現在ない)小さなBEVができる良さと、エンジンのついた車でも車高の低い車ができる良さがある」これは、以前動画などでも紹介されていた「新開発のコンパクトな次世代4気筒エンジン」のことではないかと推測できる。
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また、雑誌などで次期MR2とも噂されている「ミッドシップの実験車両」の開発風景も取り上げられていた。利益が出にくいミッドシップスポーツをなぜ今作るのか。ライバルである日産GT-Rやポルシェ911とサーキットで比較しながら、担当者は「旋回性能の技術や技能を蓄積するための実験」と語っていたが、その先にはさらなる未来があると考える。かつてマツダがラージ商品群(CX-60など)を開発する際、あえてFR(後輪駆動・縦置き)を選択したのは、バッテリーやモーターを効率よく配置し、電動化による重量配分を最適化するためであった。今回のトヨタのミッドシップ実験も、まさに「電動化時代におけるスポーツカーのパッケージ」の模索ではないだろうか。バッテリーやモーターを車体の中央に集中配置するパッケージを、この実験車(あるいはGRヤリスなどの知見)を通して鍛え上げているように思えてならない。
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「立ち止まり、考え、改善する」という日本メーカーの勝算
番組の最後は、豊田章男会長のインタビューで締めくくられた。「日本は小さな国だが、存在感がある。世界から『日本が選ばれないと生き残れない』」という言葉には重みがあった。

かつてマツダが「SKYACTIVテクノロジー」を発表した際、開発と生産の現場が密接に連携する「一括企画」によって、魅力的なデザインと高い技術を両立させた。小回りの利く規模だからこそ素早くできたマツダに対し、巨大企業のトヨタがいま、生き残りをかけて本気で同じような組織改革に挑んでいる。

AIを駆使し、驚異的なスピードで欧州車をも超越するデザインやソフトウェアを繰出していく中国メーカーの勢いは確かに脅威だ。

しかし、かつて2010年に大規模リコール問題に直面した際、豊田章男氏はアメリカの公聴会でこのように語っていた。

「トヨタはここ数年の間、急速にビジネスを拡大しました。率直に言って、私自身、速すぎたと思うほどのペースでした。トヨタの優先要件は、第一に安全、次に品質、 tender(そして)量です。これらの要件が混乱し、以前のように立ち止まり考え改善するということが出来なくなっていました。お客様の声を聞くという私たちの基本姿勢がおろそかになっていました。」

急激な成長の影で一度立ち止まり、本質を見失った過去があるからこそ、いまのトヨタはスピードの濁流に飲まれず、一歩踏みとどまれる強さがある。「どれだけ時代が急いでも、立ち止まり、考え、改善する」この愚直なまでのものづくりの姿勢と価値観こそが、これからの激動の時代において、日本メーカーが世界に打ち勝つ最大の勝算になるのではないか。番組を見終えた今、そう強く感じている。
Posted at 2026/07/20 11:27:03 | コメント(1) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ
2026年07月18日 イイね!

日本の自動車企業に求められるの…。E2Eがもたらす地殻変動

日本の自動車企業に求められるの…。E2Eがもたらす地殻変動ここ数年、日本の自動車メーカーを取り巻く環境はかなり厳しい。
昨年の日産とホンダの提携交渉に関する報道、そして今年は数年前から懸念されていたフォルクスワーゲン(VW)の工場閉鎖と大規模なリストラなど、かつて優良企業と思われていた世界指折りの自動車巨頭が、今や厳しい局面に直面している。

その大きな要因が、中国製EVの台頭や、そこに搭載される高度な自動運転・運転支援システムであることは言うまでもない。
しかし、世界の自動車産業が目指している変化のの本質は、単なる「電動化」や「自動運転」だけではないようだ。

最近、自動車業界で「E2E(End-to-End)」という言葉が急速に注目を集めるようになった。

この仕組みを簡単に整理すると、以下のようになる。

1. 始まりのEnd(インプット / 入力)
カメラやセンサーが捉えた生の道路状況。人間の「目」にあたる情報。
2. 終わりのEnd(アウトプット / 出力)
ハンドル角度、アクセル開度、ブレーキの強さといった、実際の「運転操作」。
3. 繋ぐ部分(To)
これまでは、取り込んだ画像を「物体認識」し、「軌道予測」をして「走行ルート計算」をする……といういくつもの複雑な中継プログラム(モジュール)を介していた。しかしE2Eでは、この入り口から出口までを、ひとつの巨大なAIが丸ごと一気通貫で処理してしまう。
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もっと分かりやすく言えば、将来のE2Eを搭載した車では、エンジン、トランスミッション、ブレーキ、サスペンション、ステアリング、ナビといったすべてのハードウェアを、ひとつの高性能なAIコンピューターが連携して制御することになる。

これにより、

カーブを検知してエンジン特性をリアルタイムに変える

サスペンションの減衰力を瞬時に調整する

回生ブレーキやエンジンブレーキを状況に応じて最適化する

AIがドライバーの運転傾向を学習し、好みに合わせる

といった、これまでにない高度で有機的な車両制御が可能になるわけだ。

このE2E自動運転のベースにあるのは、ChatGPTや画像生成AI(Midjourneyなど)と全く同じ仕組みのソフトウェア技術(大規模なニューラルネットワーク)だ。
そのため、車はスマートフォンのように進化する。インターネット経由(OTA)でAIソフトウェアを更新すれば、ディーラーに行かずとも車の走行性能や賢さがアップデートされていく。
ユーザーが車を買い替える基準も、これまでの馬力や燃費ではなく、「このAIソフトの乗り味が良いから」「次も同じソフトウェアのOSがいいから」という基準に変わってくるだろう。
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すでに中国市場では、この考え方が実用化・大普及のフェーズに入っている。高精度なGPSや地図データに頼る自動運転ではなく、カメラ映像からAIが自ら判断する自動運転だ。テスラが先鞭をつけたこの領域に、中国のファーウェイ(Huawei)、BYD、シャオミ(Xiaomi)、ジーカー(Zeekr)といった面々が一斉に移行を完了させ、時にはテスラ以上と評価されるほどの激しい市場競争を繰り広げている。

では、迎え撃つ日本車はどうなのか。
日本勢は独自の「安全第一の日本品質」を担保しながら、このE2Eや高度な自動運転への猛烈なシフトを開始している。

① 日産
先ごろ新型エルグランドを投入した日産は、次世代AI自動運転の先駆者であるイギリスの「Wayve(ウェイブ)」や「Uber」と提携し、次世代システムの開発を加速させている。

② トヨタ・ホンダ
桁違いのIT投資が必要なこの領域に対抗するため、トヨタは数千億円規模とも言われる巨大AIスパコン基盤「シャドー」への投資を本格化。さらに、実験都市「Woven City」でのリアルなデータ収集を組み合わせ、中国勢のスピードに対抗しようとしている。ホンダとの間で様々なアライアンス(提携)の可能性が囁かれ続けるのも、この巨額のAI投資を1社だけで支えるのがいかに困難か、という裏返しでもある。
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今後、E2Eの主導権を握るのは、先進性を猛スピードで突き詰める中国・テスラ連合か、それとも安全性を最重視する日本勢か。いずれにせよ、高性能な車載半導体が求められ、常にネットと繋がることが大前提の時代になった。

つまり、E2Eとは単なる運転支援の機能にとどまらず、車が『巨大なAIソフトウェアの器(SDV)』になるという、これまでの常識がガラリと覆るような大転換なのだ。

ハードウェアの強みだけで勝てない時代、日本の自動車メーカーが『ソフトウェア企業』として世界にどう立ち向かうのか。半導体やAIスパコンへの投資も含め、本当の勝負はここから始まるのかもしれない。

※ 自動運転の最新トレンドやE2Eの仕組みについては、日経クロステック等の各種技術報道を参考にしています。
Posted at 2026/07/18 22:11:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自動車産業 | クルマ
2026年07月12日 イイね!

新プロジェクトXでロードスターの開発秘話を見て思う。

新プロジェクトXでロードスターの開発秘話を見て思う。 NHKの「新プロジェクトX」でマツダロードスターが取り上げられた。NHKとマツダとの間にパイプがあるのか、マツダの広報がうまいのか…そこはわからないが、前回のプロジェクトXから既に5回も取り上げられている。
初回:ロータリーエンジン開発
2回目:ルマン24時間レース制覇
3回目:RX-8開発
4回目:MX-30 秘話(番組ではなくショートストーリー)
 そして今回は「市民に愛されたスポーツカー」として取り上げられたわけだ。
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さて、私の予想では、初代ロードスターの開発にあたって、当時の開発主査の平井敏彦氏を中心に、かなり苦難があって当時を振り返るだけのストーリーと思っていたのだが、初代に携わった池水直行氏、貴島孝雄氏だけでなく、現在の開発主査である齋藤茂樹氏までゲスト出演されていた。もちろん現行4代目モデルの開発主査の山本修弘氏、チーフデザイナーの中山雅氏もほんの少しだが、出演していたのだ。
 
 つまり4代目までわずか46分で放送したのである。きっとマニアの方には、取り扱ってほしい様々なエピソードがあったかもしれないが、全ては難しい。故に4代目までの開発秘話であった。
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 ロードスターが4代目まで継承されているのは、御存知「人馬一体」である。そして、決して速くはないのに、運転していて「楽しい」ということである。貴島氏が番組の中で「今までの開発は、他社の車と比較して燃費どうかとかエンジンパワーがどうかとか、数値で表されることを比較して作っていた。でも、そこからドライバーが楽しく感じることを作ろうというのは初めて…」と話をしている。
 また、やはり貴島氏のインタビューの中で、思想家・老子の言葉を引用して「足るを知る」という言葉が出る。これを紐解くと、「足る」とは、十分であること・満たされていること。それが身分(自分の今の状況)にふさわしい満足感、という意味を表わしているという。したがって「足るを知る」とは、現在の自分の状況に満足する、今目の前にあるものに対して感謝する、という意味であるらしい。

 ロードスターに当てはまると、番組の中でも「もっと馬力のあるエンジンを積んだからもっと楽しかったのに」という質問に、「自分が操れるスキルを持っていればいいですけど、そのエンジンを踏み込んだ時にこれは走りすぎていると、アクセルを控えたいと。それは、控えるというのはストレスになる…」と答える。そして「どんな人も自分のスキルに合わせて操れる」のが平井氏の神髄という。
 だからこそ、ロードスターが多くのユーザーに支持されている所以である。
また、他のマツダの車に乗ってもその人馬一体という源流が流れていることが、マツダの深い魅力に引き込まれる理由でもある。
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 番組の終わりに、ナレーターの田口トモロヲ氏は今の自動車産業の未来が混沌をしていることを述べる。自動運転のテスラをはじめ、手放しで移動できる自動車が走る。日本の自動車産業の行く末に対して、何を選び、どの道を進むのか、ロードスターが問いかけていると締めくくっている。

 多くの車は、安全にかつできるだけ早い時間で目的地に到着することを念頭に開発されてきた。その一方で車を移動するためのツールではなく、趣味としての一面を持たせた車も開発されてきた。また、今後は環境問題も含め、CO²の排出を抑えた車も求められている。日本の家電は生産コストからくる価格競争や過剰性能などで遅れを取った。結果衰退がはじまったといわれる。
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 今後高齢化社会に進む多くの国においては、自動運転や安全支援システムは必須である。しかし、やはり車を運転する(操る)楽しさを持つ車は必ず求められると思う。そのとき、日本の自動車が他国のメーカーと同じ土俵に乗っていては必ず、家電企業と同じになるのではないか。自動車は便利である。しかし、同時に自動車は乗ることによって楽しさや喜びをもたらすものである。他社に真似ができなかったロードスターは、その意味で今後の日本の自動車メーカーに、「自動車には楽しさが必要である」と訴えているのではないかと思った。
Posted at 2026/07/12 13:08:08 | コメント(3) | トラックバック(0) | mazda | 日記
2026年07月11日 イイね!

ウルトラマン60周年に思う

ウルトラマン60周年に思うウルトラマンの最初の放送から60年になるという。私には初代ウルトラマンの放送を見たわけではない。私の中でのウルトラマンは「帰ってきたウルトラマン」がリアルタイムで見たウルトラマンである。この「帰ってきたウルトラマン」は後のシリーズ化につながるエポックメイキングな作品であった。

当時は、「なぜ『帰ってきた』なのか」も分からず、「正義の味方」であることやMAT(MONSTER ATTACK TEAMの略称)の使われる飛行機や車が魅力的に思えたものだ。

当時、仮面ライダーも同じ年(1971年)に放送が始まったのだが、蜘蛛男やサソリ男などの設定が自分には合わず、ウルトラマンの方が馴染めたことから、ウルトラマンだけを見るようになった。

また、前後編になると後編が待ち遠しくて仕方がなかった。例えば「シーゴラス」と「シーモンス」のときは特撮ってわかっていても高波が怖くなり、ベムスターのときはあまりにも非力なウルトラマンに「誰が助けるんだ」とハラハラしたものだ。

しかし、無敵のウルトラブレスレットがウルトラセブンから渡されてからは、安心して見ることができた。

この「帰ってきたウルトラマン」では、それまで怪獣に対する特別組織が、英語を使うことで、地球防衛軍という位置づけが明確になった。

使われる兵器のデザインもリアル性が強くなって、マットアロー1号は垂直尾翼が2枚になり、エンジンのエアインテークもファントムⅡと同じボディサイドに置かれた。また、マットアロー1号や2号が2機編隊で登場した。また、マットビハイクル(MAZDAコスモスポーツ)は、外観はほぼフルノーマルであったことも印象的だった。確かにマットビハイクルに兵器を積むこともあったが、それは稀で、むしろジープにバズーカを搭載して攻撃することのほうが多かったのだが。

MATのメンバーも個性派揃いだった。モデル出身の団時朗氏が演ずる郷秀樹。眉間によくシワを寄せたのを、私も真似たものだ。

And, 組織にありがちな理想論を言う役の岸田文男役を、今も元気な西田健氏。また、郷秀樹の良き同僚である上野一平役を昨年他界した三井恒氏、また郷に兄貴的な存在となった南猛役をキカイダー01でも有名な池田駿介氏。そして紅一点の丘ゆり子役を桂木美加氏(一回怪獣になったなぁ、このお姉さん)。
そして初代隊長で情に厚い加藤隊長を塚本信夫氏、声が何となく隊長っぽい感じがした。そして2代目の隊長で厳しさと優しさとを持った伊吹隊長をベテラン俳優の根上淳氏が演じた。しかし、このメンバーのほとんどが他界されているのは寂しい限りだ。

この「帰ってきたウルトラマン」はその後の作品に大きな足跡を残したと思う。

1. ウルトラ兄弟というそれまでなかったコンセプトができた。これにより単発作品ではなくシリーズ展開することができた。
2. 怪獣から被害を防ぐ防衛チームを世界的な組織に位置づけた。
3. ウルトラブレスレットという「なんでもあり」な兵器が登場したこと。これによってストーリーのマンネリ化が解消方向になったこと。
4. 途中でキャスト変更(隊長の交代)があったが、それが作品のマイナスにならなかった。

5. 「MATのテーマ」というBGMで採用された男性によるスキャットは、のちに「ワンダバ」と言われるキャラクター出撃シーンの演出に使われるようになった。
6. ウルトラマンで のちに準レギュラー怪獣となるバルタン星人やゼットンが再登場した。

お詳しい方なら、まだまだコアな話があると思うが、この作品は大きな存在となった。

私としてもマットアロー1号は、後に私が好きなF-14トムキャットになんかしら共通点がある。双発エンジン、双垂直尾翼は一目瞭然である。
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また、マットビハイクルは、トミカのコスモスポーツを何台も購入した。なぜかコスモスポーツ、どういうわけかホワイトのボディだった。だからいつも油性の赤でラインを描き足したことは言うまでもない。
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そして今、マツダの車から離れられないのは、あの時から何かが始まっていたのかもしれない。

ウルトラマン…。テレビの創成期に作られた子供向けと思われた番組だったが、やはりこれに影響を受けた人々は多いと思う。ウルトラマンが残したものは、他のアニメと同様に大きなものになったと思う。これからのAIの時代にこのようなものができるのだろうか?

Posted at 2026/07/11 21:22:09 | コメント(3) | トラックバック(0) | 雑感 | 日記
2026年07月05日 イイね!

鹿児島「山形屋」の底力

鹿児島「山形屋」の底力昨日は年老いた母とこちらでは唯一の百貨店、「山形屋」に行った。

鹿児島の地元の百貨店なのになぜ「山形」なのか。それは歴史を紐解くとわかる。

ウィキによれば

山形屋の創業者は、近江商人の血を受け継ぐ山形県庄内地方で生まれ育ち、山形から上方にベニバナや呉服の行商をしていた北前船商人の源衛門。源衛門がベニバナの行商を始めたのは1751年(宝暦元年)。その後、呉服も扱うようになった源衛門は、薩摩藩主である島津重豪が、商業振興のため日本各地から商人を招いていることを知り、一家を挙げて薩摩藩への移住を決意。1772年(安永元年)、薩摩藩主の許可を得て今の鹿児島市金生町に鹿児島城下唯一の呉服店である山形屋を創業。呉服と古着の販売で礎を築く。

とある。

また、山形屋のロゴである丸に岩は百貨店として岩元信兵衛が基礎を作ったことから、この岩元家の岩が由来である。

しかし、御存じの通り、鹿児島市において、イオンショッピングモールの進出や鹿児島中央駅にアミュプラザができたこと、またコロナ禍には、長期休業、営業時間の短縮、催事の中止を余儀なくされ、外出自粛も長引いた影響で来店客数と売上高も大幅に減り、赤字額が膨らみ、ついに山形屋は事業再生ADRを申請し鹿児島銀行の支援を受け経営再建に乗り出すこととなった。

しかし、地元の高齢の世代を中心に「山形屋」はプレミアムブランドであり、この山形屋に行くことは、お洒落をしていくところである。また、贈答品を山形屋の袋に入れて、お世話になった方に渡すと喜ばれることもある。

さて、昨日は、年に数回開催される「黄札市」だった。季節の変わり目にある「在庫一掃セール」がこの黄札市である。母は、この山形屋の黄札市があると知ると、じっとしていることができない。一昨日も、朝職場についたとたんに、母から電話で「あしたぁさぁ、黄札市があるのよ。連れて行ってよ」と言われた。

しかし、山形屋の現在のネックは駐車場の問題である。立体駐車場は旧式化してしまい、閉鎖。さらにはもともとの駐車場も昭和の設計のため、3ナンバーにはかなり狭い。そのため、嫁に依頼をして途中まで乗せてもらい、母を連れていくことになった。母も年齢が80代になり、足がおぼつかないため、10数分歩くと休憩をしてしまう。そのため、信号のある交差点を渡ることはまず、困難である。そのため、山形屋に近いところで降車した。

そして山形屋では、車椅子で移動することに。

今週末はこちらの「おぎおんさぁ」という祭りが夜からあるということで観光客も含めてかなりの人手があった。

目指すは6階で、ここではよくイベントが開かれている。今回もごった返していて多くの人がいた。あちこチの有名な食べ物の販売コーナーでは行列ができていた。車椅子で移動するにはなかなか難しいほどで、時折店員さんに客の流れを止めてもらうほどだった。

母のお目当てはブラウスなどの衣料と地下街の食べ物である。店員さんといろいろ探すこと30分。

6階で目ざとく自分にお気に入りの服を見つけると地下街へ。

地下街も有名どころの洋菓子はもとより和菓子の老舗の店舗やお惣菜が活気があった。こちらも行列があちこちにできていた。佃煮やちょっとしたお菓子を購入したあとは、定番の「金生まんじゅう」の列に。昔から母に連れられてここに来るとこのまんじゅうを作る機械がガラス越しに見えて、何十分でも待つことができたものだ。

今回は嫁方の親戚に配るものをいくつか購入。そして母も満足したか帰りたいというので1階へ。

1階は高級ブランドのバッグ、宝石、時計が並ぶ店舗がある。冷静に見ていると何となく歩いている人もおしゃれである。中年男性、初老の男性もカジュアルスーツに革靴という人もいればカンカン帽のような帽子をおしゃれに着こなしている男性もいた。また、女性もイヤリングや光り物が目立った人もいた。また、ホットパンツを穿き、サングラスをかけて歩く若い女性の姿もあった。

今持って山形屋に行くのはこちらでは特別なのだ。しかし、なぜ山形屋が気軽に行けなくなったか、今回その理由が少し見えてきた。もともと山形屋がここで隆盛を迎えたのは、交通の要衝だったからだ。鹿児島市の市電の停留所の前であり、鹿児島交通のバスターミナルがあり、そして鹿児島駅に近く、桜島フェリーの港にも移動できる距離だった。

しかし、今や交通機関の主流は自家用車になり、駐車場も設置したが、ハイルーフ軽やSUVにはついて行けなかった。さらには広大な駐車場を持つショッピングモールと比較すると確かに劣る。また、店内の移動も建物が旧式化したことで少々手狭である。

ただ、ショッピングモールやアミュにないのは働く人々のサービスである。困っている人を逃さない。あちらこちらに立っている店員さんの動きは早い。それだけに年齢の高い客には安心感があるのだろうと思う。

日本では既に百貨店というコンセプトは終焉と言われる。あらゆる県で閉店していく百貨店が報じられる。

山形屋が再生していくにはかなり困難な道程のように思える。しかし、働いている人々は地元唯一の百貨店として踏ん張っていると感じた。今持って山形屋の◯◯物産展ではかなりの収益があるという。コロナ禍以前はイベントがあると周辺の道路は混雑するほどであった。もう、山形屋でなければ手に入らないというのは金生まんじゅうぐらいしかない。

山形屋に行けば、夢が見られるようなことや楽しいイベントがあればきっと人が戻ってくるのではないか。近くに駐車場を確保したり、思い切った店舗の改装を行ったりすれば、また、あのときの活気が出てくるかもしれない。

Posted at 2026/07/05 19:22:29 | コメント(2) | トラックバック(0) | 雑感 | 日記

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「こんなことがあるのかぁ…。 "「走行中にモーターを産んだ?」浸水でも安心と豪語した直後にBYDのSUVで起きたこと" https://l.smartnews.com/m-88IsYXgQ/OG5alX
何シテル?   07/20 14:45
妙にこだわりのあるへんなやつですがよろしくお願いします。あまりうまくしゃべれません・・・・人付き合いが下手です。泣 最近、突然フォローの申請をされる方がおられ...
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愛車一覧

マツダ CX-3 2代目 嫁の3 (マツダ CX-3)
2代目のCX-3 パワーアップされているだけに燃費は少し伸びないかもしれません。
マツダ プレマシー マツダ プレマシー
この車でも10万キロ突破したいなあ・・・・
マツダ CX-3 嫁の3 (マツダ CX-3)
嫁の車
日産 シルビア 日産 シルビア
オヤジの車を乗り回していました。
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