昨夜、NHKで放送された「インサイド・トヨタ」。事前の予告段階から自動車関連サイトでも大きな話題になっていたため、目にした人も多いのではないだろうか。今回の番組の焦点は、Cセグメントの絶対的エースである「次期カローラ」の開発現場を通して描かれた、新興勢力である中国車メーカーとの激しい開発競争の舞台裏であった。一般的に車好きであれば、新車が発売される際に書店に並ぶムック本「〇〇〇のすべて」などで、デザインのこだわりやプラットフォームの開発経緯、新しい装備などのエピソードを目にすることができる。しかし、この番組が凄かったのは、そうした表舞台の開発風景だけでなく、新型車両のデザインや仕様の命運を握る「最重要決定会議」の生々しい様子にまでカメラが入っていた点にある。

中国メーカーの「2年サイクル」に立ち向かう、トヨタの葛藤
今回の次期カローラで目指されているのは、ガソリン、ハイブリッド(HEV)、プラグインハイブリッド(PHEV)、そして電気自動車(BEV)のすべてを同じ土俵で網羅できるマルチなプラットフォーム。さらに、開発期間を劇的に短縮するため、プラットフォーム(下屋)とボディ(上屋)の開発を同時に進めるという大改革に挑んでいた。この超ド級の効率化の背景にあるのが、テスラや中国メーカーへの対抗策だ。驚くべきことに、現在の中国車はわずか「2年」というスピードでモデルチェンジを行っているという。もちろん、トヨタとしては単にそのスピード勝負の土俵に盲目的に上がるわけではない。トヨタならではの「高い品質」と「安心感」を担保した上で市場に投入する構えだが、そのための開発現場の苦悩は計り知れないものがある。カメラの前でも、エンジニア同士が開発期間や仕様をめぐって激しい議論と衝突を繰り返していた。それぞれの現場責任者の本音や、ものづくりの根幹を問うエンジニアの葛藤がそのまま映し出されており、胸が熱くなるシーンばかりであった。これまでのやり方を変えることには、当然大きな無理や反発が伴う。しかし、その衝突から逃げず、変革を成し遂げなければ生き残れないという、経営陣の凄まじい危機感がひしひしと伝わってきた。
豊田章男会長の厳しい問い、そしてミッドシップの未来
番組のクライマックスの一つが、世界中の役員や担当エンジニアが100名近く集まる、新型車の開発決定会議の様子であった。並べられた新型車のモックアップを前に、カローラの開発責任者が商品説明を行う中、“モリゾウ”こと豊田章男会長から鋭い質問が飛ぶ。「良品廉価というけれど、本当に廉価なのか?」担当者は「原価ポテンシャルを下げ、本当に必要なものだけを足していく……」と必死に答えていたが、あの場のエンジニアの胃はキリキリと痛んでいたに違いない。さらに豊田会長はこう言葉を続けた。「千人の無責任な人の情報を取るよりも、本当にこの車が欲しいという10名の意見を取りあげるのがいい」また、普段はサングラス姿でユニークな発言の多い中島裕樹副社長の言葉も印象的であった。
「(トヨタには現在ない)小さなBEVができる良さと、エンジンのついた車でも車高の低い車ができる良さがある」これは、以前動画などでも紹介されていた「新開発のコンパクトな次世代4気筒エンジン」のことではないかと推測できる。
また、雑誌などで次期MR2とも噂されている「ミッドシップの実験車両」の開発風景も取り上げられていた。利益が出にくいミッドシップスポーツをなぜ今作るのか。ライバルである日産GT-Rやポルシェ911とサーキットで比較しながら、担当者は「旋回性能の技術や技能を蓄積するための実験」と語っていたが、その先にはさらなる未来があると考える。かつてマツダがラージ商品群(CX-60など)を開発する際、あえてFR(後輪駆動・縦置き)を選択したのは、バッテリーやモーターを効率よく配置し、電動化による重量配分を最適化するためであった。今回のトヨタのミッドシップ実験も、まさに「電動化時代におけるスポーツカーのパッケージ」の模索ではないだろうか。バッテリーやモーターを車体の中央に集中配置するパッケージを、この実験車(あるいはGRヤリスなどの知見)を通して鍛え上げているように思えてならない。

「立ち止まり、考え、改善する」という日本メーカーの勝算
番組の最後は、豊田章男会長のインタビューで締めくくられた。「日本は小さな国だが、存在感がある。世界から『日本が選ばれないと生き残れない』」という言葉には重みがあった。
かつてマツダが「SKYACTIVテクノロジー」を発表した際、開発と生産の現場が密接に連携する「一括企画」によって、魅力的なデザインと高い技術を両立させた。小回りの利く規模だからこそ素早くできたマツダに対し、巨大企業のトヨタがいま、生き残りをかけて本気で同じような組織改革に挑んでいる。
AIを駆使し、驚異的なスピードで欧州車をも超越するデザインやソフトウェアを繰出していく中国メーカーの勢いは確かに脅威だ。
しかし、かつて2010年に大規模リコール問題に直面した際、豊田章男氏はアメリカの公聴会でこのように語っていた。
「トヨタはここ数年の間、急速にビジネスを拡大しました。率直に言って、私自身、速すぎたと思うほどのペースでした。トヨタの優先要件は、第一に安全、次に品質、 tender(そして)量です。これらの要件が混乱し、以前のように立ち止まり考え改善するということが出来なくなっていました。お客様の声を聞くという私たちの基本姿勢がおろそかになっていました。」
急激な成長の影で一度立ち止まり、本質を見失った過去があるからこそ、いまのトヨタはスピードの濁流に飲まれず、一歩踏みとどまれる強さがある。「どれだけ時代が急いでも、立ち止まり、考え、改善する」この愚直なまでのものづくりの姿勢と価値観こそが、これからの激動の時代において、日本メーカーが世界に打ち勝つ最大の勝算になるのではないか。番組を見終えた今、そう強く感じている。
Posted at 2026/07/20 11:27:03 | |
トラックバック(0) |
トヨタ | クルマ