セダンと言えば…このシリーズ、一旦自分としては幕を引いたつもりでいたのだが…続編として再スタートである。今回はサニーである。
さてサニーの初代は1966年の4月にデビューした。なお、ライバルカローラは同年10月にデビューである。
私がサニーで覚えているのは6代目のトラッドサニーであった。当時はご存知の通りビートルズのBGMにおしゃれなCMだった。
そして平成2年1月、7代目にバトンタッチ。トラッドサニーからはキープコンセプトだったようだが、当時のスクエアなトラッドからすれば丸みを帯びたセダンだった。そしてデビュー当時は歴代モデルで最も高品質を追求したモデルだった。確かに親父が代車で借りてきたトラッドよりはインテリアがかなり洗練されたうえに静粛性もかなりよかった。
また、当時の日産がセフィーロでも採用された自分の好みを選べるスーパーセレクションがあってエクステリア、インテリア、足まわりを自由に選べた。
私の記憶ではGT-Sルックというエアロが付くと6万円、内装もGT-Sインテリアを選ぶと2万円が追加されたと記憶している。また、このクラス初の1.8ℓのSR18DEを搭載したGT-Sというグレードもあった。
当時のベストモータリングでは散々なサニーであるが、実はこの1.6ℓよりも1.5ℓ(MT)の方がエンジンとしては頑張っていて、ゼロヨン17.9秒、ゼロ100が11.4秒であった。これは1.6ℓMTよりもタイムが少々落ちるが1.6ℓのATよりは速いのである(1.6ℓAT ゼロヨン18.5秒 ゼロ10011.9秒)。だから当時の1.5ℓではかなり健闘していたようである(モーターファン別冊 第80弾 新型サニー&NXクーペのすべてより)。このタイムに実感がわかないので私の持つ一番古いカーグラの巻末資料のテストのデーターで見てみると初代のニッサンリーフがゼロヨンが18.0秒、ゼロ100が11.3秒であった。
では、後発の他車と比較すると

サニー最終モデル(B15 1998年 - 2006年)スーパーサルーン
ゼロヨンが19.2秒、ゼロ100が13.7秒

シビック7代目 (EU型 2000年-2005年)iE(1.5ℓAT)
ゼロヨンが20.3秒、ゼロ100が11.7秒

カリーナ最終モデル(T21 1996年 - 2001年)1.8Si
ゼロヨンが18.4秒、ゼロ100が12.1秒
データーはいずれも2001年カーグラフィック8月号より
ま、当時はどの車も軽かったからの結果なのだが、1.6ℓのスーチャーや可変VALVEを積んだレビンやシビックには到底追いつけなかった。それでも当時はかなり優秀であったことが分かる。ましてや足回りは日産の901運動の運動の流れを汲んでいることもあってコーナーはとても楽しい車だった。
1993年 8代目B14にモデルチェンジ
このモデルは燃費が良くなったことを全面的にアピールし「12mile Sunny」というキャッチフレーズでスタート。サイドビューは流麗だが、フロントとリアのデザインはライバルカローラよりも貧祖に感じた。この頃から日産のセダンのデザインの迷走が始まっていたと思う。販売台数もかなり減少し、試乗をしたけれどコストダウンが分かりやすい乗り心地だったのを記憶している。テコ入れとしてツーリングカー選手権に投入されたり、リアセクションの見直しをしてテールライトも変更されたが、既に他社には追い付けない状況になっていた。
1998年 9代目 B15 最終モデルへ
スタイルはB12やB13に戻されたようなクラシカルなスクエアになった。しかし、当時としてはRVブームになり、セダンを購入するのはそれまでこのクラスを支えてきた世代つまり高齢者になってしまった。ニッサンの可変バルブタイミングリフト機構をもつ1.6 VZ-Rもラインアップしたが売れ行きは伸びなかった。
ご存知のようにその後サニーは「ティーダ」として名前を変えてセダンからハッチバックとして再スタートをする。ライバルのセダンも売れ行きが落ちる中、カローラは販売力でシビックは販売を国外に向けて、ファミリアは世界販売を念頭に入れ大型化、インプレッサとランサーはWRCへ生き残りをかけ、ジェミニは消滅した。
サニーはカローラを追う立場であることによって保守的であり続けることを求められ、革新的なデザインに挑戦できなかったことが消滅の道に繋がったのかもしれない。
Posted at 2022/01/20 00:07:34 | |
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