
何回も行っているので道は知っているけど今日も「
モンプレジール」と叫んで目的地設定。そのままだと高速に乗っちゃうので有料道を使用しない設定にしてスタート。
316tiの時に使っていたポータブルナビだと対向車が来たら絶対に行き違えない道とか、目的地に入るのに片側2車線の所を対向車を待って右折するガイド。でも今回のナビ、広い道を選んでくれるし、目的地が2車線の道を対向車が切れるのを待って入るようなガイドをしない、少々遠回りだけど左折で入れるようなガイドで有難い。
今日のケーキ、といってもケーキでは無くて「幸せコルネ」。持ち帰ってもいいけど、ここで食べるとクリームがひんやりしている状態でおいしく食べられるのでお勧め。
お茶をした後、関越の具合はどうかと見て見た。道を挟んだ向う側の土手の下が関越。上りも下りも大渋滞でした。
関越を覗いてから高田博厚の新渡戸稲造の胸像を見に行った。御存じのように台湾製糖業の父、その新渡戸を支えたのが北大。
台湾に渡った北大卒業生たち - HUSCAP - 北海道大学
高坂の彫刻プロムナードの高田博厚の作品、1kmの道の両側に32の作品が展示してある。年ごとにだんだんと色が変わってくる、風・雪・雨・太陽の自然に、さらされると言うより守られていると感じる。
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モンプレジール近くの県立比企丘陵自然公園にある
埼玉県平和資料館に行った。近くなので必要はなかったけど「埼玉県立平和資料館」と叫んでナビをセット。この手前には
大東文化大学:ビアトリクス・ポター資料館がある。
当り前だけどすぐに着く。展望塔からの眺めはいいですね。展望塔には観光地に良くある望遠鏡がなんと無料で使える。なので望遠鏡で観ていたら、定峰峠近くの堂平天文台のドームが見えた、お試しあれ。
展示品を見る。概略はホームページをご参照。
↓焼夷弾。私が生まれて育ったのは恵比寿だったけど家の床下にはこれと同じ焼夷弾の殻が3本程あった。恵比寿麦酒の工場が爆撃され、その余波で我が家(私が生まれる前だけど)も焼かれた。残ったのは犬小屋だけだったと、その犬小屋は物置になっていた記憶が残っている。
↓陶製手榴弾。いつぞや埼玉県の河原で沢山の陶製手榴弾のかけらがあるとの話題がありましたよね。鉄も無く、陶器で作った手榴弾、米軍の資料にもありましたよね、破壊力は無いと。この手榴弾を作っていた工場の方の手記がありました、「製作中に事故で爆発する事があっても怪我はしない」と。戦争末期には、通常の手榴弾が作れなくなり、米軍が上陸するであろう海岸地域にはこの陶製手榴弾が集中的に配置されたと。
沖縄戦、集団自決で「手榴弾で」という記述がよくある。でもこの時期に通常の手榴弾はもうない、通常の手榴弾は兵士だけに少量支給され、その他はこの陶製手榴弾。遺骨収集の時、大腿骨の周辺からこの陶製の手榴弾が発掘される。ポケットに入れていた。
当然、この手榴弾での自決は出来ない、だからポケットにいれたまま砲撃等で倒れたのかと思う。大きな音を出して相手を驚かすだけの手榴弾、手榴弾で自決と良く書いてあるけど・・・
↓朝日新聞、「いけいけどんどん」だったんですよね。当時の社旗には「戦いはこれからだ」と染めてありましたよね。
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埼玉ピースミュージアム(東松山市)は魅力満載
Posted at 2017/08/13 21:16:51 | |
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