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タケラッタのブログ一覧

2022年05月28日 イイね!

伝説のモナコGP 「誰が勝ったの? えっ、俺?」 大混乱のモナコGP(1982年)

伝説のモナコGP 「誰が勝ったの? えっ、俺?」  大混乱のモナコGP(1982年)モナコGPウィークという事もあり、某Web記事のマネをしていますが、如何でしょうか?


まー、特に評判を気にしている訳ではありませんがね。


と言う訳で、需要の有り無しを気にする事も無く、またしてもモナコGPネタのブログです。





昨日、日曜日の決勝が雨になりそうという事で、かつての「雨のモナコGP」について紹介しましたが、雨のモナコと言って思い出されるレースには、1984年のレースもあります。


伝説のF1レーサーであり、モナコ・マイスターと言われたアイルトン・セナのデビュー年に、弱小チームのトールマンで、「赤旗が提示されなければ優勝したかも」な、あのレースです。



でも、こちらは有名な話なので、今日のブログは、その2年前の やはり雨絡みのレースで、昨日のブログに書いた1996年以上にドタバタだった、1982年のレースについてです。





この年のF1はターボ全盛となっており、フェラーリ、ルノー、そして ブラバムが強いシーズンでした。


ただ、モナコGPは、前戦のゾルダーでの悲劇(ジル・ヴィルヌーヴの事故死)があった為、フェラーリはピローニのみの1カーエントリーでしたが。




レースは、P.P.を獲得した ルノーのアルヌーが飛び出し、トップを独走しますが、14周目にスピンを喫し、リタイア。


代わって首位に躍り出たのは、アルヌーの同僚のプロストでした。




レース終盤になると雨が降り始めましたが、2位に約30秒の大差をつけていた為、誰の目にもプロストの勝利は確実かと思われましたが……





残り3周となったところで、トップを独走していたプロストがストレートで単独スピン&クラッシュ。




労せずしてトップに躍り出たパトレーゼ(ブラバム)でしたが、パトレーゼまでもがロウズ・ヘアピンでスピン。



パトレーゼは、クラッシュは免れましたが、ほぼ手中に収めていた筈のF1初勝利が手元から零れていきました。


最終周、トップはフェラーリのピローニ。



周回遅れと絡んだ影響でフロントノーズを失ってはいましたが、あと一周マシンを持ってくるだけで、勝利はピローニのものになる筈でした。


しかし……



ピローニのマシンは、トンネルの中でストップ……ガス欠でした。


あろうことか、2位のチェザリスまでもがガス欠でストップ。


残り3周になってから、トップに立った者が次々と消えていき、なかなかゴールラインに優勝者が戻ってこないというドタバタ劇。





伝統のモナコでF1初優勝を飾れる筈だった、失意のパトレーゼが戻ってきました。



しかし、ゴールラインで最初にチェッカーフラッグを受けたのはパトレーゼだったのです。


この時、パトレーゼは自分が優勝した事に気付いていませんでした。(当時は無線が無かったからねぇ)


なお、2位と3位は、ガス欠でストップしたピローニとチェザリスが入りました。


少しだけ余計に燃料を積んでいれば、優勝出来たんですがねぇ。


皆さん、ガソリン残量には気を付けましょうね。(←えっ、レベルが違い過ぎ?)
Posted at 2022/05/28 23:56:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2022年05月27日 イイね!

伝説のモナコGP 完走、僅か3台! 雨のモナコGP(1996年)

伝説のモナコGP 完走、僅か3台!  雨のモナコGP(1996年)今年から金曜日からの開催になったモナコGP。


初日のプラクティス(FP1、FP2)が終わりました。


やはり、今回もフェラーリが速そうですね。


ルクレールは、今年こそ実力で母国GPのP.P.を獲得できそうです。


ただ、決勝は雨の確率が高いので、P.P.を取ったからと言って、簡単には勝てないかもしれません。


まぁ、P.P.を獲得しても決勝を走れなかった去年よりはマシか……。





雨のモナコと言えば、1996年のモナコGPは雨絡みのアクシデントで大波乱の展開となり、完走 僅か3台という超サバイバルレースとなった一戦でした。(ちなみに、チェッカーは受けていないが完走扱いという車も4台いて、記録上は完走7台です)


優勝したのは、リジェのオリビエ・パニス。

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パニスは、翌年 ブリヂストン・ユーザーのエース格となりましたが、1996年のリジェ&パニスは、優勝が狙えるようなチームや選手ではありませんでした。


そんなパニスが、なぜ勝てたのでしょうか?





1996年は、2年連続でチャンピオンを獲得していたM・シューマッハが当時低迷していたフェラーリに移籍した為、No.1チームはヒル&ヴィルヌーヴのウィリアムズで、そこに シューマッハが抜けたベネトン、そして シューマッハが加わったフェラーリが続くといった序列でした。


予選こそシューマッハが P.P.を獲得しますが、決勝はスタートでヒルが首位に立ちます。

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ヒルの後ろには、シューマッハ、そして、ベネトンのアレジ、ベルガーが続きます。


パニスはというと、予選が14位に終わった為、スタート前は優勝どころか、ポイント獲得も難しい状況でした。


しかし、午前中に降った雨で、路面は完全にウェットであり、序盤からクラッシュが頻発、10周にも満たない段階で 10台がリタイア。(M・シューマッハもオープニングラップでクラッシュ&リタイアしています)





レース中盤、路面が乾き始めた為、各車がドライタイヤに交換。


このタイヤ交換を利用し、パニスが順位を上げてきており、気が付けば表彰台が狙えるところまで来ていました。(パニスの車は、ピットでの停止時間が短くなる様、燃料を多めに積んでいた)


とは言え、さすがに優勝が狙えるとまではいきません。


トップのヒルは、2位のアレジに20秒以上の差をつけて独走態勢……


しかし、快調にトップを走っていたヒルのマシンが、突然ルノーエンジンがブローし、リタイアを余儀なくされます。


元祖 モナコマイスターである、父 グラハム・ヒルに続き、親子2代でモナコ・ウィナーになる夢は儚く散ったのでした。





これで、2位だったアレジに、キャリア2勝目のチャンスが巡ってきました。

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アレジは2位に30秒以上の大差をつけていましたが、残り15周というところでアレジのマシンにもトラブルが発生。


絶好の優勝機を逃したアレジは、前年のチャンピオンチームのベネトンに移籍したにも拘わらず、その年1勝も出来ずに終わりました。


勝利の女神に見放されたアレジは、その後はマシンに恵まれる事なく、通算1勝のまま現役を引退する事になったのです。


もし、モナコで優勝できていたら、アレジにはもっと良い未来が待っていたかもしれんせんね。





さて、上位陣に悲喜こもごもがあったレースは、後続車にも牙をむき、67周目にヴィルヌーヴとバドエルが接触して両車リタイア。


71周目にはフェラーリのアーバインがスピン、ミカ・サロとミカ・ハッキネンの ミカミカコンビ(笑)が巻き込まれ、この3台もリタイア。


残り2周となったところで4位のフレンツェンもピットに戻り、そのままレースを終えました。(記録上は完走扱い)





ウェット路面でペースが遅かったり、アクシデント多発でレース展開が遅かった事もあり、規定周回数の78周に満たない75周でレースは終了。


スタート時には誰も予想しなかった、オリビエ・パニスの初優勝で幕を閉じました。

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ちなみに、無限ホンダ・エンジンの初優勝でもあります。


結局、最後まで走ってチェッカーを受けたのは、優勝したパニスの他は、2位のクルサード(マクラーレン)、3位のハーバート(ザウバー)の3台だけでした。



今ほど完走率は高くなかったとは思いますが……22台中 完走3台? 少な過ぎでしょ!


いや、まあ、「そして、誰もいなくなった」とならなくて良かったけどね。(汗)
Posted at 2022/05/28 06:27:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2022年05月26日 イイね!

伝説のモナコGP 「ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!」(1992年)

伝説のモナコGP 「ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!」(1992年)今週末はF1 モナコGPですね。


今までモナコGPは木曜日から開催されていたので、例年通りならば 今日から開催されている筈でしたが、今年から他のGPと同様、金曜日からの開催となりました。


そもそも、モナコGPが木曜日から開催されてきた理由は、キリスト昇天祭の祝日となる5月の2週目か3週目の木曜日に日程を合わせるというものでした。


その為、他のGPと異なり、初日のプラクティスが木曜日に実施された後、金曜日が休息日となる4日間の日程となり、それがまた F1モナコGPの独特な雰囲気を作り出していたのでした。(金曜日には、F1パイロットはレーシングスーツからタキシードに着替え、VIPが集まるパーティに参加したのです)





あれっ、何の話だっけ?


あ、そうそう、「伝説のモナコGP」です。


この時期になると、ネットでも過去の名シーンが度々取り上げられますが、やはりダントツに多いのが 1992年のモナコGPです。


今年も、こんなWeb記事が出ていましたよ。


【伝説のモナコGP】アイルトン・セナが”ライオン”を飼い慣らした日




記事の原文は、Jonathan Nobleという英国人が書いたようですが、折角なので、Web記事の紹介ではなく、自分なりに 1992年 F1 第6戦 モナコGPを振り返ってみましょうか。





1992年のF1は、開幕戦からウィリアムズ FW14Bが猛威を振るい、マンセルが開幕5連勝、第4戦でパトレーゼがリタイアした以外は全戦 1,2フィニッシュと、他を全く寄せ付けない状況でした。


前年のチャンピオンであるアイルトン・セナをもってしても、ウィリアムズには全く歯が立ちません。


そんな状況下で迎えた第6戦のモナコは、特殊な市街地サーキットであり、一般的にはマシンの差が出にくいドライバーズ・サーキットと呼ばれていますが、ホンダのエンジンパワーだけが頼りのマクラーレンMP4/7Aにとっては、味方になってくれるコースではありませんでした。


予選でもウィリアムズのマンセルがP.P.、2位にもパトレーゼが続いてフロントローを独占。


3位となったセナとP.P.のマンセルとのタイム差は 1.113秒もありました。





1992年のモナコGPは、50回目の開催となる記念すべきレースでもありました。


そのレースでは、スタート直後の1コーナー(サン・デボーテ)で、セナがパトレーゼのインを突き、2番手に浮上します。




最初の数周こそマンセルについて行けたセナでしたが、マシンの差があり過ぎました。


すぐにマンセルは見えなくなり、一旦は差をつけた筈のパトレーゼがセナのマシンの背後に迫ります。


その後ろには、フェラーリのアレジや、F1参戦2年目でモナコ初見参のシューマッハ(ベネトン)らが続いていました。





しかし、レースが落ち着いてくると、基本的にはマンセルがトップを独走、セナもパトレーゼを引き離す事に成功し、2位を単独走行となっていきます。


その間、3位以降ではバトルが繰り広げられていましたが……。


レース序盤は、アレジvsシューマッハという若手同士のバトル、




アレジが接触のダメージでリタイアした後は、200戦錬磨のパトレーゼ vs 初めてモナコのシューマッハ(←命名は今宮さん) というベテラン対若手のバトルが TVの放送時間の大部分を占めていました。


そうそう、カペリのフェラーリがガードレールに乗り上げるなんて珍事もありましたっけ。







後方のドタバタも、トップのマンセルには関係なく、ルノー&マンセルのモナコ初優勝は盤石かに見えましたが……


「そのウィリアムズなんですが、ピットの方が騒がしいですね。タイヤを用意していますね」


当時のフジテレビのF1中継では、現在は解説者席で解説している川井一仁氏が、現地でピットレポーターをしておりまして、ウィリアムズチームの変化を察知してレポートを上げてきたのです。


当時の国際映像は、ウィリアムズのピットの変化に気付いていませんでした。


間もなく、フジテレビの独自のカメラがピットインしてくるマンセルの姿を捉え、実況の三宅アナが絶叫!



フジテレビの隣の放送ブースでは、その様子を見てギョッとしていたそうです。





ピットインした原因は左リアに異常を感じた為でした。


一応、パンクチャ―という事になっていますが、放送中の川井ちゃんのレポートによると、GoodYearのエンジニアは「圧は抜けていない」とコメントしていたそうですが…。


川井ちゃんのレポートは続き、左リアのホイールにアップライトが当たったのか、内側が削れているのを発見!



残念ながら、カメラが切り替わるのが遅く、ホイールの内側は一瞬しか映りませんでした。





このシーズンに入ってから、初めてウィリアムズの前に他のマシンが走りましたが、絶対的に速いマシン、そしてニュータイヤを履いた訳ですから、マンセルのマシンはとんでもない勢いで迫ってきます。


「マンセル、22秒!」


73周目、マンセルは1分22秒974のファステストラップを刻みます。


あと5周あれば追い付くかもという放送席の予想は、次の周にあっさりと更新されます。


「この勢いです、この速さです、なんと1分21秒598!


残り3周となったところで、マンセルはセナのマシンの後ろについてしまいました。





しかし、セナは決して抜かせたりはしません。


「ホンダの方も『ボタンを押せ!』と言ってますね」


ここぞという時に押すオーバーテイクボタンを、防御の為に使えというのです。


放送時の川井ちゃんのピットレポートは上の通りでしたが、実は裏話が有って、実はこの時、セナのマシンの走行可能距離はマイナスを示していたそうです。


このペースでアクセルを踏んでたら、ゴールまで燃料持たないって事。


ただ、ホンダのエンジニアとしても「千載一遇のチャンスを逃す訳には行かない! 行けるところまで行け!」という事だったそうです。





「完全に速さではウィリアムズの方が上」


コースマーシャルは、速さが違い過ぎる事からブルーフラッグを提示します。



しかし、セナが譲る訳がありません。


「マンセルが外から、どこからでも行く、どのコーナでも行くが…抜けない」


「セナ、スライドしながら抑えていく!」



今も昔も変わらない、モナコの唯一といっていいオーバーテイクポイント、トンネル出口のシケインも、セナはマシンを横にしつつ抑え込みました。


「レッド5が、右に左に、懸命にプレッシャーを掛けますが…抜けない!」


「どんなにしても抜けない、ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!」







いやー、覚えてるもんですねぇ。


50回目のモナコGPは、歴史に残る伝説のレースとなりました。


出来過ぎな感じがするのは、ゴール直後にホンダエンジンが煙を吹いた事ですね。


「最後の最後、ギリギリいっぱいのところまで、マクラーレン・ホンダは我慢しました!」



もっとも、ウィニングランから帰ってきた後、最後にバーンアウトかましてましたから、エンジンは全く問題無かったんでしょうけど……





放送の締めに今宮さんが言った「50回記念伝説」、しかし、30年経っても伝説のレースとして語り継がれる事になるとは思いませんでした。




ただ、最近のモナコGPってつまらないレースが多いんですよねー。


「どんなにしても抜けない、ここはモナコ、モンテカルロ、絶対に抜けない!」


1992年はそんな状況に大興奮したのですが、今ではそれが大問題なのです。


先頭に立ちさえすれば抜かれないので速く走る必要は無いばかりか、むしろタイヤを使ってしまうのを嫌って、意識して遅いペースで走るようになった。


2018年などは、トップを走るダニエル・リカルドのマシンのMGU-Kが機能せず、200ps近いパワーダウンとなりましたが、誰にも抜かれる事なくトップでチェッカーを受け、前に居座ってしまえばどんなに遅いマシンでも勝ててしまうって事を証明しちゃいましたからね。


ホント、パレードランの様な、クソつまらないレースが多くなりました。


空力的にオーバーテイクしにくくなっているっていう事もあるんでしょうが、物理的にマシンが大きくなり過ぎたので、狭いモナコのコースでは もうレースをする事に無理があるのかもしれないですね。


今週末のレース、面白いレースになるかなぁ……
Posted at 2022/05/27 07:05:05 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1 | 日記
2022年05月24日 イイね!

レトロ・デザイン

レトロ・デザイン「最近、車活動が出来てません」


一昨日、ブログに書いた言葉ですが、出来ていないのは『車遊び』であり、『車の運転』はそれなりにしています。


日曜日の大黒PAも、PAに寄ってはいないものの、毎週 間近を通過はしていたりします。(汗)


まー、使っていれば 色々と問題は起きるもので、そうなるとメンテのお願いをしに行ったりもします。





そんなお店の1つであるCARBOXさんに、先週末に行った時の事。


相変わらず、ショールーム内には500X が…



なんだ、まだ売れ残ってるのぉ?(早く売り切っちゃってよぉ)


「いや、この個体は残ってますけど、Yacht Club、結構 売れてるんですよ」


…… Sさん、一体 CARBOXで 500X Yacht Club を何台仕入れたんですか?


「全部で8台仕入れてます」


ガーン、それじゃいつまで経っても在庫切れにならねぇじゃん!





さて、↑ でも話題にした 500X のデザイン・モチーフは、1957年に登場した ヌォーバ500 です。




まぁ、「500Xが」というより、3代目フィアット500が ヌォーバ500をデザイン・モチーフに誕生、




クロスオーバー・タイプの500X や、ミニバン・タイプの 500L は フィアット500 の派生車ですがね。







フィアット500だけでなく、ミニ や ビートル など、かつての名車をデザイン・モチーフにした車は結構あります。





今年、誕生50周年を迎えるルノー5(サンク)も、2024年には新型車として(EVで?)復活するようです。


(写真は2021年に発表されたプロトタイプ)






実は、かつての名車を現在の技術でもう一度出して欲しい車が有るんですよねー。


それは……


パンダです!





いや、キミじゃないから……。(汗)





フィアット・パンダ(1980-1999年)




鬼才と呼ばれた ジョルジェット・ジウジアーロ が設計した初代パンダ。


この車の写真を見て、皆さんはどういう印象を持ちましたか?


カワイイ? それとも オシャレ?


今、見たらそういう感想も有りかもしれないけど、当時、このデザインを見た時、私は衝撃を受けました。


何しろ、フロントスクリーンを含めた 全てのガラスが、コスト削減の為に平面ガラスを用いているのですよ。




その他のボディパーツも、全てが直線&平面で構成されており、安っぽく見えても仕方ないデザインの筈でした。


しかし、ジウジアーロは 無機質にならざるを得ない筈のデザインテイストを、スペース効率に優れたスタイリングへと昇華させたのです。





ボディデザインだけではなく、内装も簡素そのもの。


シンプル極まりないインパネ&ステアリングホイール。




そして、パイプフレームに布を張っただけの様な、通称「ハンモックシート」。




初代フィアット・パンダは、現代では想像もつかない程、簡素な車でしたが、不思議と安っぽさを感じない車でした。


当時の日本のベーシックカーの代表が、「アルト47万円」でお馴染みとなったこの車。



何故、日本車は パンダの様な車を開発することが出来ないのだろうか? って思ってましたねー。






そういう思い出があったからこそ、2代目パンダが発表された時はガッカリしました。




えっ、これがパンダ?


結構、現代風な ミニバン、もしくは SUV風なスタイリングになりましたが、逆にどこにでもいそうな、『パンダでなくちゃ!』という車ではなくなってしまいました。



それは、3代目となった現行モデルにも言えます。





「この程度なら、国産車で十分」そう思っちゃうのですよねぇ。





初代のオリジナルデザインをモチーフにした車を、もう一度作ってくれないだろうか。


そんな事を CARBOXのSさんに話したのですが、Sさんが驚きの一言を発しました。


「2代目も、現行の3代目も、初代パンダをモチーフにしているんですよ」


ええっ、この車がぁ?




どぉ見ても、同じデザインには見えないけどねぇ。




まぁ、目(ヘッドライト)の周りが黒いところなんかは、パンダ っぽいとは言えるかもだけど……。(笑)


Posted at 2022/05/25 23:30:46 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2022年05月24日 イイね!

MTで操れるスーパー・スポーツ・セダン

MT大好きなタケラッタは、スポーツカーだけではなく、セダンであってもMTが好きです。


「ああ、また ジュリアの話か」


そう思ったでしょ?




ところが、これが違うんだなー。(笑)





ビー・エム・ダブリューは5月24日、「BMW M」の設立50周年を記念した限定車「M3 50th Anniversary Limited」の注文受付を開始しました。




今回の限定車は、特別色だとか、カタログモデルには無い(だが、本国仕様にはある)装備の採用とかいう、安直な限定車とは訳が違います。


まぁ、ブログの導入部でMTって書いているから分かるでしょうが、今回の「M3 50th Anniversary Limited」は、日本未導入の6速MT仕様なのですよ!


(注意:日本でも M4には、現行モデルにも MTモデル「M4 Coupe」の設定が有ります)

他メーカーが軒並み MT車の設定を止める中、そして当のBMWも 新しいM3では MTどころか、DCTからトルコンATにチェンジしてしまっていたので、このMT復活は(限定とはいえ)嬉しいじゃないですか!






設立50周年という事だからなのか、日本国内50台限定だそうです。


50台の内訳は、「アルピン・ホワイト」が20台、




「ブラック・サファイア」が20台、




「シナバー・レッド」が10台だそうです。




なお、シナバー・レッドは 初代M3(E30)で採用されたヘリテージ・カラーなのだそうですよ。



そう言われれば、そんなカラーリングの E30 M3を見た事ある気がする…。





一度は(日本仕様の)カタログから落ちた、M3のMT。


昨日のブログでも書いたエリーゼの様に「もう、手に入らないと思うと欲しくなる」ので、争奪戦になるかもしれませんよ!?


ちなみに、価格は 13,590,000円で、受注受付は BMWオンライン・ストア限定だそうです。(受付期間は、5月24日11時〜6月15日23時59分)


申込は こちら まで。(注:決してBMWの回し者ではありません)





なお、日本市場に導入されているカタログモデルの M3は、全車「M3 Competition」であり、510psを発揮するエンジンが搭載されていますが、今回の「M3 50th Anniversary Limited」は、 M4に存在するMTモデル「M4 Coupe」と同じ480psのエンジンの様ですね。


だったら、510psを MTで操れる、今のジュリア・クアドリフォリオの方がいいな。(笑)




って、結局それが言いたかっただけかいっ!(爆)
Posted at 2022/05/24 20:59:32 | コメント(1) | トラックバック(0) | BMW | 日記

プロフィール

「今朝のニャンコ

今日は月度締めの月イチ出社の為、いつもより早めのご飯🍚でした。

「まだ眠いニャ〜」」
何シテル?   04/26 07:17
タケラッタです。 子供の頃からの夢、ポルシェを手にしただけでは飽き足らず、遂にロータスまで買ってしまいました。 実用性はないかもしれないけれど、運転する事自...
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