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タケラッタのブログ一覧

2024年03月29日 イイね!

グループBの隆盛

グループBの隆盛グループBがサーキットを走る事はありませんでしたが、ラリーフィールドではグループB車両によってレースが行われました。


今回は、前回ブログで触れられなかった、WRCを戦ったグループB車両について書いていきます。




1982年

グループB初年度である1982年の世界ラリー選手権(WRC)は、移行期という事でグループ4との混走となりました。


当時のWRCは、前年からアウディが持ち込んだ4WDが、グラベル(未舗装路)やアイスバーンといった低μ路で圧倒的な強さを発揮。




4WDがチャンピオンを獲得するのは時間の問題と思われましたが、この年ランチアが新レギュレーションのグループB車両に選んだのは、4WDではなくかつてストラトスでラリーを制覇した実績のあるミッドシップ車両(ランチア ラリー 037)でした。




はたして、勝つのは新世代4WDマシンのアウディ クワトロか? それともミッドシップの ランチア 037か?


勝ったのは、コンベンショナルな FRのオペル アスコナのW.ロールでした。(笑)


(まぁ、マニュファクチャラーズタイトルはアウディが獲得していますが…)



1983年

この年からはグループBに統一され、前年はグループ4だったアウディ クワトロもグループBとなりました。


ちなみに、国産メーカーもグループB車両でラリーに参戦しています。(トヨタはセリカ、日産は240RS)





この年は、アウディ(クワトロ)とランチア(ラリー 037)の一騎討ちとなりましたが、マニュファクチャラーズタイトルを手にしたのはランチア(写真 左、ドライバーは W.ロール)でした。



なお、ドライバーズタイトルを獲得したのはアウディのミッコラ(同 右)でした。



1984年

前年、マニュファクチャラーズタイトルを制したランチアのエースだったW.ロールが「もはや後輪駆動では勝負にならない」と発言し、アウディへ移籍。


クワトロの熟成も進んだ事もあって、ロールの言葉通り二駆の037では勝負にならず、シーズン半ばにはアウディがダブルタイトルを決めてしまいます。


何か、「グループBの隆盛」と言うより「アウディ クワトロの隆盛」って感じになってないか?


安心してください、履いて…





このシーズンのタイトル争いには絡まなかったものの、グループB車両として重要な意味を持つマシンがデビューしています。


それが プジョー 205ターボ16 です。



見た目こそ、プジョーのFFコンパクトカー 205の形をしていましたが、ターボエンジンをミッドシップし、駆動力を前後輪に配分した4WDでした。


この年は本格参戦前の実践テストという意味合いではあったものの、シーズン終盤で3連勝し、ダブルタイトルを決めたアウディ クワトロすら寄せ付けない速さをみせたのでした。




1985年

前年に登場したプジョー 205ターボ16は、ミッドシップ+4WDという絶対的なパッケージによってシーズンを席巻、7勝を挙げてチャンピオンシップを獲得しました。



もはや、4WDのアウディ クワトロも 4WDというだけでは勝てない状態となりました。


当然、後輪駆動のラリー 037では勝ち目がないランチアは、最終戦のRACラリーで プジョーと同じミッドシップ・フルタイム四駆である デルタS4を登場させます。



この デルタS4は、ミッドシップ四駆というだけではなく、エンジンがターボ+スーパーチャージャーというツインチャージエンジンでした。


低速域はタイムラグのないSCで、中高速域はターボで加給する事で全域レスポンスに優れ、デルタS4はデビュー戦を1,2フィニッシュで飾るのでした。



1986年

1986年は、さらに特徴的なマシンがデビューしました。


フォード RS200



プジョーやランチアが、中身こそバケモノですが見た目は市販車というマシンだったのに対し、フォードは外観もラリー専用マシンとしました。


MGメトロ 6R4



ベース車両こそMGメトロでしたが、エアロパーツはもはやボディワークと言うより、ウイングそのもの。


まぁ、開発にはF1のウィリアムズも絡んでいたと聞けば納得ですが。



この頃には、グループB車両は1トンを大幅に切る軽量ボディに約600psという大パワーエンジンを搭載するモンスターマシンとなっていました。


高速化したラリーは、度々重大事故も発生していましたが、FISAはイベントとして盛り上がっている事から、競技の危険性自体は問題視せず、イベント主催者側の管理のマズさと見なしていたのです。


しかし…




つづく
Posted at 2024/03/30 01:58:01 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2024年03月28日 イイね!

グループBの誕生

グループBの誕生二日ほど車とは無縁なブログが続いたので、本日は車ネタで行きます。(笑)


先週、とある みん友さんから要望があったようなので(笑)、本日は ”グループB” について書いてみます。



グループB

1982年に 当時の国際自動車スポーツ連盟(FISA) によって定められた自動車レースに使用する競技車両のカテゴリーの 1つ。


カテゴリーはアルファベットで表され、主なカテゴリーとしては以下のものがありました。

・グループA
 連続する12ヶ月間に5000台製造された車両
・グループB
 連続する12ヶ月間に200台製造された車両
・グループC
 2枚のドアを有する(実質的に2座の)レーシングカー


それまでのカテゴリー分けは1~8までの数字で分けられていて、こちらの主なカテゴリーは以下の様なものでした。

・グループ4
 連続する24ヶ月間に400台製造された車両
・グループ5
 外観だけ市販車の形状を有する車両(俗に言うシルエットフォーミュラーカー)
・グループ6
 2座席のレーシングカー


各クラスの車種をポルシェで説明すると、グループ4 が量産車の911 をベースにチューニングを施した 934


グループ5 は "外観は911" という 935


グループ6 が 936 でした。


ポルシェは、車名の1の桁がグループ名だったので分かり易かったです。(笑)




1982年のカテゴリー変更では、大雑把に言えば グループ4がグループB、グループ6がグループCに変更された感じです。


なんか グループ5に替わるカテゴリが無い感じですが、そもそも グループ5の「外観が市販車」というレギュレーションに合致する為には、最低でも下位カテゴリであるグループ4の400台製造を満たす必要がありました。


当時のスポーツカー選手権はグループ5で行われていましたが、ほぼポルシェの独壇場であり、BMWは「ポルシェに勝つ為」に M1を開発する事になります。



ただ、本来のBMWとは異なる車だった為、レギュレーションの400台製造の達成には困難を極めました。(その話はまた別の機会に…)


結局のところは、製造台数を義務付けたという意味ではグループ4とグループ5は同じだったんですよね。





ちょっと話が長くなりましたが、グループBは「連続する12ヶ月間に200台製造された車両」であり、従来カテゴリーであるグループ4の「連続する24か月間に400台生産された車両」から負担を軽減したものになった訳です。


FISAにしてみれば、参入障壁を低くして、多くのメーカーの参加を促したかったのでしょうね。


そして、そんなFISAの思惑通り、WRC(ラリー)には多くのマニファクチャラーが参戦しました。





ところで、グループ4〜6の説明ではレーシングカーを例にしていましたが、グループB車両にはラリーカーのイメージしか持っていない人も多いのではないでしょうか?


しかし、グループBは決してラリーカー専用のカテゴリーではありません。


あくまで"競技車両"のカテゴリーであり、それはサーキットを走るレーシングカーにも適用されるものです。


グループB車両がラリーカーばかりなのは、当時のラリー選手権(WRC)を戦っていた車両がグループ4であり、スムーズにグループBに置き換っていったからです。


その一方で、サーキットを走るレースはと言うと、BMW M1のところでも述べましたが、ポルシェ935が強過ぎた為、レースカテゴリー自体が無くなってしまったのです。


新たなレギュレーションでの耐久選手権(WEC)は、グループCで行われていました。







しかし、数は少ないものの、サーキットレースを念頭にしたグループB車両の開発を行っていたメーカーもありました。


その、数少ない車というのが…



フェラーリ288GTO



1984年のジュネーブショーで発表された288GTOは、エンツォが関わった最後の車である F40のベースとなった車でもあります。


GTOのOは、ホモロゲートを表すイタリア語『オモロガート(Omologato)』の頭文字で、その名の通りグループBのホモロゲートを満たす車として開発されました。


まあ、どちらかと言うと、フェラーリの歴史的名車 250GTO へのリスペクトだと思いますが…。





ポルシェ959



959は、1983年のフランクフルトモーターショーで発表された"グルッペB"をベースとして、1986年に登場しました。


ただ、この959をグループBと呼んで良いのかというと微妙なところが…。


この959が登場した1986年、事実上グループBが終焉。


前出のフェラーリ288GTOを含め、グループB車両として開発はしたものの、戦う筈だったグループBレースは開催される事も無く、カテゴリー自体が無くなってしまったのです。




長くなったので……


ーつづくー
Posted at 2024/03/28 23:40:22 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2024年03月27日 イイね!

下書きブログが消えるんだが…

夜中に 何シテル? にあげた件ですが…


最近、立て続けに編集中のブログが消えるトラブルが起きています。(昨日のブログは時事ネタだったので、消えた時にはムカつきました)


その原因が、うっかりミスなのか、仕様の不備なのかが分かっていないのですが…





みんカラでブログを書いている人なら、投稿前に編集中のブログを消してしまった経験があると思います。(笑)


私も、何度か編集中のブログを消した事があり、それ以降、投稿できるレベルにまで達するまでは、まずは下書きでセーブするという習慣が出来ました。


しかし、下書きを活用しだしたのは、相当昔の話であり、ついこの間という訳ではありません。


なのに、何故?




今のところ、編集中のブログを消してしまうのは、スマホのアプリを使っている時に限ります。


下書き自体は、PC、スマホ、どちらでも行います。


まとまった時間がある時はPCで、出先など ちょっとした時間を利用して修正する場合はスマホのアプリを使います。


スマホのアプリは、以前は出先で閲覧するだけだったのですが、この 1、2年で修正も行う様になりました。


とはいえ、既に年単位のアプリ使用歴があるので、今更操作ミスもしないと思うのですが…。




昨日のケースでは、

1) 夜、風呂に入る為に、途中まで書いていたブログを下書き保存(下書き:A)
2) 風呂から上がり、入浴中に思い浮かんだ内容を下書きに追記(下書き:A→B)
3) 髪を乾かすなどの為、一旦スマホを置く(下書き:B)
4) 追記を続けようとスマホを手にする(下書き:B)
5) みんカラアプリがセーブ前の下書きを再読み込みしてしまう(下書き:B→A)


他にも、他のサイトで調べ物をした後、みんカラアプリに戻る時にも 下書きを再読み込みしたような…


まぁ、明確に再読み込みをさせた覚えはないものの、画面遷移時に下書き再読み込みが行われるケースがある気がします。





スマホの使い方を変えた覚えは無いので、スマホ(Android)側の仕様変更でしょうか?


それとも、アプリのアップデート?(みんカラアプリって、勝手にアップデートされますかね?)


どちらにしても、下書き修正を行う時も頻繁にセーブする癖をつけようと思います。
Posted at 2024/03/27 18:00:41 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記
2024年03月26日 イイね!

自民党終了のお知らせ

自民党終了のお知らせ何シテル? でも呟いたネタですが、自民党の二階俊博元幹事長が次の衆院選に出馬しない事を表明、記者会見を行いましたが、その際、記者に向かって「ばか野郎」と…


もうね、子供の頃に言った「バカって言った方がバカなんだぞー!」ってセリフが浮かんできましたよ。


一応、本人は

「私はこの際、自らの政治的責任を明らかにすべく、本日、岸田文雄自民党総裁に対し、次期衆議院選挙に出馬しないことを伝えた」

という事なのですが…


政治的責任を果たすのであれば、『次の選挙に出馬しない』ではなく『議員辞職』じゃねーの?


それに、明らかにすべき ”政治的責任” ってどれの事よ?


3年間で書籍代3500万円の件?


それとも、自民党から5年間に約50億円の政策活動費を受け取ってた件か?


それらの疑惑に一切答えもせずに「自らの政治的責任を明らかに」じゃねーだろっ!



しかも、自身の会見にも拘らず、記者からの質問に答えていたのは側近の林幹雄衆院議員だし



本人はテーブルに掴まったまま…、見ようによっては立っているのがやっとという感じ。




これじゃ、記者が「年齢(≒衰え)が理由か?」と聞きたくなるのも当然。


それを逆切れして「ばか野郎!」って……







まぁ、老いぼれの親中議員がどうなろうと興味は無いのですが、この老害議員の「不出馬」の表明に関する ”自民党関係者” の反応が


「自民党の再起を強く促す出処進退であると、重く受け止めた」



ですからねぇ。


国民が考えている ”政治的責任” は、責任の所在をハッキリとさせる事ですよ!


二階なんて、処分される前に逃げただけじゃないか。


それを、『再起を強く促す』だとか『重く受け止めた』なんて言ったところで、有権者が納得する訳がないって思わないのかね?




”安倍派の裏金疑惑” の件もそう。


安倍さんがやめると決めた政治資金パーティーのキックバック、一度はやめると決まったものは ”誰かが” 撤回を決めない限りキックバックが行われる事は無いのに、何故誰も知らないの?


そんな説明で国民が納得する訳がないじゃないか!


何で政治家ってそんな事も分からないのでしょうかね?


まぁ、色々な政治力学ってものがあるのでしょうけど…


例えば、”誰かが” 「俺の頃にやっていた事を何故やめるんだ」って言われて、やめるにやめられなくなったとか?


(画像には何らの意図もありません)




この辺にも岸田総理の無能を感じます。


安倍派、二階派に問題発覚した際、安倍派の大臣は全員更迭したのに、二階派は更迭せず。


自身が政倫審に出席してまで安倍派幹部を吊るし上げにしたくせに、その先の処分に踏み込めない。(まぁ、安倍派を遡れば森派ですからねぇ)


安倍さんが亡くなった事で、全責任を安倍派(っていうか、派閥解散したのに、いつまで安倍派って呼んでるんだ?)に押し付けたものの、長老には手出しできない。


もし、岸田総理が二階や森を糾弾したら、支持率も上がると思うが……まぁ、出来ないだろうねぇ。


長老議員を切らないと、自民党が終わるよ。


っていうか、自民党の若手議員は岸田も切りたいのかもしれんが……






蛇足。


個人的には、旧安倍派の裏金疑惑より、二階の約50億円の政策活動費の方が悪質だと思います。


政治資金パーティーは支援者と議員との金銭のやり取りであり、本質的には当事者が納得していれば良いものだと思います。(裏金作りなど政治資金規正法に違反はしているものの、記載さえ正しく行っていればここまでの問題にはならない)


対して、政策活動費って 元は政党助成金であり税金でしょ。


ルール上領収書はいらないので「適切に使っている」の一言で片付けようとしてるのだが、50億円もの税金が使途不明だなんて…


こういうところにも、トカゲの尻尾切りじゃないけど、安倍さんが亡くなった事をいいことに、安倍派を切る事で乗り切ろうとする意図を感じるのだが…
Posted at 2024/03/27 15:04:00 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2024年03月25日 イイね!

4ドアセダン

4ドアセダン昨日のリバイバルカフェで、古のジュリアを気に入った我が奥さまですが…


何故にジュリアなの?


しかも Tipo105 って…。


Tipo105が登場したのは 1962年、もう60年以上昔の車です。




一般的には、4ドアセダンは実用性の高い車ですが、さすがにここまで旧いと日常の足車にするには無理があり過ぎです。


奥さん的には、ジャガーEタイプと違って、実用車枠なら買い替え候補になると思ったのでしょうか。


大体、何で旧いイタ車なの? 絶対ヤバい奴じゃん。(汗)


まだ、ドイツ車なら旧くても何とかなりそうだけど…


「だって、ドイツ車って当たり前すぎてつまらないし…」


あのー、ポルシェだってドイツ車なんだが…


「英国車のセダンだと、何があるかなー」


スマホで検索を始める奥さま…


「ウーズレーとか?」



ウーズレー? なんてマイナーな車…っていうか、BMC時代にモーリスなどの大衆車ベースに、バッジエンジニアリングで生まれた車なんだが…


ま、まさか、戦前のウーズレーじゃないよねっ!?




「アストンマーティンにセダン無いの?……あ、ラゴンダって車があるよっ」


それ、大黒PAで見た事あるけど、メッチャデカい車ですがな。




とにかく全長が長い車で……えーと、ネットで画像を探して…これがイイかな?



うーん、デカいっ!(ちなみに、ボディ寸法は 全長×全幅×全高 5353×1800×1320mm です)


逗子の道を走るには、"ちょっとだけ"取り回しに苦労すると思いますよ。(笑)




最近、とみに旧車路線に走っている奥さまですが、私は「車は走ってナンボ」と思っているので、そこまで旧車に興味はありません。


まぁ空冷ポルシェは旧車と言えるかもしれませんが、それでも私の964は 1993年製であり、平成の車なのですよ。


旧い車、それも英国製の4ドアセダン?


興味無いか……と言えば、そんな事も……無きにしも非ず。(汗)



光岡ビュートじゃないですよ!?(笑)


ジャガーMk2です。




1955年に登場した 2.4サルーン(Mk1)




そのマイナーチェンジ版として 1959年に登場したのが Mk2です。


50年代はさすがに旧過ぎる?


ところが、このジャガーMk2には、90年代にレストアされたクルマがあるのです。(今風に言えば ”レストモッド” ですね)


それが、ニュージーランド人のグレゴリー.M.ビーチャムがレストアした ビーチャム・ジャガーMK II です。




この車には、エンジン、ミッションなどのオーバーホールや、インテリアのリフレッシュはもちろんの事、当時物よりも耐久性、信頼性が向上したパーツが使用されています。



MTは、オリジナルのMk2は4MTですが、ビーチャム・ジャガーMK IIには 5MTが組み合わされています。(もちろん、ATモデルもあります)


ボディ寸法が 全長×全幅×全高:4590×1690×1460mm とコンパクトでありながら、3.8ℓ 直6エンジンを搭載、性能的にも十分。


ジャガーEタイプは無理だけど、コイツなら……


いやいや、4ドアセダンとして ソレ買うくらいなら、やっぱりコッチでしょ!(爆)

Posted at 2024/03/26 03:16:11 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日記

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何シテル?   04/26 07:17
タケラッタです。 子供の頃からの夢、ポルシェを手にしただけでは飽き足らず、遂にロータスまで買ってしまいました。 実用性はないかもしれないけれど、運転する事自...
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