
あけましておめでとうございます。
三ヶ日位はみんカラもフェイスブックも休もうかな、と思ったのですが、書きたいことが貯まるだけですので書く事にしました。
本日は、毎年恒例の初売りに行ってまいりました。去年はデイバッグとフレグランスを買いましたが、今年は通勤用カバン、ネクタイ、革靴、普段着用シャツと、仕事用のものが中心となりました。
カバンについて
現在使っているカバンは、材質が高耐久だったのか5年ももってしまいました。さすがに痛みやくたびれ感が出てまいりました。カバンとしての機能は十分ですし、雨天時用として併用しようと考えておりますが、新調することにしました。
入れ物を買うときには、当然入れるものを考慮します。しかし、今やカバンに入れるものがあまりないことに気づきました。仕事は当然持ち帰り禁止、書類はないか、あっても会社のサーバー内に保管されています。資料を持ってお客様のところを訪問し、契約書にサインをもらう仕事ではありません。時折、ノートパソコンや着替えを持って出張することはありますが、それ用の出張カバンはすでにあります。
となると、財布、名刺入れ、手帳筆記用具等、ハンカチ、ティッシュ、携帯電話などの私物しか入れていきません。仕事用カバンなのに仕事用のものは入れないことに気づきました。かつて、学校の終業式に手ぶらで行ったら、親に叱られたことがありました。しかし、仕事場に私物のカバンを持っていくことは、もはや時代遅れのように感じられました。通勤電車における「盾」になっていますね。
小売業や銀行は私物カバン持ち込み禁止で、製造業ではカメラ付き携帯電話持ち込み禁止と聞きました。みなさんのお仕事ではいかがですか?
普段着を購入するにあたり、街中の観察もしました。いくつか、最近の事情が見えてきました。
服を購入する場所のドーナツ化現象
ドーナツ化現象とは、高度経済成長期に起こった現象です。都心などの市街地中心には、戦争直後に建てられた、木造の狭い住宅しかありませんでした。収入が良くなり、都市郊外に宅地が造成されると、人々は郊外へ移住し、都心の人口が減少しました。人々の住居が都心を取り巻く様子をして、食べ物のドーナツに例えてこう言ったのです。
さて、私は都市郊外のショッピングモールがある駅に自転車を止め、都心のショッピングビルに言ってまいりました。しかし、そのショッピングビルに来る人は年々減っているように感じます。これまでは、エスカレーター乗り場に、列を作るためのベルトが貼られていましたが、もう何年も見ていません。また、各売場にもごった返すような人出はありませんでした。
これまで、おしゃれな服を買うためには都内に出る必要がある、とされていました。しかし、買い物は都市郊外(外環道や国道16号、圏央道)のショッピングモールでも充分、となりつつあるようです。
さらに、「グラムールセールス」なる、洋服関係専門のショッピングサイト「グラムールセールス」なるものがあることを昨秋に知りました。最近は、福袋もインターネットで事前予約が出来るそうです。もはや、服を買うために出かけること自体が、斜陽になってきたのかもしれません。でも、服は見て触って試着して買ったほうが良いと思いますよ。
ブルーデニムの立ち位置低下
ブルーデニムが「自由民権の象徴」とされ、反体制派の若者が好んで着たのは、昭和46年頃のようです。その後、普通の若者が履くようになったのは、昭和52年頃のようです。昭和55年頃になると、子供服にも導入され、デニムの半ズボン姿が子供の定番服になりました。
しかし、昭和63年頃になるとバブル期になり、服がカジュアルからフォーマルへシフトされ、デニムはお金がない学生が履くもの、とすらされてしまいました。吉田栄作氏は、白いヘインズのTシャツに敗れたデニム(ダメージデニムという言葉はありませんでした)をトレードマークにしていましたが、彼の臭い演技とともに、古い服扱いになってしまいました。
バブル景気が終わると、徐々に服にお金をかけなくなり、1994年頃には白いポロシャツにリーバイスのデニムスタイルが格好良い、とされました。渋谷にいる若者がするカジュアル、ということで、「渋カジ」なる言葉も生まれました。そこに目をつけ、ジーンズカジュアル専門店が数多く生まれました。ジーンズメイトがその一つです。
多くの人が着ると競争が生まれるもので、1999年頃になると、昭和40年代っぽくて格好悪いとされていたベルボトムが、ブーツカットとして復活しました。それこそ、松の廊下のような地面に引きずる裾の人もいました。当然ですが汚れますので、不潔だったなあ。デニムを1回履いただけで洗う人もいないでしょうが、「デニムを洗うと痛む」とかいう理由で洗わず、悪臭を放っている人もいましたよ。
2005年頃に「これからはスキニーデニムだ」という報道がありました。足にぴったり着くような細身のデニムです。1988年頃に流行ったデニムが、「ももは太く足首付近が細い、テーパード」というスタイルであったために、「そんな古臭いデザイン、いったい誰が履くんだ?」と思っていました。しかし、2009年位から急速にスキニー化が進み、足首付近のシワのつくり方に各社の提案が見られるようになりました。
やや遅れて男性用デニムもスキニー化が進みました。細身スタイルを生かし、女性にはロングブーツにデニムの裾を入れる、「乗馬スタイル」、夏場にはひざ下までロールアップするスタイルも流行りましたね。
ともに、脚長効果を狙ったものです。でも、昔からあるようですよ。黄色いパンツの人の映像は、昭和52年のものです。
そして、2014年終わりくらいから、その年の夏にはやった白デニムを含めて、デニムスタイルの後退が顕著になってきました。最近の報道によると、20歳代の女性の15%はデニムを持っていないのだとか??
そんなこんなで街中を観察していますと、確かにブルーデニムではない人が多数います。男性でブルーデニムの人は、普段はスーツなんだろうなあ、と思しき中年男性、おしゃれとはちょっと縁遠そうな人ばかりした。
女性も同様、ブルーデニムどころかパンツルックが絶滅危惧種です。行きつけのお店も、これまではデザインデニムを看板の一つにしていましたが、今季はなんとそれを半額で販売しています。買おうか悩みましたが、こんな状況下ですので。ひとまず見送りました。
これを最後にデニムがなくなることはないでしょうが、デニム冬の時代に向かっているようです。
ダウンジャケット
みなさんご存知のように、今年の冬は本当に暖かいです。最高気温が10℃を下回ったり、強い風が吹いているとダウンジャケット姿の人が出てくるようですが、10℃を超えるとコートスタイルになるようです。ダウンジャケットを始め、スポーツ用としての雰囲気が出てくる服は好まれなくなっているような感じがします。
ただし、現在のようにダウンジャケットからウールのコートにシフトされたのが、おおよそ4年前です。そろそろ折り返し点に差し掛かっているように感じます。
ブーツ
ロングブーツは脚長効果があり、さらに膝まで覆う、「ニーハイ」なるものも出てきていました。ただ、これはあまりにアニメキャラクターっぽい、ということで、20歳前後の人にしか選ばれていなかったようです。
8年くらい前に「ブーティー(ショートブーツ、というよりは、ハイカットシューズのような長さのもの)が流行る、と言われ、全く流行らなかったことがあります。しかし、昨シーズンより急速にブーティーが流行り始めました。
ということで、街を歩くと女性は「ブーティに黒タイツにスカート、ウールのコート」、男性は、「デニムではない、主に綿のパンツ、革靴風の靴、ウールのコート」スタイルです。
「おミズ」スタイルのが嫌われる
2009年頃、小学生の子がなりたい職業に、「キャバ嬢」などが挙がったことがあります。キャバ嬢に対して、男性は「ホスト」ですか。それらの人が好むような、きらびやかな感じやラバーのような艶が目立った服が多数出てきました。
それに伴い、私が今回行ったファッションビルも、それらの服で埋め尽くされた時期がありました。今や、そのような商品を置いてある店は全滅しました。ファッションの手法には、上品な装いと下品な感じとがあります。どうやら現在は、下品な側であった「おミズ」スタイルが嫌われるようです。
B系・ギャル系も嫌われる
2005年頃、倖田來未が急速に流行りました。彼女が好みだったのか、メッキ加飾やガラス玉がついたような服が広まりました。ギャル服文化の隆盛です。その後、ストリートカジュアルと相まって、キラキラしているわ、服は露出が多いわで、若者服が最も成熟していた時期を迎えていました。フードが大きなパーカーや、アディダスブランドもありましたね。
今は「クラブディスコ」など、ごく一部で流行るのみですが、そのB系ファッションのお店は、本当に閑古鳥が鳴いていました。ほかの店には人がいるのに、お客さんが皆無だったのです。
先日の朝日新聞には、リーボックのスニーカーが復権しつつあることが報じられていました。スポーツ用品やウェアをタウンウエアとして取り入れることを「スポーツミックス」ということまで説明していました。そんなの、スキーウェアからダウンジャケットが、ヨットで着るフード付き服の「ヨットパーカー」が持ち込まれた昭和56年に生きていた人なた誰でも知っています。
そのスポーツミックスの傾向が進み、リーボックのポンプ付きスニーカーが女性に広まっているとの報道でした。でも、そんな人いませんでしたよ。まあ、春になると明るい色使いが好まれるようになりますので、その頃なのでしょうかね??