
この週末はスバルの試乗会が開催されておりました。せっかくの機会なので、WRX-S4の試乗をしてまいりました。
WRXシリーズといえば、これまでインプレッサとして展開されていたシリーズのハイパワー版、あるいはレヴォーグのセダン版として販売される車種です。インプレッサからはハイパワーエンジンが下ろされ、既に普通の乗用車となっています。WRX-S4を語る上では、インプレッサのハイパワー版の歴史から振り返らなくてはなりません。
WRX-S4に至るまで
インプレッサ(初代)の頃
そもそもインプレッサは、レオーネの後継の一車種でした。1500,1600,1800,2000ccエンジンを搭載していました。そこへ、レガシィのエンジンをより高出力化(220馬力→240馬力(MT)、220馬力(AT)した上で小型軽量なインプレッサへと搭載、当時流行っていたラリー車の種とするのでした。
レガシィはこれによりグランドツーリングカーへと移行し、スポーツ要素はインプレッサへと凝縮されました。当時、各自動車メーカーはラリーを有利に戦うために、トヨタはセリカのまま、日産はブルーバードからパルサー、三菱はギャランからランサーへとハイパワーエンジン搭載車を移行させていました。
インプレッサは普通のハイパワーグレードとしてWRXを発売、ラリー用モデルとしての「RA」、そして当初は改造、のちにセンターデフのロック率をスイッチで調整できる「ドライバーズコントロールデフ」を搭載する、「STIシリーズ」を展開しました。
この種の車は、本当に競技に出場する人とハイパワーを楽しみたい人と、「実際にはハイパワーも高性能も使わないけれど、高性能車を購入して所有欲を満たしたい人」に購入されます。特に三番目の人は非常に大切で、こういう人がいてこそ、成立するビジネスです。そのためには常時トップクラスの性能であることが要求され、インプレッサはたしか「バージョン6.5」まで進化したと記憶しています。
このため、どうしても「素のWRX」はあまり注目されなくなってしまうどころか、インプレッサシリーズにおける標準モデルは、悪くない車なのに、どうしても装備を外された車感が付きまとうことになってしまったようです。そんな中でも、スポーツワゴンは新しい感覚のハッチバック・ワゴン車として、WRXシリーズとは違う層に人気が出ました。
二代目のインプレッサは、「WRX以外のモデルが普通の人に売れない」ことを重視しました。なんでも、「インプレッサというとラリーカーという雰囲気が高まり、普通のお客さんが普通のグレードを買いにくくなってしまった」ということが起こっていたそうです。
このため、車種体型を整理しました。従来の競技モデルを「WRX-STI」として固定、自然吸気2000ccエンジンを搭載するミドルパワーエンジンを「WRX-NA」、250馬力ターボエンジンを搭載し、ATも用意する普通の人向けグレードを「WRX-NB」、さらにワゴンシリーズはハイパワーエンジンであっても「20K」などとWRXを名乗らない施策を実行しました。
この施策は丸型ヘッドライトとともに不人気の原因になり、たしか1年ほど後にはワゴンシリーズでもハイパワーエンジン車はWRXを名乗ることになりました。
その後は皆さんもご存知のとおり、フロントマスクが涙目、3分割グリルと、二度も変わるマイナーチェンジを実施しました。迷走が目立ったモデルでしたが、「WRX-STIしか注目されない傾向」はさらに強まり、WRX-NBは全く注目されませんでした。確かに所有欲は満たされませんし、競技に出るのにも最適ではありませんし、決して安くはありませんし、お客様不在のグレードになってしまった感は拭えません。
三代目では、ついに標準ターボエンジン車を「S-GT」と名乗らせ、WRXモデルとの独立が図られました。しかし中途半端な印象は全く変わらず、注目されなかったことに変わりはありませんでした。そうこうするうちにセダンのWRXが登場、後にWRXシリーズをこっそり(?)「スバルWRX」とする変更が行われ、今回のモデルの布石となりました。
そんなこともあり、今回試乗したWRX-S4は、旧インプレッサシリーズの普通の人向けハイパワーエンジン搭載車としての役割が強くなっています。さりとてWRX-STIの装備抜き車のような雰囲気を払拭したモデルとして、再出発を図っています。
エンジン
これまではEJ20エンジンのミドルパワーモデルが搭載されていましたが、今回のモデルではレガシィに搭載されていた「FA20DIT」エンジンへと換装されました。新世代の軽量、低燃費の筒内噴射ガソリンエンジンです。
エンジンは
フォレスターFBエンジンで感じた時から一貫して「滑らか」な印象です。水平対向エンジンの特徴である回転バランスの良さを低回転域では十分に感じさせつつ、2500回転を超えると「ドゥルル」とも表現できるような、かつての不等長排気管だった頃の水平対向エンジンを思わせる脈動が伝わってきます。
この滑らかさと力強い脈動の両立は、FAエンジンの特徴でもあります。市街地走行などの際には、ごく静かなエンジンとして影の存在に徹しながら、いざワインディング路やサーキットをスポーツ走行する場合などには強い存在感を表すとともに、運転士のスポーツ気分を高揚させるという、二重人格を備えていると言えます。
エンジンパワーは十分も十分、300馬力と40.8kgf・mの最大トルクを発揮します。市街地走行ゆえ、この高出力を味わうことはできませんでしたが、低回転域から十分なパワーを発揮し、余裕ある運転が可能です。これまでのWRX系標準車にあった、「ハイパワー廉価グレード」感は、このエンジンを得て完全に払拭されたと言えるでしょう。
なお、WRX-STI系は、スポーツ走行用途としてなのか、従来のEJ20ターボエンジンが搭載され、FA20DITをやや上回る出力特性を持っております。
ターボエンジンゆえ、2000回転以下ではややアクセルレスポンスが劣ったり、出力の低さを感じる場面はありますが、それでもレヴォーグに搭載された1600ccターボエンジンと比較するとずっと乗りやすくなっています。
このWRX-S4は、従来の普及型WRXシリーズとレガシィのターボエンジン車とを統合した形になっています。この種のスポーツセダンの需要の低下が現れた形になってしまっていますが、このエンジンだけでも味わい深い車になっていると言えます。
トランスミッションとトランスファー
レガシィの時もそうでしたが、FA20DITエンジンはリニアトロニックCVT(チェーン式CVT)のみが組み合わされます。MTの要望もあるでしょうが、MTを望む場合は自動的にSTI系になります。
このリニアトロニック、
登場当初はまるでタイヤと路面との間に粘着剤があるかのごとく、特に低速時に粘っこいようなフリクション感を感じたものでした。しかし、改良を重ねた結果か、軽快な走りが可能になりました。今や、黙っていれば従来のトルコンAT並かそれ以上の仕上がりになっています。
変速パターンもCVT否定派をも満足させうるものになっています。則ち、アクセルペダルを踏んで加速している最中には変速比はほぼ固定か、運転士に気がつかれない程度に少しずつ上げていくかのような印象です。このため、特に従来のトヨタ車で感じられたような、「アクセルを踏むと低い変速比になり、定速走行に移行するとあれよあれよという間に変速比が高められる」印象は、ほぼなくなっています。
マニュアルモードは試せなかったのですが、運転士の意思に忠実かつ、素早い変速が望めると考えられます。
4WDは、VTD-4WD方式を採用しています。則ち、前後のトルク配分をやや後ろ寄りの比(例えば40:60)にし、センターデフと並列に配置された油圧多板クラッチへと油圧をかけ、50:50の配分比まで電子制御されます。基になる要素は、前後の車輪の回転、アクセルペダル操作量(加速の意思)、ステアリングホイール操作量(タイトコーナーブレーキング現象の回避)としています。
すでに二代目レガシィのターボエンジン車や2500ccエンジン車で採用されたシステムで、ATのみに搭載されています。このシステムも熟成の域に達し、タイトコーナーブレーキング現象は全く感じられません。
とはいえ、前後輪がそれぞれ路面に接地している印象は強く、安心感とともに「運転士の技によるコーナーリング」が難しくなっている印象を感じました。もっとも、横滑り防止装置の追加により、「運転士による自在なコーナーリング」は過去のものになりつつありますが、その分、軽快な操縦感は感じられなくなっています。
サスペンション
フロントストラット、リヤダブルウイッシュボーン式サスペンションが採用されています。今回の試乗車は、ビルシュタインのダンパーではないモデルです。後述する車体の強化や、フロントサスペンションロワアームの後方付け根トボデーとを連結するブレースが追加されたことなどにより、非常に高い取り付け剛性を感じました。
リヤサスペンションもキャンバー変化が最小限に抑えられているのか、突起やうねり、凹凸を乗り越える際にも、不快な横揺れは少なくなっています。
路面の突起などを乗り越える際にも、車輪がバタつく印象は皆無でした。乗り心地に硬さを感じることは全くなく、もはや「角が取れた硬さ」すら感じません。
フォレスターのターボエンジン車とは大きな違いです。サスペンションチューニングは意外にも乗り心地優先で、特に伸びは、少々減衰力不足を感じました。
テレビCMでは、この車はサーキット走行にも耐えられるかのような描き方でしたが、この伸び減衰力では、コーナーリング時にやや不安定感を感じさせてしまうのではないか、と考えられます。
まさに快適そのもののサスペンションであり、この車がスポーツ用途向けなのではなく、アウディA4などの高級小型セダンを狙ったものであることがわかりました。
ブレーキ
特に急ブレーキを試しませんでしたが、しっかりとした踏み応えと確実な制動力が得られます。ブレーキペダルの踏力のみで自由自在な減速が可能で、このブレーキならABSに頼らなくてもぎりぎりのブレーキングが出来そうです。
なお、パーキングブレーキは電動化されています。ジムカーナなどの際のスピンターンは不可能になっています。すなわち、モータースポーツはモータースポーツでも、サーキット体験走行のような場面を狙っているのかもしれません。
輸入車などでも電動パーキングブレーキは増えていますが、私は最後の停車手段であるパーキングブレーキを電動化することには反対です。なにより、最終型レガシィの初期モデルで、パーキングブレーキスイッチを運転席右側に配置したことは、全く「緊急時の対応」を無視した設計であると言わざるを得ません。
ステアリング
これまでのWRX-STIシリーズでは、約13:1のクイックなステアリングギヤ比が採用されていました。この車はもう少々スローな、14.5:1を採用しています。ものすごくクイックというわけではありませんが、さりとてスローで仕方がない、というわけでもない、ちょうど良いギヤにに感じられました。
また、アイサイトの連動もあり、電動パワーステアリングが採用されています。介助の印象は自然そのもの、なめらかな操舵フィーリングが味わえます。
ボデー
高張力鋼板の採用拡大と、各部の骨材の結合強化により、非常にしっかりした車体になりました。この高い車体剛性が良い乗り心地とすっきりした操舵感の源になっているのでしょう。Aピラーの取り付け位置がフロントドアの前端よりも前にある、私が苦手な「キャビンフォワードデザイン」になってはいるのですが、それすら忘れさせる、しっかりした車体です。
昨年の後半、
VWゴルフの車体剛性が取り沙汰されましたが、私はこの車の方が車体剛性が高く感じられました。ゴルフはよく見ると骨材が環状になっていません。環状骨格構造を採用するこの車の方が、骨材の配置の点で有利と思われます。ゴルフは、「車台で剛性を上げ、上モノは自由にできる」という、生産側の都合のボデーのように感じます。
なお、旧型フォレスターで登場した「SIシャシー」はこのモデルで終了することが発表されています。熟成の域に達していますが、「次で変わります」と公開されると、次のモデルが楽しみになります。
車内のデザインは、ややセンスがありません。メーター照明が赤文字ですが、赤は刺激色であること、明るい所では見えにくくなるなどの欠点が有ります。伝統的に赤色を採用してきたマツダが、最近になって白色に変えています。
また、内装材は黒一色で、精悍といえば精悍ですが、やや退屈で面白みや感動はありません。
キャビンフォワードを採用する一方で、太く後方に配置されたクオーターピラーとリヤスポイラーが斜め後方の視界を悪化させ、セダンボデーなのに曲がり角では緊張感を感じさせます。このS4シリーズでは日常のスポーツを自認するのに、この大型スポイラーはちょっと気恥ずかしく思います。二代目後期から採用されたスポイラーが小さな「Aライン」の要素を持ったモデルが望まれます。
まとめ
2000年頃のミニバンブーム、そしてティーダなどの「無印シンプル実用モデルをお客さんは望んでいる」という風潮が国産車をつまらなくし、なかでも日産のラティオなどは、その最右翼にあるように思います。
しかし、国産車が無印良品車に勤しんでいる間、セダン市場や高級車、スポーティ実用車の市場は、完全に輸入車に握られてしまいました。
そんな日本市場にあって、ランサーは退役してしまったものの、変わってマツダ車、そしてスバルの車が「乗って面白い車」になってきています。この車は、車好きにとっては長く、楽しく付き合える車になることでしょう。「最近、面白い車がないな」と思う人には、オススメの1台になっています。また、「車って面白いのかな?」という方にも、ぜひ試乗をして欲しい車です。
もっとも、少しずつ迫ってくる「エネルギー問題」には全く対策していない車であることは言え、この点では「20世紀の車」という感覚は否めません。この点からは、「おじさんやおじいさんが、昔を懐かしんで乗る車」になってしまっています。
女性が乗っても悪くはありませんが、なんとなく借り物感がつきまとう印象になってしまっているのも特徴の一つ、この車は「おしゃれをしても男臭い車」≒「若干、オタク臭を感じる車」なのです。
しかし、その「車好き感」がこのシリーズの個性になっており、適度な洗練と独特なキャラクターがバランスされ、なかなか魅力的な車になっています。私ならCVT車は選ばないため自動的にSTIになりますが、家庭の事情などでMT車を選べない人には、絶好な選択肢と言えます。