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2026年05月05日 イイね!

人生の過渡期

人生の過渡期 暫くご無沙汰してしまいましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?長いゴールデン・ウィークを楽しまれている方も多いと思いますが、ボクは遠出はせず、相変わらず家で片付けをしています。

 特に、放置状態だった庭の「庭仕舞い」に着手しました。亡き母は、ガーデニングという観念を持たず、ただ貰った樹木や植物、花を行き当たりばったりに植えたため、全く纏まりのない見苦しい状態に…。シュロは幼木の状態で玄関前に植えましたが、何と二階ベランダの手摺にまで伸びてしまいました。とても硬い外皮で覆われており、葉も長く硬いもの。さすがにボク独りでの伐採は不可能で、去年業者さんにお願いしました。その際、シュロを載せてもトラックに積める分だけを、ついでに切って貰いました。費用は何と20万円!結果、モミジ2本、紫陽花1本、その他低木と植物、雑草が残りました。

 隣との境にあるモミジの枝払いをし、細かくしてゴミに出しましたが、この作業だけでもかなりの負荷。地を這うように繁茂したカタバミの除去が、これまた大変!根を残すと再生してしまいますが、さすがに全ては困難。不本意ながら除草剤を使うことを決めました。

 余談ですが、昨年の今頃はドクダミと戦っていました。スコップで深く掘り、地下茎をほぼ全て撤去しました。これは功を奏し今年は殆ど出て来ておりません。

 家の中の物もそうですが、親が庭に遺した物の処分は、ホント大変!体力、時間、それにお金を消耗します。特に「体力」。65歳の今、体が動くうちにやるしかありません。4年半後、70代になったら、とても無理に感じます。

 閑話休題。

 4月21日の火曜日、ハローワークへ行きました。最後の失業認定日。これにより、ラストの失業給付金が24日に振り込まれました。

 この日まで「ダメ元」で求職活動を続けていましたが、ある日65歳でも応募可の案件を見つけました。詳しくは書き(け)ませんが、屋外作業が現場の、地元の小さな会社での総務職。時給1300円のパート扱い。久し振りに背広を着て面接に行きました。業務内容について訊くと、

①一般的な総務業務
②官公庁から請け負う仕事の入札
③現場職が足りない時のサポート

との事。

 ①については問題はなし。
 ②は全くの未経験。オンラインで行うそうですが、落とすことが出来なければ仕事が入らないので、責任は重大。また、画面を見て「これは毎回『●×株式会社』が請け負っている仕事」と判断したら、敢えて落ちない安価を入れるのが、業者間での暗黙の了解」とのこと。…これって「談合」そのもの!下手をすれば両手を後ろに廻されてしまいます。
 ③については腰痛を患う身としては「無理」!

 という訳で、丁重にお断りしました。

 …③の「腰痛」について。

 40代の頃、頸椎のヘルニアとストレートネックと診断されました。この頃から、両足の痺れを自覚していましたが、「頸椎が原因で足の痺れは出ない」と言われました。
 忘れもしない去年10月16日、土曜日。
 ぶれいきーを連れて地元の公園を歩いていたら、左のお尻の窪みがシクシク痛み始めました。やがて腰にまで激痛が。やっとこさ帰宅しました。それから騙し騙しの毎日でしたが、4月に入り、少し歩いただけで激痛に襲われるようになりました。



 とても耐え難く、地元の病院へ。



 整形外科へ。待機の患者が多く、90分待ちました。

「うーん、腰部脊椎管狭窄症の可能性が高いですね。詳しく調べましょう」



 別の日、MRI撮影。
 仰向けで機械のトンネルに入り、ガチャガチャ音を聞いての撮影…。

「やはりそうですね。狭窄のため神経が圧迫され、痛みが発生しています」

 耐え難いほど痛くなっても、前屈みの姿勢を暫く保つと動ける、自転車や車の運転は問題ない、等の説明内容は、ボクの症状とピタリ一致でした。薬の服用を暫く行い、改善がなければ手術しかない、との診断でした。一方、リハビリ科もある大きな病院なのに、受診の指示はありませんでした。
 少し不信感…。



 なので、地元の接骨院へ通い始めました。果たして、どうなることやら…。

 腰を屈めてカービング教室へ行くと、先生も生徒さんもビックリ!
 事情を説明すると、ある生徒さんが言いました。

「母が同じ病気で、約20年前に手術をした、5メートルも歩けなかったのに、以来ピンシャンしている」

 彼女に病院名を訊きました。
 帰宅して調べると、群馬県の南部。この病気の手術では、かなりの実績。
 もし手術をするならば、此処がいいかも、と思いました。

 という訳で、ボクは今、腰を屈めながら室内と庭の片づけをしています。



 40年も働き、残りのセカンドライフをどう生きようかと思い始めた矢先の事。働くにせよゴールデン・タイムを謳歌するにせよ、治さないと何も出来ません。今後の仕事とプライベートの設計図を、嫌でも描かなければならない時。…何とも皮肉な発症です。



 そんな状態の4月26日、日曜日。
 朝晩はまだ寒く、ストーブのペレットを買いに行きました。
 帰路、お昼近くで、久し振りにカワサキW1S仲間のGさんのお店を訪れたら、営業中の看板はなく、この張り紙が…。

 彼はボクよりも3、4歳上。
 自身の今後を熟慮した上での結論だろうと推し量りました。
 少し前にカレー屋さんのマスターとの会話をご紹介しましたが、ボクも含めこの辺りの歳になれば、肉体的にも精神的にも、まさしく「人生の過渡期」そのものと、改めて思わされました。


 駄長文、失礼いたしました…。





 

 

2026年04月19日 イイね!

アール・エス・アイザワ (神奈川県座間市)

アール・エス・アイザワ (神奈川県座間市) 今日4月19日、日曜日。
 朝からロードスターの主治医、神奈川県座間市のアール・エス・アイザワさんを訪れました。実は先週の日曜日、かなり大きな『手術』のため、クルマを預けたのでした。主な点は、

(1) プロペラシャフト交換
(2) デフ調整
(3) サスペンション交換
(4) 左サイドシル腐食修理

です。







 プロペラシャフトは前後の接続部が、摩耗でガタガタのユルユル状態でした。これを新品に交換し、併せてデフのバラシとクリーンアップをして貰いました。お陰で耳障りだった「カラカラ」という音は解消、サスを交換したことも手伝い、不快な振動が消えました。24万キロ間近なので、よく持った方だと思います。

 サスはヘタり、路面を拾う度に「リン、リン」と、まるで鈴が鳴っているような状態でした。これもまた、雲散解消。

 左サイドシルは完全に腐食していたため、其処を切り取りアイザワさんオリジナルのプレートを溶接、ペイントで仕上げて貰いました。

 それにしても、懐がすっかり寒くなってしまいました。30年も前のクルマを維持するのは、ホント大変!!
 今回の修理の結果、一度も交換していない主な部分は、ECUやハーネス類、それに内装関連くらいになりました。特に内装は劣化がヒドい…。ダッシュは割れまくり。シートはボロボロで表皮が裂け始めています。今後の課題です。

 ところで、帰ろうとした時、今YouTubeでホットな「だいちろ」さんがやって来ました。





 キレイなブルー。これから少しずつ仕上げて行くそうです。



 エンジンルーム。
 ラジエターが茶色になり、これから交換するそう。



 雨漏りの動画がアップされていますが、ウェザーストリップもこれから新品にします。

 少しお話しをしました。
 まだ若い方ですが、ボクが65歳でサラリーマンを卒業した旨を話すと、「それはご苦労様でした」と仰いました。言葉遣いも丁寧で、素晴らしい好青年でした。

 今日の作業は、近々アップされるかと思います。

だいちろさんのYouTubeはこちらです。







 
Posted at 2026/04/19 12:21:29 | コメント(1) | トラックバック(0) | ロードスター | クルマ
2026年04月10日 イイね!

Surrender (東京都青梅市) その壱

Surrender (東京都青梅市) その壱 寒暖差の著しい日々が続いておりますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?ボクが暮らす関東南部は、明日は夏日との予想。築40年超の我が家では、朝晩は今もストーブを焚いており、信じ難い一報でした。

 ボクは相変わらず、家の片づけとカービング教室に通いながら、あちこちを徘徊しております。



 火曜日のこと。
 いつものように、特に目的もなく奥多摩を目指しました。男寡に大切なのは、毎日の暮らしに「変化」を与えること。ルーティンだけの毎日だと、精神的に加齢が進むように思えます。

 ここは青梅駅前の青梅街道沿い。
 週末や休日に何度か通りましたが、決まって「完売しました」のサインが出ていました。脳裏に引っ掛かっていましたが、この日はなし。コインパーキングにロードスターを入れ、いそいそと向かいました。



 おー、何と東京の奥座敷に、ナンと札幌スープカレーのお店!
 最後に北海道を訪れたのは、最初の会社に勤めていた頃の出張でしたので、20数年前。当時は札幌スープカレーなるカテゴリーがなく、仕事後に札幌支店の方々にジンギスカンやお寿司のお店に連れて行って貰い、最後はラーメンでしたっけ…。

 ちなみに一度、独りで札幌近郊の取引先を訪れたことがありました。

 21時頃に終わり、一旦ホテルに戻り、単身夜の街に繰り出しました。目的地はジャズ喫茶 (バー)。当時、全国的に有名だった"ACT"というお店を探しましたが、まるで迷子に…。携帯など皆無の時代。

 呑ん兵衛の本能で嗅ぎ付けた「ボクの好みカモ…」。

 路面の小料理屋さんに入店。場末に限りなく近いロケーション。

「ガラガラ…」と木戸が鳴ると、左が客席のカウンター、小さなお店。姿はなく、カウンターに立つ中年の着物姿の女性が「いらっしゃい、そこ」と、目前の席を顎でしゃくりました。

 ウィスキーをオーダー、
「あたしにも」と言われて乾杯!
 何杯か呑み出張で来て土地勘がなく迷子になった旨を伝えると、「それでうちのタモ網に引っ掛かったんだ!あんた、バカダネー!!」と大爆笑。その直後「この辺には、もっと目の細かい網を張っている『一本釣漁船』が、ウジャウジャ浮かんでいるんだよ…」と、真顔で言いました。

 もう、ビビリまくり…。

「どうせ今夜は、しみったれる予感がする、あんた、飲みに行こう!」
 彼女はそそくさと店を閉じ、何処かへ電話。一言だけ「迎え」。

 果たしてやって来たのは、左ハンドルの、ピアノのようなベンツ。
 停止するやいなや運転席扉が開き、脱兎の如く坊主刈りの幼顔が飛び出し、彼女の前に。彼が何かを言おうとすると、「黙っといで!」

 果たして連れて行かれたのは、すすき野のバー。
 大柄な黒人の店長が、入るやいなや飛んで来ました。
 客の会話と音楽の渦の中、彼女は店長と流暢な英語で会話、カウンターの客を詰めさせ、一人分の席を作ってくれました。

ボク : 「お座りになって下さい」
彼女 : 「そこはあんた。あたしは着物が大事だから立ち席」。

 彼女はずっと、着物と草履でボクの横に立ち、時々グラスを口に運んでいました。

 そんな状態で、彼女と夜が明けるまで呑んでしまいました。
 いくら押し問答しても、彼女は呑み代を払わせてくれませんでした。

 別れ際。
 彼女に再訪の意を伝え、連絡先の教えを乞いました。

 微笑んで首を振りました。

「こういう商売だから、東京から無理矢理単身赴任で来させられた人と、山ほど遇った。あたしたちは皆、広島や白石などが根っこ。みんなよそ者。…だから、ヘンにわかるんだ」。

 店を出て。すすき野の交差点へ。
 茫洋とした明るさの中、朝帰り客を待ち中のタクシーへ。

 やがて左から朝日が一直線に。目に沁みました。
 鴉が鳴き始めていました。

 その瞬間。

 ボクの脳裏で、世界地図が逆さまになりました。
 東京は、遥かなる正面…。

 単なる観念論かも知れませんが、ラックスマンが通商を求めて寄港した時、手にしていたのは「南が上」だったのかも、と…。


(※続く)







Posted at 2026/04/11 00:57:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | カレー | グルメ/料理
2026年04月05日 イイね!

名栗カヌー工房 (埼玉県飯能市)

名栗カヌー工房 (埼玉県飯能市) 3月30日、月曜日。
 朝、布団から抜け出しカーテンを開けると、どんよりとした空。リビングに降りストーブに火を入れ、いつものように朝食、洗濯、簡単な掃除を済ませると9時。ぼーっとネットを見ていると、或る場所が目に留まりました。最後に訪れたのは、恐らく十数年前。手仕事が大好きなボクは興味を掻き立てられ、行ってみることにしました。



 ここは埼玉県飯能市の奥、旧名栗村。
 西武池袋線の飯能駅からは、車で1時間ほど掛かります。
 名栗湖の畔に建つ「名栗カヌー工房」。カヌーを製作していますが、有償で誰でも一から「自艇」を作ることが出来ます。余談ですが「名栗湖」は入間川の支流、有間川を堰き止めて造られた「有間ダム」の産物ですが、「有間湖」ではないのがややこしい…。



 「埼玉県指定彩の国工場」に認定されているそうですが、長くこの地に住んでいるボクは初めてこの制度を知りました。
 月曜日の午前ということもあり、訪問客はボクだけでした。
 早速お邪魔します。



 建物は、入口から奥に向かって細長いもの。堅牢な木造、幾つもの太い梁が巨大な屋根を支えています。その下の大空間が工房。入口左に、カヌーが重なるように置かれています。ちょっとワクワク…。



 反対側から見たところ。
 この流線形、水面を切りスイスイ進む道理が理解出来ます。残念ながらボクは乗船体験はなし。でも、自らオールで漕ぎ、広い湖の360度中心に達したら、さぞかし感動するだろうと想像しました。



 細長い木材を何層も重ね、艇体は造られています。
 この写真、水平クランプ2本を交差させて締め、造形を行っているところと思われます。とても手の混んだ技…。



 こちらは完成間近でしょうか。
 塗装が終わっています。



 奥には、やっぱりいらっしゃいました(笑)!



 木工の知識と技を活かしたのでしょう、沢山のスピーカーがありました。もしここへ通うなら、カヌーとスピーカーの両方の製作を学びたく思いました。



 ウッドデッキから湖面を見下ろしたところ。
 水不足が伝えられていますが、先日訪れた奥多摩湖と比べ水量は豊かでした。桟橋では、多くの釣り客が糸を垂れていました。

 生憎の天気でしたが、平日に釣りを楽しむ人々の姿に、自らを重ねました。

 ちなみに昨日、いつか此処でご紹介しようと思っていた、近隣の美味しいカレー屋さんを訪れました。が、出て来られたマスターは「3月一杯で閉店した」旨を仰いました。驚いたボクは思わず、ぶしつけながら理由をお尋ねしてしまいました。マスターは屈託のない髭の笑顔で「もう65歳なんで…」。同い年であること、自分も10月に65で退職した旨をお伝えし、お互いに「長い間、ご苦労様でした」と言い合いました。マスターはいつも厨房にいらっしゃったのか、接客は主に若い従業員だったので、会話はほぼ初めて。なのに「仲間」に再会したかのような、懐かしい気持ちになりました。もう、65歳。退職という事実が、決して不自然ではないのだと、改めて思わされました。自分で自分を認めることが出来たようですが、ちょっと寂しさも感じました…。

 閑話休題。

 デッキで作業中の男性に伺いました。
 カヌーのキット一式は約30万円。これを購入し、通いで製作するそう。作業は指導料や機材のレンタル等で一日3000円ちょっと。週一で通い、大体一年で完成するそう…。直近でロードスターのデフ、プロペラシャフトの交換を控えており、さすがに「清水」とは行きませんでしたが、近将来的にはやってみたい選択肢の一つに加わりました…! 


名栗カヌー工房

埼玉県飯能市下名栗1817-9
042-979-1127

9:00-16:30
水休



Posted at 2026/04/05 05:50:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | お出掛け | 日記
2026年03月25日 イイね!

青梅鉄道公園 (東京都青梅市)

青梅鉄道公園 (東京都青梅市) お越し下さる皆様、お元気でいらっしゃいますでしょうか?ボクは昨日、3回目の失業認定日で、管轄のハローワークを訪れました。相変わらず求職活動は続けてはいるものの、65歳以上の求人は少ないのが実情。「年齢不問」とあっても、窓口の方に電話を入れてもらうと、100%断られております。まあ、仕方がありません。

 閑話休題。

 

 今日は生憎の雨ですが、久し振りにリニューアルオープンした、青梅鉄道公園を訪れました。従来から展示されていた車両に、ED60、クハ201、クモハ115が加わりました。





 玄関前で、そのED60が出迎えてくれました。
 入場料は500円。





 ロビーの前にはED16。
 旧型電気機関車には、この色がとても似合います。





 2120型蒸気機関車。
 小型に定義されますが、それでも大きい!



 

 8620型のトップナンバー。
 花輪線での三重連で名を馳せました。



 形式入りのプレートがイイ!





 9600型。北海道から九州まで広く分布、貨物から旅客まで何でもこなしました。中でも有名だったのが、胆振線用。給水加熱器、2つの前照灯などの重装備が恰好ヨカッタ…。



 キャブ内。意外と広く感じました。



 煙室扉のプレートは、旧式の華文字に形式入り!
 …ですが、



 他は至って普通のものでした。



 この直径の短い動輪が特徴。
 パワフルで、運炭列車に多用されました。





 お馴染み、D51。
 1161両も製造された、オールマイティーの代表選手。
 伯備線での三重連が有名。



 キャブは9600より狭く感じました。



 前方窓。
 ボイラーのため、こんなに狭い!
 機関士とは、さぞかし重労働だったのだろうと想像しました。





 新たに加わったクハ201。
 ボクもお世話になりました。





 両運転台の旧型国電。
 ボクが子供の頃、京浜東北線はこの色でした。





 ヤヤッ!旧国鉄きっての「ヘンタイヨイコ」機関車、E10!
 トンネル区間の長い奥羽本線での使用を想定、バック運転が前提の設計。



 制御機類は、ボイラーに向かって右側のレイアウト。





 フランジの有無が、一目瞭然です。





 これまた懐かしい電車が。
 ボクにとり、この色は横須賀線のイメージ!





 これまた懐かしい車両が!



 東京から新大阪まで乗ると、お尻が痛くなったっけ…。



 搬入時の写真が飾られていました。
 鉄道公園の裏は狭く曲りくねった坂道。
 さぞかし大変だったことと想像しました。



 生憎の冷たい雨でしたが、65歳は子供に帰ったかのように、ウキウキ気分でした。オトコトコは、幾つになっても動く物が好きと、再確認しました。


JR東日本ニュース


Posted at 2026/03/25 16:57:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | 博物館 | 日記

プロフィール

「人生の過渡期 http://cvw.jp/b/2970161/49073114/
何シテル?   05/05 06:50
 妻はアルコール依存と摂食障害を患い、主治医の勧めで調停離婚しました。その1年後、彼女は突然世を去りました。一年に2回の母親との別れを経験した一人息子と、ドライ...
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