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2026年09月22日 イイね!

河口湖飛行館 (山梨県南都留郡鳴沢村)

河口湖飛行館 (山梨県南都留郡鳴沢村) 2ヶ月ちょっとの間、更新せずにおりました。この間にお越し下さった皆様、大変申し訳ありませんでした。
 7月13日に心房細動のオペを受けたことは、以前にご報告させて戴きました。お陰様で症状は雲散霧消、10月末に予定の検査で問題がなければ、晴れて「卒業」となります。

 ところで、オペを終えてから暫く、何とも言えない「体調不良」に見舞われました。簡単に言うなら、体の芯に力が入らない感じ…。日常生活に支障はないのですが、どうにも覇気が湧かないのでした。かねてから心房細動と腰椎狭窄症の薬を服用しておりますが、全身麻酔を受けたことによる副作用が発生したように感じます。徐々に症状は緩和し、今は解消しております。

 閑話休題。

 そんな8月25日。
 どうしても訪れたかったこちらに向かいました。



 山梨県南都留郡鳴沢村の「河口湖飛行館」。
 クルマ好きの方にはお馴染みの「河口湖自動車博物館」に隣接する、航空機の博物館。展示されている飛行機の大半は、第二次大戦当時の日本機。これだけでも驚異的ですが、何と海軍艦上偵察機「彩雲」が公開されていることを、ネットで知ったのでした。しかも公開期間は毎年8月のみ。このタイミングを逃せば一年後になってしまいます。朝早くに向かいました。





 入館すると、右手に果たして「彩雲」が横臥していました。
 こちらでは、携帯電話による撮影は許可されていますが、固定焦点では全体像がなかなか掴めません。



 なので、帰りにこちらで買い求めた、この写真集に収められた写真を補完的にご紹介します。

 

 そもそも「彩雲」とは…?

 旧日本海軍が、空母に搭載する目的で旧中島飛行機に発注した偵察機。敵戦力の実態を把握することが目的で、搭乗員はパイロット、偵察員、電信員の3名。敵上空から写真を撮影し、帰還するのが使命でした。それが故、交戦は想定せず、スピードが最重要の設計思想。武装は何と、電信員席の後方に向けられた7.92ミリの旋回機関銃のみでした。

 想定された性能は、最高速度648キロ、通常航続距離2,780キロ、最大航続距離4,956キロ。これを前提に採用された発動機(エンジン)は、1,800馬力の「誉」11型。空気抵抗を極力抑えた流麗なフォルムとなりました。

 しかし実戦配備時、海軍は既に空母を失い、陸上の基地から運用されました。が、航続距離が長いため、支障は発生しなかったとか。ただ最高速度は、供給されたのがオクタン価の低い燃料だったこと等のため、実戦では610キロ程度…。それでも類似の航空機よりも速かったとされます。有名なエピソードは、1944年11月、F16Fヘルキャットの追跡を振り切り「我ニ追イツク敵機ナシ」との打電。当時の最速機でした。
 ちなみに戦後、米軍が「彩雲」を持ち帰り、高オクタン価の燃料を使いテストしたところ、何と694.5キロを計測したそうです。



 これは、この個体が発見された時の写真。トラック諸島のウエノ島。1945年2月に不時着した機体を、米軍に発見されないように整備兵がブッシュに隠したとされています。





 アメリカ経由で飛行館に届き、少しずつレストアが進められています。



 アイフォンでの撮影。右前部から後方を臨みます。
 無塗装のジュラルミンが、無機質な光沢を放ちます。



 三座のコクピット。
 搭乗員の他、操縦機器、写真機収納箱等の機材で、機内は満載だったとか。



 操縦席。
 左下のキャプションのアップを撮り忘れたので、以下に記します。

   復元機に装着されていたオリジナル操縦席で、
   裏側には当時の塗装が残っている。
   体がすっぽり収まるバケット形状で、素材は
   超ジュラルミンである。
   左右にある金具には肘掛けが取り付けられ、
   長時間飛行でもパイロットが疲れないように
   配慮されている。
   背面にある2本のパイプは座席の昇降用。







 「誉」11型発動機。
 空冷複列星形18気筒
 「彩雲」の最初の試験飛行は、旧中島飛行機の太田製作所。
 この「誉」の血統は、敗戦後プリンスやスバルに引き継がれました。







 一式陸上攻撃機の胴体が展示されています。
 敗戦後、旧中島飛行機太田製作所には、一式陸攻の尾輪が大量にストックされていました。これを使って製造、販売されたのが、最初の「ラビットスクーター」でした。


 こちらには他にも「零戦」や「隼」等を見ることができます。
 兵器としての航空機の是非は別として、そのシルエット、造形の美しさに目を奪われました。同時に、此処に展示されている機体に搭乗し、亡くなられた方がいらっしゃったのは非情な事実…。帰り際に掌を合わせました。

 「彩雲」の写真集『中島 艦上偵察機 彩雲 修復の記録 彩雲よ甦れ』は、こちらで買い求めることが出来ます。全168ページ。価格は4000円でした。

河口湖飛行館

山梨県南都留郡鳴沢村富士桜高原内
0555-86-3511

※開館は8月のみ 期間中は休館日なし


 
Posted at 2026/09/22 09:42:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 博物館 | 日記
2026年07月24日 イイね!

心房細動のオペを受けました

心房細動のオペを受けました またまたご無沙汰してしまい、申し訳ございません。今回、タイトルにもあるように、心房細動のオペを受けたのでした。

 心房細動とは、心臓の特定の地点から不規則な電気信号が発せられた結果、本来一定のリズムで刻まれる鼓動が、テンデンバラバラになってしまう症状となります。

 ボクの場合、症状を自覚したのは、たぶん1年から2年ほど前でした。「あれ、変だなぁ…」程度で、特に痛みなどはなく、まだ働いていたこともあり、暫く放置していました。ところが退職して穏やかな毎日となり、「変な鼓動」が嫌でも意識の中心に来るようになりました。

 近所の病院を訪れ、胸に機械を付けて24時間計測の上、MRI、レントゲンを撮影。その結果、心房細動との診断でした。この病気が怖いのは、血液が淀み微細な凝固が発生することがあり、それが脳の細い血管に達すると脳梗塞に繋がること。実は亡き親父がこのプロセスを患ったのでした。親父の場合は右小脳の梗塞に繋がったのですが、言葉の呂律がおかしくなった程度。ドクターも不思議に思い精密に検査したところ、元々右小脳に繋がる血管が極めて細いことが分かったのでした。おそらく、本来右小脳が司る身体の「動き」の多くを、左が追加して担当して来たように思う、だから逆に左に梗塞が生じていたら、全身麻痺になっていたかも、と伝えられました。

 いずれにしても放置は危険、その場でオペをお願いしました。
 右鼠径部を少し切開、そこから血管に細いチューブを挿入、心房に達したら変なパルスを出している部分を焼く、というもの。





 紹介状を発行され、大学病院でのオペとなりました。



 入院は7月12日、日曜日。午前11時を指定されました。
 ご覧のように、休日のため人は殆ど見えません。



 6階の病棟へ。



 4人部屋。ボクを含め患者は3人。
 北西向きの窓から、毛呂山の街と山が臨めます。



 昼食後、点滴用の針を入れ、ルートが作られました。



 別室でレントゲンと心電図を受け、病室に戻ると計測器を付けられました。



 ボクへの指示書。



 生理食塩水の点滴が始まりました。
 明日のオペに備えてのことでしょう。一体、どのくらい出血するのだろうかと考えると、少し怖くなりました。

 翌日、13日。
 オペは13時の予定でしたが、昼少し前になりました。
 女性の看護師さんに誘導されてオペ室へ。
 ドクターに促されて手術台に横臥。

「今から麻酔薬を点滴から入れます。少しピリピリしますよ」

 確かにピリピリしましたが、直ぐに意識がなくなったよう…。


「●●さん、●●さん」

 呼ばれたのに気づいて目を開けると、そこは病室でした。
 焦点が定まらないけれど、主治医が見下ろしていました。
 続いて「おにいちゃん、終わったよ」と言う妹の顔。
 何はともあれ、終わったことを自覚しました。
 麻酔のせいで身体がずっしり重く、直後にまた眠ってしまいました。

 夕方。
 覚醒すると、周囲には誰もいませんでした。
 巡回に来た女性の看護師さんが目を開けているのに気づき、笑顔で「どうですか?」と仰いました。大丈夫と伝えると、前合わせの病院着を開き、あれこれチェックしました。

「おしっこも出ていますね。もう大丈夫」

 そこで初めて、尿道口からカテーテルが挿入されていることに気付きました。

「外しますね」

 外れ防止のバルーンがあり、一瞬大きな痛み。でも直ぐに治まりました。44歳の時に受けた、口腔ガンの手術を思い出しました。



 点滴には、抗生物質が追加されました。

 翌日、14日。
 
 病室での心電図受信、主治医による切開部チェック、その他の作業が慌ただしくありました。その結果、11時に退院となりました。



 これを外して返却、病室を後にしました。


 ドクターや看護師さんとの会話から知ったこと、それにボク自身の感想を少し書いてみようと思います。

●心房細動の放置は危険、脳梗塞に繋がる可能性が高い。
●微妙に「おかしいかな?」と感じたら、直ちに受信することが大事。
●初期段階では自覚のないケースが多い。
●投薬による治療とカテーテル挿入手術がある。
●投薬で快方に向かわなければ、あとはオペになる。
●ボクは引き摺りたくないので、最初からオペを決めた。
●オペは恐れることはない、術後の痛みはなし。
●ボクの場合、2泊3日の入院。費用は6万ちょっと。

 少しでも鼓動に「?」と感じたら、受診して下さい。
 まだ通院は続き、事後のチェックをするそうですが、今は正常な脈になりました。オペを受けて良かった、と思います。

 あとは、腰椎の狭窄症をどうするか…。







Posted at 2026/07/24 08:24:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | 健康 | 日記
2026年06月28日 イイね!

POUND (東京都あきる野市)

POUND (東京都あきる野市) 暫く振りの更新になりました。この間、覗きにいらして下さった皆様、申し訳ございません。ここ数カ月、病院通いが頻繁になり、以前左耳の難聴で毎週末に通っていた、長野県須坂市の鍼灸院にも行き、相談の上治療を受けました。また、以前から自覚していた不整脈について、近隣の総合病院で診察を受けました。見事な「心房細動」との診断。来月にはオペを受ける予定です。

 40年、481ヶ月も働き、一線を退いた直後。何か心理的に張り詰めていたものが緩んだことが誘因のように思えます。仕事に就くことを諦めた訳ではありませんが、今の状態では、とても無理。まあ、今は治療に専念すると決めました。

 閑話休題。

 病院通いがすっかりルーティンとなった生活ですが、それなりに楽しんでおります。あまり遠くには行けませんが、それでもあちこちを彷徨しております。その中から、今日は素敵な喫茶店をご紹介します。



 此処は東京の西、風光明媚な自然が溢れるあきる野市。古民家に手を入れ、ご夫婦が営むお店があると知り、6月22日の月曜日に訪れました。ご覧のように、坂道を白い板塀で隔てた、赤い瓦屋根。洋風と和風を折衷した旧い建物は、此処に佇めば中へと誘います。



 庭は多種の植物で覆われています。季節柄、白い紫陽花が満開です。



 錆びたジョウロがイイ!



 玄関右、何だかメルヘンチックな雰囲気…。



 玄関は白い格子の引き戸。
 一般的に、格子の木製引き戸は木肌をそのままにしますが、白く塗ると非日常感、リゾート感が醸し出されます。

 扉を開けて入ります。

「いらっしゃいませ!」

 ご主人に、丁寧に迎えられます。

 一歩進むと、其処は土間。昔ながらの民家の造り。







 様々な小物雑貨が、展示販売されています。



 鴨居には素晴らしいステンドグラス!



 柱のスイッチは丸い造形、何ともクラシカル。



 備え付けのスリッパに履き替えて店内へ。



 このテーブルの向こう側はキッチン。
 吊り下げられた電球が、仄かな光を放ちます。



 カウンターの上には窓枠が!
 スライドはしませんが、雰囲気タップリ!



 反対側です。
 お店の最深部が見えます。



 手前側、大きな空間の中央部に、これが鎮座しています。
 薬箪笥を彷彿させる、低い抽斗。
 存在感がスゴい!



 重厚な床材、



 ボクが座ったところです。
 ソファとテーブルの右側には、この棚が。



 旧いタイプライター。
 ボクも大好き!





 メニュー。
 キーマダルカレーのセットを、アイスコーヒーでお願いしました。



 南側、玄関左の大きな窓から庭が見えます。
 緑が溢れる光景に、心が和みます。
 ボクは今、「庭終い」を考えていますので、心が揺らぎました。



 店内から玄関の土間を眺めます。
 中央には大きな鉄階段!
 でも、二階はありません。
 手前には、鉄管のハンギング。



 この造形!
 真似をして造りたくなりました。



 そうこうしていると、ご主人がカレーを持って来てくれました。
 ウン、見るからにオイシソー!

「いただきまーす!」



 ルーは挽肉とひよこ豆がベース。
 そんなに辛くはありませんが、スパイシーな味わい。
 ボクの好みのど真ん中でした。



 付け合わせの野菜。
 独り暮らしのチョンガー、多種類の野菜はとても有難いもの。
 シャキシャキ、パリパリで新鮮そのもの!



 あれよあれよと箸(スプーン)が進み、いつの間にか完食していました。



 食後にはアイスコーヒー。
 お腹が一杯でした。



 店内には、まだまだ興味深いものが。
 これは真鍮製のドアノブ。
 鈍い光がキレイ!



 さりげないドライフラワー。



 裏庭を臨むガラス窓。
 三段目の波板ガラスは貴重です。

 月曜日。
 この日最初の訪問客でしたが、次々とお客さんが訪れ、ほぼ満席に。中には「予約していないのですが、いいですか?」と訊ねる方や、五日市の駅でタクシーを拾って訪れた方も。ボク以外は全員、女性の二、三人連れ。この雰囲気、女性が好む気持ちが分かります。

 どんどんお客さんが訪れるので長居は無用、お支払いを済ませ店を後にしました。



 これは、ご夫妻のプライベート部分への玄関。
 この扉の色、少し暗い赤が印象に残りました。
 まだリビングルームの改装は終わっていません。
 天井はまだ三分の一のペンキ塗りが残り、玄関へのドア、キッチンへの引き戸は全く手付かずのまま。玄関へのドアをこの色に塗ったらマッチしそう…。前向きなアイデアを戴きました。



 現在、いろいろな事に囲まれ、それらの一つひとつと対峙しておりますが、心穏やかで楽しいひと時を過ごしました。


POUND
東京都あきる野市戸倉208-2

042-588-5897

※全くの想像ですが、週末はかなり混むのでは、と思います。予約が必要かも…。






Posted at 2026/06/28 14:24:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | コーヒー・喫茶 | グルメ/料理
2026年05月30日 イイね!

自作FMアンテナを設置したら…

自作FMアンテナを設置したら… 暫くご無沙汰してしまいましたが、いつも覗いて下さる皆様、お元気でいらっしゃいますでしょうか?ボクは相変わらず腰を屈めて歩いています。加えて、新たな病気が明らかになりました。これについては、別途ご報告致します。

 閑話休題。

 相変わらず室内と庭の断捨離を続けております。
 そんなある日のこと。
 ボクのガラクタが入ったダンボールを押し入れから出しました。果たして開けると、何と、懐かしのFMチューナーが出て来ました。

 この5か月間、前職を辞め家で過ごす時間が増えました。
 そんな生活で最も苦痛に感じたのは、テレビ番組の大半が実に「くだらない」という事実。特に午後のワイド番組は、一つのネタをいつまでも引っ張ることと、これまた長々とした天気予報…。もう、うんざりと思っていたタイミングでの「発掘」!…これは試してみようと思い、早速抱えてリビングルームへ向かい、掃除機とピカールでお掃除しました。



 中央がそれ、ソニーの「ST-5150」。ここへ引っ越す時にダンボールに入れましたが、前のマンションでは繋いではいたものの、殆ど使っていませんでした。
 ちなみに下は、ボクの音楽生活に長く寄り添ってくれた、サンスイのプリメインアンプAU-D607F。使っていないのですが、何だかここから外すのがためらわれ、そのままにしてあります。
 上はソニーのCDプレイヤー。ハードオフで「再生出来るなら何でもいいや」的な選択で買い求めました。何の思い入れもありません…。

 テレビアンテナに繋げば受信できるだろうと思いやってみましたが、全くダメ!以前はクリアに入ったのにと思いあれこれ調べました。原因はテレビの完全地上デジタル化。これによりアナログ用のテレビアンテナでは受信が出来なくなりました。我が家では、親父が生前に替えたはず…。なので、たまたま有ったフィーダーアンテナを繋ぎ、画鋲で壁に貼り付けましたがダメでした。地元のコミュニティーFMもNACK5も、ザーザー音の向こう側で音がする有様でした。

 8素子の大型アンテナを建てればバッチリでしょうが、何しろFM用アンテナは「デカイ」!テレビ用の二回りはあります。時間と手間、お金を掛けずに受信可能な環境が作りたいので、ネットであれこれ調べました。すると、同じことを考え、実践した方がいらっしゃいました。ご興味のある方は、以下のリンクから御覧になれます。


ラジオ高感度!自作ループアンテナ 初心者必見!誰でも超簡単に作れます




 ボクも真似をして着手しました。
 園芸用の半円型の管を二つ繋ぎ、長円型にし、タイラップで同軸ケーブルを巻きつけ固定します。一周した接合部ではケーブル先端を剥き、外線は取り除き芯線を出します。一周を終えたこれからチューナーに向かう残りのケーブルの接合部を縦に切り込みを入れて開けます。ここから見える外線に、先ほどの芯線を接続して固定します。



さて、外に出し雨戸の上に吊り下げ、チューナーに繋いでテストです。
周波数の低い順に、チューニングダイヤルを左から右へ廻します。



 地元のコミュニティー・ステーション、FMチャッピー、77.7MHz。
 出力は低いけれど、さすがに地元局。キレイにステレオ受信。



 埼玉の局、NACK5、79.5MHz。
 チャッピー同様、クリアな受信。



 FM東京、80.0MHz。
 歴史と伝統あるステーション。ですが、我が家では結構な雑音が混じります。
 これは困ったゾ…。



 J-WAVE、81.3MHz。
 FM東京にがっかりした直後でしたが、完ぺきな受信!



 NHK-FM、82.5MHz。
 インフラにお金を掛けているだけあり、凄く透明に感じます。
 ちなみに、この周波数以外にも、複数を受信しました。



 FMヨコハマ、84.3MHz。
 ちょっと心配でしたが、見事に受信!



 少し動かすと、何ともクリアな電波を受信!86.6MHz。
 何と、FM東京の檜原送信所からの電波でした。
 これで「エフトウ」の心配はなくなりました。



 さて、ボクが最も期待していたのはこのinter-fm、89.7MHZ。
 外資に勤務していた当時、英語の学習目的から通勤電車で聴いていました。
 それだけではなく、選曲や編成に魅せられていました。
 でも残念ながら、雑音が酷く、しかもステレオの赤いランプが点灯しません…。



 TBSの補完局、90.5MHz。
 全く問題なし。

 いやー、この自作アンテナの能力には驚きました。
 FM東京のメイン電波80.0MHz、inter-fm以外は完璧!
 二階に取り付けるので、更に期待出来そう。



 一旦取り外し室内へ。
 余ったタイラップをカットし、スパイラルチューブを巻きました。



 ロープで二階に上げ、ベランダに固定しました。
 余ったケーブルは束にしておきました。
 






 二階へのケーブルは、仮の処理をしました。



 さて、同軸ケーブルをアルミサッシから出すと、完全に閉じず施錠が出来ません。また、雨戸のレールを跨いでしまい、開閉が出来ません。
 そこで、このフラットケーブルを使います。



 サッシ部で同軸を切断、二つの切断面に端子を付けます。



 フラットケーブルを挟むように接続し、



 外の接続部をレール下に固定して終了です。
 早速、受信状態のチェックをします。



 ナンと、inter-fmはクリアなステレオに!
 赤いステレオランプが点灯しました。
 この作業で、最も嬉しく感動しました!



 あれこれダイヤルを動かしていると、新手を発見!
 88.1MHz、心当たりはゼロ。
 雑音交じりを暫く聞いていたら、フェリーの出入港の情報が流れました。どうやら、港は大洗の模様。調べると、茨城放送の補完電波のようでした。



 もう一つ、新手が。
 78.0MHz、千葉のbay-fmです。
 さすがに雑音が酷く、ステレオにはなりません。


 それにしても、この自作アンテナの能力には驚きました。
 同時に、ラジオの楽しさを再認識しました。
 現在ではネットやスマホで、全国のラジオを聴くサービスがありますが、自ら求めて受信を試み、首尾よく達成出来た感動には敵わない気がします。 中学生の頃、深夜にHBCラジオなど、遠くの放送局を聴くことが出来た時に、訪れたことのない地に想いを馳せたことを思い出しました。

 このアンテナ、絶対のお薦めです。


 追伸。
 設置からほぼ一週間が経ちましたが、テレビはほぼ見なくなりました。
 







Posted at 2026/05/30 15:21:04 | コメント(2) | トラックバック(0) | オーディオ | 音楽/映画/テレビ
2026年05月05日 イイね!

人生の過渡期

人生の過渡期 暫くご無沙汰してしまいましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?長いゴールデン・ウィークを楽しまれている方も多いと思いますが、ボクは遠出はせず、相変わらず家で片付けをしています。

 特に、放置状態だった庭の「庭仕舞い」に着手しました。亡き母は、ガーデニングという観念を持たず、ただ貰った樹木や植物、花を行き当たりばったりに植えたため、全く纏まりのない見苦しい状態に…。シュロは幼木の状態で玄関前に植えましたが、何と二階ベランダの手摺にまで伸びてしまいました。とても硬い外皮で覆われており、葉も長く硬いもの。さすがにボク独りでの伐採は不可能で、去年業者さんにお願いしました。その際、シュロを載せてもトラックに積める分だけを、ついでに切って貰いました。費用は何と20万円!結果、モミジ2本、紫陽花1本、その他低木と植物、雑草が残りました。

 隣との境にあるモミジの枝払いをし、細かくしてゴミに出しましたが、この作業だけでもかなりの負荷。地を這うように繁茂したカタバミの除去が、これまた大変!根を残すと再生してしまいますが、さすがに全ては困難。不本意ながら除草剤を使うことを決めました。

 余談ですが、昨年の今頃はドクダミと戦っていました。スコップで深く掘り、地下茎をほぼ全て撤去しました。これは功を奏し今年は殆ど出て来ておりません。

 家の中の物もそうですが、親が庭に遺した物の処分は、ホント大変!体力、時間、それにお金を消耗します。特に「体力」。65歳の今、体が動くうちにやるしかありません。4年半後、70代になったら、とても無理に感じます。

 閑話休題。

 4月21日の火曜日、ハローワークへ行きました。最後の失業認定日。これにより、ラストの失業給付金が24日に振り込まれました。

 この日まで「ダメ元」で求職活動を続けていましたが、ある日65歳でも応募可の案件を見つけました。詳しくは書き(け)ませんが、屋外作業が現場の、地元の小さな会社での総務職。時給1300円のパート扱い。久し振りに背広を着て面接に行きました。業務内容について訊くと、

①一般的な総務業務
②官公庁から請け負う仕事の入札
③現場職が足りない時のサポート

との事。

 ①については問題はなし。
 ②は全くの未経験。オンラインで行うそうですが、落とすことが出来なければ仕事が入らないので、責任は重大。また、画面を見て「これは毎回『●×株式会社』が請け負っている仕事」と判断したら、敢えて落ちない安価を入れるのが、業者間での暗黙の了解」とのこと。…これって「談合」そのもの!下手をすれば両手を後ろに廻されてしまいます。
 ③については腰痛を患う身としては「無理」!

 という訳で、丁重にお断りしました。

 …③の「腰痛」について。

 40代の頃、頸椎のヘルニアとストレートネックと診断されました。この頃から、両足の痺れを自覚していましたが、「頸椎が原因で足の痺れは出ない」と言われました。
 忘れもしない去年10月16日、土曜日。
 ぶれいきーを連れて地元の公園を歩いていたら、左のお尻の窪みがシクシク痛み始めました。やがて腰にまで激痛が。やっとこさ帰宅しました。それから騙し騙しの毎日でしたが、4月に入り、少し歩いただけで激痛に襲われるようになりました。



 とても耐え難く、地元の病院へ。



 整形外科へ。待機の患者が多く、90分待ちました。

「うーん、腰部脊椎管狭窄症の可能性が高いですね。詳しく調べましょう」



 別の日、MRI撮影。
 仰向けで機械のトンネルに入り、ガチャガチャ音を聞いての撮影…。

「やはりそうですね。狭窄のため神経が圧迫され、痛みが発生しています」

 耐え難いほど痛くなっても、前屈みの姿勢を暫く保つと動ける、自転車や車の運転は問題ない、等の説明内容は、ボクの症状とピタリ一致でした。薬の服用を暫く行い、改善がなければ手術しかない、との診断でした。一方、リハビリ科もある大きな病院なのに、受診の指示はありませんでした。
 少し不信感…。



 なので、地元の接骨院へ通い始めました。果たして、どうなることやら…。

 腰を屈めてカービング教室へ行くと、先生も生徒さんもビックリ!
 事情を説明すると、ある生徒さんが言いました。

「母が同じ病気で、約20年前に手術をした、5メートルも歩けなかったのに、以来ピンシャンしている」

 彼女に病院名を訊きました。
 帰宅して調べると、群馬県の南部。この病気の手術では、かなりの実績。
 もし手術をするならば、此処がいいかも、と思いました。

 という訳で、ボクは今、腰を屈めながら室内と庭の片づけをしています。



 40年も働き、残りのセカンドライフをどう生きようかと思い始めた矢先の事。働くにせよゴールデン・タイムを謳歌するにせよ、治さないと何も出来ません。今後の仕事とプライベートの設計図を、嫌でも描かなければならない時。…何とも皮肉な発症です。



 そんな状態の4月26日、日曜日。
 朝晩はまだ寒く、ストーブのペレットを買いに行きました。
 帰路、お昼近くで、久し振りにカワサキW1S仲間のGさんのお店を訪れたら、営業中の看板はなく、この張り紙が…。

 彼はボクよりも3、4歳上。
 自身の今後を熟慮した上での結論だろうと推し量りました。
 少し前にカレー屋さんのマスターとの会話をご紹介しましたが、ボクも含めこの辺りの歳になれば、肉体的にも精神的にも、まさしく「人生の過渡期」そのものと、改めて思わされました。


 駄長文、失礼いたしました…。





 

 

プロフィール

「河口湖飛行館 (山梨県南都留郡鳴沢村) http://cvw.jp/b/2970161/49319530/」
何シテル?   09/22 09:42
 妻はアルコール依存と摂食障害を患い、主治医の勧めで調停離婚しました。その1年後、彼女は突然世を去りました。一年に2回の母親との別れを経験した一人息子と、ドライ...
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