
またまたご無沙汰してしまい、申し訳ございません。今回、タイトルにもあるように、心房細動のオペを受けたのでした。
心房細動とは、心臓の特定の地点から不規則な電気信号が発せられた結果、本来一定のリズムで刻まれる鼓動が、テンデンバラバラになってしまう症状となります。
ボクの場合、症状を自覚したのは、たぶん1年から2年ほど前でした。「あれ、変だなぁ…」程度で、特に痛みなどはなく、まだ働いていたこともあり、暫く放置していました。ところが退職して穏やかな毎日となり、「変な鼓動」が嫌でも意識の中心に来るようになりました。
近所の病院を訪れ、胸に機械を付けて24時間計測の上、MRI、レントゲンを撮影。その結果、心房細動との診断でした。この病気が怖いのは、血液が淀み微細な凝固が発生することがあり、それが脳の細い血管に達すると脳梗塞に繋がること。実は亡き親父がこのプロセスを患ったのでした。親父の場合は右小脳の梗塞に繋がったのですが、言葉の呂律がおかしくなった程度。ドクターも不思議に思い精密に検査したところ、元々右小脳に繋がる血管が極めて細いことが分かったのでした。おそらく、本来右小脳が司る身体の「動き」の多くを、左が追加して担当して来たように思う、だから逆に左に梗塞が生じていたら、全身麻痺になっていたかも、と伝えられました。
いずれにしても放置は危険、その場でオペをお願いしました。
右鼠径部を少し切開、そこから血管に細いチューブを挿入、心房に達したら変なパルスを出している部分を焼く、というもの。
紹介状を発行され、大学病院でのオペとなりました。
入院は7月12日、日曜日。午前11時を指定されました。
ご覧のように、休日のため人は殆ど見えません。
6階の病棟へ。
4人部屋。ボクを含め患者は3人。
北西向きの窓から、毛呂山の街と山が臨めます。
昼食後、点滴用の針を入れ、ルートが作られました。
別室でレントゲンと心電図を受け、病室に戻ると計測器を付けられました。
ボクへの指示書。
生理食塩水の点滴が始まりました。
明日のオペに備えてのことでしょう。一体、どのくらい出血するのだろうかと考えると、少し怖くなりました。
翌日、13日。
オペは13時の予定でしたが、昼少し前になりました。
女性の看護師さんに誘導されてオペ室へ。
ドクターに促されて手術台に横臥。
「今から麻酔薬を点滴から入れます。少しピリピリしますよ」
確かにピリピリしましたが、直ぐに意識がなくなったよう…。
「●●さん、●●さん」
呼ばれたのに気づいて目を開けると、そこは病室でした。
焦点が定まらないけれど、主治医が見下ろしていました。
続いて「おにいちゃん、終わったよ」と言う妹の顔。
何はともあれ、終わったことを自覚しました。
麻酔のせいで身体がずっしり重く、直後にまた眠ってしまいました。
夕方。
覚醒すると、周囲には誰もいませんでした。
巡回に来た女性の看護師さんが目を開けているのに気づき、笑顔で「どうですか?」と仰いました。大丈夫と伝えると、前合わせの病院着を開き、あれこれチェックしました。
「おしっこも出ていますね。もう大丈夫」
そこで初めて、尿道口からカテーテルが挿入されていることに気付きました。
「外しますね」
外れ防止のバルーンがあり、一瞬大きな痛み。でも直ぐに治まりました。44歳の時に受けた、口腔ガンの手術を思い出しました。
点滴には、抗生物質が追加されました。
翌日、14日。
病室での心電図受信、主治医による切開部チェック、その他の作業が慌ただしくありました。その結果、11時に退院となりました。
これを外して返却、病室を後にしました。
ドクターや看護師さんとの会話から知ったこと、それにボク自身の感想を少し書いてみようと思います。
●心房細動の放置は危険、脳梗塞に繋がる可能性が高い。
●微妙に「おかしいかな?」と感じたら、直ちに受信することが大事。
●初期段階では自覚のないケースが多い。
●投薬による治療とカテーテル挿入手術がある。
●投薬で快方に向かわなければ、あとはオペになる。
●ボクは引き摺りたくないので、最初からオペを決めた。
●オペは恐れることはない、術後の痛みはなし。
●ボクの場合、2泊3日の入院。費用は6万ちょっと。
少しでも鼓動に「?」と感じたら、受診して下さい。
まだ通院は続き、事後のチェックをするそうですが、今は正常な脈になりました。オペを受けて良かった、と思います。
あとは、腰椎の狭窄症をどうするか…。
Posted at 2026/07/24 08:24:40 | |
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